History
 2006年2月から4月にかけblogで連載したJES Historyの保存版です。
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 第 1回 技術翻訳のパイオニア
 第 2回 パンナムでのランチタイム
 第 3回 50通の葉書と初仕事(その1)
 第 4回 50通の葉書と初仕事(その2)
 第 5回 6畳間からのスタート
 第 6回 タイピストと赤ん坊
 第 7回 羽田空港へ猛ダッシュ
 第 8回 竹内均先生
 第 9回 仕事の安定と営業活動
 第10回 プロは常に基本に返る
 第11回 将来は確実に見えている
 第12回 散歩と草笛
 第13回 心に空虚
 第14回 黙想ノート(その1)
 第15回 黙想ノート(その2)
 第16回 黙想ノート(その3)
 第17回 米国人捕虜と終戦
 第18回 利益と税金
 第19回 福利厚生、横浜市第一号
 第20回 学問に王道なし
 第21回 スペイン語
 第22回 新製品が大好き!
 第23回 商売と山っ気
 第24回 JFK
 第25回 ニクソン・ショック
 第26回 オイル・ショック
 第27回 父からの手紙(その1)
 第28回 父からの手紙(その2)
 第29回 俺は医者になる!
 第30回 この世に人類が存在する限り・・・
(最終回)

2006/3/01

第3回 50通の葉書と初仕事(その1)

パンナムを辞めた父はさっそく自宅で翻訳業の準備にとりかかりました。まずはせっせとダイレクトメールの往復葉書を書き始めました。まだコピーもワープロもない時代ですから、宛名はもちろんのこと文面のすべてを手書きしたとのことでした。

大手電機メーカーあてに50通を投函すると、なんと20社から翻訳の問い合わせが来たとのことです。50通で20通のレスポンス!現在では想像もできない高い確率です。

父の読みどおり、時代は確実に技術翻訳を求めていたのでした。

私の記憶が正しければ、初の仕事は岩崎通信機からだったはずです。和文英訳の仕事でした。

父が喜び勇んで担当者に会いに行き、技術文書の中身を調べていると、目の前にいた担当者が言いました。

担当者 :「ところで翻訳っておいくらぐらいかかるのですか?」
父    :「え? 金額ですか? んー・・・」

父は翻訳の内容ばかりに気を取られていて、金額のことなど何も考えていなかったそうです。あげくのはてに

父  :「金額は見当もつかないので、すべておまかせします」
担当者  :「んー、そう言われてもこちらも全然見当がつきませんね」

現在ではとうてい考えられないような会話が顧客との間で交わされていたのでした。



<1964(昭和39)年4月交付の電気工事士免状。35歳>


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