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Column


第44回 新型コロナウイルス(5)
<質問>
先日、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長がオミクロン株に感染したとニュースになりました。あの尾身先生までも感染したとなると、新型コロナ禍の第8波が、広がってきたことを実感します。

また、知り合いのお子さんのクラスが、インフルエンザで学級閉鎖になったと聞きました。やはり、今年は流行するのでしょうか。

ところで第42回のお話で、PANGOリニエージ系統図(第42回、図3)を見て、気づいたのですけど、系統図の枝分かれが、オミクロン株は、1年半も前に分岐していますよね。アルファ株やデルタ株も、そうです。

新型コロナウイルスの変異株で、有名になるもの(?)って、どうやって出てくるのでしょうか。たとえば「アルファ株の中からデルタ株が出現し、デルタ株からオミクロン株が出現した」とかなら、分かりやすいのですけど。

いつまでも、こんな日々が続くのはウンザリです。何とかウイルスが変異する前に、叩くことはできないものでしょうか。(東京都 T.I.)
(2022年12月)
<回答>
T.I.さん、ご質問ありがとうございます。尾身先生の件は心配ですね。ただし、すでに5回のワクチン接種を終えられているとのことで、多少の喉の違和感だけで、安静にされていると報道にありましたね。御年が73歳ですので、病状の悪化には用心していただきたいですが、おそらく大丈夫でしょう。

新型コロナの重症化リスクのある人
改めて、新型コロナ禍の重症化リスクを挙げると、一番は「高齢者(65歳以上)」、次に「喫煙者(注1)」や「基礎疾患のある方(注2)」、「妊婦」、「肥満(注5)」と続きます。もちろん、個人差がありますので、より正確なリスクの判断は、医師によります。

(注1) 喫煙者:目安としては、「1日に20本/20年以上」の重症化リスクが高いとされているが、それ未満でも「日常的に、呼吸器(肺や気管支)が炎症している」と考え、リスクは無視しない方が良い。
(注2)  基礎疾患:一般には、慢性かつ完治の難しい疾患のこと。新型コロナ禍で重症化リスクとされる疾患は、大きく、呼吸器系(注3)と循環器系(注4)、慢性腎臓病が挙げられる。さらに、高血圧や糖尿病、脂質異常症なども、血管内に炎症性の負荷がかかるためリスクが高い。また、がんや免疫機能の低下でも、重症化リスクが高くなる。
(注3)   呼吸器系の基礎疾患:主に、慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease, COPD)気管支喘息(bronchial asthma)が挙げられる。
(注4)   循環器系の基礎疾患:脳血管疾患や心血管疾患、慢性心疾患が挙げられる。
(注5)   肥満:一般に、標準体重(注6)より20%以上超過した状態を指すことが多い。成人体重の世界的な基準は、ボディマス指数(BMI, (注7))で表される。
(注6)   標準体重:普通体重ともいう。BMIで「18.5以上25.0未満」を指標とすることが多い。
(注7)   ボディマス指数(body mass index, BMI):身長と体重から計算される、成人体格のバランスを表す指標。計算式は「体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)」である。身長の単位がセンチメートル(cm)でないことに注意。乳幼児(生後3か月以上5歳未満)にはカウプ指数 (Kaup index)、学童期(小学生~高校生)にはローレル指数(Rohrer index, ローラー指数ともいう)を用いる。カウプ指数はBMIと同じ計算式だが指標の値が異なる。ローレル指数は「体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)÷身長(m)」で計算する。

発熱などの症状が出た時は?
2022年12月14日現在、上記のリスクに該当する方と、小学生以下の子供は、発熱などの症状が出たとき、診療所や検査医療機関の「発熱外来」を受診し、医師の指示に従います。特に、子供の場合、症状の経過が多彩なため、かかりつけ医がいれば、まず、そちらに相談するのが良いでしょう。また、各都道府県には「発熱相談センター」や「救急相談センター」、「小児救急相談」が設置されていますので、慌てないように、あらかじめ連絡先を調べておくことが肝心です。

一方で、重症化リスクに該当しない方については、発熱などの症状が出たとき、あるいは濃厚接触者になったとき、市販の「抗原検査キット」で新型コロナウイルス感染の確認が推奨されています。自治体によっては配布していることもあるので、問い合わせてみるのも良いでしょう。もちろん、あらかじめ購入しておくと安心です。

第42回でも触れましたが、この冬はインフルエンザの流行も心配されています。それが背景にあるのでしょうが、厚労省は、2022年12月5日に、新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスの感染を同時に検査できる「抗原検査キット」を一般用医薬品(OTC, (注8))として認可しました。

(注8) 一般用医薬品:OTCは、“Over The Counter(カウンター越し)”の略で、元は、薬局で市販される医薬品の俗称。現在は一般用語として使われている。

かつては対面販売のみであった各種の検査キットですが、インターネットでの購入が解禁されたことを受けて、新型コロナウイルスの抗原検査キットも、手軽かつ安価に販売されています。

しかし、ほとんどは全く使い物にならず、「研究用」と記載された製品は買うだけ無駄です。医療機関と同等の検査キットは、国に承認された「体外診断用医薬品」で、「第1類医薬品」と記載されています。

値段は数倍ですが、買うなら、こちらです。例えば、amazonの場合、「新型コロナウイルス抗原検査キット」で検索すると、「研究用」の製品ばかりが表示されます(図1)


「第1類医薬品」を買うには、図1の赤矢印をクリックして、そこから別のページに移る必要があります(図2)。


そして、図2の赤矢印をクリックして、ようやく目的の検査キットに辿り着きます(図3)。


何とも不親切な設定ですが、誤って無駄なものを買わないように注意してください。

検査で陽性だった場合には?
仮に、検査が陽性だった場合は、各都道府県に設置された「陽性者登録センター(名称は各地で微妙に異なる)」に登録します。そして、症状がある場合、市販の解熱剤で自宅療養することも可能ですが、医師の診察や薬の処方を希望する場合は、発熱外来の受診も可能です。

発症日を0日として、6日目までに症状軽快(注9)していれば、8日目から療養解除です。ただし、10日目までは、重症化リスクの高い人との接触や、感染リスクの高い行動を控えます。また症状の再発にも注意します。

(注9) 症状軽快:服薬せずに、平熱かつ呼吸器症状が緩和していること。

検査陽性かつ無症状の場合は、検査日を0日として、8日目から療養解除ですが、5日目に再検査して陰性だった場合は、6日目に療養解除できます。ただし、7日目までは、重症化リスクの高い人との接触や、感染リスクの高い行動を控え、発症にも注意します。

陰性の場合でも、油断は禁物です。正しい「検体(鼻孔ぬぐい液)の取得」は、慣れないと簡単ではありません(慣れている人なんて、普通いませんよね)。体調に不安がある場合は、かかりつけ医や発熱外来に相談しても良いと思います。

日本は第8波の真っただなか
12月23日現在、国内の感染者数や死者数を見るに、日本が第8波に襲われていることは確実です。一日の新規感染者数が2万人に達し、死亡者数も300人を超えています。第6波や第7波のような勢いではありませんが、ピークが、いつになるのか予想できません。

2022年12月15日に発表された、11月最終週までの東京都内における、新型コロナウイルス感染者の解析結果によると、10月第1週は、オミクロン株のBA.5が約94%を占めていたのですが、そこから11月末には7割を切り、第42回で紹介した幾つかの亜系統に置き換わって広がりつつあるのが分かります(図4)



実は、第42回の説明から漏れていた亜系統「ヒュドラー(BN.1, (注10))」の増加傾向が、「ケルベロス(BQ.1.1)」や「ミノタウロス(BF.7)」に次いで著しく、今後の動向が心配されます。

(注10) ヒュドラー(羅:Hydra, 英:Hydra) :
PANGOリニエージ BN.1(= BA.2.75.5.1 = B.1.1.529.2.75.5.1)
インドで発生したとみられる。「ケンタウロス(BA.2.75)」から2段階変異した系統。「ヒュドラ」あるいは「ハイドラ」と表記することもある。古代ギリシア語で「水蛇」の意味。ギリシア神話の代表的な怪物で、タイフォンの子。9つの頭を持つ不死身の大蛇。解毒の不可能な猛毒を持ち、吐く息ですら人間を絶命させた。英雄ヘラクレスはヒュドラ―を退治し、その毒を鏃(やじり)に塗って、必殺の武器としたが、後年、賢者ケイローンが巻添えで不治の矢傷を負い、ヘラクレス自身も、この毒によって命を落とした。

ワクチン接種の重要性
たびたびの繰り返しで申し訳ないのですが、まずは、できるだけ早いワクチンの3回接種を推奨します。そして、オミクロン株用ワクチンでのブースター接種も、ぜひ検討なさってください。

特に、子供たちのワクチン接種が相変わらず進んでいないことは、本当に心配です。2022年12月22日現在で、小児(5歳~11歳)の2回接種完了者が22.5%、3回接種完了者は7%に過ぎません。乳幼児(生後6か月~4歳)の2回接種完了者に至っては、たった0.7%です。

今年に入ってから、日本小児科学会も接種を推奨しているのですが、現状は、全く啓蒙が足りていません。日本集中治療医学会からの「新型コロナウイルス関連小児重症・中等症例発生状況速報(12月1日現在)」によると、第7波~第8波では334人の子供たちが登録され(81.8%がワクチン未接種、2.9%が接種済)、そのうち16人(4.8%)が心停止、56人(16.8%)が急性脳症になっています。

どこかのTV番組では、いまだに「新型コロナは風邪程度」「子供は重症化しない」などと放送しているそうですが、真っ赤な嘘です。


新型コロナの後遺症について
後遺症(罹患後症状)についても、あまり嬉しくない研究報告が増えています。深刻なものを紹介しますと、1つは糖尿病の発症リスクを増やすことです。アメリカの研究グループによるシステマティックレビューとメタ解析(最もエビデンスレベルの高い研究:第28回参照)で、性別や年齢に関係なく、新型コロナウイルスの感染者は、糖尿病発症リスクが1.66倍になるそうです。

特に子供たちに1型糖尿病の発症リスクが高まります。1型糖尿病の患者はインスリンを生涯にわたって手放せず、QOL(Quality of life, 生活の質)が格段に下がります。


もう1つ、上記ほどエビデンスレベルは高くないのですが、新型コロナウイルス感染で亡くなった方の前頭葉を分析すると、加齢に伴う認知機能の低下と類似した特徴が見つかったというショッキングな報告がありました。

20代から80代の感染者と非感染者の死後脳を用いた研究で、トランスクリプトーム(注11)を解析した結果です。ちょっと専門的すぎるので研究の詳細は省きますが、ざっくり説明すると、死亡した感染者(重症)の前頭葉(理性や知性を司る脳部位)の細胞活動が、高齢で認知機能の低下していた非感染者の死後脳と似ていたというのです。

もし、新型コロナウイルス感染症の後遺症の1つである脳の霧(Brain fog)が、脳の老化と同じだとしたら、決して「罹った方が良い」とは言えないでしょう。

(注11)   トランスクリプトーム(transcriptome):ある時点における細胞内で、転写されているmRNAの総体を表す。遺伝子発現の一次転写物(transcripts)であるmRNAは、その時点における細胞活動を表している。すなわち、各細胞の活動(様々なタイミングと環境への適応)を意味している。
参考) https://www.nature.com/articles/s43587-022-00321-w

インフルエンザの流行も
一方で、インフルエンザですが、昨年度(2021年9月~2022年3月)までは、ほぼいなかった感染者が、今年度(2022年9月~)は明らかに増えていますし、T.I.さんがおっしゃるように、昨年度はゼロだった学級閉鎖が、今年度は増えています。つまり、すでに「流行するのか、否か」を心配する段階ではなく、「これから、どれほどの感染状況が広がるのか」を覚悟する必要があります。実際、東京都では2022年12月22日付けで、インフルエンザの流行が始まったことを発表しました(図5)


不連続に発生する変異株
話を新型コロナウイルスに戻します。T.I.さんがご指摘のPANGOリニエージ系統図ですが、おっしゃる通り、これまでパンデミックに流行した変異株は、それぞれ不連続に発生しています。

アルファ株やデルタ株は、その発生も、次の変異株への切り替わりも、それまで流行していたものと全く異なる分岐の株でした。

オミクロン株は、ヒト-ヒト感染を繰り返す中で、次々と変異系統が増えていますが、もちろん、アルファ株やデルタ株でも、同様の変異系統は発生しています(オミクロン株ほどではありませんが)。

ただ、どの株も、系統図上は、2020年の初頭に分岐しています。つまり、それぞれの変異株は、流行するまで(オミクロン株は、年単位ですが)、どこかに潜んでいたというのでしょうか。

そうです。現時点での暫定的な仮説ですが、なんと、言葉通りの意味で「どこかに潜んでいた」ようなのです。

流行の初期から、今回の新型コロナウイルスは、第9回で説明したSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome, 重症急性呼吸器症候群)のウイルスに似ていることが指摘されていて、「SARS-CoV-2」が正式名称です。

そしてSARSと同様に、キクガシラコウモリ属(Rhinolophus)を宿主としていたウイルスが、ヒトへの感染性を獲得して私たちの世界に広まったと推測されています。こうした、動物とヒトの間で共通に感染する疾病は数多く、「人獣共通感染症」と言います(注12)

(注12) 人獣共通感染症(zoonosis):厚生労働省では、「人の健康問題」という観点から、「動物由来感染症」と称している。病原体には、ウイルスをはじめ、リケッチアや細菌、真菌、寄生虫といった微生物、タンパク質の異常プリオンが挙げられる。

新型コロナの異種間伝播
第7回に説明しましたが、A型インフルエンザウイルスの特徴である「突然変異の速さ」は、このウイルスが、「ヒト-ブタ」と「ブタ-水鳥」を行き来することで、変異を加速していることが知られています。

つまり、複数かつ異種の動物に共通感染するウイルスは、突然変異を加速する可能性が高いことが予想されます。

そして、とても厄介なことに、SARS-CoV-2は、人間世界に広まると同時に、様々な動物にも感染し、広まることが知られてきました。

調べてみて、私もビックリしたのですが、世界各国の動物園や畜産農家、家庭のペットから、新型コロナウイルスの様々な感染報告があるようなのです。

つまり、「ヒトの動物由来感染症」ならぬ、「動物のヒト由来感染症」とでも呼ぶべき事態が、起きています。さらに恐ろしいことに、ヒトから感染した動物が、別のヒトに感染させた報告まであるそうです。

感染症学の用語では、異種動物への感染症の伝播をスピルオーバー(spillover)と言うようです。英語の原義としては「漏出」や「波及」、「拡散」、「副次的な影響」を意味するようで、ここでは便宜上、「異種間伝播」と訳しておきます。


新型コロナウイルスの異種間伝播は、当然ながら、野生でも、多種の動物間で起きている可能性が高いでしょう。オミクロン株の由来(中間宿主)は、まだ正確には分かりませんが、一部の研究ではネズミの仲間で広がり、保存され、変異を繰り返し、ヒトに戻ってきたことが推測されています。

もしかすると、人類に知られていなかっただけで、歴史の陰に埋もれた疾患があったのかもしれませんが、これまでに、これほど異種間伝播が問題になった疾患は無かったと思います。

この新型コロナ禍で、私たち人類は、新たな学びを得たのかもしれません。今後、人類自身の健康のためには、畜産から野生動物の売買を含め、広く、「自然環境と動物界の健康」を世界的に監視し、ケアする必要がある、ということです。