Column
第32回 アニサキス症 |
|||
<質問> 先日、夜中に腹痛で目が覚めて、あまりの痛みで我慢できずに救急車を呼びました。待っている間に自分の病状を調べながら、盲腸、胃潰瘍、腸閉そく、膵炎、まさかガンじゃないよな……と、悪い妄想をして怯えていたのですが、結果は、アニサキス症でした。 実は、その日に自分の釣ったアジを夕飯の刺身でいただいていたのです。まさか自分がやられるとは。油断していました。初めての経験だったのですが、あんなに痛いものなのですね。ビックリしました。内視鏡下で取ってもらったところ、瞬く間に治って、二度ビックリです。趣味の釣りは続けるつもりですが、金輪際、痛い思いをするのは勘弁です。何に気を付ければ良いでしょうか。(東京都 I.M.)
|
|||
<回答> I.M.さん、ご質問ありがとうございます。大変な思いをされましたね。軽快されたようで何よりです。魚介類の生食文化がある本邦ですから、こうした寄生虫(infestant/parasitic insect/ parasites)のリスクは常にあると考えた方が良いのでしょうね。 ちなみに日本での発生状況を調べてみたところ、年間400人前後の罹患が報告されていましたが、保健所への届出が義務づけられたのは2012年からのようです。意外に最近のことですね。 アニサキス症とは? アニサキス(Anisakis)は、回虫目アニサキス科アニサキス属に含まれる線虫の仲間で、その生活環(life cycle:個体発生から次世代までの様子)は寄生先である宿主(host)に依存します。 まず、卵が海中で孵化した後、第一中間宿主であるオキアミ(エビに似た海産小型甲殻類の総称)に食べられて寄生し、幼虫に成長します。 次に、そのオキアミを餌とする魚介類の消化管に寄生先を移しますが(第二中間宿主)、そこでは幼虫のまま育ちます。 最後に、終宿主であるクジラやイルカなど水生哺乳類の消化管内で成虫となり、生んだ卵が糞とともに海中に放出されます。 私たちがアニサキス症になるのは、第二中間宿主となった魚介類を生で食べ、アニサキス幼虫に消化管内壁を咬まれることが原因です。 症例の報告で最も多いのはサバですが、他にもアジやイワシ、カツオ、サンマ、サケ、イカなど、対象となる魚介類は150種類を超えるのだとか。 幸いなことに、アニサキス幼虫は、ヒトの消化管内で成長も寄生もしませんから、通常であれば、ヒトの消化管内で死ぬか、数日~数週間で排泄されます。 意外かもしれませんが、アニサキスを食べたとしても、必ずアニサキス症になるわけではありません。まさに「虫の居所が悪い」ときに、ガブリと咬まれて発症します。 興味深いことに、太平洋側のアニサキスと日本海側のアニサキスでは種が異なり、太平洋側の種でアニサキス症が多いのだそうです。北九州でサバの生食文化が盛んなのは、これが原因かもしれませんね。 さらに意外なのは、アニサキス症は、「胃壁や腸壁を咬まれた痛みではない」ということかもしれません。 実のところ、痛みは「アニサキス幼虫の分泌物による1型アレルギー」に由来します。実際、アナフィラキシーショックを起こす症例も報告されています。 余談ですが、アニサキス症の発症しやすさは、もしかすると種による分泌物の違いに由来するのかもしれません。 アニサキス症の治療と予防 治療の第一選択肢は内視鏡下での虫体摘出なのですが、設備が不十分、あるいは技術をもった医師が不在などの場合は、抗アレルギー剤の静脈投与とステロイド系抗炎症剤の経口投与でも症状が治まります。 第16回で解説しましたが、1型アレルギーの反応が15~20分で最大になることを覚えておられる方は、発症までに数時間~十数時間かかるアニサキス症が1型アレルギーだと言われても、違和感があるかもしれません。 まぁ、アニサキス幼虫の機嫌が悪くなるまでには、少し時間がかかるのでしょう・・・というのは冗談で、食べたものが消化されて、アニサキス幼虫だけが消化管内壁に取り残されるまでに、時間がかかるのです。 アニサキス症予防の最善策は、もちろん生きたアニサキス幼虫を食べないことです。 厚生労働省の指導では「十分に火を通す(60℃で1分 / 70℃以上なら即死)」か「冷凍保存すること(マイナス20℃以下で24時間以上)」が推奨されています。 しかし、昨今は産地直送の新鮮な魚介類が楽しめるようになりました。そうなると、生で美味しくいただきたいのが人情です。
ただし、解凍した食材を生食に供するには、品質劣化(ドリップ流出や身質の軟化、退色)に難があります。 元々、アニサキス幼虫は宿主の消化管に寄生しており、宿主が死ぬと同時に筋組織に移動します。つまり、新鮮な内に、できるだけ早く内臓を取ってしまえば、アニサキス幼虫の可食部への移行を最小限に抑えられることになります。そこから、可食部を目視で検査する事が、アニサキス症を予防する次善の策ですね。 今は、目視の検査でアニサキスを一匹々々取り除いていますが、完全とは言えません。熟練の職人でもミスは起こりえます。 なぜなら、アニサキス幼虫と宿主は色味の近いことが多く、見えにくいのです。しかし、見やすくする裏技が無いわけでもありません。それは「ブラックライトを照射する」ことです。 アニサキスの検査機器 実は、アニサキス幼虫は紫外線A波(ultraviolet A, UVA)を吸収して、青色の蛍光(fluorescence)を発します。これを上手く利用すれば、アニサキス幼虫が切り身に浮かび上がって見えます。この仕組みを利用した業務用の検査機器も販売されているようですね(参考1)。 参考1: アニサキス検査装置 i-Spector ちなみに、塩や酢で〆てもアニサキスは死にませんし、醤油に入れる薬味(ショウガやワサビ、ニンニク)程度では無力です。ましてや口中で細かく噛み砕いたり、身を薄く切ったりするくらいでは殺せません。 ただし、大電流パルスによる電気ショックで品質を劣化させずにアニサキス幼虫だけを殺す方法は、もうすぐ製品が実現化するかもしれません。 実証試験は成功したようです(参考2)。また、ラッパのマークでおなじみの大幸薬品が、正露丸の成分によるアニサキス症の予防ないし治療で特許を取得しているので(参考3)、食事前に正露丸を飲んでおくのは、確実とは言えないまでも、効くかもしれませんね。 参考2: アニサキス食中毒リスクのない刺身 参考3: 大幸薬品が特許出願 以上より、釣果からアニサキス症を避けるには、活〆をしてすぐに内臓を取り、加熱調理あるいは冷凍保存して解凍するか、生食をするなら調理前に目視で取り除くことを徹底する、といったところでしょうか。油断せず、美味しく、釣りを楽しんでください。 |