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Column


第57回 新型コロナウイルス(9)
<質問>
本羅先生、こんにちは。この冬は暖かいのかと思いきや、やはり寒さは厳しいですね。年明けから大きな災害や事故が立て続けにニュースとなったこともあって、気分が憂鬱になりがちです。ところで、仕事が始まり、通勤電車の中ではマスクの着用が増えているような気がします。

学生たちは受験シーズンですし、大人たちも気を使っているのならよいのですが。会社の同僚との雑談だと、インフルエンザは思ったほど流行っていないのですが、日々の気温差や屋内と外気温との差が激しいことから体調を崩しての風邪は、あちこちで見かけます。

そして、まだまだ新型コロナも、ちらほらと耳にしますし、変異体ばかりで、ワクチンも効かなくなったんじゃないか、という噂も。果たして今は、どんな感じで、これからは、どうなるのでしょうか? 
(東京都 Y.H.)
(2024年1月)
<回答>
気象変動と健康への影響
Y.H.さん、ご質問ありがとうございます。確かに昨年は暑さが続き、晩秋(注1)に夏日(注2)を数えましたよね。「日本は”四季”の国ならぬ、秋を忘れた”三季”の国になった」と、何とも笑えないジョークを目にしました。

しかし、一転、年の瀬が迫るにつれて寒さは増し、すっかり年明けは冬の様相ですね。とはいえ、気象庁によると今年は暖冬(注3)の傾向なのだそうです。


(注1) 晩秋: 
二十四節気の寒露から立冬の前日まで。2023年では10月8日~11月7日。
(注2)  夏日: 
最高気温が25℃以上の日のこと。ちなみに、30℃以上の日は真夏日、35℃以上の日は猛暑日という。一方、寒い日については、最高気温が0℃未満の日を真冬日、最低気温が0℃未満の日を冬日という。
(注3)  暖冬: 
12月から翌年2月までの平均気温が、平年値(注4)で「高い」に該当すること。
(注4)  平年値: 
気象庁の階級表現で、過去30年の観測値を順に並べ、3段階に分けたもの。最も低い/少ない観測値から数えて11番目から20番目の値を「平年並み」とし、10番目以下の値を「(平年より)低い/少ない」、21番目以上の値を「(平年より)高い/多い」に区分する。また10年毎に更新される(近年では2020年)。

Y.H.さんのおっしゃるように、こうも気温の寒暖差が日々激しく、部屋を出入りするたびに感じる寒さと暖かさが積み重なっては、夏バテならぬ冬バテで体調を崩してしまう方も多いことでしょう。というのも、7度ほどの寒暖差があると、体温調節のために自律神経が過剰に働いてしまい、一部の人は疲労を感じるようなのです。

季節こそ違え、本コラム第37回で取り上げた「気象病」と似たようなものですね。「伊達の薄着」や「伊達の厚着」と言いますし、お洒落を楽しんで寒暖差のストレスを我慢する方もおられるのでしょうが、手袋・マフラーなどの防寒具や脱ぎ着しやすい上着で、心地よい体感温度を維持できるような工夫をファッションと上手く両立させてください。

新型コロナウイルスの現況と予測
さて、新型コロナ禍の現状ですが、過去のコラムでも紹介している、モデルナ日本法人のデータを参照すると、今は既に第10波の入口だろうと思われます(図1)

図1.全国新型コロナウイルス感染症患者数の推移
●公表値の患者数は2023年5月8日まで。
●推計値は、「エムスリー株式会社 (M3, Inc.)」が独自に構築するデータベース「日本臨床実態調査(Japan Medical Data Survey, JAMDAS)」による。
参考) https://moderna-epi-report.jp/

第9波では秋口に患者数が減り、これで落ち着くかと思いきや下がりきらず、またもや増加に転じてしまいました。実際のところ、一昨年来、新型コロナ禍の波は、底を打たずに次の波が始まることを繰り返しています。

ただ、第7波をピークに、波の高さ(≒感染者増の勢い)は下がっているようにも見えます。しかし、過去の本コラムでもお伝えしているように、昨年5月8日以降、公表されるデータの背後には、診察を受けない多くの感染者が隠れているため、実際の波はもっと高いと思われます。第8波までのデータと第9波以降は、連続した変化と捉えない方がよいでしょう。

インフルエンザの同時流行
また、Y.H.さんの周囲では流行っていないそうですが、全国的にはインフルエンザも猛威を振るっています。同じく、モデルナ日本法人のデータを参照すると、残念ながら、本コラム第50回と第53回での懸念が現実となり、例年よりも1~2ヶ月早い流行が襲いました(図2)

図2.新型コロナウイルス感染症と季節性インフルエンザの全国患者数の推移
●縦軸について、新型コロナ(×104)とインフルエンザ(×103)では異なるので注意。
●推計値は、「エムスリー株式会社 (M3, Inc.)」が独自に構築するデータベース「日本臨床実態調査(Japan Medical Data Survey, JAMDAS)」による。
参考) https://moderna-epi-report.jp/

そして、流行の始まりが早かった分、年末を前にピークを迎えて落ち着くかと思ったのですが、一転して年明けから急増しました。まるで新型コロナ禍の第10波に同調するかのごとく、です。嫌らしいこと、この上ないですね。

Y.H.さんや周囲の皆さんも、油断することのないよう願います。これまでと同じく、必要な感染対策(ワクチン接種/公共施設や交通機関での三密回避/手洗い・うがい・マスク)は、まだまだ必要です。

この冬のインフルエンザの流行は、昨年来の感染対策の緩みに起因するだろうと思うのですが(2021年に感染者は、ほぼほぼいませんでした)、いつまでも新型コロナ禍の波が途絶えないのは、どういう訳でしょうか。

これまでにも何度か説明しましたが、感染者の全てが重症化するわけではなく、社会において活動性の高い若い世代の間で、不顕性感染(症状の軽い/出ない感染で、ウイルスは排出する)が繰り返されるのが現状です。

人から人に感染を繰り返すたび、新型コロナウイルスは突然変異を重ねます。そして、偶然に、感染者の誰かの体内で、より感染力の強まったウイルスの亜型が生まれ、社会に広まり続けるのです。

極端に不謹慎な表現をお許しいただければ、世界中の人間を培養皿にした、より悪質な新型コロナウイルスの選抜試験(screening test)を、ひたすら繰り返しているようなものです。それが、すでに丸4年を超えた新型コロナ禍だと、私は思います。

我ながら、本当に嫌な書き方なのですが、人々の間、あるいは人と動物の間と、感染が繰り返される中で、突然変異が発生することは確率的な事実なのです。

今更ながら難しいとは思いますが、私達一人々々が感染を広めない意識を持ち続けなければ、落ち着く先はないのでしょう。

変異系統とワクチンの有効性
では、ここで、その選抜試験をくぐり抜け、現在、流行している新型コロナウイルスの変異系統を確認してみます(図3)

図3.都内感染者の新型コロナウイルス系統('24/1/26)
●「XBB系統32.2%」は、「エリス」を含むXBBの亜系統、全てを合計した割合。
●エリスは、PANGOリニエージEG.5(= XBB.1.9.2.5)とEG.5.1(= XBB.1.9.2.5.1))を含む。
●「BA.2.86系統65.6%」は、「ピロラ」の割合。
●ピロラは、PANGOリニエージBA.2.86とJN.1(=BA.2.86.1.1)を含む。
●PANGOリニエージについては、本コラム第27回を参照。

図3は都内感染者のデータですが、世界的な傾向と大きく変わりません。この2年、オミクロン株の亜系統が感染者の全てを占めており、現状では、大きく2つの亜系統、ピロラ(Pirola)エリス(Eris)が主流です。

実は、どちらも本コラム第52 回(2023年8月)で、一度触れています。そのときは都内の感染者96%がXBBの亜系統で、エリスの増加が心配だと説明しました。また、世界的には、XBBと異なる亜系統であるピロラが出現し、注目を集めていることを紹介しました。

なぜなら、エリスもピロラも、感染に関わるスパイクタンパク質(spike protein)の突然変異が「感染能を失わずに(あまり変わらず)、獲得免疫の認識が無視される程度に変異している(しっかり変わる)」ために、流行の拡大が懸念されたからです。

ピロラに加えて、もう一度PANGOリニエージについても、少し説明を加えておいたほうが良いかもしれませんね。

まず、本コラム第27回で解説したPANGOリニエージですが、かいつまんで言うと、新型コロナウイルス変異株の系統名および、その命名ルールのことです。

新型コロナ禍がパンデミック(pandemic, 世界規模の流行)となった当初、ウイルスの特徴から大きく2系統に分けられたので、それらをA及びBと名付けました。そしてBから変異した株にはB.1、B.2、B.3 ……と名付け、さらにB.1から変異した株にはB.1.1、B.1.2、B.1.3 ……と名付けました。

続けて、B.1.1から変異した株にはB.1.1.1、B.1.1.2、B.1.1.3……と名付け、そして、B.1.1.1から変異した株であるB.1.1.1.1にはC.1と名付けました。つまり、変異の4代目には、系統名に新しいアルファベットを当てるわけです。

現在、命名に使うアルファベットは1文字表記(A~Z)で足らずに2文字表記となり、AA~AZ、BA~BZ……JA~JZ、KAからの並びで、KM.1(=XBB.1.5.4.1,)に達しています。

2024年1月時点で4500ほどの変異系統に分類されていますが、この辺りは、研究が進むにつれて編集や変更が進むので、専門外の私たちは、ざっくりとした傾向を追いかけるだけで十分でしょう。ここまでの話でも、一般の読者にはマニアック過ぎるかもしれませんが(笑)。

これを踏まえてピロラの話に進みますが、本コラム第52 回では、ピロラのPANGOリニエージをBA.2.86(=B.1.1.529.2.86)と表記しました。

これは、オリジナル株B系統に連なるB.1.1.529から変異した系統名にアルファベット2文字表記BAを当てたもので、特に感染性の憎悪(ぞうあく(注5))が凄まじかったことから、BA.1~5と、これに連なる変位系統をオミクロン株と呼ぶことにしました。

つまり、先に説明したピロラは、オミクロン株BA.2から変異した86種類目の亜系統というわけです。

(注5) 憎悪: 
「酷く憎む、ぞうお(hatred)」ではなく、医学用語の「症状の悪化、ぞうあく(aggravation)」のこと。

前置きが大変長くなってしまいましたが、これで図3のピロラにJN.1が含まれている理由がお分かりになると思います。PANGOリニエージJN.1は、BA.2.86.1.1であり、先に説明したピロラから2世代変異したウイルスなのです。

そして、変異しているとはいうものの、基本的なウイルスの性質が大きく変わらないために、変異系統としては同じニックネームを使っているのです。実は、このJN.1、おそらくシリーズ(series)と化して今後の流行を左右するだろうことが、PANGOリニエージ系統樹から察せられます(図4)

図4.PANGOリニエージ系統樹(2024/1/29)

図4の右上をご覧いただければ、直観的に「あぁ、次はこれだな」とお分かりいただけるのではないでしょうか。これまでのアルファ株、デルタ株、オミクロン株、その移り変わりを眺めると、何とも言えず、悲しくも確信します。

繰り返しで申し訳ありませんが、必要な感染対策は、まだまだ必要です。公共施設や交通機関での三密回避や手洗い・うがい・マスクは、基本中の基本ですし、ワクチン接種も、そうです。ただ、これだけ変異系統が、変異を重ね続けていることで、ワクチンがウイルスの変異に追いついていない、つまり効かなくなっているのではないのか?と疑問に思うことも、また当然と思います。

とはいえ、これに関しては、ある意味、不幸中の幸いで、流行中のウイルスに対するワクチンの効果は、期待できます。なぜ、そう言えるのでしょうか。せっかくですから、先に説明したPANGOリニエージを使って、説明してみましょう。

現在のところ、最新の新型コロナウイルス・ワクチンは、「XBB.1.5対応」となっています。ですから、少なくともXBB系統のエリスに関しては「効かないことはないだろう」と思ってもらえるのではないでしょうか。

XBBについては、本コラム第42回でオミクロン株の亜系統を説明する中で触れました。改めて説明すると、XBB、ニックネーム・グリフォン(griffin)は、オミクロン株の亜系統アーガス(Argus, BJ.1=BA.2.10.1.1)とミマス(Mimas, BM.1.1.1= BA.2.75.3.1.1.1)が遺伝子組換えして生まれた変異系統です。

簡単に言うと、2種類のウイルス、アーガスとミマスが混ざって、新たに悪い性質が強調されたのです。XBBの''X ''は、複数種のウイルスに感染した感染者の体内で、遺伝子組換えして生まれた変異系統を意味する、PANGOリニエージの接頭辞です。

そして、グリフォンは、本コラム第48回で説明したヒッポグリフ(hippogriff, XBB.1)に変異し、そこからさらに変異したのが、第45回で説明したクラーケン(kraken)で、これがPANGOリニエージXBB.1.5に相当します。つまり、ワクチンの元となるXBB1.5、それを遡ったXBB、XBBの元になる遺伝子組換えした2種類の変異系統、と辿ると、いずれもオミクロン株のBA.2が変異したウイルスであることが分かります。

そして、今後の流行が懸念されるピロラも、またBA.2に連なる変異系統です。つまり、現在流行中のウイルスと、ワクチンの元になったウイルスは、どちらもPANGOリニエージBA.2の亜系統なのです。

これが、現状のワクチンを有効と考える主な理由です。もちろん、そのものズバリではないので、完全防御は難しいと思います。ただし、ワクチン接種の目的は、「感染の回避」ではなく、「重症化の予防」にあることは、改めて、注意喚起しておきたいと思います。

ワクチン接種政策の変更
注意喚起と言えば、2023年9月20日から始まった新型コロナウイルスのワクチン接種は4月から有料化することが決まっています。接種できる方は、今のうちに都合をつけた方が良いでしょう。現在の追加接種では、対象者の20%しか接種しておらず、65歳以上でも50%程度に過ぎません。

これまで、厚労省は、特例臨時接種に位置づけて、全額を公費負担してきました。ところが、次の理由から、2023年度末で終了することを決めたのです。

・重症化率の低下
・国民の多くが免疫を保有している
・今後は重症者を減らすことを主な目的とする

そして、24年度から、新型コロナウイルス感染症は、予防接種法上のB類疾病(注6)に位置づけられ、65歳以上の高齢者と基礎疾患など重症化リスクのある60~64歳を対象とする定期接種となりました。それ以外の年代については、任意接種です(注7)。定期接種の頻度は年に1回(秋冬)とし、ワクチンに使うウイルス株は、毎年見直すようです。

(参考) 第57回厚生科学審議会 (予防接種・ワクチン分科会 予防接種基本方針部会)
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-kousei_127714.html

(注6) B類疾病:
 予防接種法に基づき、ワクチンを定期接種する必要のある疾病の分類の一つ。誰もが受けるべき予防接種である「A類疾病」と、65歳以上の高齢者と基礎疾患など重症化リスクのある60~64歳を対象とする「B類疾病」がある。

【A 類 疾 病】 ※居住地域の市町村内で受ける場合、公費で接種可
・ジフテリア
・百日せき
・破傷風
・急性灰白髄炎(ポリオ)
・B型肝炎
・Hib感染症
・小児の肺炎球菌感染症
・結核(BCG)
・麻しん・風しん 
・水痘
・日本脳炎
・ヒトパピローマウイルス(HPV)感染症 
・ロタウイルス

【B 類 疾 病】  ※一部費用に公費負担有
・季節性インフルエンザ
・高齢者の肺炎球菌感染症

(注7) 任意接種:予防接種法に基づく「定期接種」以外のワクチン接種


正直、上記した特例臨時接種終了の理由には異論があります。重症化率の低下も免疫の保持も、ここまでのワクチン接種があってのことですし、ワクチン接種による免疫の保持期間は、感染/発症の予防が2~3ヶ月、重症化予防が1年程度と言われているものの、正確には分かっていません。ここで高齢者以外を任意接種にすることで、ただでさえ少ないワクチン接種者の割合が、さらに減ることは確実でしょう。

今のところ、ワクチンの価格は不明とのことですが、定期接種の自己負担額が7,000円との報道があります。もし、任意接種が、本コラム第55回で触れた帯状疱疹ワクチンのように、数万円になるとしたら、積極的にワクチン接種する人は、より一層、減ることでしょう。

そうなると、むしろ今以上に新型コロナウイルスに対する免疫の低下した人の割合が増え、感染の広がりは収まるどころか、加速していく可能性が高いと思います。そして、先に説明したように、感染者の中から新たな変異系統が生まれ、さらに感染拡大を後押しすることになるのではないでしょうか。

あまり悲観的な予想はしたくないのですが、どうにも楽観的な希望が見いだせません。とはいえ、ここまで何とか踏ん張ってきたのですから、気を取り直したいと思います。これからも、基本的な感染症対策を心掛けて、無理せずに過ごしていきましょう。