「日本語 ⇒ 多言語」と「英語 ⇒ 多言語」の両方に強い技術翻訳会社   

技術翻訳 ジェスコーポレーション

技術翻訳プロフェッショナル講座 「翻訳の真髄」

著者 丸山藤男(1929年-1988年)
技術翻訳会社ジェスコーポレーションを1964年に設立、初代代表取締役となる。
元工業英語協会プリンシパル・インストラクタ。
元日本翻訳連盟理事。
詳しくはJES Historyをご覧ください。

1 まえがき
技術翻訳 プロフェッショナル講座 「翻訳の真髄」
~技術翻訳学習者の皆さんへ~


「直訳」と「意訳」

「直訳」をしても、うまくいく場合と、そうでない場合があります。この区別が適確にできるかどうかで、その人の語学の実力がある程度わかるでしょう。原文のとおりにすらすら訳していって、うまくいくというのは、一般的に科学的な事実の羅列とか、簡単な操作の手順を記述しているような場合です。しかしそれ以外のたいていの場合は、「直訳」をすることにより失敗してしまうものです。とりわけ日常よく使われる簡単な表現ほどその傾向が強いようです。なぜなら日本語と英語ではその発想法に大きな違いがあるからです。

すなわち「字句どおりの訳」は翻訳ではないとはっきりと言えます。学校式の英文和訳がすべて逐語訳とは言いませんが、どうもこの学校で学習した「直訳的な訳し方」あるいは「辞書に忠実な訳し方」から一歩先へ進むことが、「本当の翻訳」をするための第一歩のようです。ただし翻訳学習者のために、念のため申し添えておきますが、初めのうちは、「語句の意味や概念をしっかりと辞書でつかみ、英文法に従い全体の文脈から適切な訳文を選んでいく」という、いわば直訳的な訳し方の練習をしていくことがとても重要になります。「直訳を避けよう」と意識するあまり、不正確な、自分勝手な訳を行う姿勢が身については困るからです。

それでは「本当の翻訳」とは何なのでしょうか?それは原文のパラグラフ全体、あるいは文書全体の意味をとって訳していく、つまり「意訳」が「本当の翻訳」なのです。語学的に正確な訳文でなければならないことは言うまでもありませんが、ただ文法的な正確さだけが取り柄、というのではまた困りものです。そこには常識にかなった論理的な明晰さも必要なのです。翻訳には語学の勉強のほかに、物事の論理的な思考訓練が必要なのはそのためです。さらに技術翻訳の場合は、対象分野の技術知識がどうしても必要となります。この知識がないと原文の意味をつかむことが困難だからです。

原作者は頭の中にある考えを、語句を使って表現します。翻訳者はその表現(文章)中に使われた語句を手がかりに、その作者の頭の中にあった考えを正しく探り当てなければなりません。こういう意味で「翻訳とは知的パズルを解く過程」と定義することもできます。このパズル解きに成功した訳文を「正訳」または「適訳」と呼び、失敗に終わった訳文を「誤訳」または「欠陥訳」と呼びます。 


翻訳の「正しい学習方法」とは?

英作文(和文英訳)の力を上達させるには、然るべき人に添削指導を受けるのが最もよい方法です。もしそれが無理ならば「英作文は英借文」と言われるように、うまい人の作文を手本として学習していくことが効果的です。しかし、ただマネをするだけでは、進歩は遅いものです。与えられた問題を、まず自分で解いてみて、うまい人の文章と比較検討するという練習を続けているうちに、いつのまにか上達するものです。まずは「語学の勉強に興味を抱く」ことが最初であり、次に「やる気」と「根気」でそれを持続させていくことです。

翻訳の力を上達させるには、長い間の修練がどうしても必要です。そこで最も効率的な学習方法を将棋を例にとり考えてみます。

・ 第1に規則を覚える(英単語、英文法を覚える)
・ 第2に実践を重ねる(英文を現場で実際に使う)
・ 第3に定石を覚える(決まり文句は理屈なく覚える)
・ 第4に高段者の棋譜を研究する(うまい人の文章を手本とする)

「語句」と「文法」を覚えれば、「とりあえず英作文はできるようになった」と言えるでしょう。しかし、そこまでが「語句」と「文法」の取り扱う範囲であり「限界」です。次に「表現」の問題が登場してくるからです。まずは「文法」に従った正しい英文が書けるようにならなければ話になりませんが、そこでやめては「うまい」と言われる英文はとうてい書けません。換言すれば、英文法は必要条件ではあるが、十分条件ではない、ということです。簡にして要を得た文章を書くのは非常に難しいもので、自国語であってもかなりの修練が必要です。いわんや外国語で「もの」を書こうとする人たちは、一層の訓練・努力が必要でしょう。

プロの翻訳の要件を3語でまとめると以下のようになります。
(1) 正確性(accuracy)
(2) 論理性(intelligibility)
(3) 読みやすさ(readability)

つまり、翻訳対象の置かれている状況と背景を正しく理解し、どういう語句が適切で、なにを強調すべきかを判断し、論理的な文章構成とし、その上に文の調子、リズムはどうか、ということも考えて書く必要があります。

実務においては、翻訳にあたって与えられる和文原稿は、往々にして、完全な日本語ではありません。したがって翻訳者は、自分の取り扱う技術分野の基礎知識(terminologyも含む)は、最低限備えていなければなりません。「プロは常に基本に返る」と言われますが、技術翻訳者と言われる前に、もちろん英語の一般知識や表現力を十分に持っていなければなりません。そして、それにもまして肝要な能力は、和文の語と語、行と行の間を読む「洞察力」なのです。原作者の言葉の裏までを探り、何を言わんとしているのかを見極め、その人の意図するところを別の言葉で表現するのが真の意味での翻訳です。原文の意味を理解するための勉強と、その理解したことを達意の英文で表現するための修練が必要です。 


翻訳者に必要な「洞察力」をどう磨くか?

それではその「洞察力」はどうすれば磨けるのでしょうか?
残念ながらそのためには、大いに読み、大いに書き、絶えず練習する以外に方法はありません。楽して得られる知識や技術など世の中にあるはずはないのです。ですから受動的な学習態度ではいけません。毎日時間を決めて、英文や和文の技術文書を読み、英語を朗読し、英語を書き、また英語を話す機会があれば、臆することなく話をする、そういう日々の積み重ねによってしか上達はありえません。「自分は翻訳をマスターできる。いや、必ずするのだ」と自分の心の中にはっきりと目標を定め、上記の練習を積極的に確実に毎日続けていく・・・・・・これ以外に翻訳の能力を向上させる方法はないと私は信じています。

最後になりますが、和文英訳はつまるところ英語を母国語にする人たちの書いたものをマネしていることになります。それではわれわれ日本人には創造的な文章は書けないのでしょうか?私は日本人でも努力しだいで、創造的な英文が書けるようになると思っています、いや希求しています。もちろん英語を母国語にする人たちのレベルに達することは難しいとしても、その人たちから「喜んでリライトさせてください」と言われるレベルの英文は必ず書けるようになると信じています。

翻訳学習者の皆さんには「明確にして高い目標」を持っていただきたいものです。なによりも「継続は力なり」ですから。