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生命科学翻訳


生命科学の各分野で経験豊富な翻訳者が多数在籍しています

ジェスコーポレーションの「生命科学翻訳」は、バイオテクノロジー、医薬、医療機器、農学、保健学、栄養学、森林科学、海洋学等、それぞれの分野に経験豊富な翻訳者が担当いたします。
また言語に関しても、英語のみならず、中国語、韓国語、ベトナム語、インドネシア語等、多様な言語の経験があります。
生命科学に関する翻訳は、ジェスコーポレーションの翻訳スペシャリストにおまかせください。

<生命科学翻訳の取扱分野>
農業資材技術(育種、肥料、農薬)、農業関連技術(土木、機械、情報)、栽培、農業バイテク製品、遺伝子組み換え農産物、人口呼吸器、麻酔器、内視鏡、血圧計、ゲノム創薬、抗体医薬、アンチセンス医薬品、分子標的薬、分子生物学、腫瘍学、臨床試験、生物学、畜産学、植物、作物生産管理システム、生化学、生態学、水、加工食品、漢方薬など



生命科学の翻訳実績


過去の翻訳実績の一部を下記にご紹介させていただきます。
<日本語⇒英語>
精密農業への取り組みとその実際例
接ぎ木の技法と応用例
タンザニア研修資料
解説書 -生物多様性編-
超高速ゲノム解読装置の開発
生命プログラム再現科学技術推進に関して
イネゲノム解析
ジャポニカアレイ設計
ヒトゲノムDNAアレイ
医療用電子機器および医療用電子機器の制御方法
欧米業界手術器具レーザー刻印の概要
大学院医学研究論文
蛍光顕微鏡システム比較表
体外循環症例データベース
無線伝送式pHメーター
MEDICA報告書
健康関連ディスカッション
コホート説明書/コホート同意書
MRI 説明書/MRI 同意書
インフルエンザの流行に備え
歯科と健康管理
公衆衛生リーフ
塩試験方法
安全衛生監査規程
安全衛生管理資料
吸汗速乾
<中国語⇒日本語>
医薬包装規程一覧
禁止されている食品添加物について
化学肥料と農作物に関する報告書
農業関連技術向上へ向けて
農薬と遺伝子組換え技術について
精密農業の実態調査
土壌環境制御技術
遺伝子組み換え農産物、水産物の安全性に関する論文集
果実栽培における農薬の使用に関する各種規則及び通達等
遺伝子組み換えベクターとしての大腸菌及びレトロウイルスの可能性
農薬の製造方法
遺伝子組み換え作物の安全性に関する各種規定及び通達等
動物用医薬品のGMP
各種農薬等に関する国家標準
人獣共通感染症に関する論文
<日本語⇒韓国語>
医療器具(歯科・医科製品)カタログ
カプセル内視鏡カタログ
工業用内視鏡・X線カタログ
外国人結核患者の看護と外国語対応
結核への外国語対応に関するアンケート
 日本語⇒ベトナム語>
外国人結核患者の看護と外国語対応
結核への外国語対応に関するアンケート
衛生管理マニュアル
<日本語⇒フランス語>
日本の医療保険制度について
<日本語⇒スペイン語>
バイオの研究開発と予算について
精密農業の作業サイクル
可変農作業機等の開発と農作業機械の自動化
農地利用集積の進行と経営規模の拡大
有機農法、自然農法、減農薬農産物
<日本語⇒ポルトガル語>
形態に合わせた農業技術のパッケージ化の必要性について
農業経営規模の拡大と労働時間の短縮
地下水位の設定と農作物
精密農業によるコスト低減効果
稲作復興研修コース資料
生長管理のためのITの活用
<日本語⇒ドイツ語>
バイオテクノロジーフレームワーク
農薬と遺伝子組み換え食品に対する意識調査
<デンマーク語⇒日本語>
医薬品カタログ
食肉の安全管理について
<ウクライナ語⇒日本語>
 ウクライナの穀物生産調査報告書
<日本語⇒ブルガリア語>
健康診断書
<ハンガリー語⇒日本語>
食肉の衛生管理について
ブタペストにおける食の嗜好調査
<英語⇒日本語>
農業用フィルム資料
種子カウンター操作マニュアル
圃場内のばらつきと収穫との相関関係
ハイブリッドコーン
初乳後に最適な子豚用ミルク
給餌システム
農業施設用ヒーター 取扱説明書
ヨーロッパにおける三圃式農法の歴史と日本への影響
米国農務省牛海綿状脳症(BSE)関連文書
遺伝子組み換え作物の普及率詳細
DNA マーカー育種の工程
バイオマス燃料報告書
医療用ソフトウェアのご紹介
食品の国際規格
新型インフルエンザ
ライフサイエンス産業向けソリューション
ライフサイエンス関連Webサイト
<英文校閲>
〝塩”に関連する研究論文・・・多数
<日本語⇒中国語>
15分でわかるセルフケア
PED商品一覧
結核への外国語対応に関するアンケート
ピロリ菌に対する検査結果
プロポリス 最新研究資料
ヘルペスについて
リュウマチに対する効果例
安全衛生規定
遺伝子診断によるゲ ノム創薬
医科大学付属病院文書
医療機器保守マニュアル
外国人結核患者の看護と外国語対応
看護師経験に関するアンケート
間質性肺炎に対する効果例
歯科用機器カタログ
重要遺伝子の特許化
体外循環症例データベース
中国のベビースキンケア市場
中国向け処方表 & 概要
内視鏡カタログ
日本のバイオテクノロジーにおける課題
入浴剤、育毛剤説明書
農業における無人可変作業ロボットの将来性
発酵技術と品種改良
美容関連機器説明書
末期ガン患者の症例
目のしくみと目の病気について
<英語⇒中国語>
医学的診断書
環境、健康、安全に関する宣言
<韓国語⇒日本語>
健康診断書
<日本語⇒インドネシア語>
外国人結核患者の看護と外国語対応
結核への外国語対応に関するアンケート
<フランス語⇒日本語>
フランスにおける就農数の推移と今後の課題
フランス農業と穀物市場
ブルキナファソ農業・農村地域開発プロジェクト
<スペイン語⇒日本語>
農作物品質向上のための日々の取り組み
土木技術の改良による干拓事業の推進
バイオテクノロジーの農業への拡大
スペイン農業の競争力と就農者の所得について
植物工場への取り組みとその課題
<ポルトガル語⇒日本語>
マテ茶の効用
アサイーに関する報告書
有機肥料と化学肥料の実態調査
セラード地帯における穀物生産について
農作物の収量予測システム・装置
<オランダ語⇒英語>
産業医向け「ガンと職場復帰のガイドライン」
<スウェーデン語⇒日本語>
医薬品カタログ
<ノルウェー語⇒日本語>
水産物に関する調査報告書
魚介類の取扱いに関する注意事項
<ロシア語⇒日本語>
キルギスタン農協、食の安全
<クロアチア語⇒日本語>
クロマグロの実態調査報告書
<ギリシャ語⇒日本語>
医薬品説明書
果実と野菜に関する報告書


Column




 本コラムでは、皆様からの生命科学に関するあらゆる質問にお答えします。
 webへ掲載可能なお名前(ニックネーム)にて、ご質問お願いします。

作者略歴
作者名:本螺 新一郎(ほんら・しんいちろう)
大阪大学大学院医学系研究科博士後期過程修了。医学博士(Ph.D.)。
理化学研究所などで研究員を務め、現在は民間の研究開発職。
専門は医学・生物学(生理学、病理学、栄養学、神経科学、医用工学、幹細胞工学など)。

第11回 臨床検査とPCR
<質問>
新型コロナウイルスの影響で、すっかり自粛ムードが続いていますね。巷では、不手際だの後手に回っているだの喧しいですが、個人的には、特に検査について気になっています。インフルエンザでは、わりと簡単にできた検査が、なぜ新型コロナウイルスでは、する/しないで大騒ぎになっているのでしょうか。それに、よく耳にするようになったPCR検査が、今一つ分かりません。本螺先生の解説を伺わせてください。(東京都 M.U.)

<回答>

M.U.さん、ご質問ありがとうございます。この3月11日にWHOが(宣言はしていないものの)パンデミックを口にし、新型コロナウイルス騒動も、すっかり大事になってしまいました。TVからは、日々、恐怖を煽る報道やワイドショーが流れています。世間がパニック気味になるのも仕方がないとは思いますが、できるかぎり「冷静に、正しく」怖がりたいものです。以下の解説が、皆さんの不安を少しでも解消できたら幸いです。

「検体検査」と「生理機能検査」
さて、今回の新型コロナウイルス騒動ですが、私は、特に「臨床検査の目的や結果が誤解されている」と感じました。詳細は教科書に譲るとして、ざっくり説明いたしますが、臨床検査は「検体検査」と「生理機能検査」に分けられます。

検体検査は、患者さんから採取した生体資料(血液、尿、糞便、細胞など)から情報を得ます。一方で、生理機能検査は、医療機器(レントゲン、心電図、超音波、CT、MRIなど)を使って患者さんの身体を直接調べます。

今回、M.U.さんのご質問にある「インフルエンザウイルス」ないし「コロナウイルス」の検査は、鼻腔から専用の綿棒などを挿入して得られた粘膜を用いるので、検体検査です。

そもそも臨床検査の最大の目的は、医師や看護師による「治療方針」や「経過観察」の決定を補助することです。検査結果から患者の状態を類推するには、医学部や看護学校で学ぶだけでは足らず、臨床経験を重ねながらの長期にわたる訓練が必要です。


どうすれば「偽陰性」と「偽陽性」を減らせるか?
さらに言うなら、検査そのものにも、充分に訓練された臨床検査技師の専門技術や手技が必須です。もちろん検査キットは「誰でも使えて、簡便に結果が出る」ことが理想ですが、実際のところ、科学技術の全てに完璧はありません。

それでも、医療現場で用いられる検査キットは、90%に近い確率で判定できるものばかりです。しかしながら、100%でないことの意味は重要です。これは検査の「感度」と「特異度」について考えれば、簡単に分かります。

たとえば、ある検査が、ウイルスの検出(陽性)と非検出(陰性)を指標として、感染者の99%を判定でき(感度が99%)、感染していない人の99%を陰性と判定できる(特異度が99%)とします。

逆に言うと、この検査では、100人に1人の割合で感染者を陰性と判定し(偽陰性)、感染していないのに検査結果が陽性になるのです(偽陽性)。

検査を機械的に行えば、結果は確率に従います。よって99%の感度・特異度を持つ高性能な検査キットでも、仮に感染者と非感染者が5千人ずつ混ざり合った1万人を全て検査すれば、50人の感染者が偽陰性として放置され、50人の非感染者が偽陽性として不必要な治療を受けます。

見逃された偽陰性の感染者は、治療が遅れて感染を拡大させ、偽陽性の非感染者は、無意味に隔離されかねません。

それではどうすれば、偽陰性や偽陽性の絶対数を減らせるでしょうか?

一番は、医師が診断し、厳選された「疑わしい患者」だけを検査することです。そもそも、臨床検査は「患者を見つける」ためではなく、「医師が診断・治療し、看護師が適切に看護する」ために行うものです。これが理解されていれば、「できるだけ大勢を検査しろ」などという意見は出てこないでしょう。


「迅速診断」と「PCR検査」
続いて、これまでのインフルエンザの迅速診断PCR検査の違いについて説明します。ざっくりと説明すれば、迅速診断では「調べたいウイルスに固有のタンパク質」を検出し、PCR検査は「ウイルスの核酸」を増幅して、同定します。

迅速診断の主流は、イムノクロマト法(Immunochromatography)を応用しています。「イムノ(immuno)」という接頭辞は、「免疫(Immunity)」に関係することを意味します。私たちの体内に侵入した異物(抗原)は、免疫細胞の作る抗体が結合することで排除されます。

この一連の働きを免疫といい、特定の抗原にだけ抗体が結合することを「抗原抗体反応」といいます。イムノクロマト法を含む、免疫組織化学的な手法では、この「抗原抗体反応」を利用して、目的のタンパク質を検出します。

ということは、この検査キットを作成するには、抗体を大量に準備する必要があります。しかし、抗体の作成は容易ではありません。なぜなら、動物の免疫系を利用して作るしかないからです。現在(2020年3月)、新型コロナウイルスの迅速診断ができないのは、その抗体が開発中だからです。

PCR検査のPCR(Polymerase Chain Reaction、ポリメラーゼ連鎖反応)は、元々、分子生物学における実験手法の一つで、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)の特定部位を数時間で百万倍という単位で増幅させることが目的です。

PCRの開発は、現在の遺伝子工学が大発展した原動力の一つで、開発者のキャリー・バンクス・マリス博士がノーベル賞を受賞しています。

マリス博士、ご本人が大変面白いので、興味のある人は調べてください。一つだけ、逸話を披露しますと、マリス博士は自分の受賞は想定外だったらしく、ノーベル賞委員会からの電話に気づかず、報道陣を避けてサーフィンに興じていたそうです。で、受賞を報じた新聞の見出しは、なんと「サーファーが、ノーベル賞!」でした。

そのPCRですが、新型コロナウイルスの検査に応用するには、検体の下処理が必要です。なぜなら、コロナウイルスの核酸はRNAなので、それを鋳型にしたDNAを合成しないと、増幅できないのです。


「感度」と「特異度」の低いPCR検査
そもそもPCRは、いわゆる臨床検査で常用されません。なぜなら、検査というより実験手法に近くて労力もかかります。さらにPCRはDNAを百万倍に増幅しますから、わずかな操作の違いが結果に大きく影響するため、結果の安定性を管理することが他の検査より格段に難しいのです。

PCR検査の感度・特異度ともに低い、という話を耳にした人もおられるかもしれませんが、これが理由です。

結論としては、新型コロナウイルスでは、今のところ迅速診断の検査キットが開発されていないため、時間がかかる難しい手法のPCRを検査に使っているところが、インフルエンザの検査との違いです。

そして、PCR検査は、感度・特異度ともに低いので、検査対象を慎重に選ぶべきです。新型コロナウイルスに対する治療法がないとはいえ、肺炎には適切な対症療法があります。もちろん、高齢者や基礎疾患をお持ちの方に、重症化の危険はあります。むしろ、そうした方たちを守るために、不安に駆られて検査を求めるようなことは避けるべきでしょう。

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第10回 牡蠣の食中毒
<質問>
今年は暖冬とはいえ、まだまだ寒さが身に沁みます。お鍋が美味しい季節ですよね。私は、牡蠣の土手鍋が好きなんですが、友人は、牡蠣にあたるのが怖いと言って、なかなか付き合ってくれません。そこで質問なのですが、「牡蠣にあたる」ことは、他の食中毒とは異なるのでしょうか?(東京都T.Y.)

<回答>

T.Y.さん、ご質問ありがとうございます。実は、私、今までに2回ほど、牡蠣にあたったことがあります。でも、懲りずに毎年食べてしまいます。

先日も、友人たちと、牡蠣を肴に痛飲してしまいました。さて、一口に牡蠣(oyster)と言っても、いわゆる「Rの付く月」に食べる冬のマガキ(真牡蠣:学名Crassostrea gigas)と、身の大きな夏のイワガキ(岩牡蠣:Crassostrea nippona)があります。要するに、通年で牡蠣を楽しむことができるわけです。逆に、牡蠣にあたる可能性も一年中あると言えるわけですが。

食中毒の原因
いわゆる、食中毒の原因としては、大きく細菌ウイルス自然毒(フグやキノコなど)、化学物質(ヒスタミン)、寄生虫(アニサキスなど)などに分類されます。

俗に「牡蠣にあたる」というのはウイルスが原因で、ノロウイルス属のノーウォークウイルス(Norwalk virus)による食中毒です。ノーウォークウイルスは牡蠣に限らず、多くの二枚貝に存在しており、消化管に濃縮されています。

実は、日本においては「野呂」姓の子供がイジメに合うという理由から、ノーウォークウイルスを名称として使うように奨励されています。ノーウォークはアメリカのオハイオ州にある地名で、1962年に小学校の集団食中毒事件で初めて検出されたことから名づけられました。ちなみに、コネチカット州にもノーウォークという地名があります。牡蠣の養殖で有名だそうですが、こちらとは関係ありません。

ノーウォークウイルスは、経口感染によって腸管(十二指腸~小腸)で増殖し、潜伏期間1-2日で急性胃腸炎を引き起こします。胃腸炎は、毒素によるものではなく、ウイルスの増殖に伴う上皮細胞の脱落が原因です。


要するに、ウイルスに感染すると、小腸の内壁がボロボロと剥がれ落ちてしまうわけです。そのために、激しい「嘔吐・下痢・発熱」が症状として現れます。

残念ながら、ノーウォークウイルスの感染に対する治療法は、まだ確立していません。なぜなら、ノーウォークウイルスの培養は難しく、研究が進んでいないのです。ただし、ようやく、2018年になってiPS細胞を応用した培養法が確立されましたから、今後の研究に期待ですね。

治療法がないとはいえ、通常、容体は1~2日で落ち着きますし、後遺症も残りません。まれに、免疫の弱い乳幼児や老人では重症化することもありますが、死亡するほどではなく、「のどに吐しゃ物を詰まらせる」「誤嚥性肺炎」などに注意すれば、また、脱水に対して、適切に補水して経過観察すれば、問題ないと思います。

ただし、止瀉薬(下痢止め)の使用は慎重に判断するべきです。結局のところ、増殖したウイルスを全て排泄しなければ、回復にならないからです。

ノーウォークウィルスには効かないアルコール殺菌
前回、解説したコロナウイルスインフルエンザウイルスと違って、ノーウォークウイルスにはアルコール殺菌が効きません。また、乾燥にも強く、ドアノブなどに付着したウイルスが、1か月近く感染力を失いません。

そもそもの感染力も強く、たった数十~数百個のウイルスだけで感染が成立すると考えられています。したがって、感染予防には、共有設備を次亜塩素酸ナトリウム塩素系漂白剤で消毒し、流水による手洗いを徹底することが重要です。

また、ノーウォークウイルスは、75度で1分以上の熱を加えないと死滅しませんから、食材の中までしっかりと火を通すことも大切です。ちなみに厚生労働省は、食材の中心部が85~90度になるようにして、90秒以上加熱することを推奨しています。

ずいぶんと安全になった生牡蠣
牡蠣に話を戻すと、最近は、生食用の養殖牡蠣が広く出回るようになりました。実は、牡蠣の消化管内ではノーウォークウイルスは増殖しません。なので、出荷前の数日を滅菌した人工海水の中で過ごさせ、牡蠣の中身を洗浄しているのだそうです。もちろん、絶対に大丈夫とまでは言えないのですが、一昔前に比べれば、ずいぶん安全になりました。


平成30年分の厚生労働省による資料では、報告のあった食中毒のうち、ノーウォークウイルスを原因とするものだけで半分を占めるそうです。

ところが、そのノーウォークウイルスによる食中毒の内、牡蠣を含む二枚貝を原因とする食中毒は、たった7.4%しかありませんでした。しかも、ほとんどが加熱不足です。

もっとも多かったノーウォークウイルスによる食中毒は、実に、67.2%が「調理者の不衛生」によるものでした。食器や調理器具の衛生を徹底することで、こうした被害は防ぐことができるというのに、残念なことですね。そして、牡蠣の食中毒は、データ的にはイメージほど酷くはないことが分かります。

T.Y.さんのご友人にも、安心して牡蠣を楽しんでもらえますように。

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第9回 新型コロナウイルス
<質問>
本螺先生、今回初めて投稿させていただきます。職場の同僚が中国に出張することになったのですが、最近、新型ウイルスによる重症肺炎がニュースになっていますよね。やみくもに怖がることはないと思いますが、大丈夫でしょうか。解説をいただけましたら幸いです。(東京都 Y.H.)

<回答>

Y.H.さん、ご質問ありがとうございます。グローバルな仕事で世界を飛び回るのは大変ですね。確かに、各国での感染症の流行に敏感になるのも無理のないことだと思います。

新型コロナウイルス
さて、中国からは、既に新型ウイルスによる肺炎での死亡が伝えられ、つい先日(2020/1/16)には中国から帰国した方に感染が認められたと報道されたところです。

その新型ウイルスは、コロナウイルス(Coronavirus)の仲間だとされています。コロナウイルスの仲間は、インフルエンザウイルスなど一部のウイルスと同様に、エンベロープ(envelope:ウイルス粒子の外殻)を持っています。

コロナウイルスのエンベロープは比較的大きな突起で覆われており、ウイルス粒子の電子顕微鏡写真が、まるでコロナに覆われた太陽のように見えることから名づけられました。余談ですが、コロナ(corona)はギリシャ語の王冠(英:crown)を意味します。


新型ウィルスの感染予防方は?
実は前々回に、風邪とインフルエンザの解説をしたのですが、コロナウイルスの仲間も、風邪の原因になるウイルスの一種です。およそ風邪の原因全体で10~15%を占めると推測されています。したがって、新型ウイルスも、基本的には風邪の予防に努めていれば、感染の機会を減らせると思います。

少し歯切れの悪い言い回しになってしまうのですが、新型に関しては、情報が少なすぎるため、確定的なことは言えません。ただし、一般的な風邪やウイルス感染の予防という観点からは、手洗いやマスク、特に、洗っていない手で目鼻口を触らないようにするということが基本で、ドアノブや手すり、スイッチなど、人の手で触れるところの消毒が感染の拡大を防ぎます。

消毒には特別な薬品は必要なく、一般に使用されるエタノール次亜塩素酸ナトリウムを適切に使用すれば十分なはずです。
国立感染症研究所のホームページに詳しく解説があるのですが、これまでにコロナウイルスを原因とする風邪は4種類ほどが分離されており、一般に軽症で済むことが多いようです。

ところが、近年になって、動物とヒトの間で共通感染するコロナウイルスが見つかりました。それが、今回の話題にもなっている、「新型」と呼ばれるコロナウイルスの仲間なのです。

SARS(サーズ)とMERS(マーズ)
これまでに知られていた新型コロナウイルスの疾患には二種類あります。一つは、Severe Acute Respiratory Syndrome(重症急性呼吸器症候群)で、もう一つはMiddle East Respiratory Syndrome(中東呼吸器症候群)といい、それぞれの頭文字をとってSARS (サーズ)およびMERS(マーズ)と呼ばれています。

SARSウイルスは、2002年に中国の広東省で初めて報告されました。半年ほどで30以上の国や地域に拡散し、8000人以上に感染して、およそ10人に1人が亡くなっているようです。

元は、コウモリのコロナウイルスであったものが、ヒトに対する感染性を獲得して重症肺炎を引き起こすようになったと考えられています。発見当初は、野生動物の中でもハクビシンが宿主であることが疑われていましたが、調査が進んだ今ではキクガシラコウモリから類似したウイルスの感染が確認されています。


一方で、MERSウイルスは、ヒトコブラクダに風邪様の症状を引き起こすウイルスであったものが、ヒトに対する感染性を獲得して重症肺炎を引き起こすようになったと考えられています。名前に「中東」とあり、ラクダに感染していたことからでも推測できるかもしれませんが、MERSは、2012年にサウジアラビアで発見されました。WHOの報告では2019年11月までに27か国の2494人が感染し、その内の858人が死亡したそうです。致死率35%弱ですから、3人に1人が亡くなるわけで、なかなか怖いですね。


新型コロナウイルス対策は、通常の風邪対策で!
少し脅し気味な解説でしたが、安心材料も紹介しておきましょう。他のウイルス性疾患とは異なり、どうやら新型コロナウイルスは、子供達には、ほとんど感染せず、感染しても軽症なのだそうです。

主に中高年以降で、特に、糖尿病など慢性の基礎疾患や体力のない老齢の方が重症化する傾向にあるようです。つまり、通常の風邪対策を万全にしていれば、健康な人の感染ないし重症化リスクは低いのではないでしょうか。

もちろん、今回の新型コロナウイルスは上記した2種類とは異なりますから、油断はできませんが、亡くなった中国の方は61歳だそうですし、日本で感染の確認された方は30代で、既に快復したとの報道です。

今回のお話でもお分かりのように、新しいウイルスが猛威を振るう恐れは、今後も付きまとうことでしょう。おそらく、ほとんどの動物種に対応するコロナウイルスがあるはずです。

実際に、私たちの身の周りにいる家畜やペットにも固有のコロナウイルスがいます。基本的に、コロナウイルスの種特異性は高いのですが、新型に突然変異するウイルスが現れない保証がないことも、また事実なのです。コロナウイルスに限らず、ウイルス達とは、油断せずに付き合っていかなくてはなりませんね。

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第8回 寒い季節と心筋梗塞
<質問>
先日、父が風呂場で倒れてしまいました。幸い、家族が早く気づいて一命はとりとめたのですが、心筋梗塞との診断でした。

父は、特に、これといった持病もなく、健康診断で心臓に異常があると言われたこともなかったので、油断していました。どうやら、この時期は、父のような患者が増えるそうで、気を付けるようにと医師から言われました。

そこで本螺先生にご質問なのですが、なぜ寒い時期には心筋梗塞が増えるのでしょうか?(神奈川県 D.O.)

<回答>

D.O.さん、ご質問ありがとうございます。お父様、大変でしたね。1日も早いご回復をお祈りいたします。

さて、東京都健康長寿医療センター研究所の研究調査によれば、2011年の1年間で17,000人が入浴中に急死したと推計しています。

ヒートショック
おそらく、お父様を含め、多くの症例は、ヒートショック(Heat shock)が原因と思われます。ヒートショックとは、「環境温の急激な変化に伴う健康被害」を言いますが、具体的な重症例としては、血圧の乱高下を引き金として、心筋梗塞脳梗塞くも膜下出血を生じさせるのだろうと考えられています。

また、そこまで重症ではなくとも、起立性低血圧(いわゆる、立ちくらみ)のように、血圧の急激な変化自体が、意識レベルを低下させることも考えられます。

たとえば、温かい室内から浴室のような寒い場所に移動して、かつ脱衣するような状況を考えましょう。人体は、寒さを感じると、体温が奪われることを防ごうと、体表付近の血流を少なくするために、末梢の血管を収縮させます。

つまり、血液の量は変わらないのに、血管内部の容積が減ってしまうわけです。これによって、血液による血管内壁を押す力が強くなる(=血圧が上がる)のです。

さらに、寒さから逃れようとして、急いで熱い湯船に浸かることを考えましょう。すると、先ほどとは逆に、体温より高い熱を逃がそうとして、体表付近の血流を増やすために末梢の血管を広げます。

こうして、結果的に血圧が急激に下がります。もともと血圧は一日の内でも上下動しますが、短時間での大きな変動は、身体にとって(特に心臓や血管)、大きな負担になります。


アテローム性の動脈硬化と「梗塞」
さらに、アテローム(Atheroma)性の動脈硬化を持っていれば、危険度が増します。アテロームは、動脈血管内壁に蓄積した、コレステロール中性脂肪カルシウム、さらにマクロファージ(白血球の一種)など細胞の死骸が混ざったカタマリで、粥腫(じゅくしゅ)とも言います。

血圧が急に上下するということは、血管内壁が引っ張られて、すぐ縮むということです。内壁にくっついたアテロームの接着が弱くなることは、容易に想像できるでしょう。

さらに、勢いよく血管を流れる血液が内壁からアテロームを引きはがしたら、どうなるでしょうか。当然のことながら、アテロームの小片は、末梢の細い血管に詰まって、以降の組織が酸素も栄養も受け取れなくなります。

これが「梗塞」と呼ばれる状態です。そうです。これが心臓で起これば心筋梗塞、脳で起これば脳梗塞という訳です。おそらく、これが、D.O.さんのお父様に起きたことだと思われます。

特に冬場は、部屋と浴室やお手洗いなどと温度差が大きくなりがちです。浴室だけではなく、トイレなどでも、同じようにヒートショックは問題になります。

ヒートショックの予防策
一番の予防策は、暖房設備を工夫するなどして、寒暖差の少ない住環境で過ごすことでしょう。たとえば「あらかじめ浴室に温シャワーを出しておく」「脱衣所の床に乾いた厚めのマットを敷いておく」など、簡単な工夫をするだけでも随分と違います。

なぜなら、環境温に応じた血管の収縮や拡張は脊髄反射で、足裏に寒気を感じるだけでも、全身の血管が収縮を始めるからです。ただし、湿気がこもるとカビが心配ですので、入浴後の換気やバスマットの乾燥を忘れないようにしてください。

サウナも危険?
実は、今回の話と逆のヒートショック(暖から寒へ)も、ありえます。それはサウナです。オジサン文化の代名詞かと思いきや、最近は若い女性の間でも流行りつつあるのだとか。あまり暑さを我慢しすぎるのは危険ですし、さらに、水風呂に飛び込むとなると危険が増すことは言うまでもありません。


サウナの場合、脱水によって一時的に血液が濃くなることも、梗塞の可能性を高めます。これは熱いお湯の入浴が好みの方にも共通です。汗をかくことは気持ち良いですが、その分、適度に給水することをお薦めします。

しかしアルコールや甘いジュースをガブ飲みすることは、かえって脱水を進めますので、水やお茶、スポーツドリンクなどにしておきましょう。ただし、意外にスポーツドリンクは糖分の高いものがありますので、少しご注意ください。

実際、心筋梗塞に比べ、脳梗塞に季節差はないという統計があります。寒い季節は寒から暖のヒートショックが、熱い季節は脱水が、脳梗塞の引き金になっているのではないか、という考察もあるようです。

それにしても、入浴という文化によって、清潔さを手に入れて寿命を延ばした面がある一方で、自然環境ではありえない極端な寒暖差に身体のメカニズムがついていけないということは、なんとも皮肉ですよね。

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第7回 インフルエンザについて
<質問>
本螺先生、こんにちは。さすがに最近は寒くなってきましたね。
この時期、心配になるといえば、インフルエンザです。今年は、近年にない流行だとニュースで耳にしました。幸い、これまで私はインフルエンザに罹ったことはないのですが、毎年、必ず風邪をひいてしまいます。

素朴な疑問なのですが、インフルエンザにはワクチンがあるのに、普通の風邪にはありませんよね。またインフルエンザはタミフルといった薬を病院から処方してもらわないといけませんが、風邪薬は一般の薬局で市販されています。いったい、インフルエンザと普通の風邪は、何が違うのでしょうか?(東京都 H.K.)

<回答>

H.K.さん、ご質問ありがとうございます。
実は、ご指摘のように、今年(2019年)のインフルエンザの流行パターンは、平年とは異なっています。2000年以降で最も激しく流行したのは、新型インフルエンザによるパンデミック(pandemic:世界的な感染症の流行)で、2009年のことでした。もちろん、すぐにワクチンが開発されたため、翌年からは、平年並みに抑えられています。

今年は、2009年ほどではないものの、平年より2ヶ月以上も早く流行りだしています。夏休み明けから全国の小中学校でインフルエンザによる学級閉鎖のあったことも、ニュースになりました。どうやら沖縄での流行が端緒のようで、九州、関西、関東と広がっています。まずは、外から帰ったときの「手洗い」と「うがい」の励行、早めの予防接種が肝心かと思います。

インフルエンザと風邪の一番の違いは?
さて、インフルエンザ(流行性感冒)も風邪(普通感冒、かぜ症候群)も、呼吸器を通じたウイルス感染症で、同じ「急性上気道炎」に分類されます。症状としては、咳、のどの痛み、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、頭痛、発熱、嗄声(させい:声が嗄れること)などで、一般的には、風邪よりもインフルエンザの方が症状は重く、悪寒や高熱、倦怠感(だるさ)、筋肉痛など全身症状を訴えることが多く見られます。


この2つ、一番の違いは、ウイルス(virus)の種類です。インフルエンザは「インフルエンザウイルス」、風邪は「ライノウイルス」や「アデノウイルス」による感染症です。ちなみにインフルエンザ(influenza)はイタリア語で、本来の意味としては「影響(英:influence)」になります。なんでも、16世紀にイタリアの占星術師たちが、インフルエンザ流行の周期性に注目して、星の巡りが”影響”していると考えたのが語源なのだとか。

そのインフルエンザウイルスですが、A型、B型、C型と大きく3つに分類されます。疾病としてインフルエンザと呼ばれるのは、A型とB型が主です。実際、C型のワクチンは作られていません。A型は、人間と豚、豚と水鳥の間で共通に感染します。元々は水鳥の間を行き来する弱毒性のウイルスだったものが、突然変異で、人間への感染性と猛毒化を獲得したと考えられています。

A型ウイルスは、突然変異の速さが最大の特徴です。人間と水鳥の異なる二種類のウイルスが、重なって感染した豚の中で遺伝子組換えを起こし、突然変異を加速していると推定されています。変異が早すぎて免疫が追い付かないことが、A型インフルエンザの克服を困難にしています。

とはいえ、ワクチンの予防接種が無意味なわけではありません。少なくとも重症化を防ぐ効果は認められていますので、積極的な投与をお薦めします。一方、B型は、人間にしか感染しません。また、比較的、遺伝子が安定で、獲得した免疫は長く維持されます。

風邪にワクチンがないワケ
インフルエンザに比べて、風邪は、ありふれた病気です。成人では平均して年に2~3回、小児では年に5~8回は罹患しているという報告があります。ほとんどの風邪の原因はウイルスで、たとえば「ライノウイルス」や「コロナウイルス」「アデノウイルス」などが挙げられます。ただし一部の風邪については、「肺炎マイコプラズマ」や「肺炎クラミドフィラ」といった特別な細菌なども原因になります。風邪の症状は、インフルエンザと異なり、局所的な症状に留まる(多くは、のどから気管支)ことが多いです。ただし、風邪の症状には個人差が大きく、健康状態によっても症状は多様です。

インフルエンザと違って、風邪にはワクチンがありません。より正確に言うと、原因となるウイルスが多く、遺伝子型が百種類を超えるものもあり、実質的にワクチンが開発不能なのです。とはいえ、解熱や咳止めといった対症療法は可能で、それが風邪薬として市販されています。しかし、そもそもインフルエンザにしても風邪にしても、「安静」と「睡眠」、「体温のコントロール」、「水分と栄養の補給」などが適切であれば、自然と回復に向かいます。「風邪に特効薬はないが、自然に治る病気」ということは意識しておいてよいでしょう。もちろん、症状の重さに応じた、対症療法としての投薬は必要です。しかし、あまり薬に頼らず様子を見るという選択肢もあることは、少し強調しておきたいと思います。


タミフルとリレンザ
「風邪に特効薬はない」のですが、一方で、インフルエンザには、タミフルリレンザといった抗ウイルス薬の開発が進んでおり、適切なタイミングで服用すると、回復までの期間は確実に短くなります。ただ、因果関係がはっきりしていないものの、幼児を中心に急性インフルエンザ脳症との関連が取りざたされています。これも慎重な投与および投与後の観察で、対処することが肝要です。急性インフルエンザ脳症との関連としては、抗ウイルス薬よりも、解熱・鎮痛剤の非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs:Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drug)である「アスピリン」「イブプロフェン」「メフェナム酸」「ジクロフェナクナトリウム」などとの関連が重要視されています。現在のところ、インフルエンザを発症した小児に処方される解熱剤は「アセトアミノフェン」のみとなっています。

繰り返しになりますが、風邪もインフルエンザも「手洗い」と「うがい」の励行が、何よりの予防です。特にインフルエンザに関しては、早めの予防接種(ワクチン)が有効です。最後に、ワクチンについて面白い話題を一つ。注射が嫌いな皆さまに、朗報です。実は、パッチ材(経皮吸収型製剤)によるワクチン接種が可能になるかもしれません。詳しいメカニズムを説明するスペースがないのですが、ヌードマウスを使った実験では、副作用もなく良好な結果が得られたようです。近い将来、シップを貼るようにして、予防接種ができるようになるかもしれませんよ。

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第6回 猫のクローンについて(その2)
<質問>
読者の皆さま、こんにちは。
まずは、今回の執筆に先立ちまして、日本列島を蹂躙した、台風19号の被害に遭われた方々に、哀悼の意を表します。この原稿を書いている時点では(10/14)、いまだ各地で河川の氾濫による被害者の救護が続いています。少しでも早い諸設備の復旧と、皆さまが日常を取り戻されますことを祈念いたします。

さて、前回、神奈川県の K.N.さんからいただいたご質問(亡くなったペットの猫は再現可能か?)ですが、猫の毛色が遺伝子的にどのように決まるか、というところまで説明いたしました。今回は、それ以降の「クローンとは何か?」と「愛猫の再現は可能なのか?」の順に解説を続けたいと思います。

<回答>

「挿し木」って「クローン」だったの?
前回の終わりに、クローン(clone)については「人工的に生み出された、遺伝情報が全く同じ個体」と、簡単に説明しました。「人工的」とは書きましたが、正確には「天然のクローン」も存在します。たとえば一卵性の双子や三つ子が、そうです。あるいは、アメーバやゾウリムシといった単細胞生物が細胞分裂で増えた場合、これもクローンと呼んで差し支えありません(「無性生殖」と言います)。

歴史的には、植物の「栄養生殖」、いわゆる「挿し木」のことをクローンと呼んでいました。栄養生殖とは、ようするに「種子・胚」を経由せずに繁殖する様式のこと、つまり雌雄による「有性生殖」を介さずに個体を増やすことです。

そうした概念を植物から動物に拡張したのが、現在、生物学で用いられているクローンという用語です。ちなみに、栄養生殖の例としては、「匍匐茎(ほふくけい:竹)」や、「鱗茎(りんけい:園芸用語の“球根”)」、「塊茎(かいけい:ジャガイモ)」、「塊根(かいこん:サツマイモ)」などがあります。

「細胞の運命」を変えて羊のドリーが誕生
ここからは「動物個体」に絞って、クローンの話を続けます。
クローンの作出については、すでに畜産分野で利用が進んでいます。優良かつ安定した品質の供給を目的としているわけですが、その作出方法は大きく二種類に分かれます。一つは「受精卵クローン」で、もう一つは「体細胞クローン」です。

受精卵クローンは、その名の通り、受精卵を基にした方法です。受精卵から細胞分裂が数回進んだ初期の「胚(はい:Embryo)」は、まだ「分化全能性(あらゆる臓器になれる能力)」を持っています。たとえば4~5回の分裂を経た胚(16~32個の細胞塊)を利用すると、受精卵と同じ遺伝形質を持った動物が、細胞の個数だけ生まれるというわけです(もちろん成功率で左右しますが)。各細胞は冷凍保存可能で、出産は代理母になりますが、受精卵クローンは、まさに「人工的な多胎児」を作成しているといえます。しかしながら、遺伝情報としては親のクローンではないところには、注意が必要です。

もう一つの体細胞クローンは、逆に「親のクローン」を作る技術と言えます。体細胞は、ようするに「体の様々な臓器を作る、生殖細胞以外の細胞」のことです。通常、体細胞は、他の細胞に変化する能力「分化能」はありません。皮膚なら皮膚、心臓なら心臓と、分化が終われば、そのままです。分化全能性を持つ受精卵を頂点として、最終的な臓器の細胞を目指しながら、分化は進みます。これを「細胞の運命(cell fate)」と言います。文学的な表現に聞こえますが、生物学の専門用語です。かつては細胞の運命を変えることはできないと考えられていましたが、1996年に作出された羊のドリーを皮切りに、体細胞から取り出した細胞核を同じ動物種の卵細胞に移植することで、研究レベルでは様々な動物でのクローンが作出されています。


双子は指紋も同じ?
さて、ご質問のあった猫のクローンですが、実は2001年に米国のテキサスA&M大学でクローン猫が誕生しています。このとき雌の三毛猫を実験に使用したので、同じ遺伝情報を持っているクローン猫も三毛猫になりました。しかし、毛色のパターンは、元の猫と異なりました。なぜなら色素沈着の遺伝子発現パターンは、遺伝情報にくわえて環境要因やランダムな発現調節で決まるからです。

こうした、後天的な遺伝子発現の調節を「エピジェネティクス(epigenetics)」と言います。簡単に説明すると、エピジェネティクスとは「どの遺伝子が発現して、どの遺伝子が発現しないのかを、どのように制御しているのか?」ということであり、その謎を解く研究分野のことでもあります。人間でいうと「指紋」や「末梢血管の走行」などは、双子といえども異なることが知られています。同じ遺伝情報の持ち主で、形は大雑把に似るのですが、細かなところは偶然や環境への応答が左右して、柔軟さをもって外界に適応するわけです。エピジェネティクスの全貌については、まさに研究の最前線なので、これから面白い事実が、どんどん判明することでしょう。


クローンは体質や性格を引き継ぐの?
このように見た目(特に毛色のようなもの)が全く同じ個体を作成することは現在のところ難しいのですが、それでは体質や性格については、どうでしょうか?

体格や肉付きなどについては、おおむね遺伝情報で決まります。畜産や酪農で利用が進む理由です。しかしながら、それ以外の体質、たとえば病気への抵抗性や免疫などについては、遺伝性の疾患以外は、後天的(環境・食事など)に決まるでしょう。つまり、エピジェネティクスです。

また性格や行動パターンについても同様です。いくつかの遺伝子が、性格や行動パターンに影響するらしいことが分かりつつありますが、経験や学習などの後天的な要素で決まる方が、最終的な割合としては大きいのではないでしょうか。ここは研究者によって、様々な議論があるところです。

当然ながら、元の猫の生前の意識や記憶、体験などをクローン猫に引き継がせることも、今の科学では不可能です。なぜなら脳という複雑な神経ネットワークを解析することも、ましてや再構成することもできないからです。

結論としては、現状の科学技術では、クローン動物(遺伝子レベルでのコピー)を作出することは可能でも、それは元の動物とは違った個体である、ということになります。

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第5回 猫のクローンについて
<質問>
先日、実家で飼っていた三毛猫が亡くなってしまいました(たぶん老衰です)。そこで、ペットロスの母のために保護猫の譲渡会に行って、できるだけ毛色の似た子を見つけてあげたのですが、やはり「あの子とは違うわね」と言われてしまいました。幸い、貰ってきた子が母になついてくれたので、母も慰められているようで良かったのですが…。

人間のエゴだということは百も承知なのですが、SFのように(クローンというのでしょうか)、最新の科学で亡くなった猫をもう一度生み出すことはできるのでしょうか?(神奈川県 K.N.)

<回答>

K.N.さん、ご質問ありがとうございます。長く時を過ごしたペットは家族も同然ですよね。お母様の悲しいお気持ちはお察しいたします。

さて、ご質問のお答えですが、今の技術で、亡くなった猫のクローンを作製することは可能です。ただし、全く同じ猫の再現は現時点では叶いません。残念ですが、お母様のお気持ちを慰めることは、難しいでしょう。

今回は、このあたりの事情について、少し詳しくお話ししたいと思います。

猫の毛色を決める遺伝子
まず、下の表に猫の毛色を決める遺伝子をまとめました。

White、全身が白色
Orange、茶色
Agouti、1本の毛に濃淡縞が入る
Black、黒色 *Brownと表記することもある
Color Point、顔や耳、四肢、尾のような先端の色が濃い
Tabby、虎縞
Inhibitor、銀色
Dense、色を濃くする
Spotting、白斑(部分的な白色)

すべての猫の毛色は、9種類の遺伝子の組合せで決まります。そして、通常の遺伝子は2つ1組で、どちらか一方が発現します。どちらが発現するのか、ですが、実は、同じ遺伝子でも発現しやすいタイプ(優性)と発現しにくいタイプ(劣性)があります。ちなみに優性の遺伝子はアルファベットの大文字、劣性は小文字で表します。


三毛猫が生まれてくるには
さて、たった9つとはいえ、すべての組合せを解説するのは大変なので、ここでは、K.N.さんのお母様が愛された、三毛猫を例にしましょう。

そもそも三毛猫が生まれてくるには、茶色(O)と黒色(B)、そして白斑(S)の遺伝子が必要です。3つのうち、最も影響の大きな遺伝子は白斑(S)です。したがって三毛猫の遺伝子は、必ず白斑の優性「S(ラージエス)」が含まれている「S, S」か「S, s」で、劣性「s(スモールエス)」だけの「s, s」では白斑は現れません。ちなみに、白斑は腹側から手足に向かって広がり、「S, S」の方が「S, s」よりも面積が大きいです。

次に影響の大きい遺伝子は茶色(O)です。日本人の感覚では「茶色」なのですが、西洋的には「Orange(橙色)」と表現されるのは少し面白いですね。それはともかく、もし茶色の優性遺伝子「O(ラージオー)」が2つある「O, O」の場合、白斑の影響範囲外は、すべて茶色になってしまいます。一方で、劣性遺伝子「o(スモールオー)」が2つの「o, o」の場合、茶色の毛は生えません。したがって三毛猫の茶色遺伝子は、必ず「O, o」の組合せです。

残りの遺伝子は黒色(B)で、優性の「B(ラージビー、黒色)」と第二優性「b(スモールビー、焦げ茶色)」、そして劣性「b-(スモールビーマイナー、明るい茶色)」の3タイプがあります。つまり、黒色(B)遺伝子の影響が薄まると、少しずつ茶色になっていくわけです。以上より、三毛猫には、次のような遺伝子の条件がそろっていることになります。

1)白斑の優性遺伝子(S)を持っていること。 「S, S(広い白斑)」、「S, s(狭い白斑)」
2)茶色の優性遺伝子(O)と劣性遺伝子(o)を持っていること。 「O, o」
3)黒色の遺伝子(B, b, b-)を持っていること。 「B, B(黒色)」「B, b(黒色)」「B, b-(黒色)」「b, b(焦げ茶色)」「b, b-(焦げ茶色)」「b-, b-(明るい茶色)」

そして、こうした遺伝子条件を持った猫では、皮膚の各部分において、次のようにして毛の色が決まります。


オスの三毛猫
ちなみに、オスの三毛猫がほとんどいないことは有名ですが、その理由は茶色遺伝子(O)にあります。実は、OはX染色体に含まれているのです。X染色体を2本持つ場合(X, X)は女性で、X染色体とY染色体を1本ずつ持つ場合(X, Y)は男性になることは、聞いたことのある方もおられるかもしれません。

先に説明したように、三毛猫になるためには、2種類の茶色遺伝子(優性「S」、劣性「s」)が必要です。しかし、そのためにはX染色体を2本持つ必要があります。つまり、基本的には、三毛猫はメスでしか生まれない毛色ということです。ただし、まれにX染色体を2本持つオス(X, X, Y)が生まれることがあります。これは、染色体異常(突然変異)の一種で、クラインフェルター症候群といいます。このように偶然に生まれる特殊な症例でのみ存在するのが、オスの三毛猫なので、とても珍しいわけです。

クローン猫について
話を戻して、クローンについてお話ししましょう。ここでは作成法など、専門的すぎるお話はいたしませんが、要するにクローンとは「人工的に生み出された、遺伝情報が全く同じ個体」のことです。つまり、新しく生まれたクローン猫と亡くなった猫の遺伝情報は全く同じです。

しかし、クローン猫は、元の毛色と全く同じになるとは限りません。なぜなら、猫の毛色は遺伝情報だけでは決まらないからです。そうした、後天的な遺伝子調節のことを「エピジェネティクス(epigenetics)」と言います。つまり、愛猫の毛色の模様は、一匹一匹がかけがえのないものなのです。

それでは、毛色以外については、どうでしょうか。たとえば性格や体質などは、クローン猫に引き継がれるのか、気になるところですよね。

とはいえ、今回は少し長くなりすぎました。続きは次回に持ち越すことにいたします。

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第4回 熱中症について
<質問>
今年は一段と暑さが堪えますね。外を歩くと汗が止まりません。私が子供の頃は、今よりは暑くなかったと思いますし、まして熱中症で亡くなる人なんて、ほとんど聞いたことがありませんでした。

そこで質問なのですが、実際のところ、熱中症で亡くなるとき、私たちの身体の中では何が起きているのでしょうか? もしかして、今と昔を比べて私たちは暑さに弱くなったのでしょうか?(神奈川県 S.U.)

<回答>

S.U. さん、ご質問ありがとうございます。今年は特に梅雨が長かったせいか、蒸し暑さが辛いです。S.U. さんがおっしゃるように、確かに、昔よりも夏は暑く長くなっているようですね。

平成30年の6月に気象庁が公表した「ヒートアイランド監視報告2017」を参照すると、日本の気温は過去100年間で上昇しているようです。

中でも都市部の温暖化は著しくて、例えば東京の年間平均気温は100年前と比べて3.2度も上昇していますし、S.U. さんがお住いの神奈川県における都市部の代表として、横浜市の年間平均気温は2.8度も上昇しています。

熱中症と日射病
さて、私も昔は、熱中症より「日射病(熱射病)」の方をよく耳にしていたように思います。実をいうと、熱中症とは包括的な概念で、高温多湿な環境下で生じる不適応症状の総称です。つまり、日射病は熱中症に含まれる病態というわけです。

近年、熱中症を耳にすることが多くなったのは、住環境が変わったせいで、夜間に発症して救急で運ばれることが増えたから、かもしれません。地球温暖化のようなことを軽々に論ずるのは、分を越えるので控えますが、私たちの住環境が昔よりも著しく変化していることは間違いありません。

 

高齢者に多いのですが、「エアコンは体に悪い」という俗信から夜の就寝時にエアコンを切ってしまうことが熱中症の大きな原因にもなっています。特に体温調節の未熟な5才以下の幼児や、身体の水分量が減っている65才以上の高齢者には、注意が必要です。

地球環境とお財布に配慮することも大切ですが、まずは健康あってのお話であることは意識しても良いのではないでしょうか。

日射病、熱失神、熱痙攣、熱疲労
それでは、熱中症について、簡単に説明しましょう。
先に述べたように、熱中症には、日射病の他、熱失神と熱痙攣、熱疲労が含まれます。

まず、日射病は、直射日光などによって体温が上昇し、大量の発汗によっても体温調節が効かない状態のことです。特に、体温が40度を越えて意識障害を起こした上に無発汗で、むしろ皮膚が乾燥するほどになったものを熱射病といい、ここまでくると命も危ぶまれる状態です。

熱失神は、日射病ほど酷くはないのですが、意識を失うという意味では怖い症状です。原因としては、高温における発汗過多からくる脱水症状に加えて、放熱を目的とした末梢血管の拡張から血圧が低下し、脳に循環する血液が足りなくなることが挙げられます。

熱痙攣も、四肢の痙攣や硬直といった症状がパニックに繋がりやすいため注意が必要な症状です。原因としては大量の発汗に伴って失われた電解質(ミネラル)が補充されていないことが挙げられます。ようするに水分だけ補給して、ミネラル分が極端に薄まった状態なわけです。

最後に熱疲労ですが、これは発汗によって体表温度は正常なのですが、深部体温(身体の内側中心の温度)が高いまま下がっていない状態のことです。脱水によって血液の量が一過性に少なくなったことから、血液循環が悪くなり、深部の熱を体表まで運べないために引き起こされると考えられます。

総じて、熱中症のときには、体内の水分や電解質の量がアンバランスになって、体温が高くなりすぎた状態をコントロールできなくなっているわけです。

ホメオスタシス
そもそも私たちの身体では、様々な調節が複雑なメカニズムで働いています。特に、体温などのように、一定の範囲内に体内環境の変動を押さえるような調節機能をホメオスタシス(Homeostasis、恒常性)といいます。

体温の他には血液や体液、中でも血圧や浸透圧、pH、カルシウム濃度、血糖などがホメオスタシスで調節されています。

またホメオスタシスには、広義の免疫機能(異物の排除)や創傷の修復なども含みます。ようするに、外部環境の変化によって及ぼされる体内環境への影響を最小限にするためのメカニズムといって良いでしょう。

それぞれのメカニズムについて説明することは、ここでは煩雑になりすぎるので、個別の機会に触れることにします。いずれ個人差はあるにせよ、外部環境の影響が大きすぎて、ホメオスタシスの能力を越えてしまうことが、病気の原因の一つといって良いでしょう。

人間は暑さに弱くなっている?
S.U. さんの、もう一つのご質問ですが、私たちが後天的に暑さに弱くなっている可能性については、今の子供たち世代にはありうるかもしれません。というのも、汗腺の数は新生児から幼児期にかけての生活環境で決まるそうなのです。

つまり、温度変化の少ない室内で過ごしてばかりいると、汗腺の数が減るため、体温調節が下手になるというわけです。もちろん世代に特有と言うわけではなく、私達、大人世代でも、快適すぎる環境で育ってきた人は同様です。

 

結局のところ、子供の頃から適度に汗をかく体験をすることには、キチンとした意味があるということです。とはいえ、ものには限度がありますから、ホメオスタシスの効く範囲の環境で、水分やミネラルを適度に補充しながら、熱中症を予防してくださいね。

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第3回 心(自己認識)の発生について
<質問>
本螺先生、こんにちは。ここ数年、私の親戚や友人に出産が続いています。お祝い事が重なると財布が痛いですが、自分に子供がいないせいか、赤ちゃんや子供の相手をしていると心が和みます。そんなこともあって、最近、年の違う何人もの子供たちに接して、子供の心の発達に気づくようになりました。

それぞれの年齢の子供を見ていると、たった数か月の差でも生後からの時期で違いがあるようです。特に物心つく前の、急に人見知りを始めたりする時期の自我の芽生えと言いますか、自分と他人の違いを理解しはじめる時期の発達に興味があります。抽象的な質問で恐縮ですが、こうした「心の片鱗」のようなものは、どのように生まれてくるのでしょうか? あるいは人間以外の動物にもあるのでしょうか?(東京都 R.K.)

<回答>
R.K.さん、こんにちは。私も子供を見ているだけで和みます。私は独り者ですが、妹の子供が小さい頃は、よく可愛がったものです。でも、私の妹からは「たまに相手するだけだから、そんな悠長なことを言ってられるのよ。こっちは毎日が戦争なんだから!」と怒られていましたが(苦笑)。

自己認識(self-awareness)とミラーテスト
さて、おそらく、R.K.さんがお気づきになられた「心の片鱗」のようなものとは、発達心理学などでいう「自己認識(self-awareness)」と呼ばれる心の働きであるように思います。要するに「自分自身を対象にした認識」のことで、言い換えると「自分についてのイメージ」のことですね。主観に関わる、高度な心の働きの一部と考えられています。もちろん「他人の認識」は、自己認識と裏表の関係にあります。そうした心の話は、どちらかというと人文科学や社会科学ではないかと思う方も多いかもしれませんが、「自己認識」を生命科学で研究することだって不可能ではありません。

有名かつ古典的な実験に「ミラーテスト」という実験手法があるのですが、ご存じでしょうか? 

より正確には、ミラーテストでは「自己の(身体的な)視覚イメージ」を持っているのかを確認します。具体的な内容は、それぞれの研究に当たってもらうのがよいと思いますが、ごくごく簡単に言うと、目の前に映る存在が「自分自身」であると認識していることを確認できれば、直接には見えていなかったはずの「自分自身」を視覚的にイメージしていることの証明になると考えるわけです。最も古典的な方法では、被験者の意識のないときに(気付かれないように)目立つ印をつけて、鏡を見たときに、印に気付いて何かの行動を起こすかどうかで判定します。

 

このミラーテストをクリアできるのは、ヒトでは1歳半~2歳くらいからということです(もちろん平均的な傾向です)。そして、ミラーテストに合格する動物は、まだそれほど多く確認されていません。当たり前の話ですが、自然界に鏡はありませんから、動物達にとって「自分自身を見る」という体験は想定外です。そう考えると、この自己認識の能力、つまり心の働きは、とても興味深いですよね。ヒトの場合、ミラーテストをクリアする前の時期では鏡の中の自分に対して「仲の良い友達」のように振舞うようですが、野生動物の場合は「威嚇行動」をするようです。いずれにせよ、鏡に映る像に対して「自己」を見出さず、「他者」として社会的な振舞いを見せるわけです。

そうした「社会的な振舞い」と「自分に付けられた印に気付いて起こす何らかの行動」が切り分けられて観察できるところに、ミラーテストによって「自己認識」が確認できるポイントがあります。ということは、そもそも社会性の希薄な生活パターンで生息する動物や、そもそも自己の視覚イメージに重きを置かない動物が対象のときは、この方法だと原理的に「自己認識」を確認できません。したがってミラーテストに合格しなかったからといって、被験者に「自己認識が無い」とはいえないことに注意が必要です。そうした限界があることを踏まえて、これまでミラーテストによって「心の片鱗」が垣間見えた動物達を紹介してみましょう。

「心の片鱗」が垣間見えた動物達
まずは、ヒトに近い霊長類から。
最も研究が進んでいるのはチンパンジーです。とは言え、彼らも最初は鏡の中の自分に威嚇します。何度か威嚇するうちに「何か変だな?」と気付くようです。一説に寄れば、チンパンジーの知能はヒトの4歳児並だということですし、私達に類する「心の片鱗」を携えていても当然な気もしますね。チンパンジーの他では、ボノボ (別名:ピグミーチンパンジー)やオランウータンがミラーテストをクリアしています。

 

面白いのが、ゴリラでは確認されていないことです。実は、彼らにとって「長時間、他者と目を合わせること」は、攻撃的なジェスチャーなのだそうです。つまり、鏡の中の自分と目を合わせないことが、テストに合格できない理由なのかもしれません。

他の動物では、イルカゾウがテストに合格しています。ゾウが合格できたのは全身が映る大きな鏡を用意できたから、と言う理由だそうなので、もし巨大な鏡が準備できるなら、クジラも合格する可能性は高いのではないでしょうか。

哺乳類以外で合格した動物には、今のところ、カササギ (別名:カチガラス)という鳥とホンソメワケベラという魚がいます。



カササギは、鳥類で一番大きな脳を持つと言われていますが、鳥類には大脳新皮質がありません。つまり「心の片鱗」に、大脳新皮質は必須ではないのかもしれません。ただ個人的にはカラスが合格していないのは謎ですね。ホンソメワケベラは「掃除屋」として有名な魚で、他の大型魚類の鰓や体表から寄生虫を捕食します。他種との社会関係を構築することなどから高い知能を発達させたのではないか?と考えられているそうです。いずれにせよ、「心」がヒトの専売特許ではないらしいことが、少しずつ明らかになってきています。

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第2回 「永遠の命」の理論的な可能性について
<質問>
本螺先生、はじめまして。人間の寿命について質問いたします。昨年のニュースですが、日本人の平均寿命が最高を更新したそうです。今後も、医学の発達とともに私たちの寿命は伸びていくのでしょうが、最後まで元気に過ごしたいものです。

さて、古くなった細胞を入れ替えることにより、人間が「永遠の命」を得ることは、理論的には可能である、という話を聞いたことがあります。iPS細胞などの研究が進んでいけば、本当に「永遠の命」を手に入れることができるのでしょうか?(神奈川県 K. K.)

<回答>
K. K.さん、はじめまして。ご質問をいただき、ありがとうございます。

平均寿命
厚労省がまとめた2017年度の統計では、日本人女性の平均寿命が87.26歳、男性では81.09歳になり、それぞれ世界2位と3位なんだそうです。19世紀までは日本人の平均寿命が40歳代であったことを考えると、たった百年で倍に寿命が伸びたことは、実に感慨深いものがありますね。

ただし、よく誤解されるのですが、平均寿命とは「亡くなられた方の年齢を平均したもの」ではなく、「人口統計の推移から計算した、新生児の余命の期待値」なんです。言い換えると先の数字は、「2017年生まれの子供は何歳まで生きる可能性が高いのか?」という意味になります。

勘の鋭い方なら、平均寿命の長さには「新生児死亡率」が影響を与えるのでは?と直観されるでしょう。実際のところ、周産期医療(妊娠や出産、新生児に関する医療)や公衆衛生の発達が、データとしての「平均寿命の延長」を牽引しています。

 

iPS細胞
さて、京都大学の山中伸弥教授がノーベル賞を受賞したことで、広く知れ渡ったiPS細胞ですが、正式には「人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)」といいます。1文字目のアルファベットを小文字にした理由が、アップル社の携帯音楽プレーヤー「iPod」にあやかっての命名であることは有名ですよね。

iPS細胞そのものの解説は他書に譲ることにして、ここでは「皮膚のような細胞から樹立し、様々な臓器の細胞に誘導できる」という特徴に注目します。なぜなら、まさに、ご質問の肝が、この、iPS細胞における最大の特徴に凝縮されているからです。というのも「細胞を入れ替える」ということは、「移植医療」の分野になります。

移植医療
現状、ほぼ全ての移植医療は「他家移植」といって、ドナー(donor:細胞や臓器の提供者)とレシピエント(recipient:移植を受ける患者)が別人ですから、移植後のレシピエントには拒絶反応が生じます。しかし、ドナーとレシピエントが同じである「自家移植」では、原理上、拒絶反応は起こりえません。たとえば顔などの火傷部位に、臀部などから採取した皮膚を移植するような場合ですね。

同じように、もしiPS細胞によって、患者自身の細胞から移植に必要な臓器を作成して治療に用いれば、それは自家移植なのです。これが、iPS細胞などの幹細胞工学に期待されている究極の目標でしょう。

 

こうした生命工学の発達した先には、病気の治療を超えて、「古くなった細胞を入れ替える」ことが考えられます。つまり「老化を防ぐ」あるいは「若さを保つ」、いわゆるアンチエイジング(anti-aging)の可能性ですね。

人間の寿命が1,000年?

今のところ、人間の寿命の限界は約120歳と考えられています。ちなみに記録に残っている最長寿の方は、フランスの女性でジャンヌ・カルモンさん(122歳164日)です。しかし、身体の老化現象を細胞レベルで解消できれば、寿命1000年も夢ではない、とする科学者もいます。オーブリー・デ・グレイさんというのですが、今のところ、生物学の中では異端扱いです。

しかし妄想と断ずるのは早計です。事実、老化とは「細胞レベルでのダメージの蓄積」ですし、そのダメージを解消するための技術は生命工学の発達で可能になるでしょう。異端とはいえ、彼の考えには魅力があります。ただ、とても過激であることも確かです。一例を挙げると、彼の「ガンを無くす方法」です。

 

ガン
そもそも、ガンとは「細胞分裂の制御が暴走した病態」です。ガン細胞では、細胞分裂に関係するテロメアーゼという酵素が過剰に働いています。そこで彼は「ガンにならないためには、体中のテロメアーゼを無くせばよい」と言うのです。しかし、テロメアーゼが無いと細胞分裂が適切に行われなくなって、かえって寿命が縮みます。それを解消するために、彼は「随時、足りなくなった細胞を移植すればよい」と言います。工学的には理屈に合っていますが、生物学的には、技術的にも思想的にも、なかなか過激だと思います。

永遠の命
まだまだ、SFの領域ですが、もし老化した身体を次々に新しい細胞に交換できる時代になったとしても、永遠の命は難しいでしょう。なぜなら、今の技術では交換不能な身体の部位があるからです。それは「脳」です。確かにiPS細胞から神経細胞を誘導することはできます。しかし脳は、神経細胞同士の複雑なネットワークです。人間の場合、約800億個の神経細胞があり、神経細胞1個には他の神経細胞と1万個の接続があると考えられています。このような天文学的な数で組み合わさったネットワークを再現する技術は、今のところ存在しません。したがって、現時点での人間の寿命は「脳の限界」で決まりそうです。もちろん、今後の科学の発達によっては、これも解消されるのかもしれませんが。

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第1回 はじめまして

はじめまして。本螺新一郎と申します。
この度、生命科学をテーマに本コラムを執筆することになりました。

皆さまからの様々なご質問にお答えする形で、素朴な疑問から最新ニュース、実験技術の解説まで、生命科学諸分野のトピックを分かりやすくご説明していきたいと考えております。

生命科学は、日々猛烈な速さで進歩し続けています。私が今までに得てきた広範な研究経験が、皆さまの理解の一助となれば幸いです。

さて、ご挨拶はここまでにいたします。今回は、もちろん、どなたの質問もございませんので、自己紹介を兼ねて、以下、私の研究歴に雑想を交えながらの1人がたりとなります。

専門分野
ざっくりとした言い方では、私の専門分野は「生理学」ということになるでしょうか。

アカデミックで一番長く研究した分野は、いわゆる脳科学です。ケージ内を自由に動くラット脳の神経伝達物質を分析したり、培養細胞を使って神経発達の解析を行ったり、細胞から個体まで、様々に実験していました。また、幹細胞(ES細胞やiPS細胞)を用いて、応用デバイスの開発や発生にまつわる基礎研究を行っていた時期もあります。
 

あるいは細胞レベルの試験と動物実験、そして人の病理検査を橋渡しできる低侵襲な検査技術の開発にも携わっていました。民間で製薬会社のお世話になることもあり、新規医薬品候補のスクリーニングや薬物動態に関わりました。こうして振り返ると、我ながら本当に広範な研究歴だと苦笑するところです。

まだまだ薬が足りない!
製薬といえば、皆さんは、この世に出回っている医薬品が何種類あるのかをご存知でしょうか?

いわゆる「認可された医薬品」は、「薬局方」に登録されています。薬局方とは「医薬品や生薬の品質規格書」なのです。ちなみに薬局方は世界各国にあり、日本の場合は厚生労働大臣が「医薬品医療機器等法(薬機法)」に基づいて定め公示する公定書です。その薬局方ですが、米英日では、それぞれ約2万種類の生薬や医薬品が掲載されています。

一方で、この世の疾病が何種類あるのか、ご存知の方はおられますか?

世界保健機構(WHO)の作成した国際疾病分類(ICD)によれば、疾病の数は3万から4万種類にも達します。つまり、単純に考えて「まだまだ薬の無い病気が数多く存在する」と言えそうです。

もちろん、詳細に述べれば、抗生物質のように何種類もの病原菌に効果を発揮する薬も存在しますし、同じ病原菌でも異なる病態として報告される疾病もありますから、荒い数字ではあるのですが、ざっくりとした感覚で「万のオーダーの疾病に薬がない」と考えて間違いないと思います。いかに近代科学が進んだとはいえ、人類が病を克服するには、もうしばらく時間が必要なようです。

 

動物実験

私は、アカデミックでの基礎研究が長かったこともあって、動物実験(特にマウス・ラット)を多く行いました。もちろん無益な殺生をしてきたつもりはありませんが、実験データになってくれた実験動物の供養として、慰霊祭には必ず参加しています。

閑話休題。動物実験に際して、彼らに苦痛を味あわせてはならないことは、国際的な常識になっています。いわゆる「実験動物の福祉」ですね。最近では動物実験に「Replacement(代替)」「Reduction(削減)」「Refinement(改善)」の3Rが提唱されています。つまり、同じ効果を確認できるのなら代替可能な実験材料(細胞など)に代え、実験に動物を使うとしても統計学的に必要な最小限度の数に押さえ、その場合も飼育環境に気をつけて麻酔などで苦痛を最小限にする、という指針です。

しかしながら、そもそも人体実験が倫理上不可能であるからこそ必要とされる動物実験であれば、まだまだ未解明の謎を多く抱えたままの医学で、どこまで可能とするべきか、議論の尽きないところですね。

麻酔薬
ところで、もちろん人間にも使用される麻酔薬ですが、実は「なぜ全身麻酔が効くのか?」という根本的なところが分かっていません。何とも恐ろしいことなのですが、「ここまでは安全だろう」という、半ば経験則的に使われています。かつて、不眠症に悩まされていたマイケルジャクソンが使用過多で亡くなったことを覚えておられる方もいらっしゃるでしょう。

ある研究によれば、全身麻酔時の脳波は、睡眠時とは異なり、むしろ昏睡時に近いのだそうです。もちろん麻酔科医の管理下で慎重に投与される分には心配ありませんが、素人が簡単に使える代物ではないようです。マンガやアニメ、映画などではハンカチに含ませたり、微小な針に仕込んだりした麻酔薬で簡単に相手を眠らせることが出来ますが、現実では相当に怖い薬です。

さて、話は尽きないのですが、この辺りで今回はお開きにいたしましょう。次回からは、皆さまの質問にお答えする形で進めてまいります。ぜひ、上記の「質問箱へ投稿する」をクリックしてお気軽に皆様の質問をお寄せください。それでは、今後ともよろしくお願いいたします。