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Column


第33回 オーガニック食品とヴィーガン
<質問>
またしても都内が「まん延防止等重点措置」です。コロナ禍も2年を過ぎ、外食しなさすぎて、すっかり自炊が身についてきました。どうせなら美味しくて健康に良いものを食べようと思って、自分なりに色々と調べているのですが、無農薬の有機栽培、いわゆるオーガニックの野菜じゃないとダメな気がしてきました。

インスタでも、オーガニック野菜を食べるヴィーガンやマクロビが流行っています。オーガニックは特にヨーロッパで盛んみたいですね。日本人の発信でも、オーガニックを食べるようになって体の調子が良くなった、とか聞きます。ガンが治った、までになると胡散臭いですけど、少なくとも健康には良さげです。

ただ、ふと思ったのが、そんなに良いものなら、なぜ日本ではオーガニックが広まらず、特別扱いなのでしょうか。不思議です。(東京都 T.Y.)
(2022年1月)
<回答>
T.Y.さん、ご質問ありがとうございます。食材も、こだわりだすと色々ありますね。ちなみに私も、最近はスーパーの青果コーナーで、生産者の写真付き地物野菜が売られていると、つい手に取ってみるようになりましたし、お米と醤油は昔からお気に入りを取り寄せています。食は楽しむことが一番だと思いますので、ぜひT.Y.さんも、ご自身の好みを追求してくださいね。

温暖かつ多湿な国-日本
諸外国(特にヨーロッパ)に比べ、日本で有機野菜(organic vegetables)の作付面積や市場への流通量などが少ないことは事実です。しかし、これは「日本人の意識が低い」という精神論や「国が組織的に普及を邪魔している」という陰謀論ではなく、科学的に明確な理由があります。

それは「日本の国土が温暖かつ多湿だ」ということです。暑すぎず寒すぎない適度な気候と豊富な水資源(≒湿度が高い)は植物の生育に適しています。しかし、それ故、作物以外の草(いわゆる雑草)も過剰に生えます。鬱蒼と茂る草木は、病害虫やカビ、病原菌の温床になります。

つまり、日本での農業は、栽培技術以外の「除草」「防虫」「殺菌・防カビ」に、とても手間がかかるのです。基本的に、日本の慣行農法が農薬有りきであることには、正当な意味があるということです。

読者の皆さんは、農業に手間暇がかかるのは当たり前では?と思うかもしれません。しかし、ヨーロッパで有機農法(organic farming)が行いやすいことには理由があります。
まず気候が日本よりずっと寒冷か、あるいは気候が良くても乾燥ぎみです。すると、灌漑された農地以外(畔道など)には余計な草が伸びず、必然的に虫も少なく、カビも生えにくいです。

つまり、逆説的ですが、植物の育成に厳しい自然環境ゆえに、人の手が入った農地を自然環境が邪魔しないのです。ですから、日本のように農薬を使う必要がありません。
また、ヨーロッパで有機農法が盛んといっても、農地の3割以上は牧草地であり、野菜よりも手間がかからないという違いもあります。

 

そもそも「有機農法」ってなに?
世界各国に基準はありますが、日本の場合は、「農林物資の規格化等に関する法律(通称:JAS法)」の中で有機農法の規格が定められています。

「禁止された農薬や化学肥料、および遺伝子組換え技術を用いずに耕作地を管理する事」を「有機的管理」と定義し、「播種ないし植え付け前に2年以上(多年草の場合は収穫前3年以上)、有機的管理を行った耕作地を用いて農作物を生産する事」に対して、有機農法と呼称することを認めています。

誤解されている方も多いのですが、有機農法は必ずしも無農薬(chemical-free)ではありません。JASの規格にある「禁止された農薬~を用いず」とは、逆に言うと「禁止されていない農薬」は使えるのです(下記)。

参考)有機JAS規格で使用可能な農薬の例(平成28年2月24日農林水産省告示第489号 別表2より抜粋)

ピレトリン乳剤(除虫菊から抽出した成分)、硫黄粉剤(防カビ・防虫)、ボルドー剤(硫酸銅と生石灰の混合溶液:殺菌・抗菌・防虫)、生物農薬(害虫の天敵や微生物など)、性フェロモン剤(害虫の性行動をかく乱させて繁殖を邪魔する)、展着剤(カゼイン又はパラフィン:他の薬剤を溶媒中に安定化させたり、植物に付着させたりする)、など


有機農法で使用可能な農薬は安全?
これも誤解されがちですが、有機農法で使用可能な農薬は「安全で環境に良い」わけではありません。

例えば、ボルドー剤(Bordeaux mixture)は、1860年代に仏ボルドー大学のミラルデ教授(植物学/細菌学)がブドウの病害に効くことを発見して以来、160年も使われている殺菌剤です。
農作物の種類によりますがブドウ以外にも使用可能で、安価な上に効果も安定しており、耐性菌の発生も見られないことから、有機農法では好んで使われます。

しかし、そもそも主要成分である硫酸銅は毒性が強く、環境への配慮は必須です。特に水棲生物に影響が大きく、河川や湖沼、池、海などに流さないように注意しなければなりせん。

化学肥料と有機農法
化学肥料(fertilizer)についても一部に誤解があるようなので触れておきますが、適切に使用される限りにおいて、化学肥料が環境を悪くすることはありません。もちろん、化学肥料だけで農作物の育成に十分ということはありません。
作物に合わせて、農地に必要な栄養を加え、有用な土壌微生物を育てることも必要です。それが、いわゆる「土を肥やす」ということです。

有史以来、土を肥やすためには堆肥(compost)が使われています。堆肥は、人間や動物の排泄物や、動物ないし植物由来の残渣(収穫後の可食部以外や食品加工後の残りかす等)を混ぜて発酵させたものです。
発酵とは、主に「微生物の力を借りた有機物の分解と生成」ですから、堆肥には様々な化学物質が含まれています。

中でも、3つの栄養素が植物の生長にとって重要なことが知られています。
それは、窒素(葉や茎)とリン酸(開花や結実)、そしてカリウム(根)です。これらを化学的に精製したものが「化学肥料(化成肥料)」です。


化学肥料は、堆肥よりも生産や管理が容易で、即効性があります。作物の生長に合わせて施肥すれば生産効率が上がり、生産量が増大します。

化学肥料を使った慣行農法は、食料の大量生産を可能とし、近代以降の人口増を支える礎になりました。これは、人類の歴史上、とても重要なことです。

化学肥料を用いない有機農法では、慣行農法に比べて農作物の生産効率(≒生産量)が落ちます。また、堆肥は品質が不安定ですし、化学肥料に比べて使い方が難しく、施肥以外にも手間がかかります。そのため化学肥料を使わない有機農法は、価格が高くなってしまうのです。

 

なぜヨーロッパで有機農法が盛んになったのか?
これには、ヨーロッパ特有の事情があったのです。

実は、1980年代のヨーロッパでは、化学肥料を含めた農業技術の発達と国の保護政策によって、農作物が生産過剰になったのです。これに対する政策として、あえて農作物の生産量を落とすべく、有機農法や無農薬農法を推進したのです。

そもそもヨーロッパでは農地の集約化と大規模化が進んでいたので、多少、生産効率が下がっても人口を賄うには十分でした。
また、他国以上に農薬の規制を厳しくすることは輸入制限にもなり、自国の農業保護政策を強化することにもなりました。

さらに時期を同じくして、今に至るヨーロッパ社会の関心事が発生しました。そう、環境問題です。
当時、石炭燃料の大量消費による公害が大気汚染と酸性雨をもたらし、広範な森の木々を枯らしました。この経験は、ヨーロッパ社会のトラウマ(psychological trauma, 心的外傷)と言ってもよいでしょう。

そして、環境への意識が高まったことで、農業においては「資源の浪費だから化学肥料による大量生産は控えよう」「環境を悪化させる可能性があるなら農薬は最低限にしよう」という発想と結びついたのです。

ヨーロッパの環境問題には、政治的な意味合いも色濃くあります。環境問題を政治的に取り上げた嚆矢(こうし)は、英国のサッチャー政権でした(1979~90年)。
世界の主要なエネルギーが石炭から石油に移ろうとする時代、不採算の国内炭鉱を整理するため、大気中の二酸化炭素増加と地球温暖化の関係について国際社会にアピールしたのです。

これは、急進的な炭鉱労働者組合を潰すための政治闘争として、環境問題を使ったのです。大学で化学を専攻していた理系のサッチャーさんならでは、と言えますが、後世への影響は甚大なものになったと思います。

 

有機農法と環境問題
そもそも、ヨーロッパの特殊事情から始まった「有機農法と環境問題の結びつき」ですが、科学的には疑問符がついています。
実際、有機農法は慣行農法よりも温室効果ガス(≒二酸化炭素, CO2)を増やすという研究がいくつもあります。これは、先にも述べたように「生産効率の低さ」が理由です。

植物は光合成によってCO2を糖などの形で取り込みます。これを「CO2の固定」と言います。極端な例ですが、同じ収量の果物を得るために必要な果樹が慣行農法で10本、有機農法で20本必要とすると、有機農法への切り替えでCO2の固定量が果樹1本あたり半分に減少します。

さらに、農地の広がりで草木が失われますから、草木によって固定されていた、あるいは固定されるはずのCO2が増えることも計算が必要です。

つまり、農業生産効率を下げることでCO2の固定量が減り、CO2が増えるのです。そうであれば、有機農法に切り替えることが環境に良いとは、簡単に言えません。少なくとも日本では、環境問題と有機農法を切り離して考える方が良いのではないでしょうか。


有機農法とイデオロギー
有機農法は、科学的な問題としてだけでなく、いわゆるイデオロギー(ideology, 社会観/歴史観/政治観/宗教観)の問題としてもとらえる必要があります。

今や、英国、およびヨーロッパ諸国の国内事情を遥かに超えて、環境問題は全世界的な関心事です。おいそれと無視するわけにはいきませんが、こうした経緯を理解していれば、不条理に振り回されずに済むはずです。

実際、環境イデオロギーによって非科学的に有機農法を推し進めることの、国レベルでの反面教師が、スリランカです。
スリランカはセイロン茶の栽培で有名ですが、2021年初頭にラージャパクサ首相が鶴の一声で、国内の農業を100%オーガニックにすると決め、同年6月から化学肥料の輸入を事実上停止しました。

 
 スリランカ国旗

しかし、大多数の農家は有機農法のノウハウを十分に持っておらず、国内の混乱は凄まじいことになりました。茶葉の減産や質の低下のみならず、主食となる作物まで減収し、高騰したのです。

緊急事態なので同年10月には化学肥料の輸入を再開しましたが、大統領は方針を撤回しておらず、堆肥の供給が可能になるまでの一時的な措置だそうです。しかし、化学肥料を堆肥に変えるだけで済む話ではないと思うのですが。

  参考) https://getnavi.jp/nbi/666139/
https://uneyama.hatenablog.com/entry/2021/09/10/175513
https://www.aljazeera.com/news/2021/9/1/organic-food-revolution-sri-lanka-tea-industry

ベジタリアンいろいろ
いわゆるベジタリアン(vegetarian)と呼ばれる菜食主義者にもいろいろなバリエーションがあって下記のように分類されます。

ラクト・ベジタリアン(lacto-vegetarian) ― 乳製品は食べる
ラクト・オボ・ベジタリアン(lacto-ovo vegetarian) ― 乳製品と卵を食べる
ペスコ・ベジタリアン(pesco-vegetarian)  ― 獣肉や鶏肉を食べず、魚(ただし加工食品を除く)や乳製品、卵は食べる
ヴィーガン(vegan) ― 乳製品はおろか蜂蜜に至るまで、動物が関わる一切の食材を口にしない、完全な菜食主義

また、これとは別にマクロビ(マクロビオティック, macrobiotics)という日本発祥の菜食主義もあります。

1928年に桜沢如一が始めた、食事法ないし思想の講習会が端緒です。前身は、医師の石塚左玄が明治時代に創設した「食養会」という団体で、独自理論により、玄米を中心とした食事で健康を養うことを目的としていました。

当時は、まだ科学的な栄養学が確立しておらず、理論に荒唐無稽なところもありますが、一部のビタミン・ミネラルを除いて、現代の所定栄養所要量を満たした食事内容のようです。
というのも、元々のマクロビは動物性食品も摂取するのです。今では様々に分派していて、海外から逆輸入された流派などが、全粒穀物(whole grains)を中心とした菜食主義のようです。

菜食主義と健康
健康のため、積極的に野菜を食べることには異論ありませんし、趣味として楽しむ分には良いのですが、やはり極端な菜食主義は、お勧めできません。

ヴィーガンやマクロビに、「身体に良い」というイメージを持つことにも素朴な疑問を感じています。実際「厳格なマクロビオティック」を守っている人は栄養不足が多いという調査もあります。特にヴィーガンは、正確な栄養学的知識が無ければ、容易に栄養不足になります。

そのためマクロビやヴィーガンを子供たちの教育(食育)に取り入れたり、健康や美容のために過度に入れ込んだりするのは、行き過ぎと思います。
もちろん、頭から否定するものではないですし、色んな考え方があって良いです。実際、私がマクロビの食事会に伺ったときは、普通に美味しかったです。

また、オーガニックな食材はアレルギーにならない、農薬が発達障害や疾病などの原因、までになると、以前に説明したフードファディズムとなります(第22回)。
ちなみに、仏教徒による修行のための食事である精進料理は、三厭(さんえん:獣、魚、鳥)と五葷(ごくん:ニンニク、ネギ、ニラ、タマネギ、ラッキョウ)を禁じているので、ベジタリアンの一種ですね。

日本でのオーガニック市場
食材にこだわることと、極端な思想が結びつきやすいのは、先進諸国にありがちで日本も例に漏れませんが、実際、日本でのオーガニック市場は、海外の事情とは異なり、健康や安心、安全、美味しさ等を強調することが特徴です。

有機農法は、わざわざ野菜の生産性を落とし、あえて高価な食材とする生産方法であり、特に日本で慣行農法を否定することは、食料自給率の点からも疑問が残ります。

よく聞く「昔に比べて野菜の味が落ちた」は眉唾です。確かに、一部、ミネラル等が減っている野菜はありますが、現代の野菜は品種改良によって、昔より糖度も旨味も上がっていますから、データとしては美味しくなっていると思います。

 

そのため有機農法が主流になれば世の中が良くなると考えることは、少なくとも日本では、科学的ないし社会的に難しいでしょう。
また、環境問題は、農業とは別に考えるべきです。この辺りが、日本において有機農法が一般的にならない理由のひとつかもしれません。

私は有機野菜を高級食材として商売することは否定しません。これからも財布の許す限り、有機農法や慣行農法の別なく、農家さんこだわりの野菜を美味しくいただいていくつもりです。