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Column


第29回 獲得免疫の全体像
<質問>
私の周りでも新型コロナウイルスのワクチン接種が進んできました。私も、もうすぐ2回目です。先生は前回(第28回)、ワクチン接種が原因で亡くなった方はいないと説明してくださいましたが、報道はワクチン接種を恐がらせています。

さらに変異株にはワクチンの効きが悪いとか、2回打っても半年で免疫が減るので3回目を打たないといけないとか、インフルエンザみたいに毎年ワクチンを打たないといけないなんて話も聞きました。私は1回目の副反応が酷くて、2回目も怖いくらいです。毎年、このワクチンを打たないといけないと考えるとウンザリします。(東京都 Y. Y.)
(2021年9月)
<回答>
Y. Y.さん、ご質問ありがとうございます。2021年9月28日までのデータでは、日本で新型コロナウイルスワクチンの接種回数が1億4千680万回を突破し、国民の52.9%が2回のワクチン接種を完了しました(参考:政府CIOポータル/新型コロナワクチンの接種状況)。

当初の目標である1日100万回どころか、160万回に達する日もあるくらい、すごい勢いでワクチン接種が進んでいます。以前に比べ、献身的な医療従事者による正しい情報発信も増えました。しかしマスコミは相変わらずワクチンを怖いものとして煽っていますね。

ワクチンの安全性について
新型コロナ禍の前、日本で1日に何人亡くなっていたか、ご存知ですか? 

厚労省の発表では、2019年度の年間死者数は約138万人だそうです。しかも、ここ数年は高齢化が進んだせいで、毎年2万人ほど死者数が増加する傾向にあります。
つまり、単純計算で1日3,000~4,000人が様々な理由で亡くなること(9割が65歳以上で、多くは老化)は、普通のことなのです。

これを踏まえて、第68回厚生科学審議会/予防接種・ワクチン分科会/副反応検討部会の報告を見ます。検討期間は、ワクチン接種が始まった2/17から8/22までの186日です。
その間、ワクチン接種後に亡くなった方は、累計1,155人(65歳以上、981人)、ほとんどが「情報不足で評価不能」でした。

この「情報不足」という言葉、一見して「報告に抜けがある/隠された情報がある」と思うかもしれませんが、実は「死亡報告にワクチン接種と関係ありそうな情報が存在しない」という意味です。さらに「評価不能」も、想定外の原因が潜む可能性を考慮した、判断保留の意味なのです。

検討期間中、少なくとも1回ワクチンを接種した方は6,000万人を超えています。その内、半数以上の3,200万人弱が65歳以上です。もしワクチン接種が死亡原因として有意であるなら、亡くなられたのが1,155人というのは、約0.002%で少なすぎます。65歳以上だけで考えても、約0.003%に過ぎません。

少し不謹慎な言い方ですが、同じ期間で例年なら37~56万人ほどが死亡するはずです(2,000~3,000人×186日)。この中に「偶然、ワクチン接種の後に亡くなった方」が含まれたと考えることは、はたして不自然でしょうか。

変異株とワクチン
変異株の出現により抗体の効果が下がったという研究報告がありましたが、それはあくまでも培養細胞での実験結果です。

さらに「抗体の効果が下がった」といっても、実験で「変異株のスパイクタンパク質と抗体の結合する割合が減少した」という意味です。つまり「変異株が抗体と結合しにくい」ので「感染しやすくなったのかもしれない」と予測されるわけですが、抗体とスパイクタンパク質の結合能や抗体量だけが、免疫の評価ではありません。免疫の臨床的な効果は、もっと複雑なのです。

また、ワクチン接種後半年で抗体量が減ったという報告もありますが、「それでも予防効果はワクチン未接種と比較にならないほど高い」ということも事実です。

獲得免疫の全体像
以前にも、獲得免疫(acquired immunity)自然免疫(innate immunity)について触れたことがありますが(第13回、第16回)、改めてご説明いたします。

体内に異物が侵入すると、まず白血球などによる自然免疫が働き、そこで防ぎきれない異物には、抗体を中心とした獲得免疫が働きます。
ざっくり言うと、「自然免疫」が異物を「手あたり次第(非特異的)」に排除するのに対して、「獲得免疫」は「手強い異物を特別に認識し、かつ記憶して」から排除します。

つまり、ワクチンは、体内に特定の異物が侵入した状況を疑似的かつ安全に再現して、獲得免疫を誘導しているわけです。

ここから、さらに免疫の理解を深めるために、細胞性免疫(cellular immunity)液性免疫(humoral immunity)という2つの側面から説明しましょう。
細胞性免疫は、自然免疫の主役です。その名の通り、細胞(白血球の一部)が、食作用(phagocytosis)細胞障害性(cytotoxic)で異物を排除します。

食作用は貪食(どんしょく)ともいい、「異物を細胞内に取り込んで消化すること」です。また細胞障害性は、本稿では「異物である細胞にアポトーシス(apoptosis:プログラム細胞死)を起こさせること」と理解してください。

一方、液性免疫は、血漿に含まれるタンパク質を中心にした免疫機構です。自然免疫で働く補体は、肝臓が産生する特殊なタンパク質です。
異物の細胞表面に結合して細胞膜に孔を開け、異物の細胞を溶解します。一方、獲得免疫で働く抗体は、前述したようにリンパ球が産生し、特定の異物に結合して排除を促進します。

白血球の分類
さて、細胞性免疫の詳細を語る前に、主役たる白血球のキャラクターを紹介しましょう(表1)。

 

白血球は、大きく顆粒球単球リンパ球に分けられます。さらに顆粒球は好中球好酸球好塩基球、単球はマクロファージ樹状細胞、リンパ球はナチュラルキラー細胞(natural killer cell、NK細胞)T細胞B細胞に分けられます。

近年は、T細胞の細分類が進んでいて、今のところキラーT細胞ヘルパーT細胞レギュラトリーT細胞が知られています(他のT細胞もあるようですが研究途上)。B細胞は形質細胞メモリーB細胞に分けられます。

これら白血球で、自然免疫を担うのは、好中球NK細胞です。好中球は、循環血液中に最も多く、体内で異物と最初に会敵するので、侵入する異物を手あたり次第に貪食します。

NK細胞は、細胞障害性で異物を攻撃します。幅広い異物を認識することが特徴で、侵入した異物のみならず、感染した細胞やガン細胞など、身体の中で「もう“自分”ではない」と判断されたものを何でも攻撃します。実は、免疫のキモは、この「自己/非自己の違いが何か」にあるのですが、難しくなり過ぎるので、別の機会に解説します。

マクロファージと樹状細胞
さて、細胞性免疫は、自然免疫だけではなく、獲得免疫にも関わります。その最初に働くのが、単球から分化したマクロファージ樹状細胞です。

単球は血中を流れていて、血管外に染み出たものがマクロファージに分化します。特に、上皮組織(皮膚/呼吸器粘膜/消化管粘膜など)で分化したものが樹状細胞です。上皮組織は外界に触れる部位なので、樹状細胞は、まさに免疫の最前線で働いていると言えます。

この2種類の細胞は、好中球と同じく貪食するのですが、さらに抗原提示ができます。抗原提示とは、貪食した異物を細かく断片化し、自身の細胞表面に突き出す能力のことです。この「異物の断片」こそ、抗原なのです(図1①~②)。

 

マクロファージや樹状細胞から提示された抗原は、抗原との接触経験がないT細胞(ナイーブT細胞)に伝えられます。抗原の情報を受け取ったT細胞は、キラーT細胞とヘルパーT細胞に分化します(図1②~③)。

キラーT細胞は、NK細胞のように細胞障害性を持ちますが、特異的な抗原を持つ細胞だけを攻撃します。一方、ヘルパーT細胞には2つの働きがあって、1つは、サイトカイン(細胞が分泌する生理活性物質の総称)の分泌です。
ヘルパーT細胞のサイトカインは、細胞性免疫の貪食や細胞障害性を活性化します。2つ目の働きは、B細胞による抗体産生のサポートです。

まず、抗原との接触経験がないB細胞(ナイーブB細胞)が、様々な異物を取り込んで抗原提示します(図1①’~④)。そして、ヘルパーT細胞の持つ抗原の情報と合致したものだけが選抜されて増殖し、形質細胞とメモリーB細胞に分化します(一次応答、図1⑤~⑥)。

形質細胞は、抗原に対応する抗体を産生することに特化した細胞です(図1⑦)。この抗体が、異物の排除に働きます。ちなみにメモリーB細胞は、形質細胞に分化する直前の細胞(前駆細胞)で、形質細胞のストックになります。

後日、同じ抗原を認識すると、すばやく形質細胞に分化して抗体を産生します(二次応答、図2)。もちろん、先に分化した形質細胞も抗体を増産します。

 

抗体の働き
抗体には、大きく3種類の働きがあります。1つ目は「中和作用」です。中和作用とは、異物の感染に関わる部分に抗体が結合することです。異物が細胞に結合すること(ウイルスなら感染そのもの)を防ぎます。

2つ目は「細胞性免疫の強化」です。抗体が結合することは「自分でないこと」の証拠です。したがって、抗体の結合した異物は、貪食や細胞障害性を受けやすくなるのです。

3つ目は「補体依存性細胞傷害」です。抗体は、前述した補体の活性を高める性質があります。つまり、抗体の結合した異物(細胞)は、溶解しやすくなります。

先の「抗体の効果が落ちた」という実験では、上記1つ目の中和作用を指標にしていました。ちなみに、最近、緊急承認された新型コロナウイルス感染症の治療薬である中外製薬「ロナプリーブ」とグラクソ・スミスクライン「ゼビュディ」は、この中和作用を期待して、抗体を薬として使うものです。したがって、ワクチン接種完了者が感染したとき(ブレイクスルー感染)には、使う意味がありません。

 

図3にまとめましたが、中和作用は、獲得免疫の全体からすれば、ほんの一部にすぎません。仮に、半年で抗体量が減ったためにブレイクスルー感染したとしても、迅速な二次応答が重病化を防ぎます。

実際、最近の重病者はワクチン未接種者ばかりで、ブレイクスルー感染者には、ほとんど重病者はいません。今は、感染防御のために3回目の接種を検討するより、どれだけ若い世代に接種を増やすべきかと思います。

最後に、毎年の接種については明言できませんが、個人的には必要ないと予想しています。もちろん、今後出現するであろう変異体の性質次第ですが。