History
 2006年2月から4月にかけblogで連載したJES Historyの保存版です。
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 第 1回 技術翻訳のパイオニア
 第 2回 パンナムでのランチタイム
 第 3回 50通の葉書と初仕事(その1)
 第 4回 50通の葉書と初仕事(その2)
 第 5回 6畳間からのスタート
 第 6回 タイピストと赤ん坊
 第 7回 羽田空港へ猛ダッシュ
 第 8回 竹内均先生
 第 9回 仕事の安定と営業活動
 第10回 プロは常に基本に返る
 第11回 将来は確実に見えている
 第12回 散歩と草笛
 第13回 心に空虚
 第14回 黙想ノート(その1)
 第15回 黙想ノート(その2)
 第16回 黙想ノート(その3)
 第17回 米国人捕虜と終戦
 第18回 利益と税金
 第19回 福利厚生、横浜市第一号
 第20回 学問に王道なし
 第21回 スペイン語
 第22回 新製品が大好き!
 第23回 商売と山っ気
 第24回 JFK
 第25回 ニクソン・ショック
 第26回 オイル・ショック
 第27回 父からの手紙(その1)
 第28回 父からの手紙(その2)
 第29回 俺は医者になる!
 第30回 この世に人類が存在する限り・・・
(最終回)

2006/03/07

第7回 羽田空港へ猛ダッシュ

私の記憶が正しければ、たしか松下通信工業(現在のパナソニックモバイルコミュニケーションズ)のエンジニアの方からの依頼だったと思います。

「品質も納期も間違いない丸山さんにぜひ海外出張の資料の翻訳をお願いしたい」との話があり、それを意気に感じた父はもちろんのこと二つ返事で了解しました。

しかし日本出発の日が迫ってくるのに、なかなか和文原稿が出来上がってこない。イライラして待っていると、出発の数日前にやっと原稿が出来上がってきました。

ほとんど徹夜に近い状態で翻訳を仕上げ、約束していた羽田空港の待ち合わせ場所を目指し、愛車の日野ルノーに飛び乗りました。

しかし空港近くまで来るとどこかで事故でもあったのか、大渋滞に巻き込まれまったく前へ進めなくなりました。

どんどん時間が過ぎていき、もう間に合いそうにない、と判断した父は車を路上に乗り捨て、書類を持って羽田空港へ猛ダッシュ。

搭乗ゲートでぎりぎりまで待っていたそのエンジニアの方にまさに間一髪で手渡すことができたそうでした。

ところでこれは余談ですが、父の乗っていた日野ルノーは親戚から5万円で買った中古車で、家族5人が乗車するとしばしば走行中にエンジンが停止しました。

この車のエンジンは後ろについているので、変形L字型の鉄棒を車の最後部に差し込み、それを手でグルグルと回しながら、同時に家族総出で後ろから車を押しエンジンを再起動させるのです。

路上で車を押す女子供たちは周りから注目を浴び、いやがおうにも目立ってしまうわけですが、私より6歳年上と4歳年上の姉たちは恥ずかしがって「この車にだけは乗りたくない」といつも文句を言っていました。

でも今ではこれが最高の笑い話として家族親戚の間で語り継がれているわけですから、人生って面白いですね。



<当時の日野ルノーのパンフレット>
私たちが乗っていた車はボロボロでしたが、こうして見ると結構カッコいいですね。


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