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JES History

2006年2月から4月にかけblogで連載したJES Historyの保存版です。

第16回 黙想ノート(その3)
<2006/3/20>
「1968(昭和43)年2月14日 『運命について』

1945(昭和20)年8月9日、原子爆弾が長崎に投下された日、私は町から船で30分ほどの香焼島造船所に居ました。

午前11時過ぎ、部屋に差し込む突然の閃光に皆が愕きました。

しばらくなにごともなく時が過ぎ、安心しかけた時、突如大工場のガラスが破られ、次々と書棚が倒れてきました。爆風です。

みな敵機がすぐ近くに来たものと思い机の下にうつぶせになりました。私は第二発目でおしまいかと死の覚悟を決めました。

しばらく静寂が続いたのち、われに返り窓から長崎の町の方を見ました。空は真っ赤で何か黒い雲がたれこめているように見えました。

これが日本で第二番目に落とされた原子爆弾でした。

後に聞いた話ですが、米軍当局は当初この爆弾を市の中心地に落とす計画だったそうですが、何かの間違いで落下点がそれてしまったそうです。

もしこれが中心地で爆発していたら私は今ここでこうして話はしていなかったでしょう。

運命です。人は運命の前には全く無力な存在なのでしょうか?それとも運命は自らが切り拓いていくものなのでしょうか?(後略)」

原爆のことは自ら何も語らなかった父ですが、一度だけ私はその体験に関し尋ねたことがあります。

原爆が投下されたあと父は一人でとぼとぼと歩きながら自宅へ帰って行ったそうです。あの悪名高き「黒い雨」を全身に浴びながら・・・・。

帰る道すがら16歳の少年が見た光景がどんなものであったのか、私は父に問うてみましたが、父は無言でした。

私もそれ以上は聞けませんでした。


<1945年8月9日、長崎に投下された原子爆弾>