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技術翻訳 ジェスコーポレーション

JES History

2006年2月から4月にかけblogで連載したJES Historyの保存版です。

第9回 仕事の安定と営業活動
<2006/3/9>
苦労しながらも仕事量は順調に増えていきました。しかしまだ安定しているという状況でもなかったようで、時々は父自ら方々へ営業活動に出かけていったようです。

1966(昭和41)年9月頃、富士通信機製造(現在の富士通)の川崎工場へ飛び込み営業に行きました。広い工場内には知る人もなく、「さてどこの誰と会えばよいのやら」と工場内をあてもなく歩いていると、一人の男性が向こうから歩いてきます。Y氏でした。

父 :「すみません。技術文書の翻訳発注担当者にお会いしたいのですがどこへ行けばよいのでしょうか?」

Y氏:「技術文書の翻訳発注担当者?もし翻訳を発注するとしたらそれは私ですよ」

ウソのような本当の話です。

広い工場内の沢山の社員の中で、いきなりY氏に出会えたというのはなんという幸運だったのでしょう。

Y氏は富士通研究所の社員で、社内で自らも翻訳をされている方でした。

数十年後、私がY氏にお会いした際にこの話を聞いてみると、Y氏もはっきりと覚えていて、ニコニコしながらその時の状況を話してくれました。

父によるとこの時のY氏の言葉がとても気にいったようです。

「これを試しに翻訳してみてください。うまければお金を払います。下手だったら払いません」。

父は翻訳の実力を試す前に履歴書の吟味ばかりをする大手電機メーカー購買部の発注担当者たちに嫌気がさしていたからでした。

結局そのトライアル翻訳はY氏から絶賛され、手探りで始めた技術翻訳業もようやく事業として軌道に乗り始めます。


<社員旅行で日光へ>
1967(昭和42)年6月頃。創業から3年目。右から2人目が父。