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Column


・・・新連載スタート!!


 本コラムでは、皆様からの生命科学に関するあらゆる質問にお答えします。
 webへ掲載可能なお名前(ニックネーム)にて、ご質問お願いします。

作者略歴
作者名:本螺 新一郎(ほんら・しんいちろう)
大阪大学大学院医学系研究科博士後期過程修了。医学博士(Ph.D.)。
理化学研究所などで研究員を務め、現在は民間の研究開発職。
専門は医学・生物学(生理学、病理学、栄養学、神経科学、医用工学、幹細胞工学など)。


第2回 「永遠の命」の、理論的な可能性について

<質問>
本螺先生、はじめまして。人間の寿命について質問いたします。昨年のニュースですが、日本人の平均寿命が最高を更新したそうです。今後も、医学の発達とともに私たちの寿命は伸びていくのでしょうが、最後まで元気に過ごしたいものです。

さて、古くなった細胞を入れ替えることにより、人間が「永遠の命」を得ることは、理論的には可能である、という話を聞いたことがあります。iPS細胞などの研究が進んでいけば、本当に「永遠の命」を手に入れることができるのでしょうか?(神奈川県 K. K.)

<回答>
K. K.さん、はじめまして。ご質問をいただき、ありがとうございます。

平均寿命
厚労省がまとめた2017年度の統計では、日本人女性の平均寿命が87.26歳、男性では81.09歳になり、それぞれ世界2位と3位なんだそうです。19世紀までは日本人の平均寿命が40歳代であったことを考えると、たった百年で倍に寿命が伸びたことは、実に感慨深いものがありますね。

ただし、よく誤解されるのですが、平均寿命とは「亡くなられた方の年齢を平均したもの」ではなく、「人口統計の推移から計算した、新生児の余命の期待値」なんです。言い換えると先の数字は、「2017年生まれの子供は何歳まで生きる可能性が高いのか?」という意味になります。

勘の鋭い方なら、平均寿命の長さには「新生児死亡率」が影響を与えるのでは?と直観されるでしょう。実際のところ、周産期医療(妊娠や出産、新生児に関する医療)や公衆衛生の発達が、データとしての「平均寿命の延長」を牽引しています。

 

iPS細胞
さて、京都大学の山中伸弥教授がノーベル賞を受賞したことで、広く知れ渡ったiPS細胞ですが、正式には「人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)」といいます。1文字目のアルファベットを小文字にした理由が、アップル社の携帯音楽プレーヤー「iPod」にあやかっての命名であることは有名ですよね。

iPS細胞そのものの解説は他書に譲ることにして、ここでは「皮膚のような細胞から樹立し、様々な臓器の細胞に誘導できる」という特徴に注目します。なぜなら、まさに、ご質問の肝が、この、iPS細胞における最大の特徴に凝縮されているからです。というのも「細胞を入れ替える」ということは、「移植医療」の分野になります。

移植医療
現状、ほぼ全ての移植医療は「他家移植」といって、ドナー(donor:細胞や臓器の提供者)とレシピエント(recipient:移植を受ける患者)が別人ですから、移植後のレシピエントには拒絶反応が生じます。しかし、ドナーとレシピエントが同じである「自家移植」では、原理上、拒絶反応は起こりえません。たとえば顔などの火傷部位に、臀部などから採取した皮膚を移植するような場合ですね。

同じように、もしiPS細胞によって、患者自身の細胞から移植に必要な臓器を作成して治療に用いれば、それは自家移植なのです。これが、iPS細胞などの幹細胞工学に期待されている究極の目標でしょう。

 

こうした生命工学の発達した先には、病気の治療を超えて、「古くなった細胞を入れ替える」ことが考えられます。つまり「老化を防ぐ」あるいは「若さを保つ」、いわゆるアンチエイジング(anti-aging)の可能性ですね。

人間の寿命が1,000年?

今のところ、人間の寿命の限界は約120歳と考えられています。ちなみに記録に残っている最長寿の方は、フランスの女性でジャンヌ・カルモンさん(122歳164日)です。しかし、身体の老化現象を細胞レベルで解消できれば、寿命1000年も夢ではない、とする科学者もいます。オーブリー・デ・グレイさんというのですが、今のところ、生物学の中では異端扱いです。

しかし妄想と断ずるのは早計です。事実、老化とは「細胞レベルでのダメージの蓄積」ですし、そのダメージを解消するための技術は生命工学の発達で可能になるでしょう。異端とはいえ、彼の考えには魅力があります。ただ、とても過激であることも確かです。一例を挙げると、彼の「ガンを無くす方法」です。

 

ガン
そもそも、ガンとは「細胞分裂の制御が暴走した病態」です。ガン細胞では、細胞分裂に関係するテロメアーゼという酵素が過剰に働いています。そこで彼は「ガンにならないためには、体中のテロメアーゼを無くせばよい」と言うのです。しかし、テロメアーゼが無いと細胞分裂が適切に行われなくなって、かえって寿命が縮みます。それを解消するために、彼は「随時、足りなくなった細胞を移植すればよい」と言います。工学的には理屈に合っていますが、生物学的には、技術的にも思想的にも、なかなか過激だと思います。

永遠の命
まだまだ、SFの領域ですが、もし老化した身体を次々に新しい細胞に交換できる時代になったとしても、永遠の命は難しいでしょう。なぜなら、今の技術では交換不能な身体の部位があるからです。それは「脳」です。確かにiPS細胞から神経細胞を誘導することはできます。しかし脳は、神経細胞同士の複雑なネットワークです。人間の場合、約800億個の神経細胞があり、神経細胞1個には他の神経細胞と1万個の接続があると考えられています。このような天文学的な数で組み合わさったネットワークを再現する技術は、今のところ存在しません。したがって、現時点での人間の寿命は「脳の限界」で決まりそうです。もちろん、今後の科学の発達によっては、これも解消されるのかもしれませんが。



第1回 はじめまして

はじめまして。本螺新一郎と申します。
この度、生命科学をテーマに本コラムを執筆することになりました。

皆さまからの様々なご質問にお答えする形で、素朴な疑問から最新ニュース、実験技術の解説まで、生命科学諸分野のトピックを分かりやすくご説明していきたいと考えております。

生命科学は、日々猛烈な速さで進歩し続けています。私が今までに得てきた広範な研究経験が、皆さまの理解の一助となれば幸いです。

さて、ご挨拶はここまでにいたします。今回は、もちろん、どなたの質問もございませんので、自己紹介を兼ねて、以下、私の研究歴に雑想を交えながらの1人がたりとなります。

専門分野
ざっくりとした言い方では、私の専門分野は「生理学」ということになるでしょうか。

アカデミックで一番長く研究した分野は、いわゆる脳科学です。ケージ内を自由に動くラット脳の神経伝達物質を分析したり、培養細胞を使って神経発達の解析を行ったり、細胞から個体まで、様々に実験していました。また、幹細胞(ES細胞やiPS細胞)を用いて、応用デバイスの開発や発生にまつわる基礎研究を行っていた時期もあります。
 

あるいは細胞レベルの試験と動物実験、そして人の病理検査を橋渡しできる低侵襲な検査技術の開発にも携わっていました。民間で製薬会社のお世話になることもあり、新規医薬品候補のスクリーニングや薬物動態に関わりました。こうして振り返ると、我ながら本当に広範な研究歴だと苦笑するところです。

まだまだ薬が足りない!
製薬といえば、皆さんは、この世に出回っている医薬品が何種類あるのかをご存知でしょうか?

いわゆる「認可された医薬品」は、「薬局方」に登録されています。薬局方とは「医薬品や生薬の品質規格書」なのです。ちなみに薬局方は世界各国にあり、日本の場合は厚生労働大臣が「医薬品医療機器等法(薬機法)」に基づいて定め公示する公定書です。その薬局方ですが、米英日では、それぞれ約2万種類の生薬や医薬品が掲載されています。

一方で、この世の疾病が何種類あるのか、ご存知の方はおられますか?

世界保健機構(WHO)の作成した国際疾病分類(ICD)によれば、疾病の数は3万から4万種類にも達します。つまり、単純に考えて「まだまだ薬の無い病気が数多く存在する」と言えそうです。

もちろん、詳細に述べれば、抗生物質のように何種類もの病原菌に効果を発揮する薬も存在しますし、同じ病原菌でも異なる病態として報告される疾病もありますから、荒い数字ではあるのですが、ざっくりとした感覚で「万のオーダーの疾病に薬がない」と考えて間違いないと思います。いかに近代科学が進んだとはいえ、人類が病を克服するには、もうしばらく時間が必要なようです。

 

動物実験

私は、アカデミックでの基礎研究が長かったこともあって、動物実験(特にマウス・ラット)を多く行いました。もちろん無益な殺生をしてきたつもりはありませんが、実験データになってくれた実験動物の供養として、慰霊祭には必ず参加しています。

閑話休題。動物実験に際して、彼らに苦痛を味あわせてはならないことは、国際的な常識になっています。いわゆる「実験動物の福祉」ですね。最近では動物実験に「Replacement(代替)」「Reduction(削減)」「Refinement(改善)」の3Rが提唱されています。つまり、同じ効果を確認できるのなら代替可能な実験材料(細胞など)に代え、実験に動物を使うとしても統計学的に必要な最小限度の数に押さえ、その場合も飼育環境に気をつけて麻酔などで苦痛を最小限にする、という指針です。

しかしながら、そもそも人体実験が倫理上不可能であるからこそ必要とされる動物実験であれば、まだまだ未解明の謎を多く抱えたままの医学で、どこまで可能とするべきか、議論の尽きないところですね。

麻酔薬
ところで、もちろん人間にも使用される麻酔薬ですが、実は「なぜ全身麻酔が効くのか?」という根本的なところが分かっていません。何とも恐ろしいことなのですが、「ここまでは安全だろう」という、半ば経験則的に使われています。かつて、不眠症に悩まされていたマイケルジャクソンが使用過多で亡くなったことを覚えておられる方もいらっしゃるでしょう。

ある研究によれば、全身麻酔時の脳波は、睡眠時とは異なり、むしろ昏睡時に近いのだそうです。もちろん麻酔科医の管理下で慎重に投与される分には心配ありませんが、素人が簡単に使える代物ではないようです。マンガやアニメ、映画などではハンカチに含ませたり、微小な針に仕込んだりした麻酔薬で簡単に相手を眠らせることが出来ますが、現実では相当に怖い薬です。

さて、話は尽きないのですが、この辺りで今回はお開きにいたしましょう。次回からは、皆さまの質問にお答えする形で進めてまいります。ぜひ、上記の「質問箱へ投稿する」をクリックしてお気軽に皆様の質問をお寄せください。それでは、今後ともよろしくお願いいたします。