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Column


第35回 広域感染症流行の終息について
<質問>
本羅先生、こんにちは。率直に言って、今回のコロナ禍は、いつ終わるのでしょうか? と言いますか、専門家は、どのような状況で「コロナ終息」を宣言するのでしょうか? ウイルスと戦い続ける人類にとって、まだ確立された完全な答えというものは存在しないのかもしれませんが、何か指標のようなものがあれば、興味があります。(神奈川県 H.M.)
(2022年3月)
<回答>
H.M.さん、ご質問ありがとうございます。新型コロナ禍のパンデミックも2年を超え、世界中の人がウンザリしていることと思います。しかし、自暴自棄になっては、ここまで耐えた甲斐が無いというものです。

とはいえ、幾つかの西欧諸国は規制を撤廃し、冷静に「開き直っている」ように思えます。各国の報道を基にした、あくまで個人的な印象ですが、「まだまだ新型コロナ禍の収束など覚束ない」と考えているのでしょう。個人の感染リスクと社会活動のトレードオフをどんなバランスに保つのか、各国それぞれのレベルでライフスタイルを定めているように感じました。

その意味では、日本の場合、良い意味での「諦め」がつかないのかもしれません。ただし、私は、日本にも「開き直り」が必要とは思っていません。なぜなら、ここでの「開き直り」とは「全ての国民が感染者となりうる事態を受け入れること」を意味するからです。今の段階では、諸外国に比べて日本の被害は少なく、まだ「諦め」には至らないと思うのです。

新規感染者数の比較 日本とデンマーク
この2年に渡る新型コロナ禍の経過をざっくりとつかむために、日本と幾つかの国を新規感染者数で比べてみましょう。Googleで「新型コロナ感染者数」という語を検索して表示される統計情報を参照して、1日毎の新規感染者数を7日平均した値をグラフにしました(2022年3月14日時点)。また、以下は第6波を中心に論じます。

まずは、前回にも取り上げたデンマークです(図1)。日本と比べると、感染者の増える勢いは半分くらいでしたが、人口比が1/20に満たないことを考慮すれば、およそ10倍で感染者が広がっています(日本でピークが1日100万人弱になるイメージ/以降も同じ)。


新規感染者数の比較 日本とデンマーク、イギリス、ドイツ
このグラフに、イギリスとドイツを加えます(図2:感染者数を表す縦軸が2倍になっていることに注意)。国民のワクチン接種率が75.7%であるドイツは感染者のコントロールができていないのかピークが下がらず、73.2%のイギリスは前回にも取り上げましたが、法的な規制を全廃してから、やはり感染者数は増加に転じています。

2国の感染者の広がり具合を日本との人口比(ドイツ:約2/3、イギリス:約1/2)で補正すれば、ドイツのレベルで3倍(約30万人/日)、イギリスのレベルで4倍(約40万人/日)の感染者増というイメージになります。


新規感染者数の比較 日本とデンマーク、イギリス、ドイツ、フランス、アメリカ
さらに、フランスとアメリカを加えます(図3)。縦軸が8倍になっていますが、アメリカの人口は日本より2.6倍ほど上回るので、感染者の広がり具合は、ざっくり3倍くらいのイメージです(約30万人/日)。ただし、累積の感染者数は13倍を超えています(3月17日時点で7950万人:591万人)。フランスのレベルだと(人口比:約1/2)、およそ80万人/日というイメージで、さらに、おそらく第7波が始まりかけています。


人口比での各国の新規感染者数の推移
図4に、日本の第6波ピークを1とし、各国の新規感染者数の推移を人口比で調整したグラフを示します。これを見ると、世界における第6波の勢いが凄い一方で、日本は、他国より遥かに緩やかなことが分かります。

そして、こうした社会における感染者増の肌感覚(諦め/開き直り)が、他国で、政策の舵を規制緩和に切らせたのだろう、と想像がつきます。実際、第6波でのドイツの感染者増は高止まり、イギリスやフランスでは増加傾向に転じています。


日本でも第7波の始まり?
日本でも、第6波のピークは過ぎたように見えますが、立ち上がり(感染者増の勢い)の割に、減少が緩やかなところは気になります(図5左)。おそらく、これは、前回解説したように「現在の感染者にワクチン未接種の子供たちが増えているから」ということと、「既に、日本でも第7波が始まりつつあるのかも」ということがあります。

実は、検疫のデータが気になっています(図5右)。これまで「厳しすぎるのではないか」と、たびたび批判されていた日本の入国規制ですが、そうは言っても第6波では、それまでと比べられない人数の感染者が見つかっていました。そして、入国制限の緩和を始めた2022年3月1日の少し前から、感染者は増加傾向に転じているのです。

この3月22日から「まん延防止等重点措置」が解除されることもあって、またもや市中の感染者が増えやしまいか、個人的には、とても心配しています。このように世界と日本の状況を把握すると、社会を動かしながらコロナ禍の終息を模索するには、今しばらく時間がかかるのだろうな、としか言えないのが現状です。

https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/entire/

「コロナ禍の終息」の宣言とは?
では、どのような状況になれば、「コロナ禍の終息」を宣言できるのでしょうか。たぶん、一般の方が抱く「ウイルスによる感染症の終息」の素朴なイメージは「この世から、ウイルスがいなくなること」でしょうか。これは、ある意味、専門家にとっても同じで、より正確には「ウイルス疾患の撲滅/根絶」と言います。ちなみに、ここでは「撲滅」と「根絶」は同じ意味で、英語だと “eradication of virus disease” と言います。

しかし「ウイルス疾患の撲滅」は、とても難しいです。意外に思われるかもしれませんが、人類史上で撲滅できたウイルス疾患は、たった1つしかありません。それは、天然痘smallpox)です。

天然痘は、紀元前より人類を苦しめ続けましたが、1796年にエドワード・ジェンナー (Edward Jenner)が開発した、世界初のワクチンである種痘smallpox vaccination)が、その猛威を弱めることに成功しました。そして、途中経過は省きますが、ソマリアの病院職員アリ・マオ・マーラン(Ali Maow Maalin)の感染を最後として(1977年)、WHOが撲滅を宣言しました(1980年)。

ここでWHOは「撲滅」を宣言するまでに、感染者の途絶を3年ほど監視し続けたことに注目です。さすがに撲滅と言うまでには、数年は様子を見る必要があるわけですね。とはいえ、なぜ天然痘以外の感染症は、撲滅に至らないのでしょうか。それは、天然痘が「人間にだけ感染して、発症するウイルス」だったからです。実は、これは特殊ケースなのです。

今回の新型コロナウイルスもそうですが、人間に病原性を持つウイルスのほとんどは、人間以外の生物も宿主にします。たとえば「日本脳炎Japanese encephalitis)」です。日本脳炎は、蚊(主に、コガタアカイエカ)に噛まれることを通じて、日本脳炎ウイルスに感染する疾患で、アジア全体に広く分布しています。興味深いことに、感染しても発症するのは0.1~1%程度と推定されていますし、ヒト-ヒト間では感染しません。ただし、発症した場合の致死率は30%を超え、回復しても半数の患者が脳に重篤な後遺症を残す、とても怖い病気です。

日本脳炎ウイルスは、主にブタを増幅動物とします。増幅動物とは、言わば「ウイルスの培養器」になる動物のことで、自分自身は発症せず、長期間、血中に高濃度のウイルスを保持します。そして、ウイルスに汚染された増幅動物の血液を蚊が媒介することで、感染が拡大します。

ということは、日本脳炎を撲滅するには、蚊を地上から一掃する必要があります。しかし、蚊の根絶は、とても難しいことです。これまでに世界中で研究されていますが、環境を汚染しない完全な蚊の駆除方法は発明されていません。

つまり、感染を媒介する生物の制御が、多くの感染症を撲滅する鍵になることは確かです。ただし、その達成は非常に困難です。これが、天然痘以外の感染症が、なかなか撲滅できない理由です。

ワクチン接種の広まり
しかし、現在、日本では、日本脳炎が流行しなくなりました。なぜ流行しなくなったのでしょうか。それは、日本社会にワクチン接種が広まったからです。

日本脳炎ウイルスがいなくなったわけではありません。事実、厚生労働省がブタの日本脳炎ウイルスの抗体検査を毎年夏に行っていますが、常に感染を媒介する蚊は発生しているようです。現在でも、日本で僅かながら日本脳炎の患者は報告されますし、世界的には年間数万人が罹患しています。

ただし、感染者は、ほぼワクチン未接種の方だけです。つまり、日本脳炎に関しては、現状、感染しても発症しない人/重症化しない人が、日本社会で大勢を占めているということです。

「感染症の終息」への絵図
つまり、ワクチンで免疫を得て、感染しても発症しない/軽症で済む人で社会を占めること。これが、「感染症の終息」という現実的な絵図の一つと言えるのかもしれません。今回の新型コロナウイルスに関しても同様に、社会をワクチンから得られる免疫で覆うことができれば、終息を告げられるのかもしれません。ただし、今以上に危険な変異株が現れなければ、ですが。