翻訳会社 ジェスコーポレーション

技術翻訳 特許翻訳 法務・法律翻訳 生命科学翻訳 マンガ翻訳 多言語翻訳   
翻訳会社JES HOMEColumn > archive

Column


第18回 新型コロナウイルス(2)
<質問>
世界的に、まだまだコロナ禍が収まりません。日々、有名人の感染や訃報がニュースを賑わしています。ただ、冷静になってみると、日本では、これまでTVで騒がれていた数十万人規模の感染者なんていませんよね。そんな状況にならなかった理由として、既に日本人に免疫ができていたとか、特別な遺伝子が重症化に関わっていたとか、色々と言われているのですが、本当のところ、どうなのでしょうか。(神奈川県 N.K.) 
(2020年10月)
<回答>
N.K.さん、ご質問ありがとうございます。おっしゃるように、日本のコロナ禍の第2波では、感染者数は増えたのですが、重症者数や死亡者数の増加は抑えられています。
解釈としては、PCR検査を受けられる基準を拡大したことから陽性者は増えたが、実際は「感染に至らない/発症しない人」を多く検出したということだと思います。

第11回で解説したように、本来、検査は「症状のある人」に対して「原因を確定し、状態を把握すること」を目的に行います。
闇雲に検査すると、偽陽性(感染者と間違われること)が確率的に生じます。特にPCR検査は、感度(感染者の判定率)が高くないので、注意が必要です。

確かに、日本におけるコロナ禍の状況は、他国に比べて緩やかに推移していることは間違いありません。
中でも、死者数は1669人(10/17付)と、数万~十数万人規模の欧米諸国に比べると桁違いに少なく抑えられています。これに関して、何か特別な事情があるのか、と考えたくなるのは当然だと思います。

日本はすでに集団免疫を達成しているか?
中でも、最近、「日本社会は、既に集団免疫を達成している」という説を発表したのが京都大学の上久保靖彦教授です。

集団免疫(herd immunity)とは、ある感染症に対して免疫を持つ人数が、集団内で一定の割合に達すると、感染症の広がりが抑えられる/緩やかになるという公衆衛生学上の概念です。

ちなみに「herd」は、「群れ」の意味です。上久保教授の説のポイントは、次の2つです。まず、今回の新型コロナウイルスには3つの亜種があり、その内の1つが重症化の多いタイプで、他の2つは普通の風邪と変わらないものだということ。

 

続いて、日本では比較的軽症なタイプが先行して広がっていたために集団免疫ができており、後から広まった重症化タイプを防御した、ということです。

ただし、上久保教授の論文を拝見したかぎりでは、3つの亜種をウイルス学的に、あるいは公衆衛生学的に確認できているわけではなく、今回のパンデミックが起きる前のインフルエンザの感染状況を手掛かりに、状況証拠を積み重ねた推測です(科学的ではありますが)。

今後、色んな調査や研究によって、事実が確認されるだろうとは思いますが、個人的には、現時点で多くの日本人が本当に新型コロナウイルスに対する免疫を持っていて、私たちは日常を取り戻して良いと言い切れないと思います。

ネアンデルタール人の遺伝子があると重症化する?
続いて、N.K.さんのご指摘の2点目である「新型コロナウイルス感染で重症化に関連する遺伝子があるようだ」というニュースについて解説します。

興味深いことに、その遺伝子はネアンデルタール人(英:Neanderthal)、学名ホモ・ネアンデルターレンシス(Homo neanderthalensis)に由来するのだそうです。

 

私たち現生人類(ヒト)、学名ホモ・サピエンス・サピエンス(Homo sapiens sapiens)は、アフリカで誕生してから世界中に広がりました。その過程で、近縁の各ヒト属亜種と異種交雑していた可能性が指摘されていて、ヒトも異種の遺伝子を受け継いでいるという説が知られるようになりました。

今回のニュースは、新型コロナウイルス感染症の重症者と軽症者のゲノム(遺伝子の配列全て)を比較したところ、重症者に特有の遺伝子領域が見つかって、それが件のネアンデルタール人に由来する部位と推測されたということです。

実際に、ネアンデルタール人の遺伝子領域と一致したそうですが、今のところ、どんな機能を持った領域なのかは分かっていません。

その遺伝子領域を世界の代表的な民族のゲノムを登録したデータベースから探索したところ、バングラディシュを中心にした南アジアの人々では人口の半分が、その遺伝子領域を持っていました(下図)。ちなみにアフリカや東アジアでは、ほとんど見られません。

 

このニュースのポイントは、人種という遺伝的背景の違いが新型コロナウイルス感染の重症化と関係しているように見えることにあります。

実際に、日本を含む東アジアが欧米よりコロナ禍の少ないことの説明になりそうです。しかし、繰り返しになりますが、ネアンデルタール人に由来する遺伝子領域が私たちの体の中で何をしているのかは分かっていません。そういう意味では、この遺伝子と重症化は「相関関係」にあっても「因果関係」というには早計です。

重症化リスク
重症化リスクとしても、これまでに言われている高齢者と基礎疾患を持つ患者さんの方が大きいです。

疾患としての新型コロナウイルス感染症の推移には、4段階あります。

まず無症状に近い「感染初期」に始まり、上気道(鼻腔・咽頭・喉頭)の炎症で風邪のような「軽症」、下気道(気管・気管支・肺)に炎症が広がって息切れになる「中等症」、そして呼吸困難のために人工呼吸器が必要になる「重症」です。

重症の中でも、肺水腫(炎症のために染み出した血漿が肺胞を満たしてガス交換できない状態)が進むと、体外式膜型人工肺(Extracorporeal membrane oxygenation, ECMO)を使います。ここまで炎症が酷くなるのは、通常の働きを超えて、免疫系が暴走しているからです。

現在、医療従事者の懸命な努力によって、上記した4段階の推移に合わせた、新型コロナウイルス感染症の標準治療が確立しつつあります。

「感染初期」に対しては自覚が困難なため、そもそも治療はできません。だからこそ、普段から「自分が感染している」として「3密」を避けて生活することが大切です。「軽症」には、通常の風邪と同様に解熱・鎮咳の対症療法を施します。

「中等症」では、対症療法に加えて、第13回で説明した抗ウイルス薬(レムデシビルファビピラビル)でウイルスの増殖を抑え、「重症」になるとステロイド系消炎剤(デキサメタゾン)や免疫抑制剤の一種(トシリズマブ)を併用します。

特に、レムデシビル(Remdesivir)とデキサメタゾン(Dexamethasone)、トシリズマブ(Tocilizumab)の3剤を併用する「RDT療法」で、死亡者の割合を有意に減らせるようになってきました。使える薬も増えてきましたし、ワクチン開発も順調に進んでいます。もう少し、油断なく過ごしていきましょう。