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Column


第11回 臨床検査とPCR
<質問>
新型コロナウイルスの影響で、すっかり自粛ムードが続いていますね。巷では、不手際だの後手に回っているだの喧しいですが、個人的には、特に検査について気になっています。インフルエンザでは、わりと簡単にできた検査が、なぜ新型コロナウイルスでは、する/しないで大騒ぎになっているのでしょうか。それに、よく耳にするようになったPCR検査が、今一つ分かりません。本螺先生の解説を伺わせてください。(東京都 M.U.)

<回答>

M.U.さん、ご質問ありがとうございます。この3月11日にWHOが(宣言はしていないものの)パンデミックを口にし、新型コロナウイルス騒動も、すっかり大事になってしまいました。TVからは、日々、恐怖を煽る報道やワイドショーが流れています。世間がパニック気味になるのも仕方がないとは思いますが、できるかぎり「冷静に、正しく」怖がりたいものです。以下の解説が、皆さんの不安を少しでも解消できたら幸いです。

「検体検査」と「生理機能検査」
さて、今回の新型コロナウイルス騒動ですが、私は、特に「臨床検査の目的や結果が誤解されている」と感じました。詳細は教科書に譲るとして、ざっくり説明いたしますが、臨床検査は「検体検査」と「生理機能検査」に分けられます。

検体検査は、患者さんから採取した生体資料(血液、尿、糞便、細胞など)から情報を得ます。一方で、生理機能検査は、医療機器(レントゲン、心電図、超音波、CT、MRIなど)を使って患者さんの身体を直接調べます。

今回、M.U.さんのご質問にある「インフルエンザウイルス」ないし「コロナウイルス」の検査は、鼻腔から専用の綿棒などを挿入して得られた粘膜を用いるので、検体検査です。

そもそも臨床検査の最大の目的は、医師や看護師による「治療方針」や「経過観察」の決定を補助することです。検査結果から患者の状態を類推するには、医学部や看護学校で学ぶだけでは足らず、臨床経験を重ねながらの長期にわたる訓練が必要です。


どうすれば「偽陰性」と「偽陽性」を減らせるか?
さらに言うなら、検査そのものにも、充分に訓練された臨床検査技師の専門技術や手技が必須です。もちろん検査キットは「誰でも使えて、簡便に結果が出る」ことが理想ですが、実際のところ、科学技術の全てに完璧はありません。

それでも、医療現場で用いられる検査キットは、90%に近い確率で判定できるものばかりです。しかしながら、100%でないことの意味は重要です。これは検査の「感度」と「特異度」について考えれば、簡単に分かります。

たとえば、ある検査が、ウイルスの検出(陽性)と非検出(陰性)を指標として、感染者の99%を判定でき(感度が99%)、感染していない人の99%を陰性と判定できる(特異度が99%)とします。

逆に言うと、この検査では、100人に1人の割合で感染者を陰性と判定し(偽陰性)、感染していないのに検査結果が陽性になるのです(偽陽性)。

検査を機械的に行えば、結果は確率に従います。よって99%の感度・特異度を持つ高性能な検査キットでも、仮に感染者と非感染者が5千人ずつ混ざり合った1万人を全て検査すれば、50人の感染者が偽陰性として放置され、50人の非感染者が偽陽性として不必要な治療を受けます。

見逃された偽陰性の感染者は、治療が遅れて感染を拡大させ、偽陽性の非感染者は、無意味に隔離されかねません。

それではどうすれば、偽陰性や偽陽性の絶対数を減らせるでしょうか?

一番は、医師が診断し、厳選された「疑わしい患者」だけを検査することです。そもそも、臨床検査は「患者を見つける」ためではなく、「医師が診断・治療し、看護師が適切に看護する」ために行うものです。これが理解されていれば、「できるだけ大勢を検査しろ」などという意見は出てこないでしょう。


「迅速診断」と「PCR検査」
続いて、これまでのインフルエンザの迅速診断PCR検査の違いについて説明します。ざっくりと説明すれば、迅速診断では「調べたいウイルスに固有のタンパク質」を検出し、PCR検査は「ウイルスの核酸」を増幅して、同定します。

迅速診断の主流は、イムノクロマト法(Immunochromatography)を応用しています。「イムノ(immuno)」という接頭辞は、「免疫(Immunity)」に関係することを意味します。私たちの体内に侵入した異物(抗原)は、免疫細胞の作る抗体が結合することで排除されます。

この一連の働きを免疫といい、特定の抗原にだけ抗体が結合することを「抗原抗体反応」といいます。イムノクロマト法を含む、免疫組織化学的な手法では、この「抗原抗体反応」を利用して、目的のタンパク質を検出します。

ということは、この検査キットを作成するには、抗体を大量に準備する必要があります。しかし、抗体の作成は容易ではありません。なぜなら、動物の免疫系を利用して作るしかないからです。現在(2020年3月)、新型コロナウイルスの迅速診断ができないのは、その抗体が開発中だからです。

PCR検査のPCR(Polymerase Chain Reaction、ポリメラーゼ連鎖反応)は、元々、分子生物学における実験手法の一つで、DNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)の特定部位を数時間で百万倍という単位で増幅させることが目的です。

PCRの開発は、現在の遺伝子工学が大発展した原動力の一つで、開発者のキャリー・バンクス・マリス博士がノーベル賞を受賞しています。

マリス博士、ご本人が大変面白いので、興味のある人は調べてください。一つだけ、逸話を披露しますと、マリス博士は自分の受賞は想定外だったらしく、ノーベル賞委員会からの電話に気づかず、報道陣を避けてサーフィンに興じていたそうです。で、受賞を報じた新聞の見出しは、なんと「サーファーが、ノーベル賞!」でした。

そのPCRですが、新型コロナウイルスの検査に応用するには、検体の下処理が必要です。なぜなら、コロナウイルスの核酸はRNAなので、それを鋳型にしたDNAを合成しないと、増幅できないのです。


「感度」と「特異度」の低いPCR検査
そもそもPCRは、いわゆる臨床検査で常用されません。なぜなら、検査というより実験手法に近くて労力もかかります。さらにPCRはDNAを百万倍に増幅しますから、わずかな操作の違いが結果に大きく影響するため、結果の安定性を管理することが他の検査より格段に難しいのです。

PCR検査の感度・特異度ともに低い、という話を耳にした人もおられるかもしれませんが、これが理由です。

結論としては、新型コロナウイルスでは、今のところ迅速診断の検査キットが開発されていないため、時間がかかる難しい手法のPCRを検査に使っているところが、インフルエンザの検査との違いです。

そして、PCR検査は、感度・特異度ともに低いので、検査対象を慎重に選ぶべきです。新型コロナウイルスに対する治療法がないとはいえ、肺炎には適切な対症療法があります。もちろん、高齢者や基礎疾患をお持ちの方に、重症化の危険はあります。むしろ、そうした方たちを守るために、不安に駆られて検査を求めるようなことは避けるべきでしょう。