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Column


第37回 気象病について
<質問>
私には、有り難くない特技があります。それは、もうすぐ雨の降ることが分かることです。と言いますか、雨が降りそうな天気になると、頭が痛くなったり、身体がダルくなったりするのです。

台風のときなど、ニュースより早く分かる時があります。友達や親せきに聞くと、「私も!」と分かってくれる人もいれば、「気のせいじゃないの?」と笑われることもありますが、これって、実際のところ、やはり気のせいなのでしょうか。(東京都 A.H.)
(2022年5月)
<回答>
A.H.さん、ご質問ありがとうございます。早いもので、今年もG.W.を超えましたが、夏のように暑い日が続くと思えば、長袖を手放せないほどに肌寒くもなり、日々の天気は、まだ落ち着きませんね。私も若い頃は、A.H.さんのような季節の変わり目の不調に「気のせいじゃないの?」と笑っていたのですが、五十路を迎えた頃から「あれれ、どうも調子が上がらないな……」という日があることに気づきました。

ニュースより早く台風が来ることが分かるほど敏感ではないのですが、確かに酷い低気圧が近づいてきたり、日々の寒暖差が激しかったりすると、体調が落ちるのです。私の場合は、足が重く、ふくらはぎが攣りやすくなり、肩や首のコリ、背中から腰のハリが辛くなります。明らかに集中力が低下しますから、仕事の効率も下がっているような気もします。

気象病 気象痛
このような、気象条件(特に、気圧や気温の変化)を切っ掛けにして体調が崩れる/悪化する疾患のことを気象病Meteoropathy)あるいは気象痛Weather pains)と言います。

原典の確認ができていないのですが、「医学の父」と呼ばれるヒポクラテス(Hippocrates)も天気の変化と身体の痛みの関係に言及していたようですから、気象病は、古代ギリシャ(紀元前400年頃)の時代には既に知られていたのでしょう。そんな昔から、世界中の人々が悩んでいたわけですから、さすがに気のせいではないと思います。

とは言え、命に係わるほど重い疾患ではないためか、これといった研究も多くなく、医学的なエビデンスには乏しいのが現状です。また、気象病とは言うものも、正確には疾病として特異的なものではなく、実態としては、元々から罹患している病状の発現や悪化、つまり病態の変化のことであり、さらに、症状が多様で個人差が大きいことなども、気象病の研究が進みにくい理由でしょう。

よく知られている症状としては、頭痛、めまい、食欲不振、吐き気、気分の落ち込み、鬱、肩や首のコリ、腰痛、神経痛、関節炎、浮腫み、などが挙げられます。日本人1万6千人を対象にした2020年のアンケート調査によると、全体の6割に気象病の自覚があり、特に女性は8割にも達するそうです。

最も多い症状は頭痛、続いて肩や首のコリ、関節痛、腰痛と続きます。性別の違いとしては、女性に頭痛が多く、男性に関節痛や腰痛が多いようです。また年齢別の比較では、頭痛は若い世代に多く、年配者ほど関節痛や腰痛が増えています。

また、やはりと言うべきか、雨の日や台風で症状を自覚し、気圧の変化と関係あると感じる方が多いようです。実際、太平洋側の地域に患者が多く、北海道や北陸、日本海側では比較的少ないことからも、台風などの影響が裏付けられるのではないでしょうか。

しかし、効果的な対策が取られているかと言えば、甚だ心もとないところで、このアンケートでは、気象病の予防として、何がしかの薬を飲む人が4人に1人いますが、特に何もしない人も、同じく4人に1人もいるのだそうです。さらに症状が酷いとき、6割の方が薬に頼る一方で、ひたすら我慢するだけの人が、なんと3割もおられます。

(出典:ウエザーニュース 天気痛調査2020

気圧変化の人体への影響を考える
状況証拠としては、気圧の変化が発症の契機になっているようですが、実際のところ、人体にとって、気圧差がどのくらいの負荷(刺激)になっているのかを考えてみます。

まずは、圧力の単位から整理しましょう。最も基本的な圧力の単位はパスカル(Pa)です。1パスカル(Pa)は、1ニュートン毎平方メートル(N/m2)で定義されます。

1ニュートン(N)は、1 kgの質量に1 メートル毎秒毎秒(m/s2)の加速度をかける力ですから、ざっくりとしたイメージにすると、ハガキ(14.8 cm2)の上に40粒ほどサプリメント(14.8 g)を載せて、1秒で1m持ち上げるときにかかる力ですね。

歴史的に、標準大気圧(1気圧、1 アトム(atm))は101325 Paと定められていて、慣用的にはヘクトパスカル(hPa)で表しますから(hは100倍の接頭辞)、1atmは1013.25 hPaになります。

一方で、体内を考えるとき、最も基本的な圧力は、血圧でしょう。血圧の単位は、水銀柱ミリメートル(mmHg)で、1 mmHg は1/760 atmで定義されています。およそ、133.322 Pa ですね。

一般に、健康な方の血圧は最低血圧が85 mmHg未満から、最高血圧が135 mmHg 未満とされていますので、特に問題の無い方でも、常に、50 mmHg 程の圧力差は体内にあって問題ないと言えるでしょう。

これを大気圧の単位に直すと、66.661 hPa です。ちなみに、とても強い台風(熱帯低気圧)の中心は、930hPa以下と言われているので、標準大気圧からは100 hPa ほどの圧力差があることになります。

台風とまではいかなくとも、普段の気圧の変動を見てみると、例えば、この2022年4月から5月の1カ月では、最低気圧が999.4 hPa で、最高気圧が1023.4 hPa でした。圧力差は24 hPa です。特に雨の強かった日の気圧変化は20 hPa程度に達しています。

 (参考)  気象観測機器、過去1カ月のデータ
https://www.aor.co.jp/live-weather2/Past_Month.html

一般的には、地上から100 m 上がると、10 hPa 下がります。高層ビルで25階くらいの高さですが、敏感な人は、これくらいの気圧変化でも感じるみたいですね。

まだマウスの研究レベルではありますが、内耳の前庭という器官に気圧の変化を感受する神経細胞が見つかっています。

おそらくですが、リンパ液に満たされた袋状の器官である前庭が、気圧の変化によって微妙に縮んだり膨らんだりする張力の変化を信号としているのかもしれません。

 (出典:愛知医科大学
 “気圧の変化を感じる場所が内耳にあった”

気象病は自律神経失調症?
気圧の変化を察知することが契機としても、実際の発症に至るメカニズムまでは不明確です。しかし、内耳で気圧変化を察知しているのであれば、内耳を支配する自律神経を介して発症につながっている可能性は高いのではないかと思います。

したがって以上の検証を通じて言えることは、気象病は、広義の自律神経失調症かもしれない、ということです。とすると、まずは、できるだけリラックスできるように周囲の環境や食事、睡眠などを整え、日々のストレスを減らすようにすることが対策になるでしょう。

また、人によっては、軽い運動やマッサージなどが症状を緩和させ、予防的な効果を発揮するかもしれません。ただし、あまりに症状が重かったり長引いていたりするときは、心療内科の医師に相談するか、症状に関する診療科で医師に相談する方が良いかもしれません。

アンケートでは我慢する方も多かったですが、個人的には医師や専門家に相談してほしい所です。これから梅雨のシーズンが始まりますし、上手く不快さを和らげて、何とか頑張っていきましょう。