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Column


第30回 家の水廻りにいる微生物
<質問>
私の家内は綺麗好きで、時間があれば掃除をしています。特にキッチンのシンクや浴室のタイル、洗面台などが気になるようで、「すぐに雑菌が増えるから」とゴシゴシ磨いています。最近のブーム(?)は洗濯物の臭いみたいで、あれこれ試しては使い切らない洗剤が増える一方です。

私自身はズボラな方なので、いつも怒られてばかりです。とはいえ、家内には不満どころか感謝しかないのですが。実際のところ、そこまで神経質に掃除しなければいけないほど、周囲に雑菌はいるものなのかな、というのが素朴な疑問です。(東京都 R.N.)
(2021年10月)
<回答>
そもそも雑菌とは?
雑菌という言葉は、在りし日の昭和天皇の御言葉「雑草という名の草はない(注1)」を引くまでもなく、生物学的には意味がありません。
(注1) 「宮中侍従物語(入江相政・角川書店)」より。正確には「雑草と言うことはない」。皇居周辺の雑草を刈ったとご報告した侍従に、あらゆる植物には名前が付いているのだから、人間の一方的な考え方で決めつけてはいけない、と窘(たしな)めた御言葉。

あえて言うなら「ある人にとって邪魔な微生物全般」でしょうか。ともあれ、そうした「雑菌」に不快感ないし不安感を覚える人が多いのか、日本では、殺菌(disinfection)抗菌性(antibacterial activity)を標榜する日用品が良く売れるようです。ただ、根拠の薄い製品も多いようなので、消費者側にも知識が必要と思います。

抗菌、除菌、殺菌、減菌、無菌
衛生商品によく使われている除菌、殺菌、抗菌という言葉ですが、これらは対象物から菌を減らす/増やさないだけで、無菌(biological clean)にするわけではありません。厳密に菌をゼロに近づけるには、滅菌(sterilization)が必要です。

ざっくりとした目安では、抗菌(微生物を増やさない)>除菌(微生物を減らす)>殺菌(≒消毒)>滅菌(微生物の存在確率を100万分の1以下に減らす)の順で、無菌に近づきます。

そもそも一般の方が日常生活で無菌を目指すのは無謀ですし、不必要と思います。それこそ、ほぼ無菌の部屋(clean room、クリーンルーム)なんて、病気で極端に免疫が弱まった患者さんが過ごす病室や特殊なバイオテクノロジーの実験室、精密機器を作成する工場のレベルですし、それを自分の家で生活するために、というのは非現実的です。

とはいえ、不潔な環境は嫌だし困る、という気持ちを否定するつもりはありません。当たり前ですが、感染症に罹る機会を減らす意味でも、生活空間を清潔に保つこと、つまり、気になる微生物(細菌やカビ)を減らすことは大切です。

私たちの周りの微生物
住宅設備機器の大手メーカーであるTOTOが調べたデータですが、室内(居間/浴室)で5分間放置したシャーレ(直径9 cm)に落ちてきた細菌やカビを数えた所、カビで5個弱~10個以上、細菌で15個弱~25個以上が検出されるそうです( https://jp.toto.com/tips/dirty/d03.htm )。

1立方メートルの空気には平均で80個ほどの細菌がいるという話もあるので、室内なら見渡す限り、目に見えない微生物がフワフワと浮遊していると考えて良いでしょう。私たちの周りには、意外に多くの微生物がいるのです。

R.N.さんの奥様が実践されているように、一般家庭で清潔を保つために重要なポイントは水廻りのお手入れです。何と言っても、微生物が繁殖するのに必要な条件は、「水分」「温度」「有機物」の3つです。トイレは当たり前として、家の中で3つの条件が豊富な「台所」「浴室/洗面台」「洗濯機/洗濯物」を押さえているR.N.さんの奥様は、さすがですね。

 

水廻りの汚れ―「白」と「黄」
こうした水廻りの汚れですが、およそ見た目で「白」「黄」「黒」「赤」「ヌメリ」に分けられます。

この内、白ないし黄色っぽいものは、主に「水垢」や「石鹸カス」です。
水道水に含まれるケイ素(silicon, 元素記号:Si)が堆積したものが「水垢」です。そして石鹸/洗剤や垢に含まれる脂肪酸が水道水に含まれるカルシウム(calcium, 元素記号:Ca)マグネシウム(magnesium, 元素記号:Mg)と結合してこびり付いたものが「石鹸カス」です。

水垢や石鹸カスは微生物による汚れではないので、物理的に削ぎ落すか、化学的に溶かします。最近は、市販の水垢取り洗剤が豊富にあるので、研磨剤の有無や酸性/アルカリ性の違い、洗う物の材質などで、汚れに合った洗剤を選ぶと良いでしょう。

水廻りの汚れ―「黒」
黒っぽい汚れは主に「カビ」です。実のところ、カビという言葉は、見た目で分類されてきた歴史が長く、生物学的には定義が混乱しています。この辺り、厳密な菌類の分類について解説すると、本題からズレてしまうので、本稿ではカビのことを「糸状の細胞(菌糸)からなり、胞子で増える微生物全般」としておきます。

室内で生える黒カビの多くはクラドスポリウム属(Cladosporium)アルテルナリア属(Alternaria)アスペルギルス属(Aspergillus)などで、黒ではなく青いカビ(アオカビ)ですがペニシリウム属(Penicillium)も多く見つかります。

クラドスポリウム属は、空中を舞う胞子の中では最多数を占めると言われています。アルテルナリア属も、ありふれたカビで、クラドスポリウム属とともにアレルギーの原因となることが知られています。

アスペルギルス属はコウジカビとも言い、その仲間は、私たちの食生活に欠かせない発酵(酒・味噌・醤油・酢の醸造など)に利用されるものから、感染症を引き起こしたり、発がん性の高い毒素を作ったりするものまで多種多様です。

ペニシリウム属は、人類史上初の抗生物質ペニシリン(penicillin)を産生するカビとして聞いたことのある方も多いと思います。より正確には、P. chrysogenumというアオカビが、ペニシリンを作ります。また、P. glaucumP. roquefortiというアオカビからは、有名なブルーチーズであるゴルゴンゾーラやロックフォール、スティルトンなどが作られます。

その他、私たちの周りに浮遊しているアオカビも、ほとんど毒素を持たず、比較的安全ですが、病原性が全く無いわけではないので、避けるに越したことはありません。

 

カビの汚れは、菌糸が微小な隙間に入り込むため、物理的に削ぎ落すことは困難です。そこでカビ取り剤を使うわけですが、市販のカビ取り剤は、ほぼ塩素系(注2)か酸素系(注3)に分けられます。
(注2) 塩素系の主成分は NaClO(次亜塩素酸ナトリウム)
(注3) 酸素系の主成分は 2Na2CO3・3H2O2(炭酸ナトリウム過酸化水素付加物/通称:過炭酸ナトリウム)

カビ取り剤の主成分は、漂白剤や殺菌剤と同じです。化学的には、強い酸化力による有機物(色素や菌/胞子)の分解を意味します。

塩素系の酸化力は酸素系より強いのですが、主成分から塩素ガスが分離すること(目や呼吸器粘膜を刺激)、および強アルカリ性のために(接触皮膚炎の原因)、取扱いと換気には注意が必要です。

いずれを使うにせよ、まずはカビ取りの準備に、軽く洗浄して乾かします(成分を薄めず、確実にカビまで届かせるため)

そこからカビ取り剤を噴霧して、成分を充分に浸透させます。酸化剤がカビを分解するには時間が必要で、汚れの酷い場合は数時間かかります。待つ間、乾燥しないように、噴霧した上からキッチンペーパーやラップで覆うのも良いでしょう。カビの色が消えたら、よく水で洗い流して完了です。

水廻りの汚れ―「赤」
赤っぽい汚れは、一部にカビもありますが、主な原因は「細菌」です。よく見つかるものとしては、ロドトルラ属(Rhodotorula)酵母セラチア属(Serratia)という腸内細菌の1種があります。

ロドトルラ属は環境中(土壌、水中、空気中)に広く存在し、増殖に水分以外の栄養をほとんど必要としません。分裂速度が速いため、わずかでも存在すると、数日で赤い汚れが見えてきます。

 

セラチア属も、環境中に広く存在します。健常者にとって病原性は低いので、通常時には問題ないのですが、日和見感染(opportunistic infection)といって、免疫の弱まった人に感染症を引き起こすため、院内感染の原因となることがあります。

どちらも、汚れとしては通常の洗剤で擦り落とせますし、漂白剤で殺菌できます。汚れが酷い場合は、カビ取りと同じ要領で大丈夫です。

水廻りの汚れ―「ヌメリ」
ヌメリの正体は、バイオフィルム(Biofilm)です。普通、ヌルヌルしたバイオフィルムの中では、多種類の細菌が集落(コロニー)を作っています。

それぞれのコロニーは、周囲に細胞外高分子物質(Extracellular polymeric substances:EPS)を分泌しています。EPSには、多糖類やタンパク質、脂質を含む多種多様な組成の分子が含まれていて、ゼリーやゴムのような性状をしています。

つまり、多種類の細菌が各々に分泌したEPSが混ざり合って、膜状に広がったものがバイオフィルムなのです。バイオフィルムは外部から細菌を守るため、殺菌・消毒などが効きにくくなります。しかし、基本的には、赤っぽい汚れと同様に洗えば問題ありません。

洗濯物について
洗濯物の嫌な臭いについては、消費財化学メーカーの大手、花王が原因を解明しています( https://www.kao.com/jp/corporate/news/rd/2016/20160608_001/ )。

結論としては、モラクセラ属(Moraxella)の細菌であるM. osloensisが「生乾きの雑巾臭さ」の、またマイクロコッカス属(Micrococcus)の幾つかの細菌が「汗臭さ」の原因でした。

どちらもヒトの常在菌ですが、普通の洗濯では完全に除去できなくて、漂白剤を使うか高温(65℃以上)で乾かすことが有効とされています。しかし漂白剤は衣服の色落ちが心配ですし、高温で乾かすには乾燥機が必要です。

ただし、普段から臭いの原因となる細菌を増やさないよう、洗濯時に工夫することは可能です。ポイントは「洗濯物が湿っている時間を短くすること」です。

まず、脱衣してすぐに洗濯しない衣類は、洗濯かごや洗濯槽に溜める前に、吊るすなどして乾燥させます。衣服が汗などで湿ったまま纏まっていると、細菌が増殖して、数時間で臭くなるのです。

次に、洗濯するときは、衣服を裏返します。臭いの元は皮膚常在菌ですから、皮膚に接する衣服の裏側をよく洗うのです。もちろん、表側の汚れが酷いときは、そちらを優先します。

色落ちの心配がなければ、漂白剤を洗剤と混ぜて使うのも効果的です(酸素系では使える製品があります)。そして、脱水が終わったら、すぐに洗濯槽から洗濯物を出してください。


 

脱水後の洗濯槽には、適度な水分と空気がある上に、モーターの排熱で温まっています。つまり、細菌が繁殖するには絶好の条件なのです。もちろん、取り出したら手早く干してください。

干すときのポイントは、2つあります。1つは「風通しを考える」ことです。洗濯物同士に隙間が少ないと、湿気がこもって乾燥までに時間がかかります(目安は、握りこぶし1つ分)。

2つ目は「高い位置に干す」ことです。湿気は空気より重いため、比較的、上側の空気は乾いています。つまり、より高い位置に干す方が、早く乾くのです。

特に、部屋干しのときには邪魔になるため、洗濯物は部屋の端に追いやられがちです。しかし、壁際や締め切った窓際は空気(つまり湿気)が滞留しやすいところです。どうしても通気が悪いときは、扇風機やサーキュレーターで風を当てるのも良いでしょう。

微生物を増やさないために
微生物を増やさないためには、できるだけ「水分」「温度」「有機物」を取り除くのが有効です。これは、上記した水廻りのお手入れだけでなく、生活空間で余計な微生物を増やさないための鉄則でもあります。

これから寒くなると、暖房による乾燥のために加湿器を使うご家庭も多いと思います。湿度が高すぎると(50%以上)、室内で微生物が繁殖しやすくなることは意識しておいた方が良いでしょう。

温度については、私たちが心地よく過ごせるなら、微生物にとっても好条件です。たとえば浴室の場合は、使用後に冷水シャワーで軽く洗って冷やし、湿気を逃がして、できるだけ早く乾燥させれば、カビや細菌の増殖を遅らせることができます。

あまり神経質になるのもどうかとは思いますが、無理のない範囲で清潔な暮らしを目指しましょう。