Column
第20回 新型コロナウイルスとワクチン |
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<質問> 本羅先生、こんにちは。ようやく新型コロナウイルスのワクチンができたとニュースで聞きました。それも90%も効果があるそうですね。これで少しは安心できる世の中になってくれるのでしょうか?(神奈川県 T.S.)
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<回答> T.S.さん、ご質問ありがとうございます。新型コロナウイルスとの長い闘いも、いよいよ大詰めを迎えようかというところですね。何せ、切り札とも言えるワクチンが完成間近ですから。ただし、朗報とはいえ、まだ油断は禁物です。 というより、「ワクチンの有効性が90%」の報道は、色々と誤解を招くと危惧しています。おそらくですが、報道を聞いて、その意味するところを正確に把握している視聴者は、かなり限られているのではないでしょうか。そもそも報道側が勘違いしている可能性も高いと思います。 ワクチンを巡る一連の報道 ここ最近で報道された内容をフォローしておくと、次のようになります。 まず、2020年11月9日、アメリカのファイザー社とドイツのビオンテック社が開発中のmRNAワクチン「BNT162b2」が、第3相試験の中間解析(つまり暫定的なデータ)で、90%を超える予防効果の有効性を示したと発表し、世界的なニュースとなりました。 その2日後の11日には早くもアメリカの食品・医薬品局(Food and Drug Administration, FDA)が認可しました。実は、これに先立ち、イギリスでは11月2日に緊急承認し、罹患後の重症化が懸念される高齢者と医療従事者に優先して8日から接種を始めています。 11月10日には、ロシアも自国で開発したウイルスベクターワクチン「スプートニクV」の有効性が92%と発表し、またインドでは11月7日にイギリスのアストラゼネカが開発中のウイルスベクターワクチン「AZD1222」の緊急使用が申請されました。 そして11月30日、アメリカのバイオテック企業モデルナが開発中のmRNAワクチン「mRNA-1273」が、これも94%以上の有効性があったとしてFDAと欧州医薬品庁(European Medicines Agency, EMA)に申請され、早期承認の見通しです。 日本国内では、12月17日現在、アンジェス社(大阪大学発ベンチャー)の「DNAワクチン」や塩野義製薬の「組換えタンパク質ワクチン」が治験を進めています。 ワクチンの種類 続けて耳慣れない「〇〇〇〇ワクチン」について説明しましょう。 第13回で「生ワクチン(弱毒性の病原体)」と「不活化ワクチン(死んだ病原体や、その一部)」を紹介しました。 近年は、この2種以外にも、バイオテクノロジーを駆使した「組換えタンパク質ワクチン」や「ウイルス様粒子ワクチン」といった新しいワクチンが実績を上げています。 組換えタンパク質ワクチンは、病原体の免疫応答する部分(タンパク質)を遺伝子組み換え技術で微生物に作らせたものです。 ウイルス様粒子ワクチンも似ているのですが、これはウイルスの殻(タンパク質)だけ、いわば「中身が空っぽのウイルス」を微生物に作らせたものです。 以上の4種類のワクチンに共通することは獲得免疫のための「抗原」ということです。そして、どんなに頑張っても新規のワクチン開発には数年を要することが普通です。 次世代ワクチンの登場 ところが今回、新型コロナウイルスに対して、全く新しい発想でワクチンの開発が進められています。それが次世代のワクチンである「遺伝子ワクチン」です。 遺伝子ワクチンには3種類あって、先に挙げた「BNT162b2」や「mRNA-1273」はmRNAワクチン、「スプートニクV」や「AZD1222」はウイルスベクターワクチン、アンジェス社のDNAワクチンがあります。それぞれを簡単に説明すると、次のようになります。 1) DNAワクチン:病原体の抗原になるタンパク質の遺伝子(DNA)そのものを合成して投与する。ただしDNAは分解されやすいので工夫が必要。 2) mRNAワクチン:遺伝子からタンパク質が発現するときの仲介物質(mRNA:メッセンジャーRNA)を投与する。DNAワクチンより、さらに分解されやすく、取扱が難しい。 3) ウイルスベクターワクチン:安全性が確認されている(非感染性の)ウイルスを抗原タンパク質遺伝子のベクター(Vector:運び屋)として遺伝子導入し、投与する。ベクターのウイルス自身が免疫で排除されないように設計する必要がある。 これまでのワクチンが抗原そのものであることに対し、遺伝子ワクチンとは、抗原となるタンパク質の遺伝子です。遺伝子ワクチンは、体内に取り込まれて抗原となるタンパク質を作り、免疫反応を生じさせます。 「遺伝子ワクチン」のメリットと懸念 遺伝子ワクチンの一番のメリットは、開発スピードが圧倒的に早いということです。それは遺伝子工学の発展で、病原体のゲノム(genome:全遺伝子)の解読やDNA/RNAの合成が容易かつ速くなったこと、病原体そのものではない遺伝子を扱うため開発での安全性が比較的高いことなどが挙げられます。 ただし懸念もあって、取り扱いの難しさ(-60~-80℃で保存)もさることながら、実質、今回の新型コロナウイルスワクチンが、遺伝子ワクチンの初めての実用化なのです。ただでさえ医薬品の安全性は厳しく評価するべきなのに、初めてともなれば、より厳重に安全性をチェックするべきなのは言うまでもないでしょう。ここから、冒頭にお話しした「勘違い」に言及したいと思います。 ワクチンに関する勘違い おそらく普通の人は「90%の有効性」と聞けば「10人中9人の感染を防げる」「感染しても発症を90%抑えられる」と思うでしょう。 しかし今回の治験、簡単なイメージは以下の通りです。例えば、プラセボ(placebo:偽物)とワクチンを各々1万人に投与したとします。 その後プラセボ群から10人が感染し、ワクチン群から1人が感染したとします。このとき(10-1)÷10=0.9で90%のリスクが減った(≒予防効果があった)、と解釈するのです。 ここには、計2万人が全く同じ感染リスクに晒されているという仮定があります(実際、そんなことはありません)。さらに、獲得した免疫が続く期間も未知数ですし(より長期の経過観察と調査が必要)、ワクチン接種後に感染する可能性についても検討されていません。 そもそも数万人程度では医薬品の有害事象(アレルギーや副作用に限らない様々な病的反応)を把握しきれるものではありません。実際、12月17日現在、海外でワクチン接種によるアレルギー反応の事例が何例か報告されています。 したがって、現時点では、ワクチンを接種したといっても感染リスクは無視できません。前々段にも述べたように、遺伝子ワクチンの安全性と有効性を大々的に検証することは初めてなのです。私も「懸念だけで終わってほしい」「劇的に効いてほしい」とは願っていますが、慎重に進めるに越したことはないと思いますし、もうしばらくは感染リスクに気を付けて生活するつもりです。 |