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Column


第71回 骨折の治癒について
<質問>
皆さま、こんにちは。本螺新一郎です。
いつもご愛読いただき、誠にありがとうございます。
実は、本コラムの執筆を仰せつかって、この4月で丸6年を迎えることができました。
これまで様々な質問にお答えする中で、改めて私自身にも勉強になることが多かったように思います。

学者、山に登るが如し

と申しますが、私の歩く先には山頂が見えるどころか、恥ずかしながら、足元すら覚束ない有様です。先人の切り拓かれた道を辿るだけで精一杯、まだまだ途半ばであります。
今後も、皆さまの素朴かつ鋭い質問に刺激を受けながら、さらに学びを深め、知啓を磨き続ける所存です。

お堅いご挨拶は、このくらいにいたしましょう。
今月は、いつもと赴きを変えまして、先日、私自身が体験したことから、話を膨らませてみようと思います。
テーマは「骨折の治癒」です。
(2025年4月)
<回答>
さて、ワタクシも齢(よわい)五十路に達して数年が過ぎました。
身体のアチコチにガタが出てきて、検査の数値と毎日飲む薬の数を武勇伝(≒笑い話)に、不安と強がりに打ち勝つべく、日々を過ごしています。

しかしながら、自分で思う以上に、身体の老化 ~ 運動イメージと実際の動きの乖離 ~ は進行していたようです。
先日、それに、まざまざと気づかされました。

転倒事故と膝蓋骨骨折の発生
朝の通勤途中、駅の階段で足を踏み外してしまったのです。
もちろん、あえなく落下し、右の膝蓋骨(patella, いわゆる『膝の皿』)を粉々に砕いてしまいました(少し大げさ)。

若いころにも、駅の階段で足を滑らせたことはあります。
その時は、受け身が上手く取れて、軽い打ち身と擦り傷で済んだのですが、今回は、全く無防備に落ちてしまいました。

後になって、手足に残された青い打撲痕の位置から察するに、とっさに頭や顔を床にぶつけないよう庇ってはいたようです。その結果、運動エネルギーと落下の位置エネルギーの総和、つまり「1/2×体重×走り下りる速度の2乗+階段の高さ×体重×重力加速度」を右膝へ集中させて、床面に叩きつけた、と。
そりゃ砕けますよね、膝の皿も。

あの日は、いつもの電車の路線が朝から人身事故で、1時間以上も遅れて職場の最寄り駅に到着。開始時間の遅れる実験を何とか持ち直すために、作業の組換え手順をアレコレ考えながら、足早に階段を下りていました。
すると、前日の雨が濡れ残った踏み板に踵を滑らせて、アッと思う間もなく、すってんころり。

床にへたり込んですぐは、「まさか自分が階段から転げ落ちるなんて!」「まともに受け身も取れないなんて!」と、痛みよりも恥ずかしさが勝っていました。しかし徐々に冷静になると、幸いにも頭頸部は無傷だし、目がくらむわけでも、手足が明後日の方向を向いているわけでもなく、見た目に大きな傷や出血もありません。何とか立てるか?と試してみるも、足首と股関節は動かせましたが、右膝に力が入らず、体重をかけるのは無理でした。

ここで、その場にいた優しい乗客の方たちが駅員さんを呼んでくれまして、状況を簡単に説明。救急車をお願いしてもらい、救急外来へ搬送。応急処置を行い、レントゲン(注1)とCT検査(注3)で確認すると、まぁ見事に膝の皿が割れていました。

(注1) レントゲン((独)Röntgen)
一般には、単純エックス線(X線)撮影(Plain radiography)の別称で、X線の発見者名に由来(注2)投影X線撮影(Projectional radiography)とも言う。物体の一方向から短時間照射して透過したX線を検出器に受像することで、物質/組織におけるX線透過率の違いから、内部構造の二次元静止像を可視化する。透過率は、分子の密度に反比例する。つまり、高密度(≒硬い組織)より低密度(≒柔らかい組織)で透過率は高い。医用画像(Medical imaging)でX線撮影する場合、骨は透過しにくく、内臓など水分過多な組織から、皮膚やガス/空気を含む部位へ、と透過率は上がる(つまり透けて見える)。慣習的に、医用画像では透過率を反転させて表示することが多い。つまり、骨など硬い組織は白く、ガスや空気は黒く表示される。また、バリウム(barium, 原子番号 56, 元素記号:Ba)のような、X線を通さない造影剤(contrast agent / contrast medium)を投与すれば、消化管や血管など透過率の高い組織の様子も可視化できる。医用画像として、診断や治療に汎用される他、構造物の内部を非破壊的に透視できることから、空港の手荷物検査などにも利用される。

(注2)  X線(X-ray)
1895年にドイツの物理学者ヴィルヘルム・コンラート・レントゲン(Wilhelm Conrad Röntgen)が発見した。波長10nm(ナノメートル/1mの10億分の1)以下の電磁波であり、放射線でもある。電磁波とは、電場と磁場の変化を伝える波動である。エネルギーが高い(≒波長が短い)電磁波は、放射線とも言う。高エネルギーのX線は、ガンマ線(γ-ray)とも呼ばれる。両者に厳密な違いはなく、区別はつかない。原子核の周囲にある電子が弾き飛ばされて別の電子が落ちてくるとき(軌道電子の遷移)、あるいは自由電子の運動エネルギーが変化するときに発生する電磁波をX線、不安定な原子核がエネルギー順位を遷移させて安定化する(核分裂など)ときに放射される電磁波をγ線と、発生機構の違いで呼び馴らわしている。高エネルギー電磁波の波長の短さは、物質/組織を構成する分子と分子の隙間を通るほど(≒透過)で、これが、X線撮影の原理である。ちなみにレントゲン博士は、この功績で1901年の第1回ノーベル物理学賞を受賞している。

(注3)  CT検査:
CTは、コンピューター断層撮影(computed tomography)の略称。一般には、向かい合うX線照射装置と検出器が、その間に挟まれた検出対象の周囲を回転しながら測定し、コンピューターによる数学的な画像処理で、検出対象の断層像、つまり輪切りの画像を可視化する。現在は、装置全体が螺旋状に回転しながら、検出対象の周囲を平行移動することで、連続的に断層像を積み重ねた立体像、いわゆる、3次元コンピュータグラフィックス(three-dimensional computer graphics, 3DCG)を構築でき、より直観的に検出対象の内部構造を把握できるようになった。


私自身も、検査で撮影した右膝を3DCGで見せてもらったのですが、実に割れ方が見事というか、上下半分に分割され、更に下半分が数個に割れていました。

手術の判断と膝蓋骨の特徴
担当医師も「これは手術するしかないね」と仰って、詳しい手術法のお話を伺いました。

一般的には、ひびが入っただけの場合や、よほど酷い骨折でなければ、保存療法(conservative therapy / conservative treatment)が選ばれます。外部から骨の位置と形を元通りに戻す徒手整復(closed reduction / manual reduction / manipulative reduction)を行い、患部を含む周辺をギプス(gips)で固定して安静に保ち、骨がつながるのを待つのです。

ちなみに、日本人は、ギ「ブ」スと濁音で読む方が多いのでご注意を。さらにいうと、”gips”は「石膏(≒硫酸カルシウム(CaSO4))」を意味するオランダ語が語源で、英語では”cast(キャスト)”を使います。意外に思われるかもしれませんが、これ、お芝居の「配役」という意味の「キャスト」と同じ単語です。動詞だと「(釣り糸や網を)投げる」ですし、「サイコロを振ること/出た賽の目/(転じて、出た賽の目の)運」なんて意味もありますね。なかなかに含蓄の深い単語です。

おっと、閑話休題。では、手術の必要な「よほどの酷さ」とは、どのようなものでしょうか。まずは、折れた骨が皮膚を突き破った開放骨折(open fracture)です。これは、さすがに素人目にも「酷い」と分かりますよね。その他、元の位置からのズレが大きい/大きな骨の中央が折れた/細かく砕けた、など徒手整復の難しい骨折が「手術の必要な酷さ」に相当します。

特に、関節など「動く」骨や下肢のように「体重を支える」骨が折れたときは、手術を選ぶことが多いようです。ただし、保存療法と比べると、手術は、患部を切り開いて整復するので、侵襲が大きい分、患者さんにも負担がかかります。とは言え、手術で「正しい位置に固定」することで、早期に患部を動かせるようになり、骨折部位の回復と社会復帰を早められるメリットは無視できません。保存療法と手術、どちらにせよ、折れた骨がくっつくには時間がかかります(後述します)。ですから、医師は、患者さんの容態(年齢/体力/患部の位置や状態)と生活環境(サポート体制など)を考慮して、最善な治療法を提案します。

私の場合、割れた膝の皿(膝蓋骨)は、膝関節という「動く」かつ「体重を支える」骨で、大小複数個に「細かく砕けた」状態です。しかも、脛骨(cnemis, けいこつ / いわゆる”すね”の内側の骨)とつながる膝蓋腱(Patellar tendon, しつがいけん)からは下向きに、大腿骨(thigh bone, だいたいこつ / 太ももの骨。哺乳類の骨では最長)につながる大腿四頭筋(quadriceps femoris, だいたいしとうきん / 太もも前面の筋肉)からは上向きに引っ張られて「元の位置からのズレが大きい」となれば、上記した手術の必要な条件のほとんどに当てはまりますね。

元々、膝蓋骨は、筋や腱(tendon / sinew, けん / 筋肉と骨をつなぐ繊維)に埋め込まれて、関節をスムーズに動かすための、種子骨(sesamoid bone, しゅしこつ)という骨の仲間です。膝関節を屈伸するときに、大腿四頭筋と大腿骨の遠位部末端(膝関節を作る先端)の摩擦を和らげ、筋の収縮を回転運動に変換する滑車の役割を果たしています(図1)

図1.膝関節の伸展
A:屈曲角135度(最も曲がった位置)
B:屈曲角90度(中間位置)
C:屈曲角20度(最も伸びた位置)
●膝蓋骨が大腿骨末端を滑って移動することで、大腿四頭筋の直線的な収縮が脛骨を回転させている。 

つまり、そもそも膝蓋骨は、靭帯(ligament, じんたい / 骨と骨をつなぐ繊維)や筋、腱に引っ張られて、位置を固定していない骨なのです。
どうやって、こんな大切で厄介な骨を手術するのでしょうか?

手術法とインプラントの種類
骨折の手術は「骨接合術」と言います。特別な専用器具を使って折れた骨を整復し、固定するのです。特に、生体に埋め込む医療器具をインプラント(implant)と言います。整形外科(orthopedic surgery)で、骨を固定するインプラントは、多くが金属製で、以下のものがあります。

1)   ピン(steel pins)
キルシュナー鋼線(Kirschner wire)が正式な名称で、K-ワイヤーと略されることもあります。ドイツの外科医マーティン・キルシュナー(Martin Kirschner)に由来するのですが、1909年の発明と言いますから驚きです。太さ/長さ/ネジ切など様々なサイズがあり、折れた骨を整復してピンを挿入する固定法をピンニング(pinning)と言います。
 2)  プレート(plate)
骨折部位に合わせた専用の金属板で、整復した骨の外側に沿わせてネジ(screw)で止めます。
 3)  髄内釘(intramedullary rod / intramedullary nail, ずいないてい):
ロッド、あるいはネイルと略されることもあります。上腕骨(humerus)や大腿骨、脛骨のように大きく長い骨が中央部で折れた時などに、髄腔(medullary cavity / marrow cavity, ずいくう / 骨の中心部の空洞)に通して固定します。

さらに酷い状態や特殊なケースでは、創外固定(External fixation)といって、皮膚の上からピンなどを骨に打ち込み、体の外から患部を固定する方法が取られることもあります。

今回、私の膝蓋骨骨折には、テンション・バンド・ワイヤリング法(tension band wiring)という術法が行われました(図2)

図2.テンション・バンド・ワイヤリング法
●術式の手順は下記(患部の切開/縫合などは略)
1) 割れた膝蓋骨を正しい位置に整復
2) 上下方向に硬いピンを刺して、左右の位置を維持
3) 貫通した上下のピンに引っかけたワイヤーを、膝蓋骨の表裏に通して絞り、上下を引き付けて固定
4) 膝蓋骨の周囲をワイヤーで縛り、断片を中央に寄せるように固定
 参考)https://surgeryreference.aofoundation.org/orthopedic-trauma/
adult-trauma/patella/complete-articular-frontal-coronal-wedge-fracture/
cerclage-compression-suture?searchurl=/searchresults#suture-insertion

何と言うか、ガチガチに固めているんですね。

リハビリ開始とその意義
そのおかげで、手術痕が塞がり次第、すぐにリハビリ(physical rehabilitation)を開始できます。私は、術後2日目から始めました。安静にし過ぎると、すぐに患部以外の筋肉まで落ちてしまいますし、関節も曲がらなくなってしまいます。予後を万全にしたいのであれば、できる限り早い、リハビリが大切です。私、まだまだ寝たきりになりたくないですからね。
いや、正直、やり始めた頃は、けっこう痛かったですが(苦笑)。

実際、患部を冷やすアイシング(icing)と鎮痛剤が無かったら、耐えられなかったと思います。ちなみにアイシングの鎮痛と消炎の効果は、医療だけではなく、スポーツの現場でも重要視されています。その鎮痛作用は、患部の冷却による神経伝達速度の低下が関与しています。ただし炎症については、発熱はともかく、充血は回復の前段階でもありますから、消炎効果が過ぎて血行不良となれば、損傷組織の回復が遅延するので、過度の冷却には注意です。

もちろん「手術痕が塞がる」とはいえ直後の話、手術では骨の手前まで切開していますから、縫合によって皮膚と皮下組織が「”いちおう”閉じて止血している」というだけで、無茶な動かし方をすれば、パックリと裂けてしまいます。ですから、まずは真っ直ぐに脚を伸ばし、サポーターを巻いて固定します。

そして、リハビリのとき、サポーターを外して、患部(膝)と周辺組織(上は太もも、下は指先から足首/ふくらはぎ)を優しくマッサージします。血管/神経/筋/腱/靭帯に沿って、さすったり揺らしたり、軽く皮膚をつまんだりするイメージですね。ようするに、患部の血行を良くするのです。その後、膝に荷重をかけないように手で支えながら、少しずつ関節を動かします。理想は135度ですが、はてさて、そこまで回復なるか?!(頑張ります)

骨の構造と再構築メカニズム
リハビリで患部を動かすことは柔軟性を回復するだけでなく、血行を良くするという意味では、骨の再生にも有効です。そもそも組織としての骨は、硬くシッカリしたイメージと裏腹に、分解/吸収/形成を日々繰り返しています。私たちの骨は、子供から成長するときに増えるだけではないのです。

もしかすると聞いたことのある読者もおられるかもしれませんが、1か所の骨は3~4年周期で120日ほどかけて新しくなり、成人で、ざっくり毎年1割程度の骨が作り変わると言われます。そして、それは大人になってからも死ぬまで続くのです。この、骨の作り変わりが、骨再構築(bone remodeling)です。あるいは、そのまま骨リモデリングとも言います。ある意味、骨再構築の能力があるからこそ、子供から大人に骨格が成長し、折れた骨がくっつく訳です。

かつて、ビーグル犬(Beagle)を高重力下で飼育する実験がありました。簡単に言うと、犬の飼育小屋をグルグル振り回し続け、遠心力で地上の2倍にした重力を与えて育てるのです。同じお母さん犬から生まれた子供たちを使って、片や普通に飼育、片や小屋をブン回す(高重力)という比較試験です。結果、高重力で育てたビーグル犬は、普通環境の兄弟に比べて、足の骨が短くなると同時に、断面積が増えました(太くなった)。ただし、骨の量は同じでした。つまり、身体を作る素材は同じなのに、高重力環境に適応して、骨格が作り替わったことを意味します。ちょっと、今では動物倫理的に再現実験は不可能でしょうが……。

では、次に、骨折が治る過程を見てみましょう(図3)

図3.骨折後治癒過程の模式図
●大きく、下記の3段階の過程で治癒が進行する。
●それぞれの期間に明確な区切りはなく、局所的には重なっている。
●下記過程のカッコ内は、模式図に当てはまる、おおよその期間。
 A:炎症期(骨折直後の数日~数週間)
 B:修復期(数週間~数ヶ月)
 C:再構築期(数ヶ月~数年) 
 参考)
「骨折に対する効果的なリハビリテーションの展開(物理療法科学 第26巻 2019年)」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjeapt/26/1/26_18-9/_pdf

骨折から間もない炎症期(inflammatory phase)では、患部の出血から周辺が低酸素状態になり、骨折部末端が壊死します。続いて、血小板(platelet, (注4))が凝集して、出血部に血腫(hematoma)と呼ばれる血の塊を作り、サイトカイン(細胞が分泌する生理活性物質の総称)を分泌します。

(注4) 血小板(platelet, )
赤血球や白血球に次ぐ、第3の血球成分。核を持たず、直径2μm(マイクロメートル / 1mmの千分の1)程度と、他の血球より小さい。ちなみに一般的な細胞は直径20μm。出血によって活性化し、細胞表面に接着因子を発現する。これによって血管内壁と、あるいは血小板同士で接着し、出血部の血管を内から塞ぐ(一次止血)。続けて、凝固因子やサイトカインを分泌する。凝固因子は、血中のフィブリン(fibrin / 繊維状タンパク質)と結びつき、血小板や他の血球とともに重合して凝固し、血餅(blood clot)を作り、さらに強固な血栓となる(二次止血)。ちなみに、血管外(組織内)で大量の血液が凝固した状態が血腫であり、皮膚の外で凝固した状態が瘡蓋(かさぶた)である。血小板の分泌するサイトカインは、組織を構成する各種細胞の成長因子であり、損傷部位の回復を促す。


白血球の仲間(好中球やマクロファージ / 本コラム第29回)は、血小板のサイトカインを感知して集まる性質があり、患部で壊死した組織を吸収します。また、サイトカインに含まれる成長因子によって、患部の周辺に血管新生(angiogenesis)が起こり(≒充血)、組織を再構築するために必要な各種の細胞が集まって増加します。この一連の反応は、炎症によって生じています。ですから、先ほど、アイシングで触れたように、過度の消炎は回復を遅延させるため、注意が必要なのです。痛みを抑えることとのトレードオフ(trade-off)、まさに匙加減ですね。

炎症期に続く修復期(reparative phase)では、まず、骨髄から供給される幹細胞が軟骨細胞(chondrocyte)破骨細胞(osteoclast)に分化し、軟骨細胞が損傷部の隙間を埋めるように増殖します。同時に、回復した筋膜(periosteum)からは、骨芽細胞(osteoblast)が供給されます。軟骨(cartilage)を自身に充填して肥大化した軟骨細胞は、アポトーシス(apoptosis / 細胞自死)して軟骨だけが残ります。すると破骨細胞が軟骨を分解し、その痕を骨芽細胞が骨で埋めるのです。こうした急速な変化(軟骨細胞 → 軟骨 → 新生骨)で、骨折部に仮骨(callus)が作られます。仮骨は過剰に形成されるため、X線画像上の見た目は、骨が太くなったように見えるのですが、まだ強度は低いです。ここでの無理は再骨折の危険性を高めます。

修復期で十分な量の仮骨形成が進むと、再構築期(remodeling phase)に移行します。骨折部の外側から、破骨細胞による骨の吸収と骨芽細胞による骨の充填を繰り返して、仮骨の癒合(一体化)が始まります。患部周辺の骨とともに再構築を繰り返しながら、骨の連続性と強度を取り戻し(骨癒合)、ようやく骨折前と同様の形態が戻るのです。

ちなみに、より正確な、骨再構築の模式図が、図4になります。色は地味ですが、主役は、骨芽細胞です。

図4.骨再構築の模式図
●骨芽細胞は、2種類の物質(RANKLとOPG)を分泌している。
●RANKLは破骨前駆細胞を活性化させる。
●活性化した破骨前駆細胞は、融合して多核化し、成熟した破骨細胞に分化して骨を吸収する。
●OPGは、RANKLと結合して、破骨前駆細胞の活性化を邪魔し、破骨細胞の成熟を妨げる。
●つまり、骨芽細胞は、RANKLで骨の分解/吸収を早くし、OPGで遅くしている。
●骨芽細胞は、骨の成分であるリン酸カルシウム(calcium phosphate)コラーゲン(collagen / タンパク質)を分泌し、それに自身が埋もれて骨細胞となる。
  ※RANKLとOPGの詳細は専門的になりすぎるので省略。
    ※リン酸カルシウムの化学式は複雑すぎるので省略。
 参考)「特集:骨代謝研究」
https://www.cosmobio.co.jp/product/detail/product-bone-20130618.asp?entry_id=11223

骨という組織は、なかなかにダイナミックですね。実は、こうした医学的な面白さだけではなく、骨には更に面白い物理的な性質があります。それは、圧電効果と呼ばれる現象です。圧電効果とは、特定の物質に圧力を加えたとき、その表面に電荷が生まれる現象です。この、物質の変形と電界発生の関係を利用した圧電素子は、現代の私たちには無くてはならない科学技術でして、それこそ、ライターやガスコンロの着火装置に始まり、マイクやスピーカーもそうですし、センサーや電子回路、精密機器にも使われています。

余談ですが、この圧電効果を発見したのはフランス人の物理学者、ピエール・キュリー(Pierre Curie)とジャック・キュリー(Paul-Jacques Curie)の兄弟です。なんだか聞き覚えありませんか? そうです。弟ピエールの奥さんは、マリ・キュリー(Marie Curie)。いわゆる、キュリー夫人(Madame Curie)なのです(注5)

(注5) マリ・キュリー(Marie Curie):
ポーランド立憲王国(現在のポーランド共和国)出身の物理学者・化学者。ポーランド語名は、マリア・サロメア・スクウォドフスカ=キュリー(Maria Salomea Skłodowska-Curie)である。フランスに留学し、ソルボンヌ (Sorbonne / 当時のパリ大学)への入学を期に、フランス語名「マリ」を使うように。日本語表記では「マリー」とも。
女性初のノーベル賞受賞者であり、1903年の物理学賞(放射能の研究 / 夫ピエールとの共同受賞)、1911年の化学賞(ラジウムおよびポロニウムの発見とラジウムの性質およびその化合物の研究)と、2度も受賞している。2025年現在、他にノーベル賞を2度受賞した者は、ライナス・カール・ポーリング(Linus Carl Pauling / 1954年化学賞,1962年平和賞)、ジョン・バーディーン(John Bardeen / 1956年,1972年物理学賞)、フレデリック・サンガー(Frederick Sanger / 1958年,1980年化学賞)、カール・バリー・シャープレス(Karl Barry Sharpless / 2001年,2022年化学賞)の4名だが、異なる科学分野で受賞を重ねたのは彼女だけである。ちなみに、娘夫婦の イレーヌ・ジョリオ=キュリー(Irene Joliot-Curie)とジャン・フレデリック・ジョリオ=キュリー(Jean Frédéric Joliot-Curie)も共同でノーベル化学賞を受賞している(1935年)。
また、放射能(radioactivity)という科学用語は、彼女の造語である。


閑話休題(2回目)。どんな物質にでもあるわけではない圧電効果が、なぜか物質としての骨にもあります。生きた組織としての骨が持つ電気的性質ではなく、取り出して洗って乾燥させた、モノとしての骨の性質です。それを見つけたのは日本人でした。

深田栄一と保田岩夫のお二人による1957年の発見です(敬称/所属略)。つまり、物理的な刺激によって、骨に電気が生じるのです。そして、実は、電気的な刺激が、細胞レベルの骨再構築を活性化させることも分かってきました。つまり、骨を物理的に刺激することで電気が生じ、骨の成長や再構築が早まるというのです。先に触れたビーグル犬の実験も、これで説明できます。骨にかかる力が、身体を支えるために最適な形を作る訳です。

つまり、骨折も、完全に固定しては、治癒が遅れます。とは言え、刺激が強すぎると、固まる前に壊れます。適度な刺激が大事なのです。実際、私もリハビリに使っていますが、患部に超音波を与えることで、回復の早まることが実証されています(回復期間が40%ほど短縮 / 2016年から保険適用)。


 参考) 「日本人が発見した骨の圧電効果」  https://www.jstage.jst.go.jp/article/butsuri/61/1/61_KJ00003978117/_pdf/-char/ja
「骨折の治療期間を3~4割早める「超音波骨折治療法」」
https://www.senshiniryo.net/column_a/09/index.html


骨の物理的特性と治療の最終段階
ここまで解説してきましたが、その後どうなるか、と言いますと、折れた骨が癒合して、周辺組織も充分に回復したところで再手術を行う予定です。いわゆる抜釘(ばってい)手術です。インプラントは、生物学的な安全性を充分に評価された材料で作られていますが、日本では、骨がつながったら再手術をして取り除く場合が多いです。とはいえ、私の場合でも、数ヶ月は先の話にはなりますね。

しばらくは足が不自由ですが、松葉杖(crutch / 私は1本使いなので単数形)にも慣れてきましたし、リハビリもサボらず頑張りますよ。できる限り、早期回復に努めます。

さて、次回から、7年目に突入です。
今後とも、本コラムに変わらぬご愛顧を賜れましたら幸いです。