History
 2006年2月から4月にかけblogで連載したJES Historyの保存版です。
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 第 1回 技術翻訳のパイオニア
 第 2回 パンナムでのランチタイム
 第 3回 50通の葉書と初仕事(その1)
 第 4回 50通の葉書と初仕事(その2)
 第 5回 6畳間からのスタート
 第 6回 タイピストと赤ん坊
 第 7回 羽田空港へ猛ダッシュ
 第 8回 竹内均先生
 第 9回 仕事の安定と営業活動
 第10回 プロは常に基本に返る
 第11回 将来は確実に見えている
 第12回 散歩と草笛
 第13回 心に空虚
 第14回 黙想ノート(その1)
 第15回 黙想ノート(その2)
 第16回 黙想ノート(その3)
 第17回 米国人捕虜と終戦
 第18回 利益と税金
 第19回 福利厚生、横浜市第一号
 第20回 学問に王道なし
 第21回 スペイン語
 第22回 新製品が大好き!
 第23回 商売と山っ気
 第24回 JFK
 第25回 ニクソン・ショック
 第26回 オイル・ショック
 第27回 父からの手紙(その1)
 第28回 父からの手紙(その2)
 第29回 俺は医者になる!
 第30回 この世に人類が存在する限り・・・
(最終回)

2006/03/08

第8回 竹内均先生

創業以来ジェスコーポレーションはコンピュータ、通信、電子機器関連分野の翻訳を中心におこなってきていますが、なぜこの分野なのでしょうか?

まだ戦後の匂いが残る昭和20年代、東京神田の古本屋街を歩いていた父はある1冊の本に目がとまりました。

「近未来の技術を予想する」というような感じのタイトルで、著者は東京大学新進気鋭の若手学者竹内均氏でした。

「近い将来、人間の脳にあたる電子計算機という製品が開発され、そこで得られた情報は人間の身体にたとえれば神経にあたる通信網を通じて世界各国へ伝播される。将来、電子と通信の時代が必ずやってくる」というような内容だったそうです。

昭和20年代といえば優秀な学生から石炭会社、造船会社、鉄鋼会社、繊維会社という重厚長大産業へ就職していく時代でした。

にもかかわらずこれからは電子と通信の時代がやって来ると予測した竹内先生の本に父は大きな衝撃を受けたそうです。

父がその時この本に出会わず、重厚長大産業の技術を学び始めていたら現在のジェスコーポレーションは存在していなかったかもしれません。

その後父は日本電子工学院に入学、昼働きながら夜その専門学校へ2年間通い卒業しました。

父は尊敬する竹内均先生の名前をとって、私に均と名づけました。父の願いは将来私が東京大学の教授になることだったようですが、いやはやお恥ずかしい限りです。

でも仮に能力があったとしても私は先生になるのは嫌ですが。


日本を代表する地球物理学者

1920年 福井県生まれ
1949年 東京大学助教授
1963年 東京大学教授
1981年 東京大学名誉教授
2004年 83歳で永眠

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