History
 2006年2月から4月にかけblogで連載したJES Historyの保存版です。
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 第 1回 技術翻訳のパイオニア
 第 2回 パンナムでのランチタイム
 第 3回 50通の葉書と初仕事(その1)
 第 4回 50通の葉書と初仕事(その2)
 第 5回 6畳間からのスタート
 第 6回 タイピストと赤ん坊
 第 7回 羽田空港へ猛ダッシュ
 第 8回 竹内均先生
 第 9回 仕事の安定と営業活動
 第10回 プロは常に基本に返る
 第11回 将来は確実に見えている
 第12回 散歩と草笛
 第13回 心に空虚
 第14回 黙想ノート(その1)
 第15回 黙想ノート(その2)
 第16回 黙想ノート(その3)
 第17回 米国人捕虜と終戦
 第18回 利益と税金
 第19回 福利厚生、横浜市第一号
 第20回 学問に王道なし
 第21回 スペイン語
 第22回 新製品が大好き!
 第23回 商売と山っ気
 第24回 JFK
 第25回 ニクソン・ショック
 第26回 オイル・ショック
 第27回 父からの手紙(その1)
 第28回 父からの手紙(その2)
 第29回 俺は医者になる!
 第30回 この世に人類が存在する限り・・・
(最終回)

2006/04/11

第30回  この世に人類が存在する限り・・・(最終回)

1988(昭和63)年6月4日、私の父丸山藤男は59歳で永眠しました。

亡くなる2ヶ月前、会社の代表権を私に譲ると言う病床の父に聞いてみました

「翻訳業の将来をどう思いますか?」と。

返ってきた答えは

「この世に人類が存在する限り翻訳の仕事はなくならない」でした。

この言葉は私に勇気を与え、今でも与え続けてくれています。

「水平線の向こうは滝、行けば必ず死ぬ」と誰もが信じていた時代、コロンブスは「地球は丸い」と信じ、自らが海へ乗り出し、命を賭け、新大陸を発見しました。

そしてコロンブスが新大陸に一歩足を踏み入れたとたん、怒涛のごとくあとへ続けと、多くの人々が押し寄せてきました。

たった一人で荒海に出帆し、技術翻訳という新大陸を発見した父の勇気を誇りに思います。

未開の荒野を一歩一歩切り拓いて行った父の努力を誇りに思います。

絶え間なく襲う困難を乗り越え、常に希望を捨てなかった父は私の誇りです。


最後に一言だけ。出来の悪い息子ではありましたが、道を踏み外すこともなく、まがりなりにもまっとうな人生を歩むことができたのは母のおかげでした。幾度となく家族の危機を救ってくれた母の笑顔と愛情に深く感謝しております。

また長い間私を支えてきてくれた優秀なるジェスコーポレーションのスタッフの皆さんに心から感謝の気持ちを込めて、このJES Historyをひとまずここで終了させていただきます。

数十年後、私自身を題材にしたJES Historyを再び書ける日が来ることを願って。



<1987(昭和62)年1月1日>
亡くなる1年半前のお正月、家族と共に。長崎から上京してきた一人の若者は4人の子供と8人の孫と、ジェスコーポレーションをこの世に送り、そして逝った。


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