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第27回 新型コロナウイルス 変異株の種類と最新の動向
<質問>
インドで発見された新型コロナウイルスの変異株のことをデルタ株と呼ぶようになりました。
以前は、変異株が最初に認識された国の名前をとってイギリス株や南アフリカ株、ブラジル株などと呼んでいたようですが、最近は「ウイルス名に国名を冠するのはよくない」となったようです。それはそれで結構なのですが、変異株命名に関する国際ルールのようなものはあるのでしょうか?また、変異株の分類方法や最新の動向などもわかりましたら教えてください。(神奈川県 A.S.)
(2021年7月)
<回答>
A.S.さんご質問ありがとうございます。実は、ウイルスの変異株に一般的な命名のルールはありません。2021年6月時点で、すでに公式に登録された新型コロナウイルスの変異株は1700を超えていますから、整理する研究者も大変ですね。

近年では、生物学的な分類は、進化生物学(evolutionary biology)の視点から、分子系統学(molecular phylogenetics)で行うことが一般的になりました。

分子系統学では、DNAやRNAの塩基配列の違い(つまり遺伝子の変異)に注目して、生物を分類します。生物を系統立てて分類する上で、多用されるのが系統樹(phylogenetic tree)です。
古典的な系統樹では、「動物進化の系統樹」が有名ですね。教科書で進化論を学ぶときに、お馴染みの図だと思います。共通祖先を幹として、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類と枝が分岐していく図を覚えている方も多いのではないでしょうか。

新型コロナウイルス変異株の分類
新型コロナウイルスの場合は、世界各国の各地域で検出された変異(塩基配列の変化)を経時的に記録して樹状にまとめていますが、系統樹の分岐が1700にもなると、とんでもなく複雑になります。
そんな複雑な系統樹を作る目的は、どんな変異によって病原性や感染力が強まるか/弱まるか、少しでも早くパンデミックの状況を把握するために監視すること(surveillance)にあります。

WHOを始め世界各国では、感染症管理の観点から、新型コロナウイルスの変異株を下記の3つに分類しています。
1. 懸念される変異株(variant of concern; VOC
2. 注目すべき変異株(variant of interest; VOI
3. それ以外の変異株(パンデミックの心配が少ない株)

 
 <資料1>

VOCは、重症率や死亡率といった病原性および感染力が増大していることなど、現状の危険度が増していることが検証された変異株のことで、7月26日現在、WHOのリストではアルファ株とベータ株、ガンマ株、デルタ株の4つが該当します。

VOIはVOCの前段階で、危険性の高まる可能性を検証中の変異株で、同じく7月26日現在、イータ株とイオタ株、カッパー株、ラムダ株の4つがWHOのリストに入っています。

もちろん検証中に危険性の下がった変異株はリストから外れます。7月26日現在、エプシロン株とゼータ株、シータ株はWHOのリストには入っていません(資料1参照)。

命名のための3つの系統樹
現在、新型コロナウイルスの変異株を系統立てて命名するために、3つの系統樹を使っています。
<第一段階>
GISAID クレード(clade, 系統群) ⇒ タンパク質の変異による大きな系統を分類
<第二段階>
Nextstrain クレード ⇒ 変異の経時変化に着目した系統で分類
<第三段階>
PANGO リニエージ(lineages, 系統) ⇒ 変異ウイルスの系統名を定める

GISAID(Global Initiative on Sharing Avian Influenza Data)は、その名の通り、2000年以降に猛威を振るうようになった鳥インフルエンザウイルスの1次データを共有するデータベースとして、世界中で研究を迅速に進めるために2008年に設立されました。

もちろん、この新型コロナ禍を受けて、新型コロナウイルスのゲノムについても共有のデータベースを提供しています。2021年7月現在、GISAID クレードによる変異株の分類は9つあって(O,S,L,V,G,GH,GR,GRY,GV)、それぞれタンパク質を構成するアミノ酸の変化に注目しています(資料2参照)。

 
 <資料2>

タンパク質の立体構造
遺伝子(新型コロナウイルスの場合はRNAの塩基配列)が変わると、塩基配列が指定するアミノ酸が変わります。タンパク質は、たくさんのアミノ酸が鎖状に連なって折りたたまれた塊ですから、鎖を構成するアミノ酸が変わることで、タンパク質の立体構造が変わるわけです。

ちなみに、新型コロナウイルスは、大きく分けて、4種類のタンパク質(S,M,E,N)とゲノムRNAエンベロープ(envelope, ウイルスの遺伝物質を包む脂質膜)から出来ています(資料2参照)。
Sは第25回でも説明した、感染に関わるスパイクタンパク質のことです。Mはウイルス粒子を形作る膜タンパク質(Membrane protein)のことで、Eは増殖したウイルスが感染細胞から外に出るときに働くエンベロープタンパク質(Envelope protein)のことです。
そしてNはゲノムRNAに絡まって安定化させるヌクレオカプシドタンパク質(Nucleocapsid protein)のことです。

またゲノムRNAには、こうしたウイルス粒子を構成する構造タンパク質(structural protein)の他に、ウイルスを複製する際に必要な酵素などの非構造タンパク質(nonstructural protein)の情報も含まれています。ちなみにエンベロープは、ウイルスが感染先の細胞膜を拝借しています。

例えば、GISAID クレードでG系統群のウイルスは、Sタンパク質に「D614G」という特徴を持っています。このアルファベットはアミノ酸の略号で(資料2参照)、「614番目のアスパラギン酸(D)がグリシン(G)に置き換わっていること」を意味します。つまり、G系統群から派生した変異株ウイルスは、分岐前のウイルスとスパイクタンパク質の形が少し違うわけです。

Nextstrainも、GISAIDと同様のデータベースで、世界的な感染症ゲノム情報の共有を通じて公衆衛生を監視するために、2015年に設立されました。特徴は、よりリアルタイムに、病原体の拡散と変異を理解するためのツール、ということです。

新型コロナウイルスの変異の命名
新型コロナウイルスの変異を命名するときは、検出の順番に「年度の下2桁とアルファベット」を対応させます。例えば、Nextstrainクレードの21Aは「2021年の最初に流行が確認された系統群」を意味していて、20Aから分岐していることが分かります(資料3参照)。

 
 <資料3>

この2種類のクレードで分類すれば、検出した変異株が「どんな変異を持って」「いつ現れたか」という、大まかな特徴が分かります。それらを基にして、各変異株の全ての系統名を定めたものがPANGO リニエージです(資料4参照)。

 
<資料4> 

PANGO(Phylogenetic Assignment of Named Global Outbreak)は、世界的にアウトブレイクする指定感染症の系統発生学的な割り当てという意味で、後に続くリニエージ(Lineages)を加えて、PANGOLINとも略します。

ちなみに私は「Named Global Outbreak」を「世界的にアウトブレイクする指定感染症」と意訳しましたが、厚生労働省の感染症関連日英対訳表では「指定感染症」の訳語は「Designated infectious diseases」です。どちらが正しいということではないので、ご了承ください。

パンデミックの状況を監視、追跡
PANGO リニエージを使えば、新型コロナウイルスの変異株が流行している地域と時間の広がりが網羅的に把握できます。つまり、パンデミックの状況を監視し、追跡できるのです。

PANGO リニエージの系統樹で、横軸に沿って密になるところを見ると、アルファ株が世界を席巻し、それを追ってベータ株とガンマ株が広がり、続いてデルタ株が蔓延してくるのが分かると思います。
日本でも、特に東京や大阪の流行状況を見れば、すでにアルファ株からデルタ株に置き換わりつつありますから、PANGO リニエージが反映されていると言えます。

また、流行の規模が大きくなる(感染者数が多くなる)と、細かな変異が多く発生しています(PANGO リニエージの系統樹における縦軸方向の広がり)。これが次の凶悪な突然変異の温床になるわけです。
できる限り早く感染拡大を抑え込まないと、いつまでもウイルスとのイタチごっこが終らないことが理解できるのではないでしょうか。

PANGO リニエージでは、GISAID クレードで言うところのSとLの系統をAとBに対応させ、そこから派生する変異株にA.1やB.2のように数字を振って系統名とします(資料5参照)。

 
 <資料5>

変異株が、さらに変異して分岐すると、後ろに新たな数字を振ります(例:B.1→B.1.1、B.1.2など)。
分岐が3世代を超える場合は、4世代目から新たなアルファベットを当てるのがルールです(例:B.1.1.1.1 → C.1、B.1.1.28.1→P.1など)。

実際には、機械的に割り振るだけでなく、日々更新される疫学情報と相互に照らし合わせて、手動で系統を更新しています。

2021年7月26日現在では、変異株の4世代目以降を表すアルファベットは、CからZを超えて、AAからAYに達しています。
まだ7世代を超える変異株はないようですが、できれば、AZ、BA、BB……まさかZZまで使って数えることなどないように、早く収束してほしいものです。