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Column


第31回 新型コロナウイルス(3)
<質問>
第5波の新型コロナ流行ですが、お盆の頃には全国で1日2万数千人も感染していたのが嘘みたいに落ち着きましたね。先日報道番組で、「このような急速な収束は、ウイルスの変異が蓄積して、修復が追い付かずに自滅したからだ」という説があることを知りました。

8月半ばには、デルタ株は収束するように変異していたのだそうで、だったら大騒ぎすることもなかったのかなと感じました。一方で、未だに英国やドイツなどワクチン接種の進んだ国でも感染が拡大しているというし、またもやロックダウンを検討しているというニュースを聞くと、やはり油断は禁物かなとも思います。

とはいえ、経口での治療薬が開発されていて、もうすぐ認可されるというニュースは、安心材料ですよね。
情報番組から流される真偽不明な話は無視するようにしているのですが、さすがに、ニュースや報道番組は気になります。新型コロナ禍の、今後の見通しはどうなのでしょうか(東京都 S.H.)。
(2021年11月)
<回答>
S.H.さん、ご質問ありがとうございます。2021年11月7日には、1年3か月ぶりに全国で新型コロナウイルス感染症による死者数がゼロになったという明るいニュースが流れましたし、11月20日のデータでは、全国で入院治療の必要な患者数は1402人、重症者数は62人にまで減少しました。

また、11月19日には、全国民の4分の3を超える75.8%が必要回数のワクチン接種を終わらせており、65歳以上に限れば91.26%の方が接種完了(be fully vaccinated)しています。日本国内のワクチン接種は欧米から3か月ほど遅れて始まりましたが、当初の予想を遥かに超えた速さで広まっています。この調子でいけば、接種可能な全世代で8割を超える方の接種完了にも、何とか手が届きそうです。

(参考)
  東洋経済ON LINE 新型コロナウイルス 国内感染の状況
  東洋経済ON LINE 新型コロナウイルス ワクチン接種状況
  政府CIOポータル/新型コロナワクチンの接種状況

11月時点で、既に12歳以上の接種も始まっていますし、12月には医療従事者から高齢者を対象に3回目の接種であるブースター接種(booster dose/booster shot/booster injection)が始まります。

個人的には、医療従事者はともかく、高齢者よりも就学年齢の子供たちへ先に接種するべきかと思うのですが、国の方針では、接種年齢の引き下げ(5歳まで)は、早くても2022年2月以降のようです。それまでは「コクーン戦略」で子供たちを守っていきましょう。ちなみに、コクーン(Cocoon)とは蚕の繭のことで、ワクチンを接種した多勢が免疫の繭となって社会を覆い、免疫を持たない弱者を感染症から守る、公衆衛生上の概念を意味します。

 
 12月からはブースター接種も始まります!

ウイルスが自壊した!?
S.H.さんのご覧になった「ウイルスが自壊したかもしれない」という報道は、私も拝見しました。「急速な感染収束は、突然変異の激しいウイルスが、ウイルス自身を維持するシステムをも壊してしまったことに一因がある」「東アジアやオセアニアの人は『ウイルスが自身の変異を修復する酵素』を邪魔する酵素が活発で、結果的に突然変異を加速した」という内容でした。しかし私は、ちょっと理屈に合わないと思いました。

進化論では「突然変異した生物のうち、より環境に適した形質(変異)を持つものが生き残って増殖する」と説明されます。言い換えると、「環境によって、変異が選抜される(自然淘汰/自然選択:natural selection)」のです。これをウイルスに当てはめると、突然変異した「自壊ウイルス」は、「元のウイルス」より感染性が強くないと、環境(≒社会)に淘汰されます。

しかし、感染性が強くとも早晩に自壊するなら、結局は「元のウイルス」が勢いを取り戻すはずです。一時的にでも「自壊ウイルス」が社会を占めるには、大量に存在する「元のウイルス」が、ほぼ同時に「自壊ウイルス」へと突然変異するか、別の理由で消え去るしかありません。

ところが突然変異はランダムに起こります。一斉に同じ「自壊ウイルス」に突然変異する確率はありえないほど低いので、既に広まった「元のウイルス」が消え去る理由になりません。そして、別の理由も示されていません。つまり、「元のウイルス」を抑えて「自壊ウイルス」が社会に蔓延したために収束した、とは考えにくいのです。

この報道の一次情報は、私自身で全ての内容を確認できていないのですが、「日本人類遺伝学会第66回大会」のシンポジウムで10月15日に口頭発表された、国立遺伝学研究所と新潟大学の共同研究を基にしているようです。

つまり、論文ですらありません。さらに発表を聴講した方によると、内容は、新型コロナウイルスの変異を考察したもので、感染の収束を証明してもいないし、東アジアやオセアニアの人に活発な酵素が変異を加速させた、という話も、他の研究からの推測みたいです。

いずれにせよ、この説はマスコミの勇み足ということで、研究者以外は無視して良いでしょう。個人的には、デマとして報道の撤回ないし訂正を求めたいほどです。この報道を真に受けた人々がワクチン接種や感染対策を軽んじないように、と願うばかりです。

ワクチン普及と感染対策の成果
そもそも、「ウイルスが自壊した」というような無理やりな仮説は必要ありません。第5波の収束は、猛スピードで進んだワクチン接種者の広がりと、社会の主だった場面で感染対策(マスクや手指殺菌、三密回避)が継続されていることだけで、十分に説明可能です。

感染症の流行は、いわゆるネズミ算式に増えます。単純化して1人が2人に感染させると考えると、新規感染者数は1人、2人、4人、8人、16人と倍々に増えていきます。逆に言うと、流行の収束に勢いがつけば、1/2、1/4、1/8、1/16のように、半分さらに半分と新規感染者数は減るのです。

つまり日本社会では、「感染を広めない努力の共有」を続けながら、ワクチン接種によって「感染しない人/重症化しない人が急速に増えた」から、一気に流行の天秤が収束へと傾いたのです。感染対策そのものは、とても地味ですから心配な方も多いのかもしれませんが、それで正解だったのです。

 
 なぜ日本の新規感染者数は激減したのか?

欧米諸国の新規感染者状況
日本の新規感染者数が激減した理由は、欧米諸国と比較すれば一目瞭然です。例えば、イギリスでワクチン接種を完了した国民の割合は11月16日現在で約68.5%ですが、ワクチン1回接種が約7割(69%)まで進んだ7月19日から行動規制を解除した結果、新規感染者数は、初めの1週間こそ減ったものの(約4万6千人→約2万6千人)、結局は下げ止まって、現在では3万人から4万人の間で増減を繰り返しています。

既に追い抜いてはいますが、ほぼ同じ接種完了率だった日本と比較すると、社会的な行動規制の有無だけで、これほどまで二国の感染状況が対照的であることは瞠目に値します。イギリスおよびEU各国は、新規感染者数の増加から、またしてもロックダウンの検討に入りました。特に酷いのはドイツで、11月17日には新規感染者数が6万8366人に達しており、国内の集中治療室(Intensive Care Unit, ICU)が足りなくなっています。

そもそも、感染者の9割近くがワクチン未接種者です。接種証明(いわゆるワクチンパスポート)を使った、接種完了者の行動規制解除と未接種者の行動制限、あるいはワクチン接種の義務化を強行する国も出てきました。

すでにフランスなど一部の国では接種証明と行動規制の解除はセットですから、システムの導入には問題ないでしょうが、反対派との衝突による社会的混乱(social disorder)が懸念されます。

(参考)
  イギリス コロナ 新規感染者数
  ドイツ コロナ 新規感染者数

新型コロナ感染症の治療薬について
ようやく、新型コロナウイルス感染症に使える治療薬もそろってきました。特に、軽症者向けの経口薬は、私たちの安心感だけでなく、医療従事者の負担を減らすことにも有効でしょう。そこで、既に日本で使われている新型コロナウイルス感染症の治療薬と、今後、承認される予定の治療薬について、概説しておきます。

レムデシビル
まずは、第13回で解説した「レムデシビル(製品名:ベクルリー点滴静注液)」です。ウイルスの増殖を抑える抗ウイルス薬として、令和2年5月7日に特例承認されました。

レムデシビルはヌクレオシド(nucleoside, DNA/RNAの構成要素)であるアデノシンの偽物で、RNAを遺伝物質として持つウイルス(RNAウイルス)が自分自身を複製するときの邪魔をします。

より正確には、複製されたRNA鎖にアデノシンと代わってレムデシビルが取り込まれると、RNA鎖のミスを修復する酵素が上手く働かなくなるのです(校正機能の阻害)。

ファビピラビル
同じく第13回で解説した「ファビピラビル(製品名・アビガン)」も抗ウイルス薬で、ヌクレオシドであるアデノシンないしグアノシンの偽物です。レムデシビルと少し違うところは、アデノシンやグアノシンの本物と競合して取り込まれ、RNA鎖が伸びる(ヌクレオシドがリン酸を介して鎖状につながる)のを邪魔するのです。

ファビピラビルは、国産かつ経口投与であることから早期承認を期待されていたのですが、世界中の治験で効果を認められなかったため、残念ながら治療薬候補から外れるでしょう。インフルエンザウイルスには効果があるのですが、新型コロナウイルスのRNA複製メカニズムは阻害できなかったということです。

バリシチニブ
第18回では、上記した「レムデシビル」とともに、ステロイド系消炎剤「デキサメタゾン(製品名:デカドロン錠/レナデックス錠)」と免疫抑制剤「トシリズマブ(製品名:アクテムラ)」の3剤併用療法(RDT療法)が新型コロナウイルス感染症の治療法として有効なことを紹介しましたが、2021年11月2日に改訂された「新型コロナウイルス感染症診療の手引き 第6版」によると、トシリズマブよりも「バリシチニブ(Baricitinib, 製品名:オルミエント錠)」という免疫抑制剤の方が、治療成績は良いようです(令和3年4月23日に承認)。

トシリズマブもバリシチニブも、元は「関節リウマチ」の分子標的治療(molecularly-targeted therapy)に用いる薬なのですが、作用する分子が異なります。

トシリズマブは、第29回に説明したヘルパーT細胞の分泌するサイトカインの一種インターロイキン-6(Interleukin-6, 略称:IL-6)の受容体に結合してIL-6の邪魔をします。それに対し、バリシチニブは、同じくヘルパーT細胞の分泌する別のサイトカインであるインターフェロン(Interferon, 略号:IFN)のシグナルを細胞内で仲介するヤヌスキナーゼ(Janus kinase, 略称:JAK)という酵素の働きを邪魔します。

余談ですが、IFNは種類が多く、多様な生理活性物質(physiologically active substance / bioactive substance)であるため、JAK阻害剤は様々な疾患の創薬ターゲットです。意外な所では、すでに脱毛症の治療薬(いわゆる「毛生え薬」)が実用化されています。

ロナプリーブ と ゼビュディ
第29回で軽く触れましたが、「ロナプリーブ(令和3年7月19日に特例承認)」と「ゼビュディ(令和3年9月27日に特例承認)」は、新型コロナウイルスの中和抗体です。

ワクチン接種者は抗体を自分で作ることができるので、これらはワクチン未接種の感染者か抗がん剤治療中など免疫の弱い患者に投与されます。

ロナプリーブは、カシリビマブ(Casirivimab)イムデビマブ(Imdevimab)という2種類の中和抗体を混合しているため、抗体カクテルとも言います。

2種類の抗体は、それぞれ新型コロナウイルス・スパイクタンパク質の異なる場所に結合することから、変異株にも強いことが期待されます。

ゼビュディは、ソトロビマブ(Sotrovimab)という中和抗体なのですが、元々は2003年に流行した重症急性呼吸器症候群(severe acute respiratory syndrome, 略称:SARS)から回復した患者より分離されました。

SARSウイルス(SARS-CoV)は、今回の新型コロナウイルス(SARS-CoV2)と近縁のため、ソトロビマブは「両者の共通部位に対する抗体」、つまり「分子の進化(≒突然変異)の影響を受けにくい部位の抗体」と考えられますから、こちらも未知の変異株に強いと思われます。

モルヌピラビル と パクスロビド
近々、承認される見込みの治療薬が、モルヌピラビル(Molnupiravir)とパクスロビド(PAXLOVID)です。両者ともに、経口投与可能な抗ウイルス薬で、治験中から重症化を防ぐ効果の高いことが示された期待の治療薬です。

モルヌピラビルは、レムデシビルやファビピラビルと同様に、ヌクレオシドであるシチジンないしウリジンの偽物です。

しかしファビピラビルがRNA鎖の複製時に取り込まれてRNA鎖の伸長を邪魔するのに対し、モルヌピラビルの機能はレムデシビルに近く、RNA鎖のミスを修復する酵素をごまかして、複製時のエラーを増大させることでウイルスを機能不全に陥らせます。

一方、パクスロビドは異なる戦略で新型コロナウイルスを攻略します。第25回で、遺伝子発現のセントラルドグマに触れましたが、私たち人間の遺伝物質はDNAなので、遺伝情報は「DNA→mRNA→タンパク質」のように一方通行です。

それに対し、RNAウイルスの場合は遺伝物質がRNAなので、「RNA→mRNA→タンパク質」です。特に、コロナウイルスの仲間では、遺伝物質であるRNAが、そのままmRNAとして働きます。

第25回で解説したように、DNAやRNAはヌクレオシドの鎖で出来ています。特にRNAは、核酸塩基のアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、ウラシル(U)の4種に分けられ、3つのヌクレオシドで1つのアミノ酸を指定します。

例えば、AAAはリシン(lysine, 略号:Lys, K)、GGGはグリシン (glycine, 略号:Gly, G)、UUUはフェニルアラニン (phenylalanine, 略号:Phe, F)、CCCはプロリン (proline, 略号:Pro, P)のように、20種のアミノ酸を指定しています。

そして、そのアミノ酸が鎖状に連なり、折りたたまれたものがタンパク質です。実は、各々の遺伝子から一つ一つのタンパク質が個々別々に発現するわけではなく、連続する遺伝子からまとめて塩基配列が読みだされ、幾つかのタンパク質が連なった一本のアミノ酸の鎖を作ります。

このアミノ酸の長い鎖は、タンパク質分解酵素(プロテアーゼ, protease)で特定の位置で各々のアミノ酸鎖に切り分けられ、それぞれが折りたたまれて、いくつものタンパク質になるのです。

パクスロビドは、このとき、新型コロナウイルスに特有のプロテアーゼ(C30エンドペプチダーゼ)を邪魔します。つまり、新型コロナウイルスが自分の遺伝子を翻訳しても、タンパク質として機能する前に絡まって、役に立たないアミノ酸の塊になるのです。

暗闇の中に光が・・・
効果的なワクチンや治療薬の開発が進んで、新型コロナ禍の暗闇にも、ようやく光が差しました。ただし懸念点もあって、これらの新しい薬は、まだ臨床試験が不備なため、12歳未満の投与を想定していません。そのためデルタ株の流行で「若年層も重症化する」状況です。

頻度は低いのですが、諸外国には重症化して亡くなる/後遺症に苦しむ子供たちがいます。したがって、まだワクチンを接種できない年齢層にこそ新しい治療薬が必要です。

おそらく日本では、現場の医師/医療チームによる十分な看護の元、慎重に投与されると思いますが、しばらくは手探りになるでしょう。

治療薬は大切ですが、感染症に対しては「予防に勝る治療なし」という言葉が最も当てはまります。今しばらくは「ワクチン接種のできない子供たちや免疫の弱い人たちを守るため」、地味な感染対策を維持するとともに、ワクチン接種可能な方には接種を広げて、引き続き頑張っていきましょう。