Column
| 第81回 ダイエット(痩身)薬について(前編) |
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| <質問> 本羅先生、聞いてもいいですか? 最近、SNSやネットの広告動画で、ダイエットの薬が、やたらと出てくるようになりました。別に、何かダイエットについて検索した覚えもないのに。間違って、商品のリンクを踏んで、HPに飛んだのですけど、簡単!とか、すぐに痩せる!とか、良いことばかり書いてるんですよね。私だってスタイルとか体重とか気にしますし、というか「そんな簡単に痩せるなら、飲みたいけど?!」と、少しイラっとしました(苦笑)。でも、私の周囲で飲んでる子はいませんし。いや、もちろん内緒で飲んでるかも?ですけど。よく流れてくるダイエット薬は、「商品名A」や「商品名B」、「商品名C」の動画広告です(※)。嘘くさいなと思ってチラ見してますけど、もしかして、少しは効果があったりするんですかね? だったら、いっそのこと、病院でキチンと処方される薬の方が良いですよね。保険は効かないから高いけど、ちゃんと痩せる薬があると聞いたことがあります。嘘っぽいものから、ちゃんとしたものまで、それぞれのダイエット薬がどんなものか、教えてもらってもいいですか?(東京都 Y.M.)
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| <回答> Y.M.さん、こんにちは。質問ありがとうございます。その手のアヤしい広告ですが、「昭和オジさん世代」の私が子供の時分から見かけます。手を変え品を変え、いつまでも無くなりませんね(苦笑)。本コラムでも、非科学的な食品/栄養の問題行動であるフードファディズム(food faddism, 第22回)や、疑似科学的な毒素(toxin, ※)を解毒(detoxification)する「デトックス(略語:detox, 第24回)」に触れたことがありました。まぁ、他人に迷惑をかけない、趣味の延長程度なら良いのですが、消費者の劣等感(Inferiority complex)を過剰に煽(あお)って購入させる「コンプレックス商法(注1)」になると、ちょっと悪質かなぁ、と個人的には思います。
”美しさ”を煽る悪質な商法 質問にあるダイエット(diet, ※)しかり、美容医療(二重まぶた/シミ・シワ取り/脱毛/脂肪吸引/包茎手術など)しかり、アンチエイジング(anti-aging, 抗老化 / 抗加齢)も、そうですよね。安価で心理的に負担の軽い商品から、普通の勤め人には手の届かぬ「高値(たかね)の花(注2)」まで、様々な商品や施術(せじゅつ)があります。もちろん、それら全てを否定するわけではないのですが、いずれにせよ科学的な根拠(scientific evidence)の無いものは、非科学的(non-scientific / unscientific)/疑似科学(pseudoscience)と、切り捨てて良いです。どうせ、効きませんからね(笑)。
とはいえ、どの辺りから説得力(persuasive / convincing)が醸(かも)し出されるのか?を分析しておくことは、悪質な商法で鴨(かも)にされないために(注3)、重要かもしれません。つまり、商材情報の中にある虚実(true or false/fact or fiction)を見極める、ということですね。
流行りのダイエット薬、その正体?! そもそも、Y.M.さんが列挙してくれた流行りの(?)ダイエット薬、正確には「薬」ではなく「機能性表示食品(※)」でした。HPを拝見しましたが、広告表現としては「サプリメント(supplement, 栄養補助食品, 本コラム第61回参照)」ですから、以下の本コラムでは「ダイエットサプリ」と表記します。ただ、Y.M.さんが訝(いぶか)しむように、薬機法(消費者に対する機能性の訴求内容)や景表法(優良誤認などの不当表示)に触れる表現かもしれず、ちょっと心配になります(本コラム第17回)。広告の法規制については、私の専門外ですので言及を避けるとして、本コラムでは、各製品に含まれる(とされる)化学成分に注目して、その生理学的な薬効を考察し、商品の虚実を見極める糧(かて)といたしましょう。
今回は、Y.M.さんの教えてくれた、流行ダイエットサプリに表示された、以下の「機能性関与成分」を考察します。 ・ブラックジンジャー(black ginger) ・エラグ酸(Ellagic acid) ・ターミナリアベリリカ由来没食子酸(Gallic acid, ぼっしょくしさん/もっしょくしさん) では、それぞれ解説しますね。 まずは、ブラックジンジャーから。「黒ショウガ/黒ウコン」の別名がありますが、いずれも日本での呼び名です。正式には「クラチャイダム(タイ語英音訳:krachai dum /学名:Kaempferia parviflora)」と言います。ショウガ科バンウコン属(Zingiberaceae Kaempferia)の多年草で、見た目(根や葉)は一般的な生姜(しょうが, Ginger)に似ていますが、可食部である根茎(こんけい, rhizome/root stock)の皮を剝(む)くと中が紫色なのが特徴です。タイ王国(Kingdom of Thailand /タイ語:Ratcha-anachak Thai)の原産で、滋養強壮や精力増強、疲労回復に効くとされる伝統的な薬効植物です。近年の研究では、褐色脂肪細胞(Brown Adipose Tissue /略語:BAT, ※)の活性化を通じて、身体のエネルギー消費量(≒基礎代謝)を増やすのでは?という仮説(hypothesis)があります。一般に基礎代謝率(Basal metabolic rate /略語:BMR)が高いと痩せるので、これを期待したダイエット薬なのでしょう。ただし、基本的には動物実験(an animal study/testing)や培養細胞による実験(experiments using cultured cells)、少人数での簡易的な試験からの仮説で、エビデンスレベルは低いです。つまり「それなりの説得力」はあっても、「生理学的な事実」とまでは言えません。得てして「機能性表示食品」の多くは、こういうものです。
ブラックジンジャー(クラチャイダム)の薬効成分 その1 ~ よく聞く化学物質名のまとめ ~ クラチャイダムの薬効成分は、ポリメトキシフラボン(polymethoxyflavone) や各種のアミノ酸と考えられています。ポリメトキシフラボンは、フラボノイド(flavonoid)の仲間で、一部の柑橘類(かんきつるい, citrus fruit, ※)の果皮に多く含まれます。国内で有名なのは、沖縄の在来種「シークヮーサー」ですね。ちなみに、元は沖縄方言で、「酢っぱいものを(シー)食わせる(クヮーサー)」という意味だそう。ただし方言(話し言葉)だからか、書き言葉では表記揺れが多く、「シークヮーサー(日本果汁協会/日本食品標準成分表)」「シイクワシャー(食品表示基準(食品表示法)/日本農林規格/特産果樹生産動態等調査)」「シークァーサー(沖縄県中央卸売市場)」など、各団体で標準表記が異なります。「同じく」と言ってよいのか、英音訳でも、”shikwasa / seaquarser / shiikuwasha / shequasar ”など表記揺れがあるようですね。正式な和名(日本の学名)は「ヒラミレモン(平実檸檬)」、学名は”Citrus × depressa Hayata”です。ここでの「 × (times, 掛算記号)」は「複数種との種間雑種」であること、” Hayata”は命名が植物学者「早田 文藏(はやた ぶんぞう)」に由来することを意味します。
話を戻して、フラボノイドは、植物の持つ特徴的な有機化合物のグループ「ポリフェノール(polyphenol)」に含まれるサブグループ「二次代謝産物(secondary metabolite)」の総称です。「二次~」とは、「細胞の発生/成長/生殖などに『無関係』」であることを意味します。ちなみに、『関係する』のは「一次代謝産物(primary metabolite)」です。二次とはいえ、特有の生理活性を持つことが多いため、近年は「特化代謝物 (specialized metabolites) 」とも言うようです。 そもそも、フェノール(phenol, 石炭酸 /分子式:C6H5-OH)は、ベンゼン(benzene /分子式: C6H6)に、ヒドロキシ基(hydroxy group, 別名:水酸基 )が置換(ちかん, Substitution)した分子のことです。ちなみにヒドロキシ基は、”-OH” という官能基(functional group, ※)で、官能基が他の官能基と入れ替わることを「置換(ちかん)」と言います。一般に、「ベンゼン環(benzene ring, 分子内のベンゼン構造)」の水素と置換したヒドロキシ基は、「フェノール性ヒドロキシ基(phenolic hydroxy group)」と呼ばれます(図1)。さらに言うと、ベンゼン環を含む有機化合物は、初期の化学史で良い香りのする分子が多かったことから「芳香族化合物(aromatic compounds)」というグループ名が付いています。実際は、多くの分子が無臭なのですが。
狭義のフェノールは図1Dの分子ですが、フェノールの構造を含む芳香族化合物を広義のフェノール、「フェノール類(phenols)」と言います。さらに、分子構造に広義のフェノールが幾つもある場合、「複数あること」を意味する接頭辞「ポリ(poly-)」を付けたのが、「ポリフェノール」なのです。赤ワインや緑茶に含まれますし(後述)、最近は健康食品の広告などで、ご存じの方は多いかもしれません。 ここまでを簡単にまとめると、植物が生み出す有機化合物の大きなグループ「ポリフェノール」の中に、特異な生理活性を持つグループ「フラボノイド」があって、そのメンバーが、クラチャイダムの有効成分「ポリメトキシフラボン」ということになります。 ブラックジンジャー(クラチャイダム)の薬効成分 その2 ~ 基本の分子構造 ~ 高校化学が得意でなかった皆さんも、ざっくり「たくさん(ポリ)、メトキシが付いたフラボン」という意味だろうな、でも「メトキシ」や「フラボン」って何なの?「フラボノイド」に似ているね!くらいは追いついているかと思います。まず「メトキシ(methoxy)」は、「メチル(methyl-, CH3-)」と「オキシ(oxy-, -O-)」の合成語で、”CH3O-” という官能基のことです。フラボン(flavone)は、フラボノイド・グループのメンバーの一人です。よく似た分子と一緒に、図2でまとめてみました。
色とりどりの花や果実は、私たちの目を和(なご)ませます。ですが、実のところ、当の植物たちにとって、自らの彩(いろど)りは、太陽の紫外線から身を守るための手段です。フラボンは、そうした色素として進化した物質と考えられています。 様々な高等植物を飾(かざ)る色素と言えば、アントシアニン(anthocyanin)が有名ですが、その基になる分子のアントシアニジン(anthocyanidin)の基本構造は、ほとんどフラボンと同じで、4位の酸素原子(=O)が無いだけです(図2B)。 もちろん先に述べたように、フラボノイドは「特化代謝物」です。鮮(あざ)やかな着色にとどまらず、フラボンに類似した構造の分子は、特有の生理活性を持つことがあります。例えば、フラボンの構造異性体イソフラボン(isoflavone)です(図2C)。ダイズ(Soybean /学名:Glycine max)など、マメ科(Fabaceae)に含まれることで、ご存知の方もおられるでしょうが、ヒトの女性ホルモンである、エストロゲン様に作用することで有名です。これはイソフラボンが、エストロゲンの受容体に結合するためです(性ホルモンについては、本コラム第43回を参照)。ちなみに、ダイズの英語 ”Soy” は、中世から近代のヨーロッパでは東洋の調味料「醤油」を意味していたようで、20世紀になって栽培が広まり、醤油の原料である大豆に意味が転じたのだとか。 閑話休題。そんな、有名な化学物質たちと分子の形が似ているポリメトキシフラボンですが、先に解説したように、今のところはダイエットに効くか否か、エビデンスが揃(そろ)っているとは言えなさそうです。研究者的には、面白そうではありますが、はてさて。 エラグ酸と没食子酸 ~意外な歴史~ 次に、エラグ酸と没食子酸です。ブラックジンジャーは、原料となる植物のことでしたが、この2つは、化学物質の名前で、しかも化学史上の関係が深いのです。実は、エラグ酸は、没食子(Gallnuts / Oak apple / Oak gall /フランス語:galle/ラテン語:galla)から抽出されました。もちろん、没食子酸が先に見つかっています。そこで2つを区別するべく、抽出したフランス人研究者が、命名にあたって綴(つづ)りを反転させたのでした(フランス語:galle → ellag)。 没食子は、木本植物ナラ(楢, Oak)の虫瘤(むしこぶ, gall)です。虫瘤とは、昆虫の寄生(きせい)や細菌の感染が原因で異常発達した、植物の瘤状突起のこと。中でも、没食子は、インクタマバチ(Gall wasp /学名:Cynips gallaetinctoriae)が卵を産み付けた、ナラの若芽(わかめ)や稚枝(わかえ)です。孵化(ふか)して寄生した幼虫の成長につれ数cmほどの瘤状になります。 この没食子、かなり古い歴史があります。というのも、古代に始まり、中世から近代にかけて、ヨーロッパ社会で最も使われた筆記/描画用インク(ink, 洋墨)の原料だったのです(だから、蜂の名前が!)。話がズレるので深入りは避けますが、没食子インク(iron gall ink / oak gall ink / iron gall nut ink)は、西欧社会で千年以上も ”standard ink /common ink” と称される存在でした。現代でも「古典インク」と呼ばれて、一部の趣味人や芸術家が愛用しているとか。その色味(濃い紫黒色)の素は、「タンニン(Tannin, 単寧)」です。没食子は、このタンニンを豊富に含んでいました。同じタンニンを含むことで、五倍子(ふし, 附子/付子とも)も、よく使われました。ウルシ科(Anacardiaceae)のヌルデ(白膠木/塩膚木, japanese sumac /学名:Rhus javanica)の翼葉(よくよう, ※)に寄生する、ヌルデシロアブラムシ(Schlechtendalia chinensis)が作る虫瘤で、タマバチの別名である「フシバチ(五倍子蜂)」の由来となっています。日本では、こちらの方が多用されて「お歯黒(おはぐろ, ※※)」や「白髪染め」に使われていました。ちなみに、附子を「ぶし/ぶす」と読むのは、お控え下さい。なぜか、有毒植物の代名詞「トリカブト(鳥兜/草鳥頭)の毒」という、物騒な意味になってしまいます(※※※)。
私たち日本人にとって、タンニンは、インクの原料というより、もっと身近な存在でしょう。緑茶や、甘くなる前の柿の渋み。これ、タンニンです。さらに言うと、お酒が好きな方は、ご存じかもしれませんが、赤ワインの渋みもそうですし、熟成したウイスキーの香りや色合いもオーク樽から染み出たタンニンに由来します。あまりに多様すぎて驚きますが、そもそもタンニンは、特定の化学物質ではありませんでした。ざっくり、ポリフェノールではあるのですけど。 タンニンのアレコレ 命名の歴史を辿れば、動物の皮(skin / hide)を「鞣(なめ)す」、つまり「防腐(ぼうふ)して柔軟な革(leather)に加工する」ことを意味する英語 ”tan” が由来です。つまり、「鞣し」で使う薬剤に「タンニン」と名付けたわけです。鞣すことで、皮のタンパク質を変性(つまりアミノ酸が連なる立体構造の変化)させて、水分/油脂を除去し、乾燥しても柔軟になります。この一連の反応を収斂作用(しゅうれんさよう, astringent)と言います。しかし残念ながら、収斂作用は、簡単な分子構造による化学反応ではありませんでした。 複雑も複雑、ひとくくりに「タンニン」としていた植物由来の薬剤、その分子構造は、巨大な高分子ポリマー(polymer, 重合体/多量体)だったのです。ただし、基本構造は、大きく2種類でした。1つは「縮合型タンニン(condensed tannins)」、もう1つは、この後に説明する没食子酸やエラグ酸などを含む「加水分解性タンニン(hydrolyzable tannins)」です。縮合型タンニンは、お茶のカテキン(catechin)が基本構造で、先に説明したフラボンに近い、通称「フラバノール(flavanol)」、正確には「フラバン-3-オール(flavan-3-ol)」を基とする分子が、たくさん結合した高分子でした。没食子に含まれるタンニンは、後者の加水分解性~で、「タンニン酸(tannic acid)」という巨大分子であることが分かりました。ここまでを図3に、まとめてみましょう。
こうして眺めると、始めに説明したフラボンを基礎として、複雑ではありつつ、どこか面影(おもかげ)を残した分子ばかりだと思いませんか? いずれにせよ、古くからタンニンとして使われてきた、没食子や五倍子。そこから抽出された、主な成分であるタンニン酸。そして、研究過程で、タンニン酸を分解して見つかったのが、没食子酸やエラグ酸です。 ある意味、現代化学の黎明期(early years / dawn(夜明け))から研究者には知られる化学物質でしたが、どうやら近年は「特化代謝物」としても注目されているようです。今回のダイエットサプリに入っているとされる没食子酸は、ターミナリアベリリカ(Terminalia bellirica)の果実に由来するとされます。そのターミナリアベリリカは、シクンシ科(Combretaceae)に属する熱帯/亜熱帯の木本植物で、インド伝統医学の「アーユルヴェーダ(本コラム第76回参照)」でも使われていたのだとか。 とはいえ、没食子酸やエラグ酸は、先に触れたポリメトキシフラボンと同様、まだまだエビデンスが充実したとは言えません。どうやら、動物や細胞を使った非臨床試験で、脂質を消化する酵素である「リパーゼ(lipase)」の邪魔をするのでは?と言われているようです。 つまり、食事に含まれる油脂を腸から吸収できなくすることで、ダイエット効果を期待するのでしょう。ただし、効果が本当だとしたら、副作用が心配になります。というのも、腸で消化/吸収されなかった油脂は、どうなるでしょうか。尾籠(びろう)な話で恐縮ですが、大きい方がユルユルになって、トイレに駆け込むことになると思います。そこまで極端な効果は無かったとしても、なにせダイエット効果のエビデンスレベルは低いですし、期待するのは時期尚早かと思われます。 流行りのダイエットサプリについては、こんなところです。 続いて、医薬品でのダイエット……と行きたいところですが、化学の話が長くなり過ぎました。期待を募(つの)らせて申し訳ありませんが、「本当に痩せる医薬品」については、後編で解説いたします。 |
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