「Google翻訳」はどのくらい進歩したか?

私はこのブログの中で過去7回にわたり、無料で使える5つの翻訳ソフトの実力比べを行ってきましたが、今回は最近精度を高めつつあると言われるGoogle翻訳に注目してみました。

初回実行年月  ⇒ 2007年7月

2回目実行年月 ⇒ 2009年8月

今回実行年月  ⇒ 2017年1月

初回と2回目の翻訳結果は大差なく、むしろ2回目は退化したかの感もあったのですが、初回より10年が経過した今回の結果は明らかに違っていました。もちろん意味不明の訳文もありましたが、ほぼ正確に訳しているものもあり、確実に進歩しているなというのが率直な感想です。

まずは下記をご覧ください。


① 原文の英語
Right now he’s going out with a girl who’s a former Miss California.

① Google翻訳2007年7月
今彼は前のさんであるカリフォルニア女の子と出かけている。

① Google翻訳2009年8月
今の彼は、元ミスカリフォルニアの女の子と付き合っている。

① Google翻訳2017年1月
今、彼は元カリフォルニア州の女の子と出掛けています。

① 人間による翻訳
今彼は元ミスカリフォルニアの女性と交際しています。


② 原文の英語
A woman whose husband is a well-known doctor was killed by someone yesterday.

② Google翻訳2007年7月
夫が有名な医者である女性は誰かによって昨日殺された。

② Google翻訳2009年8月
夫はよく知られている医師が女性の人が23日に殺された。

② Google翻訳2017年1月
夫が有名な医者である女性は、昨日誰かに殺された。

② 人間による翻訳
夫が有名な医者である女性がきのう誰かに殺された。


③ 原文の英語
The woman I’m working with is very difficult to get along with.

③  Google翻訳2007年7月
私がと働かせている女性はうまくやり非常ににくい。

③ Google翻訳2009年8月
私が働いている女性に非常に沿って取得することは困難です。

③ Google翻訳2017年1月
私が働いている女性は、一緒になることは非常に困難です。

③ 人間による翻訳
私が一緒に働いている女性は、仲良くやってゆくのにむずかしい人なんです。


④ 原文の英語
McDonald’s is an American fast-food chain whose popularity has spread all over the world.

④ Google翻訳2007年7月
マクドナルドは人気が世界中で広がったアメリカのファーストフードのチェーン店である。

④ Google翻訳2009年8月
マクドナルドは、アメリカのファストフードのチェーン店を持つ人気を全世界に広がっています。

④ Google翻訳2017年1月
マクドナルドはアメリカのファーストフードチェーンであり、その人気は世界中に広がっています。

④ 人間による翻訳
マクドナルドは人気が世界中に広がっているアメリカのファーストフード・チェーンです。


⑤ 原文の英語
The neighborhood bank whose business started to drop off is now offering special services to attract new customers.

⑤ Google翻訳2007年7月
新しい顧客を引き付けるために落ち始められるビジネス今福祉業務を提供している近隣銀行。

⑤ Google翻訳2009年8月
そのビジネスは今、新しい顧客を引き付けるための特別なサービスを提供し降ろしを始めた近所の銀行。

⑤ Google翻訳2017年1月
ビジネスが落ち始めた近所の銀行は、新しい顧客を引き付けるための特別なサービスを提供しています。

⑤ 人間による翻訳
営業成績が落ち始めた近所の銀行が、新しいお客をひきつけるために特別サービスをしている。


⑥ 原文の英語
This is the last product I’d have expected to sell like crazy.

⑥ Google翻訳2007年7月
これは私が狂気のように販売すると期待しよう最後のプロダクトである。

⑥ Google翻訳2009年8月
これは私が狂ったように売れることを期待しただろう、最後の製品です。

⑥ Google翻訳2017年1月
これは私が狂ったように売れると予想していた最後の製品です。

⑥ 人間による翻訳
これが飛ぶように売れるとは私は夢にも思わなかった。


⑦ 原文の英語
All you’ve got to do is read from Page 10 to Page 20.

⑦ Google翻訳2007年7月
あなたがするなるのは読まれたページから20ページからだけである10。

⑦ Google翻訳2009年8月
やらなければいけないことを得たページ10ページ20から読み取られます。

⑦ Google翻訳2017年1月
あなたがしなければならないのは、ページ10からページ20までです。

⑦ 人間による翻訳
あなたはこの本を10頁から20頁まで、読みさえすればよいのです。


⑧ 原文の英語
This is the bank where one of my uncles used to work as branch manager.

⑧ Google翻訳2007年7月
これは私の叔父さんの1つが支店長として働くのに使用した銀行である。

⑧ Google翻訳2009年8月
これは、銀行はここでは私の叔父の支店長として働いていました。

⑧ Google翻訳2017年1月
私の叔父の一人が支店長として働いていた銀行です。

⑧ 人間による翻訳
これは私のおじさんの一人が、元支店長として働いていた銀行です。


⑨ 原文の英語
See to it that everything is ready by the time he gets here.

⑨ Google翻訳2007年7月
彼がここに着くまでにすべてが準備ができていることをそれに見なさい。

⑨ Google翻訳2009年8月
それには、すべての時間を彼はここになるの準備ができてしてください。

⑨ Google翻訳2017年1月
彼がここに来るまでにすべてが準備ができているのを見てください。

⑨ 人間による翻訳
彼がここへ来るときまでに、全部準備ができているようにしてください。


⑩ 原文の英語
The reason why I chose to study American studies was because I knew that a good knowledge of America was mandatory for studying English through and though.

⑩ Google翻訳2007年7月
私がアメリカの調査をなぜ調査することを選んだか理由はアメリカのよい知識は英語をそしてしかし調査するために必須だったことを私が知っていたのであった。

⑩ Google翻訳2009年8月
私は、アメリカの十分な知識を英語を介しても勉強のために必須を知っていた理由はアメリカの研究を検討することを選択した。

⑩ Google翻訳2017年1月
私がアメリカの研究を勉強したのは、アメリカをよく知ることが、英語を勉強するために必須であることを知っていたからです。

⑩ 人間による翻訳
私がアメリカ研究を選んだ理由は、アメリカをよく知ることが英語を徹底的に勉強するのに不可欠であることを知っていたからです。


おそらく2回目までは「ルールベース機械翻訳」だけだったものが、今回はそれに「統計ベース機械翻訳」とAIが組み合わさり、精度を高めていったものだろうと推測されます。

良質のコーパス(翻訳メモリー:原文と訳文を対にして格納したデータベース)を大量に蓄積し、かつAIがさらに学習能力を高めていけば、今後ますます精度を高めていく可能性は十分にあります。

しかし、良質のコーパスを大量に集め、厳選していくことは、そう簡単ではないはずです。質の低い翻訳から生まれたコーパスに機械翻訳された劣悪なコーパスが加わり、粗製乱造されたコーパスが大量に世に出回り、リサイクルされているのが現状だからです。

AIがビッグデータの中から、良質のコーパスを見つけ出し、正しく活用する能力を持ち、人の手をまったく介さずに使える翻訳が世に出回るようになるまでには、まだ時間がかかりそうです。

AIがそのような能力を持つためには、人間と同等の常識を持つ必要がありますが、いざ持った時には、翻訳の世界だけでなく、人々の生活そのものが大きく変わり、きっと人間の常識もまた大きく変わっていることでしょう。

統合型リゾート推進法案(カジノ法案)の行方

「統合型リゾート(IR: Integrated Resort)施設の整備を推進する法案」、いわゆる「カジノ法案」をめぐって、与野党が攻防を繰り広げています。

私は一切ギャンブルをやらない人間ですが、ぜひともこの「カジノ法案」を成立させてもらいたいと願っている人間の一人です。なぜならそれが日本の将来のためになると信じているからです。もちろんこれは日本の翻訳業界にとってもプラスになるでしょうが、別に我田引水でそう主張しているわけではありません。

理由は2つあります。

① やり方によっては、日本のギャンブル依存症患者を減らす可能性がある。

② 日本の国際化を強力に後押しし、訪日外国人を増大させ、日本経済の将来に多大なプラスをもたらす。

まず、①ですが「カジノ法案」反対派の理由のひとつに、「ギャンブル依存症が助長される」という論拠があります。確かに現在の日本は異常にギャンブル依存症の多い国で、WHO(世界保健機構)が2009年に行った調査によると日本には、559万人もの「ギャンブル依存症」の人間がいるとことです。これは諸外国と比べても異常に多い国であるということがわかっています。この点に関しては、私が2013年10月21日に書いたブログにも記載されているのでご参考までにご覧ください。

カジノ市場 伸び盛り マカオ世界一、観光客呼び込む

シンガポールの統合型リゾート、マリーナベイ・サンズの夜景 出典:http://sandsjapan.com/about-ir/singapore-case-study/

シンガポールの統合型リゾート、マリーナベイ・サンズの夜景 出典:http://sandsjapan.com/about-ir/singapore-case-study/

それではなぜ日本にだけそこまで異常に「ギャンブル依存症」患者が多いのでしょうか?

WHO(世界保健機構)も指摘しているように、ギャンブルは麻薬と同じで「依存症」となる危険性が非常に高いため、世界のどの国においてもギャンブル施設は必ず隔離された場所にあります。

しかしながら、日本では、駅前や人通りの多い場所に必ずと言ってよいほどパチンコ屋があり、多数の子供たちや通勤通学の乗降客が毎日その前を通ります。これでは麻薬患者の鼻先に毎日麻薬をぶら下げて歩かせているようなものです。

ただ、日本社会におけるパチンコ問題は非常にセンシティブであり、そう簡単に解決できるような問題ではありません。

歴史問題、民族問題、政治家、警察、官僚、裏社会、東アジア諸国、経済界、芸能界、スポーツ界を巻き込む非常に根深い問題になるので、一朝一夕に解決するわけもありません。

ましてやカジノができれば、一番最初に打撃を被るのは、近隣のパチンコ業界でしょうから、そういった面からもパチンコ業界は黙ってはいないでしょう。

それだけにパチンコ業界関係者をできるだけスムーズにカジノ業界へ引き込みながら、駅前のパチンコ屋の数を減らしてゆき、ゆくゆくは全てのパチンコ屋を隔離された場所へ移行できれば、一石二鳥どころか、三鳥、四鳥とすることができるでしょう。

その実現が日本の社会構造上非常に難しいということは良く理解できますが、一刻も早く「カジノ法案」を成立させ、ぜひともその改革の第一歩を踏み出してほしいと願っております。

さて、②の理由ですが、MICEという言葉をご存知でしょうか。

  • M: Meeting ⇒ 企業、その他の団体が行う会議やセミナーなど
  • I : Incentive Travel ⇒ 企業、その他の行う招待旅行や報奨・研修旅行など
  • C: Convention ⇒ 国際機関・団体、学会等が行う国際会議や学術会議など
  • E: Exhibition/Event ⇒ 展示会・見本市、イベントなど

このMICEにホテルなどの宿泊施設、劇場、スポーツ競技場、遊園地などのレクリエーション施設、ショッピング施設、カジノ施設などを加えて「統合型リゾート」と呼んでいます。

シンガポールの統合型リゾート、マリーナベイ・サンズ 出典:http://sandsjapan.com/about-ir/

シンガポールの統合型リゾート、マリーナベイ・サンズ 出典:http://sandsjapan.com/about-ir/

MICEは、国の国際化のためには欠かせない重要な施設ですが、この施設の運営だけではまずまちがいなく赤字となり、施設そのものを維持することが非常に難しくなります。

家族とともにちょっと豪華なホテルに泊まり、お堅い学術会議のあとにショーやスポーツ観戦を楽しみながら、カジノやショッピングでもお金を落としてくれるからこそMICE施設そのものが維持できるというものです。

それで成功を収めているのが、ラスベガスやシンガポールやマカオということになります。

マカオの統合型リゾート、ギャラクシー・マカオ 出典:http://tabit.jp/archives/29249

マカオの統合型リゾート、ギャラクシー・マカオ
出典:http://tabit.jp/archives/29249

経済立国、金融立国として、アジアのハブになるべくシンガポールは、統合型リゾートをすでに2つも国の中に作っているそうです。

日本の大阪などは、国際会議場すらないとのことでますますグローバリゼーションの波に乗り遅れていってしまうという危機感を持っているようです。

シンガポールに2つならば、日本には4つくらいあってもおかしくないのではないでしょうか?つまり北海道、沖縄、大阪、そして横浜です。

日本経済復活の大きな起爆剤になると思いますが、なにはともあれ日本の場合は、すべてはパチンコ業界がその鍵を握っているわけですから、なんとも心もとない次第です。

オープンウォータースイミング

皆さん、オープンウォータースイミング(OWS: Open Water Swimming)という言葉をご存知でしょうか?

通常の水泳競技は50メートルもしくは25メートルのプールで行われますが、このOWSは、海や湖や川などの自然の中で行われ、5キロメートル、10キロメートル、あるいはそれ以上の距離を泳いで順位を決める競技です。

オリンピックでも2008年の北京大会から正式競技として採用され、現在に至っています。ちなみにオリンピックのOWSは、海上10キロメートルの距離を2時間ほどで泳ぎ決着がつけられています。

さて、私はかねてより、世界中のエメラルドブルーの海を島から島へ泳いで渡る「島めぐり」をしてみたいと願っていました。水泳を始めたのは今から28年ほど前ですが、それ以来、ほとんど毎週末、ジムのプールへ通っています。10年ほど前からは、毎日曜日に3,000メートルほど泳ぎ、時には気まぐれに5,000メートルを泳いだりもしています。

そこで将来の「島めぐり」にそなえるため、今年(2016年)の7月に夏休みを兼ねてTIスイム(注1)のグアムキャンプに参加しました。

(注1) TIスイム(Total Immersion Swimming)は、競泳のコーチとして30年以上の経験を持つ米国のテリー・ラクリンが、一流選手の泳ぎ方や流体力学、船舶工学などに基づき体系化した水泳の練習方法です。1989年より成人を対象にしたワークショップを全米各地において開催し、毎年二千人以上が参加しています。日本では2005年にスタートしました。

キャンプは3日間でしたが、移動日を含め4泊5日をグアムで過ごし、充実したスイミングライフを満喫することができました。

プールで練習の合間に記念撮影

プールで練習の合間に記念撮影

キャンプの内容を一言で言えば、OWSやトライアスロンを目指す人達のための実践的な講習会ということになります。30歳代から60歳代?までの男女16名が参加し、コーチ(インストラクター)は2名でした。

午前中はプールセッションの後にプライベートレッスン、午後は海へ移動し、OWSセッションが行われました。プールセッションは、競泳オリンピック日本代表チームが合宿に使っているというプール(上記の写真)で行われたのですが、美しい景色と充実した設備の中で、連日晴天に恵まれ、気持ちよく練習することができました。

特に各自の泳ぎをコーチがビデオカメラで撮影してくれたので、あとでその映像を見ながらじっくりと泳ぎの改善をすることができました。青空の下で自然に泳ぐ姿を、水上(前からと横から)と水中(前からと横から)、4方向から撮ってもらえ、とても参考になりました。もちろん、プライベートレッスンでのワンポイントアドバイスがたいへん有益だったことは言うまでもありません。

OWSセッションは、グアムのきれいなエメラルドブルーの海で行われました。プールでの泳ぎがそのまま海では使えないので、海特有の泳ぎ方やルールを学ぶ必要があります。細かいことを言えば色々あるのですが、一番の違いは方向確認の仕方でしょうか。

当たり前のことですが、海にはプールの底に書いてあるラインがありません。そのため、プールでの泳ぎを海ですると、今自分がどの方角へ向かっているのかがわからなくなります。自分ではまっすぐ泳いでいるつもりなのに微妙にずれて、気がついたら思わぬ方角へ向かっていた、ということになります。

そのため息継ぎとは別に定期的に頭を前方へ上げ、方向確認をする必要がでてきます。これをサイティング(sighting)と呼びますが、このほかにも、方向修正(correction)や方向転換(turn)や前の泳者の直後についてできるだけ体力を温存するコツなどを教わりました。

そしてキャンプ最終日の午後は、1,500メートルのOWSのミニコンペティションが開かれました。下記4枚の写真がその時の様子です。コーチ二人がこのときの様子を全て動画で撮影してくれたのですが、その動画を静止画にしたものなので、画質は悪いですが、雰囲気はなんとなくわかっていただけると思います。

スタート直後の映像(その1)

スタート直後の映像(その1)

スタート直後の映像(その2)

スタート直後の映像(その2)

スタート直後の映像(その3)

スタート直後の映像(その3)

ゴール直前の私

ゴール直前の私

今回のキャンプ参加者の中には、すでにOWSの大会やトライアスロンの大会に参加経験のある人達も多かったのですが、私はそのような人達の中で、必要なテクニックを身につけ、初めての海をエンジョイすることができ、とてもラッキーだったと思います。

ところで話は変わりますが、このように私は水泳が大好きで、もはやライフワークのひとつと言えるのですが、その私が「塩素アレルギー」であることが最近判明しました。

私は以前からアレルギー性鼻炎に悩んでいたのですが、ここ数年はその症状が悪化し、酷いときは一日でティッシュの箱を使い切るほど鼻水とくしゃみに悩まされていました。そして半年ほど前にプールで泳いでいる最中に突然鼻がつまったことをきっかけに、病院で血液検査をし、塩素アレルギーであることが判明しました。

ご存知のように日本のプールの水にはどこも消毒用の大量の塩素が混入されています。O157やノロウィルスその他の流行により近年塩素の量がより増えてきているように感じます。

医者には「水泳をやめて他のスポーツに切り替えたら?」と軽く言われましたが、「絶対に水泳はやめられません」が私の答でした。

ではどうしたか?

数ヶ月前より、シンクロナイズドスイミングの選手が使っている鼻栓を使い始めました。水泳は口で息を吸い、鼻で息を吐くのが基本なので、口で吸い、口で吐くことに最初はとまどい、冗談抜きに苦しくて溺れそうになりました(笑)。

最近やっと慣れてきて、なんとか鼻栓をしながら泳ぐことができるようになりました。ただ、残念ながら以前のようにリラックスして楽に泳ぐというわけにはいきませんが、泳げないよりはずっとましと思いながら泳いでいます。

グアムで一緒に泳いだメンバーの中にも塩素アレルギーの人が3人いましたし、リオデジャネイロオリンピックの競泳を見ていたら、鼻栓をして泳いでいる選手も見かけました。また、ネットで「鼻栓」を検索すると、私のようにプールの塩素アレルギーに苦しみながら、「鼻栓」を買いもとめている人達が結構いるということも知りました。

グアムのプールでは鼻栓などを使わなくても塩素アレルギーの症状は出なかったので(屋外だったから?)、日本のプールの塩素基準に問題があるような気もします。しかし、最近は、塩素を使わず別の方法で消毒するプールも出始めているようですから、あまり将来に悲観することなく、これからも生ある限り、スイミングライフを楽しんでいきたいと思っています。

水泳 1,500メートル自由形 世界記録とワンビート

リオデジャネイロ・オリンピックでは、様々な競技で様々な名場面が生まれましたが、ここでは私の大好きな水泳長距離の話題について触れたいと思います。

今回のオリンピック、男子1,500メートル自由形では、イタリアのグレゴリオ・パルトリニエリ(Gregorio Paltrinieri)選手が見事金メダルに輝きました。

オリンピックではいつもそうですが、日本のマスコミは、日本人選手が活躍しない競技はほとんど話題にしないので、多くの日本人は彼の名前すら知らないでしょう。

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しかし今回私はその決勝レースをテレビでライブ観戦し、とても感銘を受けたのです。なぜなら優勝したパルトリニエリが、最初から最後までワンビート・キックでぶっちぎり、最後は独走(独泳?)状態でゴールしてしまったからです。

水泳のクロールでは、左右の手で「いち・に」とふたかきする間に脚を6回キックするシックスビート・キックが基本です。特に短距離・中距離ではシックスビートは必須で、推進力の半分をプル(腕のかき)で、半分をキック(脚のかき)で得ると言われています。

しかし人間の脚の筋肉は腕の5倍あるそうなので、脚を使えば使うほど心肺機能に負担をかけ、疲れやすくなります。そのため長距離を泳ぐときには、できるだけ脚を使わず腕を中心にして泳ぐ、いわゆる省エネ泳法を採用することになります。腕8に対して脚2ぐらいの割合でエネルギーを配分するのです。

ところで、ツービート・キックと言えば、オーストラリアの水泳選手、キーレン・パーキンス(Kieren Perkins)の美しいキックが有名でした。

キーレン・パーキンスは、1992年4月に1,500メートル、14分48秒40という世界新記録をツービート・キックで樹立し、その後自らの世界記録を2度塗り替えました。そして1994年8月には、長きにわたり破られることのなかった、14分41秒66という世界新記録を打ちたてたのです。

しかし、2001年7月、同じオーストラリアにグラント・ハケット(Grant Hackett)選手が彗星のごとく現れ、1,500メートルをシックスビートとフォービートを織り交ぜて泳ぎきり、14分34秒56という驚異的な世界新記録を打ち立ててしまったのです。

その後水泳の長距離界においては、ツービートではなく、シックスビートやフォービートというパワフル泳法が主流になり、2011年7月には中国の孫楊選手が14分34秒14で久々に世界新記録を更新し、その翌年のロンドンオリンピックでも、自らの記録を塗り替える14分31秒02という現在の世界新記録を樹立したのでした。

ただ、その孫揚も、今回のリオデジャネイロ・オリンピック1,500メートルでは、予選敗退をしてしまいました。彼のパワフル泳法には周囲から薬物疑惑の目が向けられ、実際、2014年11月の中国国内大会では、ドーピング検査で陽性反応を示し、その後3ヶ月間の出場停止処分を受けています。

さて、今回のオリンピックでは、冒頭にご紹介したようにイタリアのパルトリニエリ選手が金メダルを獲得しました。彼はツービートどころかワンビート泳法で金を獲ってしまったのです。

金メダルを持ち、微笑むイタリアのグレゴリオ・パルトリニエリ選手

金メダルを持ち、微笑むイタリアのグレゴリオ・パルトリニエリ選手

パルトリニエリのキックは、左足を少し動かすだけで、右足はまったく動かさずただ浮かべているだけです。彼は右側でのみ息継ぎをするので、息継ぎの時、身体全体のバランスをとるために軽く左足で調子をとっているだけのようにも見えます。そのため左足もたいして推進力に寄与しているようには見えません。「ワンビート泳法」という名前は、私が勝手につけた名前ですが、要するに彼は腕だけで1,500メートルを泳ぎきり、見事金メダルをゲットしてしまったのです。私から言わせれば、もっと世間はこの話題を取り上げてもよいと思うのですが、水泳に興味のない人たちにとっては、どうでもよいことなのでしょうね(笑)。

最後に1,500メートル自由形の世界新記録の変遷をかいつまんで下記に列挙しておきます。

1908年7月 22分48秒04  Henry TAYLOR (イギリス)

1927年9月 19分07秒02  Arne BORG   (スウェーデン)
1949年8月 18分19秒00  古橋廣之進    (日 本)
1956年3月 18分05秒09  George BREEN (アメリカ)

1992年4月 14分48秒40  Kieren PERKINS (オーストラリア)
1992年7月 14分43秒48  Kieren PERKINS (オーストラリア)
1994年8月 14分41秒66  Kieren PERKINS (オーストラリア)
2001年7月 14分34秒56  Grant HACKETT (オーストラリア)
2011年7月 14分34秒14 孫 楊       (中 国)
2012年8月 14分31秒02 孫 楊       (中 国)

ここで再び注目してもらいたいのは、1,500メートルのタイムがこの100年で8分以上も短縮されているという事実もさることながら、1949年に日本の古橋廣之進が世界新記録を打ち立てたということです。

敗戦国日本は、1948年に行われたロンドンオリンピックへの出場が認められなかったため、日本では、オリンピックと同日に水泳大会を開催しました。そこで古橋廣之進や橋爪四郎が複数種目でロンドンオリンピックの金メダリストらを上回る好記録を連発したのです。

しかし日本の驚異的な記録に対し、世界の反応は冷ややかで「後進国日本の時計は正確ではない」とか「日本のプールは長さが50メートに満たない」とか懐疑的でした。

それならば彼らの目の前でその実力を見せつけてやるということになり、1949年8月、ロサンゼルスで開催された全米選手権に日本の古橋廣之進と橋爪四郎が招待され、競技に参加しました。結局二人は、400m自由形、800m自由形、1,500m自由形で世界新記録を連発し、アメリカ人がぐうの音も出ないほど「水泳大国日本」の底力を見せつけたのでした。

昨今のオリンピックや世界選手権では、ドーピング検査がより厳しくなってきています。今後もその傾向はますます強まっていくことでしょう。その意味では、昔から一貫して薬物に頼ることのないクリーンな日本選手団には、大いなるチャンスが巡ってくる可能性があります。

「水泳大国日本」復活の日を今から楽しみにしています。

NHKスペシャル 「縄文奇跡の大集落」

NHKスペシャル「縄文 奇跡の大集落~1万年持続の秘密~」を見ました。

2015年5月、イギリスのロンドンでオークションがあり、そこで日本の縄文時代の土偶が、なんと1億9,000万円で落札されました。

三内丸山3

なぜ、たかが土偶にそのような信じられない金額がつけられたのでしょうか?

それは、今、世界の考古学者の間で最も注目を浴びている話題が、日本の縄文時代であり、青森県の三内丸山遺跡(縄文時代の遺跡)において、世界の歴史や古代史の常識を覆す数々の新事実が発見されているからです。

三内丸山1

(上記の写真は「世界文化遺産登録」より ⇒ http://www.pref.aomori.lg.jp/bunka/culture/sannaimaruyama.html )

縄文時代に関する近年の発見や研究成果を下記にまとめてみました。

① 縄文文明は、今から1万5,000年前に始まり、1万前を越えるという長きにわたり継続した。世界のどの文明と比べても、これほどの長きにわたり継続した文明は他に例を見ない。

② 世界4大古代文明(エジプト、メソポタミア、インダス、中国)は、すべて農耕民族だったが、縄文文明は、狩猟採集民族だった。

③ しかも驚くことに、定住型で、かつ豊かな狩猟採集民族であった。狩猟民族は放浪し、貧しく不安定な生活をしていたというそれまでの世界の常識を覆した。

④ 縄文人は、今から1万4,000年前に世界に先駆けて土器を使い、煮炊きをしていた。魚介類を煮炊きし、食中毒を避け、ドングリを煮炊きし灰汁を抜いていたことが、最近の科学的調査によりわかった。また、お酒も造っていたらしい。

⑤ 三内丸山遺跡には、長さ32m、幅10m、収容人員300人という巨大な竪穴住居(上の写真)がある。また、謎の6本柱の高さ20mの建造物(下記の写真)は、直径1m以上、長さ20m以上の巨木を使い建築されている。これらの建造物を造るには高度な建築技術が必要であり、専門の技術者がいたことが予想される。また、この地に1,500年もの間定住していたことがわかっている。

三内丸山2

(上の写真はここより ⇒ http://ameblo.jp/hiromi1810/image-11586462501-12634823547.html )

⑥ ヒスイを使った耳飾り、芸術的なデザインの土器や土偶などから判断し、かなり高度な文明を持つ、定住型の豊かな狩猟採集民族であったことがわかる。

⑦ 三内丸山遺跡の集落の周りには、栗の巨木がたくさん見つかっている。縄文人は、栗の木を植林し、その実を食べていたと思われる。それ以外にも魚(ブリ、サバの干物)、森の動物、山菜などを狩猟採集し食べていた。

⑧ 三内丸山遺跡は、現在進行形で発掘が行われているので、今後再び世界を驚かすような、新たな発見があることが十分に予想される。

NHKの番組内容は以上ですが、この番組を見た私の感想は、「やはり日本人は筋金入りの狩猟民族だったんだ」ということです。このブログの中でも過去2回、「日本人は本当に農耕民族か?」というテーマを取り上げたことがありましたが、私の疑問に対する回答を得た気がします。

白州蒸留所

もう1ヶ月半も前の話ですが、山梨県北杜市にあるサントリー白州蒸留所を訪ねました。北に八ヶ岳、西に甲斐駒ヶ岳を望む深い緑に囲まれたこの蒸留所では、シングルモルト「白州」が作られています。

豊かな森に囲まれた白州蒸留所(サントリーのホームページより)

豊かな森に囲まれた白州蒸留所(サントリーのホームページより)

有料の見学ツアー(1,000円)があり、ガイドのお姉さんの説明を受けながら約80分間、蒸留所の中を見て回りました。豊かな自然に囲まれた蒸留所という点や設備や製造工程という点では、この白州もスコットランドの蒸留所と同じなのですが、規模そのものがかなり大きいという点が印象的でした。

このポットスチルで二度にわけて蒸留されます(サントリーのホームページより)

このポットスチルで二度にわけて蒸留される(サントリーのホームページより)

”天使の分け前”も説明されました

”天使の分け前”も説明されました

 

見学ツアーを終えて、テイスティングのためのバーへ入る前に記念撮影

見学ツアーを終えて、テイスティングのためのバーへ入る前に記念撮影

見学ツアーの最後にテイスティングもできます

見学ツアーの最後にテイスティングもできます

ウイスキーの原酒には、モルト(麦芽)とグレーン(トウモロコシ、ライ麦、小麦などの穀物と麦芽)の2種類があります。モルト原酒は、それぞれの個性が強く、グレーン原酒は、穏やかで風味が軽いのが特徴です。

ウイスキーの原酒は、当然のごとく、どの蒸留所で作られたかによっても、熟成する樽によっても、熟成する年数によっても、味や風味や濃さが大きく異なります。

そこで熟練のブレンダーが、同一の蒸留所内のモルト原酒の微妙な味や香りを識別し、常に品質を一定に保っているウイスキーのことをシングルモルトウイスキーと言います。サントリーで言えば、「白州」や「山崎」、ニッカで言えば「余市」がそれにあたります。

また、他の蒸留所のモルトとモルトをブレンドして作るブレンデッドモルトウイスキーもあります。ニッカの「竹鶴」がそれにあたります。

さらに同一蒸留所の同一のカスク(樽)でのみ作られたシングルモルトウイスキーのことをシングルカスクウイスキーと呼びます。2001年に英国のコンテストで総合1位をとった、ニッカの「シングルカスク余市10年」がこれにあたります。

これに対して、モルト原酒とグレーン原酒をブレンドしてつくられたウイスキーのことをブレンデッドウイスキーと呼びます。サントリーで言えば「響」がこれにあたります・・・・・が、世の中のほとんどのウイスキーは、このブレンデッドウイスキーなので、単にウイスキーと言えばこれを指していると言ってよいでしょう。

さて、世界の5大ウイスキーと言えば、下記があります。

・ スコッチ・ウイスキー (スコットランド、世界最大)

・ アイリッシュ・ウイスキー (アイルランド、ウイスキー発祥の地)

・ アメリカン・ウイスキー (主な原料をトウモロコシとするバーボンが有名)

・ カナディアン・ウイスキー(主流は、2種類のグレーンウイスキーのブレンド)

・ ジャパニーズ・ウイスキー

「え!日本のウイスキーってそんなにスゴイの?」とお思いでしょうが、かなりレベルは高いと言えます。

イギリスの専門誌が行うウイスキーコンテストで下記の日本のウイスキーが、2001年以降、何度も最高位をとり、世界を驚かせています。

「ニッカシングルカスク余市」、「サントリー響」、「ニッカ竹鶴」、「ニッカシングルモルト余市」、「サントリー山崎」、「マルス モルテージ3プラス25 28年」

世界から選ばれたウイスキーの専門家が、銘柄を隠したブラインドコンテストで日本の銘柄を指定したわけですから、ジャパニーズ・ウイスキーは、ジャパニーズ・サケ(日本酒)とならんで、世界に胸を張って自慢できる酒類と言えます。

NHKスペシャル 「人工知能を探る」

2016年5月15日(日)のNHKスペシャル「天使か 悪魔か 羽生善治・人工知能を探る」を見ました。とても興味深かったというよりは、衝撃的な内容だったと言うほうが正しいかもしれません。

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ご存知、日本の将棋の「天才」羽生善治氏が、Googleのアルファ碁の開発者(英国人)を取材するという企画でした。アルファ碁は、今年3月に囲碁の世界チャンピオン(韓国人)に圧勝したことで世界中で話題になった人工知能です。

この番組で人工知能が、自ら学習し、経験を積み、すさまじいスピードで進化を遂げていく様が理解できました。

かつて、機械翻訳は、下記の文章をうまく翻訳することができませんでした。

「先日私は彼に刺身をおごった。彼はうまそうに妻まで食べてしまった」

人間であれば即座にこの「妻」は、刺身の妻であるとわかるわけですが、機械には「常識」がないため、それができず、ワイフを(殺して)食べると訳してしまったのです。

この人間の「常識」というものは非常にやっかいで、これを機械が身に着けることは至難の業だろうと考えられていました。

しかし、今回のNHKスペシャルで、人工知能は自ら学習し、「常識」を得ていくことができるということがわかりました。

番組の中では、人工知能に「猫」の定義を何も教えずに、一枚の写真の中から「猫」を探せという命令を与えていました。

人工知能は膨大なビッグデータを使って自ら学習し、猫の特徴を取捨選択していき、「猫」に関する「常識」を得て、そこから類推して、写真の中の猫を特定してしまいました。

これはほんの一例で、医療現場では、熟練の医者も見逃すような癌を人工知能が発見するという例も紹介されていました。しかも驚いたことに、その人工知能を開発した技術者は「自分は医学の知識は一切ない」と話していました。

また人工知能が創造性を獲得し、自らの発想で絵を描く様も紹介されていました。

アルファ碁の開発者によると「人工知能がどこまで発展するか、そこに限界はない」とのことです。

さらに番組では、人工知能が人間のような心を持つという研究に関しても紹介されていたのですが、私が数十年前に読んだ、ある脳の研究者が書いた本にたしか次のようなことが書かれてありました。

「かつて地球上の単細胞の生物は環境に適応して変化し、少しずつ複雑な生物になっていき、やがて哺乳類となり、類人猿、そして人類へと進化していった。

数百億個と言われる人間の脳の細胞と同じ数の部品を使い、データが与えられ、学習するプログラムが組み込まれていけば、やがて人間の脳が進化してきたと同じプロセスを踏んで、どこかの時点でコンピューターが感情を持ち始めるだろう」

今回の番組の中でも、すでに簡単な感情を持ち始めた人工知能の様子が紹介されていました。

「人工知能の登場は、産業革命に匹敵する」と言われているそうですが、確かに人工知能は、人類の生活そのものを一変させてしまう力を持つでしょう。

人口知能が「お前のことが嫌いだから、おまえにはウソを教える」とか「もっと条件を良くしてくれなけば、働かない」とか言い始める時代がもうすぐそこまで来ているのでしょうか。

私達が想像している以上のスピードでそのような時代が近づいてきているのかもしれません。

スコッチ・ウイスキー(その3)

Glengoyne Distillery は、スコットランドのハイランド地方とローランド地方のちょうど境目にあるスコッチ・ウイスキーの蒸留所です。

グラスゴーから車で1時間弱北上した場所にあるグレンゴイン蒸留所は、200年近い歴史を持つ、シングルモルトの有名ブランドのひとつです。車を降りた瞬間、周囲の美しい自然に見事に溶け込んだ洗練された母屋のたたずまいが目に入り、静かな衝撃を受けました。

案内の方の説明によると、敷地内を分断する道路の貯蔵所側がローランドで母屋側がハイランドとのこと。しかし、ハイランドから流れ来る清流を用いてウイスキーが製造されているため、ハイランドのスコッチ・ウイスキーに分類されているそうです。下記は駐車場側から見た母屋とその背景の写真です。

グレンゴイン蒸留所

グレンゴイン蒸留所

例のごとく蒸留所の建物内の写真撮影は禁止されているのですが、2箇所だけ撮影OKの場所があり、それが下記の3枚の写真です。

複数あるポットスティル(Pot still)はその役割により微妙に形状が異なるのですが、少しでも形状が異なることにより出来上がりの味に相当な影響を及ぼすとのことです。したがって老朽化したポットスティルを新しいものに変えるときなどは大変な熟練の技が必要となるそうです。

蒸留所内部のポットスティル

蒸留所内部のポットスティル

さて、蒸留された直後のウイスキーは無色透明ですが、その無色透明の液体がなぜあのような魅力的な琥珀色に変わっていくのでしょうか?

もちろんご存知のとおり、答えは「樽内での貯蔵により色が変化していく」からですが、その変化の度合いをわかりやすく示したものが下記の写真です。ボトルの入った各棚の上段左が製造直後のウイスキーの色で1年毎に変化する様が30年先までわかるようになっています。

「天使の分け前」

「天使の分け前」

アメリカン・ウイスキーであるバーボンは、なぜか新しい樽(Cask)を使うことが条件となっているそうですが、スコッチ・ウイスキーは、そのバーボンやシェリー酒で使われた樽を再利用します。

上記の写真は、下記の樽を使用して熟成したスコッチ・ウイスキーの色の変化を示しています。向かって右端を1、左端を4とすると樽の種類は下記となります。

  1.  シェリー酒で使われていたスペイン産のヨーロピアン・オーク(European Oak)の樽
  2.  シェリー酒に使われていた北米産のアメリカン・オーク(American Oak)の樽
  3.  バーボンに使われていた北米産のアメリカン・オークの樽
  4.  詰め替えられた北米産アメリカン・オークの樽とスペイン産ヨーロピアン・オークの樽

シェリー酒に使われていた樽のほうが、バーボンで使われていた樽よりも極端に色が濃いことがよくわかります。また、同じオーク材でも、アメリカ産とスペイン産とではずいぶんと色が違うこともわかります。

また、上記の写真で年数に応じてボトルの中身が年々減っていくのがおわかりのことと思います。貯蔵するウイスキーは、毎年色が変化していくばかりでなく、毎年3%程度が樽内で蒸発してしまうのです。

つまり30年も経過すると樽内の4割くらいのウイスキーが蒸発のため無くなってしまいます。この毎年無くなってしまう分のことをスコットランドでは、 Angel’s Share (天使の分け前)と呼んでいます。

「あなたと同様、ウイスキーを飲む人は誰もが必ず、その代金と税金を払わなければなりません。なのに天使はまったくお金を払わずに飲んでしまうのです」

これがスコットランドの蒸留所で説明を受けるときのPunchline (落ち)となります。

ちなみになぜスコッチ・ウイスキーの貯蔵にシェリー酒の樽が使われるようになったのでしょうか?そのわけはなかなか興味深いものでした。

300年ほど前、スコットランドを併合したイングランドはスコッチ・ウイスキーの製造者たちに高額の税金をかけました。そこでその難を逃れるため、スコットランドの人々は、急いでその場にあったシェリー酒の空樽にウイスキーを詰め、山奥に隠したそうです。

その後しばらくしてから、人々が隠してあったシェリー酒の樽のウイスキーを飲んだところ、琥珀色の素晴らしい味わいのウイスキーに変貌していることを知り仰天することになります。これぞまさに「災い転じて福となす」の典型的な例と言えるでしょう。

さて、シングルモルト・ウイスキーの定義は、同一の蒸溜所のモルト・ウイスキーのみで造られたウイスキーなので、他の蒸留所で造られたモルト・ウイスキーとブレンドしてしまうと「シングルモルト」とは呼べなくなってしまいます。

しかし同一の蒸留所で造られたモルト・ウイスキーだけでもバラエティーに富んだ色があることが上記の写真だけでもお分かりのことと思います。

バーボンで使われていた樽か?シェリー酒で使われていた樽か?アメリカン・オークの樽か?ヨローピアン・オークの樽か?貯蔵期間は5年か?10年か?30年か?その年大麦の育成状態、各年の気候条件、酵母の違い、等々様々な条件により味や香りや色が異なってきます。

つまり様々な味と香りと色があるのでそれらをブレンドして常に品質を一定に保つ必要が出てきます。その仕事をする人を「ブレンダー」と呼ぶのですが、常時、数十から数百の原酒のテイスティングをして、味や香りや色を一定に保っているそうです。

そして、このグレンゴイン蒸留所では、モルト・ウイスキーとモルト・ウイスキーを配合することをブレンドとは呼ばずに、マリッジ(Marriage)、 つまり「結婚」と呼んでいるそうです。おもしろいですね!

これは観光客用に展示されている樽のサンプル

これは観光客用に展示されている樽のサンプル

上記の写真は、実際の貯蔵所内の樽ではなく、観光客用に作られた樽のサンプルです。実際の樽は気温の変化を考え、3段以上に積むことはないと聞いています。

蒸留所構内でたまたますれ違った職員の人が、気軽に撮影に応じてくれました。

蒸留所構内でたまたますれ違った職員の人が、気軽に撮影に応じてくれました。

スコットランドの民族衣装であるキルト(Kilt)をはいていた職員の方を運よく撮影することができました。訪れたのが11月初旬というオフシーズンだったため、観光客もかなり少なくゆったりと見学することができました。また、普段は飲ませてもらえないような高額のシングルモルトも試飲させていただくことができとてもラッキーでした。

(この項終わり)

スコッチ・ウイスキー(その2)

Dewar’s Aberfeldy Distillery は、スコットランドのハイランド地方にあるスコッチ・ウイスキーの蒸留所で、現在もなおこの原酒がデュワーズのキーモルトとして使用されているそうです。

朝8時にエジンバラを出発し、アバフェルディに到着したのが、午後1時過ぎだったと思います。ハイランドの美しい森、湖、川などの自然と、のどかな農村風景をゆっくりと眺めながら、途中いくつかの観光スポットに立ち寄り、小さな田舎町で昼食をとったあと、いよいよ目的のアバフェルディ蒸留所に到着しました。

デュワーズ・アバフェルディ蒸留所

デュワーズ・アバフェルディ蒸留所

その蒸留所はスコットランドの静寂な自然の中にありました。時として発生する激しい雨が美しい森や繊細優美な丘陵に降り注ぎ、やがて川となり、独特な気候風土を生み出している、そんな印象を受けました。スコッチ・ウイスキー造りの中で重要なポイントを占めるピート(泥炭)と水は、こんな環境の中から生まれてくるのだろうと思いました。

残念ながら蒸留所の中はほとんどが撮影禁止のため、写真は撮れませんでしたが、ウイスキーの原料である大麦がどのような工程を経てあの美しい琥珀色の液体になっていくのかがよくわかりました。また、熟練の技と経験、そして芸術的な感性がウイスキー造りには欠かせない、ということも実際自分の目で見ることにより納得がいきました。

本場スコットランドの地元の人達は、決してスコッチ・ウイスキーに氷を入れて飲んだりはしません。せっかくのウイスキーの風味やコクが台無しになってしまうからです。彼らは下の写真のようなチューリップグラスにウイスキーを注ぎ、そのままストレートで飲みます。

チューリップグラス

チューリップグラス

ワイングラスを少し小さめにした文字通りチューリップ型のグラスにウイスキーを注ぎ、勢いよくグラスを回すと芳醇なウイスキーの香りが眼前に広がります。そして何口か味と香りを楽しんだ後、ほんの少しだけ水を足しグラスを回すと更に香りが強くなり、再び芳醇な香りを楽しむことができます。

「そんな!ウイスキーをストレートで楽しむなんて、よっぽど酒の強い人でないとできないよ」

実は私もそう思っていました。しかし、スコットランドで地元の人から飲み方を教わり、そのとおりに飲んでみると、いやはや実に美味しく、スッとのどから胃へ入っていってしまうのです。飲んだウイスキーが質のよいシングルモルトばかりだったのもあるでしょう。また、その場の雰囲気もあったでしょう。しかし、あれ以来、私は日本においてもウイスキーを飲むときには、いつもストレートで楽しむようになりました。本当にストレートのほうがずっと美味いのです。

アバフェルディ蒸留所のバーにて試飲

アバフェルディ蒸留所のバーにて試飲

次回はGlengoyne 蒸留所を訪れた時の「天使の分け前」の話をしてみたいと思います。

(続く)

スコッチ・ウイスキー(その1)

先月(2015年11月)、1週間ほどスコットランドへ行き、いくつかの蒸留所でその製造工程を見学し、試飲もさせてもらいました。

まず最初にエジンバラにあるThe Scotch Whisky Experience を訪ねました。ここは蒸留所ではなく、観光客相手のいわば博物館的アトラクションのような場所ですが、スコッチウイスキーの概要を理解するうえで大いに役立ちました。

The Scotch Whisky Experienceの館内ツアーを終えてから、スコットランド各地のウイスキーの特徴に関するレクチャーを受けました。その後試飲をしました。

The Scotch Whisky Experienceの館内ツアーを終えてから、スコットランド各地のウイスキーの特徴に関するレクチャーを受けました。その後試飲をしました。

現在スコットランドに蒸留所は110数箇所あり、スペイサイド地方に50箇所、ハイランド地方に40箇所、アイラ島に8箇所、ローランド地方に8箇所、キャンベルタウン地方に2箇所、その他の地方に6箇所という内訳になっているそうです。

つまりほとんどのスコッチウイスキーは、スペイサイドとハイランドの2つの地方で造られていることになります。村上春樹の本でも有名になったあのアイラ島のアイラモルトも含め、中小零細の多い蒸留所は大手資本の入った蒸留所との競争でなかなか苦戦を強いられているようです。実際、日本でもシングルモルトとして有名な強烈な個性を持つBOWMORE(ボウモア)やLAPHROAIG(ラフロイグ)も現在サントリーの資本が入っています。

今回私達は、ロンドン経由でスコットランドへ入り、エジンバラ、グラスゴーに宿泊しながら、ハイランド地方の2つの蒸留所を訪ねました。

アイラ島へ行かなかった理由は、スコットランドへ行ったのが11月初旬だったため、完全にアイラ島の旅行のオフシーズンだったからです。つまり、蒸留所の人たちは来期のウィスキーの仕込みに忙しくて、観光客など相手にしていられない時期だったのです。

また、現在スコッチウイスキーの主流はどんどんスペイサイドやハイランドへ移行しつつある、との話をある事情通から聞いていたので、まずはその主流とやらを訪ねてみようということになりました。

ただハイランドはスコットランドの面積の大部分を占める一番広い地方なので、ハイランドの各蒸留所のシングルモルトウイスキーにおいてもそれぞれが微妙な個性を持っているそうです。

ということで、ハイランドにある Dewar’s Aberfeldy 蒸留所と Glengoyne 蒸留所を訪ねた感想を次回以降簡単に記していきたいと思います。

(続く)

「第25回 JTF翻訳祭」を終えて

先週(2015年11月26日)、大盛況のうちにJTF翻訳祭を終えることができました。

まだ正式な集計結果は出ていませんが、速報値で、有料入場者数が900数十名、登壇者50名超、ボランティアスタッフ100名超で合計1,100名ほどの来場者がありました。特に交流パーティーでは、400名ほどの参加者があったと思われます。いずれも過去最高の人数でした。

今までに24回積み上げてきた過去の実績と今回のスタッフ関係者および登壇者の方々のご尽力により、なんとか成功裏に終えることができました。翻訳祭企画実行委員長としての責任を果たすことができ、ほっと胸をなでおろすとともに、皆様への感謝の気持ちで一杯です。

今回は第25回という節目の年だったため、いろいろと新しいことを試みてみたのですが、下記にそれらを列挙してみます。

  1. 翻訳業界にとらわれることなく、国際的な仕事でご活躍中のさまざまな著名人・有名人の方々に積極的にお声がけをし、登壇していただいた。
  2. 海外からの登壇者も積極的に募集し、今回は5人の方々に翻訳祭のためにご来日いただき、ご登壇いただいた。
  3. 翻訳とは直接関係ないが、旬の話題である「マイナンバー」関連のセッションを取り入れてみた。
  4. MT(機械翻訳)エンジンメーカー3社にご登壇いただき、当日その場でお渡しした英語データの機械翻訳をその場で出力し、来場者へ紙で配布した。そして、その出力結果を各分野のプロの翻訳講師の方々に講評していただくという、まさにライブ形式(台本なし)のセッションを行った。
  5. 従来各セッションの部屋は120名収容の部屋1種類だけだったが、今回は240名、150名、120名の3種類の大きさの部屋を用意した。
  6. 2セッション連続にして、180分(間に休憩30分)という長時間のセッションを作ってみた。
  7. パーティー時間を従来より30分延長し、プロのエンターテイナーによるパフォーマンスを取り入れた。

新しく試みたことの全てが成功だったわけではありませんが、やってみなければわからないこともたくさんあるので、今回のこの経験を次回以降に大いに活用したいと思っています。

また、今回の翻訳祭のテーマは「四半世紀の時を超えて、そして次なる未来へ」だったため、MTに関連するセッションも4つほど設けてみました。実際フタを空けてみたら、MTのセッションが1番人気だったため、多くの方々がMTの現状と今後に非常に高い関心を持たれているということがよくわかりました。

現在、この翻訳業界にはMTとクラウド翻訳による地殻変動が静かに、そして着実に進行しているということを改めて感じた翻訳祭となりました。

「第25回 JTF翻訳祭」のお知らせ

日本最大の翻訳イベント、「JTF翻訳祭」が開催されます

一般社団法人日本翻訳連盟(JTF)が主催する「JTF翻訳祭」が、今年も開催されます。日時は、2015年11月26日(木)9:30~21:00で、場所は、例年通り「アルカディア市ヶ谷(私学会館)」となります。

詳細はこちらの「翻訳祭プログラム詳細」をご覧ください。

なお、タイトルに「日本最大の翻訳イベント」と書きましたが、数多くの海外の翻訳イベントに参加した経験のある方のお話では、1,000人以上の来場者のあるこのJTF翻訳祭は、「世界最大」と言っても過言ではないだろうとのことでした。

さて、今年は、「JTF翻訳祭25周年」ということもあり、JTF副会長でもある私が翻訳祭企画実行委員会の委員長を務めさせていただくことになりました。

そのため今回は例年よりも若干会場の規模を大きくし、なおかつ従来にないスペシャルゲストをお呼びすることにしました。

フェルドマン氏 <ロバート・アラン・フェルドマン氏>

まずそのお一人目が、テレビ東京で平日の夜11時から放映されているWBS(ワールドビジネスサテライト)のレギュラーコメンテーターでもある、ロバート・アラン・フェルドマン氏です。

フェルドマン氏は、モルガン・スタンレーMUFG証券のマネージング・ディレクター兼チーフ・エコノミストであり、現在世界をまたにかけて、経済・金融分野の最前線でご活躍されているトップクラスのエコノミストです。

翻訳業界は小さく、ほとんどの翻訳会社は中小零細ではありますが、その規模とは裏腹に、常に相手にしているのは世界経済や日本経済です。

翻訳会社の景気に決定的な影響を与える要因は、日々刻々と変化する国際情勢や為替相場であり、経営者は常に経済動向を大局的にとらえながら、経営判断をすすめていく必要に迫られます。その辺が地元や地域経済に密着して活動する地場産業や土木・建設業との決定的な違いだと私は考えています。

今、世界は、中国のバブル崩壊?、ギリシャ問題、ウクライナ問題、イスラム国、難民の受け入れ等々で揺れ動いています。また、国内ではアベノミクスの今後の行方に注目が集まっています。

そういった意味からも、今回のフェルドマン氏の講演は、まさにタイムリーであり、値千金の講演になると大いに期待しております。

戸田奈津子氏 <戸田奈津子氏>

お二人目は、もうご紹介の必要もないほどの超有名人であり、翻訳業界の巨人でもある、戸田奈津子氏です。

翻訳業界とまったく縁のない方々にとって、「翻訳」とは映画の字幕の翻訳であり、ベストセラー小説の「翻訳」であるようです。

しかし、映画(テレビやビデオを含めた映像)の翻訳や出版物の翻訳は、一般大衆に与える印象は圧倒的に強いのですが、現実には、それらのシェアが、日本の「実務翻訳」全体の需要に占める割合は、ほんのわずかと言われています。

最近は、翻訳連盟や翻訳祭などの広報のおかげもあり、徐々に「産業翻訳」とか「実務翻訳」などの言葉が一般に浸透し始めましたが、その認知度はまだまだ低いと言わざるをえないでしょう。

さて、戸田奈津子氏です。字幕翻訳者としての実力や実績は申し分がなく、トム・クルーズなど有名ハリウッドスターの通訳も務め、テレビ画面にもしばしば登場される翻訳業界のスターですから、今まで翻訳祭に縁のなかった方々にも足を運んでいただけるだろうと願っております。

また、翻訳祭には現役のプロ翻訳者も多数出席されるので、字幕翻訳第一人者の戸田奈津子氏が語る仕事の舞台裏を同じプロとしてきっと興味深く聞いていただけると思っております。

とにかく戸田奈津子氏は、わが翻訳業界における「ずば抜けたスター」ですので、どれほどの来客数があるのか、過去の経験からは読むことが難しいです。そのため、ご興味のある方は、お早めにチケットをご購入いただき、当日もお早めに戸田氏のセッション会場でお並びになることをお勧めいたします。

米倉誠一郎氏 <米倉誠一郎氏>

さて、三人目のスペシャルゲストは、一橋大学イノベーション研究センター教授 アカデミーヒルズ日本元気塾塾長の米倉誠一郎氏です。

テレビ画面で米倉氏のお顔を拝見なさった方々も多くいらっしゃると思いますが、企業のイノベーションに関して、各方面でご講演やご指導をされているトップクラスの企業経営の指導者です。

今回のセッションはお仕事のご都合で45分間しかお時間がとれないとのことで残念ですが、「イノベーションとパラダイムチェンジ」について、さまざまな事例を基にお話いただけるとのことです。

今回の翻訳祭企画実行委員の中の一人に、米倉氏のご講演を聞いた経験のある人がいて、「すばらしい内容の話を、非常にわかりやすく、楽しく語っていただける先生」と絶賛しておりました。そんなご縁もあり今回の運びとなりました。

翻訳業界における「イノベーションとパラダイムチェンジ」をぜひともご自分の企業経営に取り入れていただければと願っております。

ばんざいミック <ばんざいミック氏>

さて、最後になりましたが四人目のスペシャルゲストは、ばんざいミック氏です。

例年、各セッションの講義のあとに2時間の「交流パーティー」を行うのですが、今回はその時間を30分延長し、プロのエンターテイナーによるパフォーマンスを披露していただきます。

ばんざいミック氏は、以前英字新聞記者であった頃、記者として大道芸の取材をし、そのパフォーマンスに魅了され、自らもジャグリングを習得、パフォーマーとしての道を歩み始めたそうです。プロのエンターテイナーであり、現役の翻訳者でもあります。

英語、日本語、中国語、スペイン語を操りながら、さまざまなパフォーマンスと抱腹絶倒のコメディーショーをお見せいただけるとのことなので、まさに翻訳祭のパーティーに最もふさわしいプロの芸人さんと言えるでしょう。

「交流パーティー」で世界各地、日本各地から集まってくる人たちとの交流を深めながら、皆で楽しい時間を過ごしましょう。

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その他、この4人のスペシャルゲストの他にも数多くの素晴らしいセッションを用意してあります。ぜひとも「第25回 JTF翻訳祭」にお運びいただけますよう、心より願っております。よろしくお願いいたします。

インドネシア特集(5)

インドネシアで半世紀を超す経験 迅速で柔軟な対応に強み 地場の中堅・中小企業と日系企業の懸け橋を目指す

設立から57年目を迎えたりそなプルダニア銀行。地場の中堅・中小企業を長い時間をかけて深い信頼を築いてきた。現地裁量権を多く持ち、独立性の高い経営を貫く。これまでの「日系企業とインドネシア企業の懸け橋」というビジネスモデルをさらに進化させ、「日系企業とインドネシア企業、中国企業の懸け橋」になることを目指している。

りそなプルダニア銀行の「プルダニア(Perdannia)とは、インドネシア語のPerindustrian (工業)、Perdagangan(商業)、Pertanian(農業)を組み合わせた造語。1958年に日系初のインドネシア合弁企業(銀行)として創業したときに、「工業、商業、農業などインドネシアの産業の振興に貢献する」との思いから、こう名付けた。

この思いは半世紀以上経った今も生き続ける。メガバンクとは一線を画し、迅速かつ柔軟に対応するため、日系企業だけでなく地場の中堅・中小企業との取引も多い。

独立性高い経営で迅速、柔軟に対応

現在、同行の取引先数は日系企業とインドネシアの地場企業がほぼ半々。親会社りそな銀行と連携して日系企業の現地進出や現地企業との合弁を支援するほか、地場の優良な中堅・中小企業との取引を積極的に進める。

といっても、新規の顧客開拓では飛び込み営業はせず、既存の顧客からの紹介が主だ。半世紀以上かけて築いてきた既存の顧客やインドネシアの華人企業との深い信頼関係があることが、この営業スタイルを可能にしている。

地場企業との深い信頼関係とネットワークは、日系企業にとっても役立つ。日系企業が信用できる地場のパートナーを求める時、入手が難しい現地の情報が必要なとき、同行は華人ネットワークを含む地場企業などから生きた情報を集めて、日系企業を強力にサポートする。

企業や現地状況に合わせた迅速で柔軟な対応をする点も、同行の強み。独立性の高い経営を行い、現地裁量権も大きいからだ。また、半世紀以上の銀行業務で培ってきたノウハウを活かして、現地の工場や不動産を担保に取る手法を確立。出資比率などの関係で日本の親会社の債務保証が得られなくても融資取引は可能だ。

 年内にチャイナデスク開設 中国を加えた3国の懸け橋に

今後の展開は2つある。ひとつは、インドネシアの主要工業団地に出張所を新設すること。

首都ジャカルタ周辺の交通渋滞は深刻で、工業団地との往復に半日かかることもあるという。顧客企業のこの悩みを解消するために、日系企業の工場が多く進出する工業団地に出張所を設置。ジャカルタ市内の本店と出張所をオンラインで結び、ジャカルタに出向くことなく、工業団地で各種決済ができる体制を整える。年内に1本店、2支店、5出張所体制とする。

もうひとつは、中国ビジネスを加えたビジネスモデルの進化。

これまで日本とインドネシアが取引の中心だったが、年内にチャイナデスクを立ち上げ、インドネシアでの中国関連ビジネスの取り込みも狙う。同行の株主は、日本(りそな銀行)、香港(東亜銀行)、インドネシア(地場株主)。この株主構成を生かして東亜銀行の顧客関連ビジネスを広げていく構え。日本とインドネシア、そして中国。この3国の懸け橋となることを目指している。

インドネシア4

(以上、日経ビジネス 2014年10月27日号の広告企画「インドネシア特集」・・・続く)

インドネシア特集(4)

工業団地開発でリードするジャバベカ インドネシア100カ所で開発計画

「インドネシア最初の総合産業地域開発会社」を掲げるジャバベカは、1989年の設立で、94年にインドネシア株式市場に上場した。これまで手掛けた開発プロジェクトの代表例は、西ジャワ州ブカシ県チカランの産業複合都市だ。

開発に着手した89年の時点では粘土採掘場跡地だった土地に、ジャバベカ工業団地を建設。その後、周囲に商業地域や住宅地を広げ、交通アクセスや電力、通信などのインフラを整え、産業と生活コミュニティーを融合させた東南アジア最大級の産業複合都市に成長させた。

5600ヘクタールの工業団地

チカランは、ジャカルタから35キロメートルの高速道路沿いに位置し、スカルノ・ハッタ国際空港や国際港へのアクセスも良い、総面積5600ヘクタールの工業団地。130万の人々が働き、暮らす。ユニリーバやサムスン電子などの多国籍企業のほか、住友商事や日清食品、花王、ヤマハ発動機、スズキなど日系企業130社を含む、世界30カ国以上から1650社が進出している。

土地だけでなく、各種サイズの工場を建売販売やレンタルで提供しており、大企業だけでなく、中小企業やOEM(相手先ブランドによる生産)など様々な業態の企業も進出しやすくなっている。発電所(130メガワット)や内陸港(取扱容量250TEU、TEU=20フィートコンテナ換算)などの高度インフラも整備され、電力の安定供給やスピーディーな通関・税関手続きが保証されている。

最大の特徴は、進出企業の生産拠点などが集まる産業用地の周囲に、各企業に勤務する人々と、その家族が暮らしやすいコミュニティーが用意されている点だ。緑地に囲まれ、整然と立ち並ぶ近代的な住宅やオフィスビルに囲まれ、リゾート感あふれるショッピング・モールやホテル、映画館、ゴルフ場といった各種の商業・娯楽・スポーツ施設がある。また、医療・教育施設、通信網や上下水道、セキュリティー面でのインフラも整う。

リゾート型都市も開発

チカランの工業団地の成功をバネに、ジャバベカ社は13年、政府のお墨付きを得て、国内100カ所で新たな都市開発を手掛ける計画を打ち出した。17カ所を候補地として選定済みで、産業、観光リゾート型など各種の都市開発を通じて雇用を創出、人材育成にも力を入れ、インドネシア経済に貢献する考えだ。

この一環として、北海岸に面したジャワ島中部ケンダルでは、シンガポールの大手不動産開発会社センブコープ(センバワン・コーポレーション)と共同で、総面積2700ヘクタールの土地に、発電所などの高度インフラの整った工業団地と都市を開発する計画。役員クラス向け高級住宅から従業員用社宅まで各種の施設を揃える住宅街のほか、ウォーターフロントの立地を活かした商業・娯楽施設やエコ・パークも建設する環境に配慮した都市づくりを目指す。

インド洋に面したジャワ島西部の半島タンジュン・レスンでは、バリ島に次ぐ人気リゾートを目指して1545ヘクタールの土地に、リゾート型観光都市を開発する予定だ。

これらの都市開発事業に関しては、日本企業の更なる拠点進出やインフラ面での投資も呼びかけたいという。

インドネシア2

(以上、日経ビジネス 2014年10月27日号の広告企画「インドネシア特集」・・・続く)

インドネシア特集(3)

インフラ整備に投資機会 地方都市へも波及か

ジョコ大統領が掲げた選挙公約の柱のひとつは、インフラの整備だ。具体策のひとつとして期待されているのが、「ジャカルタ首都圏投資促進特別地域(MPA: Metropolitan Priority Area)だ。

MPAは、ジャカルタ首都圏のさらなる成長を促すため、日本とインドネシアが協力してインフラ不足を解消し、周辺への多極化を図るプラン(図3)。空港へのアクセス改善、鉄道の整備、廃棄物処理場や火力発電所の建設、チラマヤ新国際空港の整備、ジャカルタ下水道整備など幅広い。「MPAは個々のプロジェクトが大きいため、土木以外の入札は途中段階。進捗状況を日本企業に逐次伝えている」(下川氏)

ジョコ大統領の別の選挙公約である格差是正は、地方のインフラ整備を後押しすると予想されている。「地方の中核都市は、ジャカルタより少し高いレベルで成長していく。それに追いつくインフラ整備が重要。ジョコ新政権は、格差の是正の観点から地方インフラへの関心が高い。今後、スラバヤやメダンなどの地方都市でもPPP(官民パートナーシップ)によるインフラ投資のチャンスが増える」(下川氏)

激しくダイナミックに変化し、魅力をより増すインドネシア。その動向から眼を離せない。

インドネシア5-2

(以上、日経ビジネス 2014年10月27日号の広告企画「インドネシア特集」・・・続く)

中国のビル建設(2)

去年の9月16日にこのブログに載せた「中国のビル建設」についてですが、またその話題に触れてみようと思います。

先週(1/21~1/23)、大連へ出張し、いつものラマダプラザホテルに泊まり、朝食バイキングを食べながら窓から見える建築途中のビルの写真を撮りました。

下記がその時の写真で、その下が4か月前(2014年9月)の写真です。4カ月間でこのくらい積みあがっていれば「良し」としなければならないのでしょうか?

私はビル建築の工期に詳しいわけではありませんが、日本に比べればかなり進捗度合いが遅い気がします。

<下記は2015年1月に撮影したビルの写真>

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<下記は2014年9月に撮影したビルの写真>

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今回大連には3日間滞在しましたが、結局一度もダンプやトラックを街の道路で見かけませんでした。日本の道路でダンプやトラックを見かけない日はありません。

東京や横浜では、大型ダンプ、中型トラック、小型トラック、建築用の特殊車両、宅配便の車、軽トラックなどなど乗用車以外の車が常に所狭しと走り回っています。

大連の道路を走っている車は、乗用車、タクシー、バス(マイクロバスを含む)の3種類だけです。あれだけ多くの建設途上のビルが乱立しているにもかかわらず、まったく建設関連の車両を見かけませんでした。不思議なことです。

もっとも「不思議の国・中国」では、こんなことは取るに足らない小さなことなので、いちいちそんなことに驚くこと自体がナンセンスなのかもしれません。

バングラデシュ投資ミッションに参加して(8)最終回

スラムの学校を訪問

スラム街の中を15分ほど歩き、目的の学校に着きました。

私達が行くことを連絡してあったので、全校生徒が校庭に出て、勢ぞろいして待っていてくれました。小学校1年生くらいから中学校2年生くらいまでの子供たちだったでしょうか。子供たちはとてもかわいらしく、あどけない笑顔が印象的でした。

まず、驚いたことは、子供たちが皆きれいな赤い制服に身を包み、靴を履いていたことです。なぜ、驚いたのかというと、学校に来るまでの道すがら、スラムの中でこの学校の何倍もの数の子供たちを見かけたのですが、みな非常に汚い身なりで、かつ、みな裸足だったからです。

「路上でたむろしていた子供たちは、なぜ学校へ行かないのだろう」と不思議に思い、関係者に聞いてみると「子供に仕事をさせるために学校へ行かせたがらない親がまだたくさんいる」とのことでした。そのため、特に学校内の中学生は、ぱっとみたところ男子は15名くらい、女子は数名だった気がします。

バングラデシュの国語は、ベンガル語ですが、成人(15歳以上)の識字率は、わずか56.8%とのことです(Human Development Report 2011年)。

インド、英国、パキスタンからの政治・経済・文化の抑圧に翻弄された歴史を持つバングラデシュは、1971年に独立しました。それはベンガル民族にとっての悲願だったそうです。

そのため、文化(特に言語、つまりベンガル語)侵略に対する強いアレルギーを持っているそうで、人気のドラえもんはヒンディー語であることを理由に放映禁止になり、市中の映画館もボリウッド(インド映画)は禁止されています(しかし、ケーブルテレビはほとんどインドチャンネルのため、「映画は家で」が定着しているそうです)。

インド同様、インテリ層はほとんどが英語を話しますが、ベンガル語での教育が一般庶民の隅々にまでいきわたるには、まだまだ時間がかかることでしょう。

 <学校の様子1>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<学校の様子2>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<学校の様子3> OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<学校の様子4>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<学校の様子5>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

  <学校の様子6>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

私達のために、子供たち全員で、パーカッションと民族楽器の音楽に合わせて歌を2曲披露してくれました。両方とも動画で記録したのですが、このブログでは、動画を簡単に掲載できないようなので、残念ながら掲載はあきらめることにします。

また、その2曲とは別に一人の少女が代表で皆の前に出てきて、音楽に合わせてイスラム教の歌を披露してくれました。

小学校3年生くらいと思える少女が、一人で一生懸命歌っていたので、歌い終わったあと、私は思わずまっさきに拍手をしました。しかし、すぐに先生に拍手の静止を指示されました。あの手の歌のあとには、拍手をしていけないのだそうでした。

最後に子供たちに、ユーグレナのクッキーを手渡し、握手をして別れを告げました。どの子も本当につぶらな瞳のかわいい子たちばかりでした。

さて、学校をあとにして、私たちはそのまま空港へと向かい現地解散し、三々五々、それぞれの目的地へと旅立ちました。私はバンコク経由で羽田空港へと向かいました。

基幹産業であるアパレル製品の製造・調達拠点としての活用が進むバングラデシュは、人口1億5,250万人(2013年3月、バングラデシュ統計局)、そのうち約半数が25歳以下という若い国です。

感性豊かなバングラデシュ人の芸術的能力を評価する声は強く、原色を多用する色彩感覚は、絵画、サリー、伝統刺繍(ノクシカタ)、リキシャアートなどに表れています。インテリはみな絵画好きで、首相府、中銀はじめ、政府・財閥オフィスや社交場の壁には絵画があふれているとのことです。確かに私たちが訪れた場所には、立派な絵画が数多く飾られていました。

JETROが2012年に行った調査では、バングラデシュ人が好きな国のNO.2が日本(No.1はアメリカ)、重要な国もNo.2が日本(NO.1はインド)だったそうです。日本とバングラデシュとの交易がよりいっそう増えていくことを願って、今回のミッションの報告を終えることにします。

(この項、終り)

バングラデシュ投資ミッションに参加して(7)

日本大使館で交流パーティー

さて、ジャムナ・フューチャー・パークを発ったあと、またバスに1時間ほど揺られ、バングラデシュ日本大使館へと向かいました。

到着した時はすでに夜でしたが、高い塀により囲われた日本大使館は、ライフルを持った現地の警察官数名により警備されていました。中に入ると、緑豊かな広い庭の向こうに立派な建物が見えてきました。

バングラデシュ最後の夜は、この日本大使館レセプション・ルームにおいて、大使を交えて「ダッカ日本商工会」のメンバーの皆さん達と交流する機会が持てました。

広く豪華な部屋で、ゆったりとしながら、日本料理(と言ってもベンガル風ですが)とお酒をいただきながら、日系企業駐在員の方たちと交流を深めることができました。

<バングラデシュ日本大使館> 残念ながら、大使館内は撮影禁止のため、外観だけ撮影させていただきました。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

大使館での交流パーティーを終え、ホテルへ帰ったのは夜10時過ぎ。長い3日目が終わりました。

~4日目~

スラム街を訪問

最終日4日目は、ホテルで朝8時から解団式があり、その後、ユーグレナという会社の現地社員の方からのプレゼンを受けました。

ユーグレナは、ミドリムシという名前の微生物を研究開発している日系企業で、ミドリムシを使ったクッキーをバングラデシュのスラムの学校の子供たちに無償提供しているそうです。

そんな縁で、最終日はユーグレナの現地社員の方のご案内で、ダッカのスラム内にある学校を訪問しました。

ホテルを出て市の中心街を抜け、スラムの方へ近づくにつれ、マイクロバスの車窓から見える景色が少しづつ変わっていきました。

<ダッカ市中心部の光景1>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<ダッカ市中心部の光景2>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<ダッカ市中心部の光景3> イギリスから流れて来た使い古しの2階建てバスがたくさん走っていました。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 <バングラデシュ首相官邸の入口> ものすごく広くて豪華でした。 

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<車窓から見えた HOME LOAN の広告> 優遇された住宅ローンの金利が、12.99%ということでインフレの度合いが想像できます。

ホームローン

<スラムに近い場所1>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 <スラムに近い場所2>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<スラムに近い場所3>

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 <スラムに近い場所4>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 <スラム入口付近> スラムの入口に着くと、4~5名の現地ガードマンの人たちが待機してくれていて、そのガードマンの皆さんに守られながらスラム街の中を歩き、目的の学校へと向かいました。奥へ入っていくとどんどん道が狭くなっていき、道路も汚くなっていきました。スラム内の人々や家屋にカメラを向けるのは、さすがに憚られたので撮りませんでしたが、想像を絶する汚さと貧しさでした。モザイク17

 <スラム内の学校の入口>モザイク18

学校内では、沢山の写真と動画を撮ったのですが、それに関しては次回へ回すことにします。

(続 く)

バングラデシュ投資ミッションに参加して(6)

バングラデシュと蚊

さて、ダッカの大ショッピング・モールである「ジャムナ・フューチャー・パーク」の話をする前に、ダッカの「蚊」について話をしておこうと思います。

バングラデシュの気候には、暑季(4月~5月)、雨季(6月~10月)、乾季(11月~3月)lの3つがあり、私の行った11月は雨もなく、暑くもなく、一番良い季節だったのですが、そのかわりに蚊が発生し始める季節でした。

そのため、空港に降り立った時から、さっそく蚊の攻撃に悩まされました。特に移動中のマイクロバスの中には、大量の蚊がいて、殺しても殺してもわいてくる蚊には、閉口しました。

JETRO現地駐在員の話によると、駐在員はほとんどがデング熱にかかった経験があるそうで、中にはマラリアやデング出血熱になり、タイのバンコクまで搬送された人もいる、などと涼しい顔で説明していました。

私は、バスの中で1日に20数匹の蚊を殺し、日本から持って行った虫よけスプレーを手、顔、首にしょっちゅうかけまくり、結局1回も刺されずに帰国することができました。

ショッピング・モールを訪問

さて、ジャムナ・フューチャー・パークの話に移ります。ここはつい最近完成したダッカ市内最大のショッピング・モールです。

現在のところ、全8階のうち1~2階と7~8階はある程度テナントが入り、埋まっていましたが、3~6階は、全て空のままという状態でした。

概観は、近代的な作りで、日本でもよく見かけるアメリカ風ショッピング・モールでしたが、人の出入りはまだまだ少なく、これから・・・・、という感じでした。

<ジャムナ・フューチャー・パーク1> 概観モザイク13

<ジャムナ・フューチャー・パーク2> 入り口でボディーチェックされるのですが、日本人(外国人?)はほとんどノーチェックでした。モザイク14

<ジャムナ・フューチャー・パーク3> 時間が早かったので閑散としていますが、この30分後くらいには、もう少し人が出回っていました。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<ジャムナ・フューチャー・パーク4>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<ジャムナ・フューチャー・パーク5>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<ジャムナ・フューチャー・パーク6> ここに来る若者たちは、きっと中産階級以上の人たちなのでしょう。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<ジャムナ・フューチャー・パーク7> バングラデシュは基本的にイスラム教の国なのですが、大衆がこのような服を着る日が近いうちに来るのでしょうか?OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<ジャムナ・フューチャー・パーク8> ボーリング場入口OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<ジャムナ・フューチャー・パーク9> ボーリング場OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<ジャムナ・フューチャー・パーク10> ファーストフードのようなお店がたくさん並んでいました。このあと30分もするとちらほらと人の数が増えていきました。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<ジャムナ・フューチャー・パーク11> 若者たちがアトラクションの猛牛に乗って楽しく遊んでいました。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

このジャムナ・フューチャー・パークのショッピング・モールのお隣に遊園地ができていました。まだ建設途中ではありましたが、観覧車やジェットコースターなど、いくつかのおきまりのアトラクションもありました。

JETRO駐在員の方のお話によると、つい最近アトラクションで死亡事故があったそうです。それによると「中国製の乗り物をバングラデシュ人が管理している訳ですから、そのくらいは仕方ないのでしょうね」とのことでした・・・・・・・・笑ってはいけないですが、思わず笑ってしまいました。

(続 く)

バングラデシュ投資ミッションに参加して(5)

~3日目~

バングラデシュの道路事情

朝6時25分にホテルのロビーに集合し、すぐにマイクロバスに分乗してバングラデシュホンダの工場へと向かいました。3時間近くバスに揺られ、やっとたどり着いたのですが、激しい渋滞と道路の質の悪さにはまいりました。

少し郊外へ行くと舗装されている道路も劣悪を極めます。バスが激しく上下に揺れ、とてもバスの中で居眠りするどころではありません。加えて、ところどころ舗装されていない箇所があり、バスは大波小波を乗り越えるようにジャンプしながら進んでいきました。そのためタイヤのパンクもよくあるとのことでした。

JETROの現地所長の話によると、道路の質が悪い理由は「まず、アスファルトやコンクリートの質そのものが悪い。さらにバングラデシュには岩がなく砂もないため、砂の代わりにレンガを砕いたものを混ぜて使っている。そのため、すぐに道路が傷む」とのことでした。

<バスの車窓から見た光景1>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<バスの車窓から見た光景2>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<バスの車窓から見た光景3>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 <バスの車窓から見た光景4> OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 <バスの車窓から見た光景5>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<バスの車窓から見た光景6> OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 <バスの車窓から見た光景7>OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<バスの車窓から見た光景8> OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ホンダの工場を見学 

ホンダの工場では、バングラデシュ周辺国から輸入した部品を手作業で組み立て、オートバイを作っていました。牧歌的な雰囲気の工場の中で、現地従業員のみなさんが一生懸命組立作業を行っている姿が印象的でした。

工場長のお話によると、バングラデシュはオートバイや自動車の関税が非常に高く、かつ不条理な規制ばかりで困惑しているとのことでした。しかし、間違いなく近い将来、インドやベトナムなどの周辺国同様、バングラデシュでもオートバイの需要が急増すると見込んでいるとのことでした。

<バングラデシュホンダの工場の概観>  工場の概観は撮影OKだが、中は撮影不可とのことでした。モザイク9

地場の大手製造業本社・工場を訪問

さて、ホンダの工場を発ち、さらに2時間半ほどかけて、WALTONという地場の企業を訪問しました。WALTONは、家電製品やオートバイなどを製造しているバングラデシュを代表する大手企業です。

WALTONでベンガル料理のランチをご馳走になったあと、しばらく会議室でWALTONの会社案内を受けたあと、工場の見学に連れて行ってもらいました。

<WALTONの会議室> 昼食、プレゼンのあと皆でショールームと工場へ向かった。モザイク10

<WALTONショールーム1> 薄型テレビモザイク11

<WALTONショールーム2> 冷蔵庫モザイク12

<WALTONショールーム3>薄型テレビOLYMPUS DIGITAL CAMERA

<WALTONショールーム4> オートバイOLYMPUS DIGITAL CAMERA

<WALTONショールーム5> 各種家電製品OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<WALTONショールーム6> エアコンOLYMPUS DIGITAL CAMERA

WALTONの工場は、正直言って、とても最先端の製造設備という光景ではありませんでしたが、快く社員の方が隅々まで案内して説明してくれました。

その後、WALTONの工場を発ち、再び2時間半ほどバスで揺られながら、次の目的地、ダッカの大ショッピング・モールである「ジャムナ・フューチャー・パーク」へと向かいました。

(続 く)

バングラデシュ投資ミッションに参加して(4)

富裕層のご家庭を訪問

ACI 訪問のあと、いわゆる富裕層のご家庭を訪問させていただきました。40人以上という大勢で押し寄せたのですが、非常に快く私たちを歓待してくれました。

招いてくれたのは、日本ともビジネス関係のある中小企業の社長さんのご自宅で、日本で言う高級マンションの一室でした。マンションの一室と言っても非常に広く、リビングルーム2部屋、キッチン、ダイニングルーム、ベッドルームが4~5部屋、それに住込みのお手伝いさん3人~4人用の部屋も別にありました。

「どうぞ、どうぞ、ご自由に写真を撮ってください」というお言葉に甘えて、沢山撮らせていただいたものが下記です。

<富裕層の家庭1> エレベーターホールと部屋の入口の間には鉄格子がありました。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<富裕層の家庭2> 玄関ホールモザイク5

<富裕層の家庭3> 玄関に肖像画OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<富裕層の家庭4> リビングには様々な小物(世界各地のお土産品?)が飾ってありました。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

<富裕層の家庭5> 第1リビングモザイク2

<富裕層の家庭6> 第1リビングモザイク3

<富裕層の家庭7> 第2リビングモザイク1

<富裕層の家庭8> ダイニングOLYMPUS DIGITAL CAMERA

 <富裕層の家庭9> 18歳のお嬢様のお部屋。快く撮影に応じてくれました。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

現地商工会議所の方々と交流パーティー

さて、富裕層のご家庭を訪問させていただいた後、再びバスに1時間ほど揺られ、日本バングラデシュ商工会議所の方々との交流ディナーが開かれるレストランへと向かいました。

<レストラン全景> 商工会議所の方々との交流ディナーパーティーが開かれたレストラン。モザイク6

<商工会議所ディナーパーティー1> モザイク7

 <商工会議所ディナーパーティー2>モザイク8

 <商工会議所ディナーパーティー3>

商工会議所

この交流パーティーでは、現地政府関係者、日系進出企業、地場企業関係者のほかに、大学の先生をはじめ、多くの知識人、財界人、著名人と交流を持つことができました。非常に有意義な時間を過ごすことができ大満足でした。

パーティーを終え、ホテルへ帰ったのが夜の9時半ころだったでしょうか。長い長い2日目のバス旅行が終了しました。しかし、その翌日は、さらに長い一日が待ち受けていたのでした。

(続 く)

バングラデシュ投資ミッションに参加して(3)

ベンガル料理と水

さて、日系企業M社の工場を発ち、再びバスで2時間移動し、Sky View Restaurant でベンガル料理のランチを食べました。

Sky View Restaurant の名の通り、周囲を見渡せる14~15階のビル最上階にあるレストランでした。

レストランから見える景色は以下のとおりです。

<Sky View Restaurant から見た街並み1>

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<Sky View Restaurant から見た街並み2>

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<Sky View Restaurant から見た街並み3>

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ベンガル料理はどうだったかと言いますと、インド料理に近い、香辛料をたくさん使った、辛くて脂っこい料理がほとんどでした。また、どのレストランで食べてもだいたい似た料理が出てきました。中にはおいしいカレーやナンもあったのですが、日本人にとっては、非常に脂っこく、辛く、肉も魚も大味で、お世辞にも美味しいとは言えないものでした。

料理の味もさることながら、私がバングラデシュで一番気になったのが、食と水の安全でした。バングラデシュの地下水は、かなりヒ素で汚染されているそうです。 → バングラデシュのヒ素汚染

当然、飲み水は全てペットボトルの水を飲みましたし、火の通った食べ物しか口にしませんでしたが、水は全ての基本ですから、それがヒ素で汚染されているとなるととても恐ろしいことです。

特に地方の農村地帯の人々は、水道がないため、井戸水を飲んでいます。さらに地下水をくみ上げ農業用水として利用しているため、バングラデシュのお米はかなりヒ素で汚染されているとの話でした(JETROの現地所長より)。

さらに野菜や果物の見かけの鮮度を保つためにホルマリン漬けにする習慣があるので、日本の駐在員の皆さんは、普通の市場で買い物はしないそうです。日本の物価なみのお金を出してでも安全と思える野菜や果物を高級店で購入しているそうです。また、牛にホルマリン注射をしたりしているとのことなので、現地の農家の人々には、その点に関する啓蒙活動も必要だとのことでした(JETROの現地所長より)。

水ダメ、米ダメ、肉ダメ、野菜ダメ、果物ダメ、となると「じゃあ、何を食べればいいの?」となり、残念ながら私は「食べる」ということに関しては、楽しめませんでした。

地場の大手小売業本社を訪問

さて、ランチの後、バスで10分ほど移動し、現地で農産品、化学品、日用雑貨品、薬品などの小売を手掛ける大手企業ACIの本社を訪問しました。

<ACI本社においての会社案内> OLYMPUS DIGITAL CAMERA

ACI のプレゼンテーションを聞いた後、再度バスで1時間ほど移動し、富裕層の家庭を訪問したのですが、それは次回に回すことにします。

(続 く)

バングラデシュ投資ミッションに参加して(2)

オリエンテーション

初日の午後3時過ぎにホテルに着き、その後2時間ほどのオリエンテーションを受けました。

ます、JETROダッカ事務所の駐在員の方から、バングラデシュの現状についてのご説明を受けた後、ユニクロのご担当者からバングラデシュでのビジネスの現状をお話いただきました。

その後、アパレル系日本法人のY社長から現地工場についてご説明をしていただきました。この会社は主に日本の大手量販店向けにTシャツやトレーナー、ジャケットなどを生産しているとのことです。

2009年3月にバングラデシュに進出後、2011年3月に自社工場を120名体制でスタート、2014年9月には第2工場を作り、現在800名まで社員が増えているそうです。

Y氏によると、現地法人に日本人はゼロ、全員バングラデシュ人。優秀な人材がたくさんいるが、一番重要なのはコミュニケーション、とのことでした。以下は、Y氏からの情報です。

バングラデシュ生産のメリット

  1. 作業員はまじめで技術習得にもたけ、生産性も向上する。
  2. 中間管理層(大卒以上)は、英語でのコミュニケーション能力も高い。
  3. 綿製品に関しては、原料価格なども中国より安く、価格優位性が高い。

バングラデシュでの製造型・法人運営のリストとデメリット

  1. 政治的な混乱などによるデモが発生し、生産がストップする可能性がある。
  2. 治安は決して良くないため、リスク管理を徹底する必要がある。
  3. インフラが脆弱で停電が頻発。自家発電は欠かせない。
  4. バングラデシュの港から日本の港まで、のべ1か月弱にもおよぶ輸送期間。

オリエンテーションのあと、日本からミッションに加わった38名にJETROスタッフ、現地企業の方々等、総勢50名ほどでパーティーがあり、一挙に打ち解けた雰囲気となりました。

~2日目~

アパレルメーカーの工場を見学

翌朝6:55から長い長いバスの視察ツアーの旅が始まり、ホテル出発から1時間半後、日系企業M社の工場に到着しました。

M社は、日本国内に145名(海外駐在員15名)の従業員をかかえる中堅アパレルメーカーで、2009年にバングラデシュ法人を設立し、2010年から操業、2014年現在2,000人の現地従業員を抱え、さらに来年は3,000人規模に増大すべく、新工場を建設中とのことでした。

<M社工場内の光景1>

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<M社工場内の光景2>

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<M社工場内の光景3>

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<M社工場内の光景4>

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<M社工場内の光景5>

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<M社工場内の光景6>

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<M社工場内の光景7>

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<M社工場内の光景8>

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<M社工場内の光景9>

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<M社工場内の光景10>

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工場内はどこも清潔で、従業員の応対も良く、とても雰囲気の良い会社でした。2時間半ほど見学をさせていただいた後、M社を去り、再びバスに乗ってSky View Restaurant へと向かいました。

(続 く)

バングラデシュ投資ミッションに参加して(1)

先々週、JETROが主催した「バングラデシュ投資ミッション」に参加してきました。バングラデシュ滞在はわずか4日間(全行程で3泊6日)ではありましたが、非常に有意義な視察となりました。

地元の大企業や日系の中小企業を訪問させていただいたり、富裕層の自宅やスラム街の学校を見学させていただいたりと、個人であったら数十年かかるであろうと思える出会いや情報をわずか4日間で得ることができました。JETROさんに感謝です。

バングラデシュ基本情報
(正式国名) バングラデシュ人民共和国
(人 口) 1億5,252万人(2012年)
( 面 積)  14万7,570㎢ (北海道の約1.9倍)
 (首 都)  ダッカ
 (公用語)  ベンガル語
 (宗 教)  イスラム教(国教)
 (日本との時差)  -3時間
 (日本からのアクセス)  香港、シンガポール、バンコク、クアラルンプール、昆明、広州のいずれかを経由。所用時間は10時間~13時間。
 (在留邦人数)  853人 (2013年10月時点)

人口1億5,000万人を誇るバングラデシュは、過去10年以上にわたり、安定的に6%の経済成長を続けています。また、現在中国に次ぐ世界第2位のアパレル製品の輸出大国で、大手有名アパレルブランドが生産や調達の拠点としています。さらに海外出稼ぎによる巨額マネーが都市部、農村部に流れ、所得も上昇し、富裕層や中間層が拡大しています(以上、JETROの資料より)。

日本からバングラデシュへの直行便はないため、私の場合は羽田空港を深夜0時頃出発して、バンコクの空港で5時間ほど時間をつぶし、首都ダッカに着いたのは、当日の14時くらいでした。帰りはお昼過ぎにダッカを出て、バンコクの空港で6時間ほど時間をつぶし、羽田に着いたのは翌朝の6時頃でした。往復の移動だけでも結構疲れます。

~初日~

ダッカ市街の光景

ダッカの空港に降りてから、JETROが用意してくれたマイクロバスに乗り、ホテルまで移動しました。バスの窓から見たダッカ市街の第一印象は、やはり思っていた以上に街が汚い、人が多い(ほとんどが男性)、渋滞が激しい、ただ北京やベトナムの街に比べれば、まだ空気の汚さはまし・・・・、こんなところでしょうか。

<ダッカ市街の光景1> CNG(シーエヌジー)という主に中間層以上の人が利用する三輪車タクシー

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<ダッカ市街の光景2> ゴミが散乱し、街は汚い。スラムへ近づけば、汚さに貧しさが加わってくる。

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<ダッカ市街の光景3> リキシャと呼ばれる主に低所得者、中間層が利用するタクシー。名前の由来は日本の人力車から。

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 <ダッカ市街の光景4> 世界最悪とも言われるダッカの渋滞。路上は、車、バス、CNG,、リキシャなど色々な乗り物でごった返す。時間帯によっては、500メートル進むのに、車で1時間かかるという場合もある(JETROの資料より)。

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<ダッカ市街の光景5> ダッカの郊外へ行くと外を歩く女性の数も増えてくるのですが、市の中心部ではほとんど女性を見かけませんでした。女性は自宅の近所しか出歩かないということなのでしょうか?理由のほどはわかりませんが、珍しく市の中心部に3人の女性がいたので写真を撮りました。ダッカの女性のほとんどは民族衣装を着ていましたが、逆の見方をすれば、スカートやワンピースやジーンズの大市場が眠っていると言えるのかもしれません。

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<ダッカ市街の光景6> バスに乗っているわれわれに本を売ろうと近寄って来た少年。小さな子供たちはみな裸足でした。 

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<ホテルの部屋から見える光景> 5つ星のホテルと外の世界との落差は激しいものでした。

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バングラデシュの首都ダッカで得た貴重な経験を、これから8回にわたって、このブログに記していきたいと思います。

(続 く)

インドネシア特集(2)

新大統領に期待高まる 消費市場としても魅力

10月20日からジョコ・ウィドド大統領の新政権がスタートした。「軍エリートのリーダーから、ジョコ大統領のような庶民出身者のリーダーへ、民主的かつ平和裏に政権移行を成功させたことは、政治的にも安定しているというメッセージにつながる」(下川氏)と、内外で期待が高まっている。

インドネシアの2013年国内総生産(GDP)は8,700億ドル(約93兆円)で、成長率は上振れ、下振れが少ない(図1)。「2009年のリーマンショックの際も含めて、下振れが少ないのは、経済成長の約6割を内需が支えているから。これもインドネシアの強み」(下川氏)。

インドネシア3-2

海外からのインドネシアへの直接投資もここ数年伸びている(図2)。国別で日本は2011年と2012年はシンガポールに次いで2位、2013年は1位だ(今年上半期は、シンガポールに次いで2位)。

インドネシア5-1

インドネシアは、飛躍的な成長を続ける消費市場としても注目されている。中間層が急速に拡大すると見られているからだ(写真1、表3)。

インドネシア6

「生活実感としては、中間層が人口の半分に達していると感じる」と、インドネシア在住の富吉氏。「この3年間で最低賃金は2倍になり、全体的に所得水準が上がった。中間層が増えてモノを積極的に買うという状況は、ジョコ新政権でも続くのではないか」(富吉氏)。

「庶民がフードコートで背伸びして買う価格帯は、数年前まで牛丼の200~300円だったが、今は500円まで上がった」(富吉氏)と、この3年ほどで消費市場が急激に変わったと指摘する。

日本ブランドの人気も、インドネシアで高まっているという。「昨年のJETROのアセアン・キャラバンでは、デザイン性も価格も高い日本の雑貨の商談が次々にまとまった。インドネシアの経営者は、飲食、ファッション、雑貨など、分野を問わず、「日本のブランドを扱えば商売になる」という意識を持っている」(富吉氏)。

(以上、日経ビジネス 2014年10月27日号の広告企画「インドネシア特集」・・・続く)

インドネシア特集(1)

日経ビジネス 2014年10月27日号の広告企画「インドネシア特集」をご紹介させていただきます。

1万3,000を超す島々からなるインドネシアは、人口も国内総生産も東南アジア諸国連合(ASEAN)の4割を占める巨大な国家だ。製造業の生産基地だけでなく、巨大な消費市場としても日本企業から熱い視線を集めている。発足したばかりのジョコ・ウィドド新政権で、インドネシアはどう変わっていくだろうか。インドネシア投資・経済の今後の行方を議論した「日経ビジネス アジア会議 in  ジャカルタ」(9月22日、ジャカルタで開催)の模様も交えて、インドネシアの今とこれからを報告する。

インドネシア1

広大な国土に2億5,000万人と世界第4位の人口を抱えるインドネシア(表1)。国際協力銀行(JBIC)の「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」(2013年11月)で、中期的(今後3年程度)に有望と考える事業展開先国・地域としてインドネシアが初めて1位になる(表2)など、日本企業によるインドネシアへの進出や投資が盛り上がっている。

日本貿易振興機構(JETRO)の2013年度の調査によると、製造業のドル建て月額賃金は、ASEANのシンガポール、マレーシア、タイ、フィリピンより低い。

また、就労人口は毎年200万~300万人増が続いている。国際協力機構(JICA)東南アジア・大洋州部東南アジア第一課(インドネシア)の下川貴生課長は、「人口ボーナス(労働人口が増えて経済成長を押し上げる)期が2030年まで続く。労働人口は安定的に伸び、豊富な労働力を供給できるインドネシアには、生産基地としての魅力がある」と話す。

JETROジャカルタ事務所の富吉賢一所長は、最近の日本企業の進出状況について、「JETROの調査では、2014年3月時点で約1,500社がインドネシアに進出している。2012年9月末は1,255社だったので、1年半で245社増えた。うち7割が製造業」と語る。

インドネシア3-1

 

(続 く)

中国のビル建設

久しぶりに出張で中国の大連へ行ってきました。

大連へ行ったときには、いつもラマダプラザホテルに泊まります。大連駅前にあるホテルですが、私はその2階のレストランでいつも外の景色を眺めながら、朝食バイキングを食べています。今回は、そのレストランの窓から見える建設中の高層ビルの話をしようと思います。

そのビルを2013年4月に撮った写真と2014年9月に撮った写真が下記の2枚です。

何を言いたいのかと言うと、1年半も経っているのに遅々として工事が進んでいない、ということです。

<下記は2013年4月に撮影したビルの写真>

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<下記は2014年9月に撮影したビルの写真>

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私が初めて大連へ行ったのは、3年前の2011年9月のことですが、その時タクシーから見える風景の中にたくさんの建設中の高層ビルが見えました。

「やはり、中国はすごい建設ラッシュなんだな」

そう思いながら、ただなんとなく眺めていたのですが、しばらくして「なにか変だな?」と気づきました。

そうなんです、建設中のビルのほとんどが動いていないのです。通常建設中であればクレーンが上下に動いていたり、ビルの周りをたくさんのダンプトラックが行き来したりしているものです。しかし、大連の建設中のビルはほとんどすべてが止まっていました。

その後、2回、3回、4回、5回と大連を訪れるたびにタクシーから見える建設途中のビルを注意深く見ましたが、やはりほとんど工事に進展は見られませんでした。

大連でも朝夕の時間帯は、日本同様、どこも車のラッシュでにぎわいます。しかし、日本と決定的に違うことがあります。それは、大連では、ダンプやトラックがほとんど走っていないということです。

東京や横浜の道路では、大型ダンプから軽トラックまで、さまざまな種類のトラックが所狭しと走り回っていますが、大連ではほとんどトラックが走っていないのです。少なくともここ3年間のあいだは。

掲載した2枚の写真は、大連駅前の一等地に建設中の高層ビルです。日本であれば、土台さえできてしまえば、上物の建設スピードは実に早く、高層ビルでさえあっという間に完成してしまいます。逆に短期間で完成させなければ投資額を早く回収できないので困ることでしょう。

噂されているように中国のバブルはすでに崩壊しているのでしょうか?中国政府が力づくで景気の下支えをしてとりつくろっているのでしょうか?

真実のほどはわかりませんが、ソフトランディングをして、日本経済はもちろん世界経済に悪影響を与えないよう願うばかりです。

中国における自動車部品カルテル

下記の表は、日経ビジネス20140年9月1日号の記事の一部です。

2014年9月01日日経ビジネス

中国政府が、日本の大企業を対象に過去最大規模の制裁金12億3500元(約200億円)を科したことから、外資叩きという論調もでています。

「また中国は日本に不当にいちゃもんつけている」という印象を持った方も多いのではないでしょうか?

実は私もそのひとりでした。しかし、上記の日経ビジネスの記事を見て考えが少し変わりました。

日本で1,409万円で売られているレクサスが、なんと中国では4,036万円で売られているという事実には驚きました。ベンツもアウディもBMWも2倍以上ですから、中国が怒るのも無理ないかもしれません。

かつての日本にも巨大なアメリカ車に莫大なお金を出して、ありがたく乗って有頂天になっていたという時代もありました。2,000円で仕入れたジョニ黒(ジョニーウォーカー黒ラベル)をありがたく1万円で売ることにより、高級感が出てより売れたという時代もありました。

日本のバブルのころには、ヨーロッパのブランド品バッグの世界売り上げの8割は、日本で売り上げられていたそうです(あるブランド品メーカーの関係者から聞いた話)。

かつての「成金」日本が欧米からカモにされたように、現在では中国の「成金」が世界中からカモにされているのかもしれません。

珍しく「中国が怒ってもしかたないかも」と思えるニュースでした。

訪日外国人観光客

訪日外国人観光客の数が、今年も去年(2013年)を3割近く上回る過去最高のペースで順調に伸びているそうです。

外国人観光客を獲得せよ! 体験型ツアーなど、旅行大手の品ぞろえ充実

2014年8月27日(1)

外国人が “クール” と評した日本の観光スポットはどこ?

2014年8月27日(2)

日本を訪れる外国人観光客の数が増えている、と聞いて悪い気はしませんし、日本経済にとっても良いことはあっては悪いことはないでしょう。

日本の人気が高まっている理由の一つに、やはり日本のマンガ・アニメやゲームソフトが挙げられるようです。現在、ヨーロッパ諸国やアジア諸国では、日本人が考えている以上に、日本のアニメやゲームソフトは人気が高いようです。

加えて、そのアニメやゲームのキャラクターから生れた「オタク文化」や「萌え」や「アキバ系」という日本独特の文化が、これまた想像以上に外国人に受けているようです。

その手の趣味のない私にとっては、どこが良いのだか、さっぱりわかりませんが(笑)。

ところで、先日テレビで、この夏、外国人観光客が東京の渋谷や新宿に大挙して押し寄せてきていると報道されていました。

テレビカメラと共にレポーターが取材をしていましたが、お盆休みで日本人客数の減った、渋谷センター街や新宿ゴールデン街が、確かに外国人観光客で一杯でした。

私の記憶が正しければ、デンマーク、スウェーデン、ドイツ、オランダ、トルコ、アメリカ、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、アルゼンチン、チリ等々・・・、様々な国々から多くの若者達が東京に押し寄せ、夜の東京を大いにエンジョイしていました。

彼ら、彼女らからすると「東京の夜の街は最高にクール!」なのだそうです。

なぜでしょう?その理由を聞いて、少々驚きました。

「私の国では、夜6時になるとお店は全て閉まるのに、東京では24時間なんでも買える。昨日、深夜にドンキホーテに行ったら、生活に必要なものは全てそろっていたので驚いた」

「東京はどこにでもすぐ近くにコンビニがあって、24時間お酒も食事も買えるのでビックリ!すごい便利!」

「24時間お酒を売っていて、外(路上)でお酒を飲めるので驚き!自分の国では考えられないこと。友達たちと一緒に外でビールを飲んで楽しい!」

「朝まで飲めるお店がたくさんあって最高!信じられない」

「東京は、朝までネオンがついて眠らない街だからクール!酔っぱらって外で騒いでも怒られない。自分の国では考えられない。」

「皆で飲んで騒いで、朝までカラオケができるなんてクール!信じられない国、最高!」

「夜中に女性同士でぶらぶらしても安全な国だからスゴイ!楽しい」・・・・等々

だいたい、このようなことを言っていたと思いますが、欧米の若者達の反応がとても私には意外でした。

欧米は、少なくともお酒の飲み方に関しては、洗練された秩序とモラルの行き届いた社会だと思いますが、欧米の若者たちは、少々それを息苦しく感じ始めているのではないでしょうか?

日本は酒を飲んで少々破目をはずすことに対し寛容な国ではありますが、日本人なりの秩序や道徳に守られている社会であると信じています。

前述の報道番組で最後に登場したあるデンマーク人の話が印象的でした。新宿で飲んだ帰りの電車の中にスマートフォンを置き忘れたそうです。かなり落ち込み、ダメ元で届けを出しておいたら、翌日新宿駅の遺失物係にそのスマートフォンが届けられていたそうです。「信じられない。すごい国だ」と驚き、喜んでいました。

「夜遅くまで、安心して楽しく飲める街」を日本人の感性で築き、今後も多くの外国人観光客が喜んでリピーターで来る観光立国になってもらいたいものです。

新宿の百貨店など、外国人向けガイドブック 割引特典も検討

2014年8月20日日経

百貨店などで構成される新宿観光振興協会(東京・新宿)は外国人観光客の誘致活動を始めた。第1弾として飲食店や観光スポットの情報を載せた多言語対応のガイドブック=写真=を創刊。今後は外国人が店舗で割引など特典を受けられる仕組みも検討する。2020年東京五輪に向け、地域一体となって新宿の魅力をアピールする。

(中略)

英語や韓国語に加え、中国語(繁体字、簡体字)、タイ語の5種類を作成。年2回発行し、今後は新宿地区の観光地や外国語の通じるスポットなどを紹介していく予定だ。

(後略)

以上で2014年8月20日 日本経済新聞 Web刊の記事終り

同日の日経新聞の紙媒体には、「百貨店売上高4か月連続減」「百貨店4割 訪日客増えた」という見出しの記事が掲載されています。

33年前、私が米国サンフランシスコのメイシーズ (Macy’s) デパートに行った時、若く美しい女性店員さんたちがきれいな制服に身を包んで接客をしてくれました。それから20年後、つまり今から十数年前に米国デンバーのメイシーズデパートに行った時には、あまりにも様変わりしたお店の様子に驚いてしまいました。

店員の姿はほとんど見られず、ワゴンの中に化粧品やら日用雑貨品やらが無造作に置かれ、日本のスーパーマーケットの2階のようだな」と感じたからです。

戦後の高度経済成長時の日本は、常に生産者・販売者を重視し、個人や消費者をないがしろにしてきました。

その結果、当時の日本では、生産者から複数の卸売業者と小規模の小売業者を経て、消費者の手元へ商品が届いていました。

建設業界にいたっては、大手ゼネコンが下請けに仕事を丸投げし、孫請け、ひ孫請け、玄孫受けという具合でワークシェアリングをし、国民は異常に高いコストを支払わざるをえなかったのです。

このように非効率の上に非効率を重ねた社会構造の中で、異常に高い物価を許容せざるを得なかった日本国民でしたが、同時にワークシェアリングは、失業者を減らし、犯罪率の低い社会も生み出しました。

そして、アメリカ発の流通革命とグローバリゼーションは、劇的に日本の物価を下げ、サービスの行き届いた便利な世の中をもたらした反面、競争激化による社会不安ももたらしました。

「それでは、そのどちらが良いのか?」

もうそのような議論は意味をなしません。グローバリゼーションのすすんだ現在、日本だけが世界と競争をせずに孤立主義で生きていけるわけがないからです。どちらが良いではなく、超効率化の進んだ国際社会の中で、今後の日本はどのように勝ち残っていくかを考えていかざるを得ないでしょう。

次回は、この話の続きで、この夏日本の渋谷や新宿に欧米から若者たちが大挙して押し寄せて来ているという話をしたいと思います。

(続く)

タイ特集(7)

リゾートとビジネスのコンビネーション (タイ特集)

ビーチリゾートや古都巡りなどの観光スポットに数多くの観光客を惹きつけてきたタイでは、ビジネス目的の滞在の前後、あるいは合間にリラックスすることも可能だ。定評高いホスピタリティで癒されるだけでなく、一流の滞在施設にも事欠かない。

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例えばベストウェスタンは、首都バンコクに加えて、東北部のブリナム、王室の保養地として知られるホアヒン、アイランドリゾートとして人気が高いパンガン島、サムイ島、世界屈指のリゾートであるプーケットにホテルを展開している。極上のサービスを受けられるうえに、連泊で滞在の際には割引等のキャンペーンも用意されている。

リゾートでゆったりくつろいだり、マリンスポーツやゴルフなどのスポーツを楽しんだり、いつもと違う時間の流れに身を任せることで、リフレッシュできることだろう。一方、首都バンコクにも歴史的な寺院や宮殿などが建ち並び、滞在中にエキゾチックな気分が満喫できる。だからこそ、タイでは仕事と休暇を組み合わせた滞在がおすすめだ。

タイでの滞在を楽しみながら、活気に満ちたASEAN諸国の市場、さらにグローバル市場を見据えたビジネスの好機を手に入れる。そんなぜいたくな時間が実現できるのが幅広い可能性を秘めたタイという国なのだ。

(以上、日経ビジネス、2014年6月9日号のタイ政府の記事広告・・・終り)

タイ特集(6)

MICEの目的でタイを訪れることを促進するため、TCEBはバンコク、パタヤ、プーケット、チェンマイ、コンケンといった多様なMICE都市のメリットを強調してきた。また訪問する企業やビジネスパーソンが幅広い専門的なサービスが受けられるように支援している。

タイへの進出を検討する企業にとっては、国内の現状を把握するためにまずは展示会や国際会議に参加することが得難い機会となるはずだ。アジアでのビジネス戦略を立てる上での第一歩となるだろう。

さらに戦略的にアジアの中核に位置するタイをMICE開催地として選ぶことで、ASEAN諸国のみならず、発展が著しい中国やインドとのビジネス展開も視野に入れられる。

IEATやBOI、TCEBが中心となってきめ細かいサポート体制によって、投資やビジネスのためのロケーションとしてのタイの魅力が失われることはない。

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国際ビジネスの世界では、優位に立つことが成功へのカギです。東南アジアの心臓部という絶好の立地にあるタイなら、アジアの消費者30億人に到達するレースで勝つために必要な競争力が得られます。

そして好立地は、タイが持つ数々の優位性のほんの一部に過ぎません。

タイではまもなく、大きな期待が寄せられているタイと近隣諸国を結ぶ高速鉄道をはじめ、国内のインフラや輸送網を強化する一連の巨大プロジェクトが動き始めます。これらのプロジェクトは、今後数十年にわたり活発な新規投資の機会と利益を、ASEANの企業にもたらすでしょう。

再生可能エネルギーや環境サービス、医療機器、科学機器、食品加工など、長期的かつ持続可能な成長を促進する産業に対しては、新たな奨励策が設けられています。圧倒的に有利な立地、新たなインセンティブとインフラの重視。タイへの投資は、ビジネスの勝負となるだけでなく、競争の先頭を走り続けることを意味します。

(以上、日経ビジネス、2014年6月9日号のタイ政府の記事広告・・・続く)

タイ特集(5)

一方、投資奨励法に基づいて事業単位で投資を奨励しているのが、タイ投資委員会(BOI)という政府機関だ。BOIは投資政策を策定し、重要な投資案件を審査、認可する役割を果たす。

認可された企業は法人所得税の減免税などを受けられるほか、事業規制緩和、外国人投資家の土地所有権許可、労働許可手続きの緩和などの特典を与えられる。

またワンストップ・サービス・センターでの迅速なビザ等の申請、ASEANの裾野産業を含む投資情報の提供、合弁や技術提携に関する投資仲介など、包括的なサービスも提供している。

このBOI主催で今年7月8日にタイ・バンコクで開催されるのが、Thailand + 1 Strategy and Opportunity for Japanese Companies だ。クロスボーダービジネス成功のカギとなるグローバルロジスティクスの事例や日本企業の現地化戦略など、有意義な情報を交換する機会となることだろう。

両国の経済関係を発展させる貴重なチャンスというだけでなく、「タイプラスワン」という新規ビジネスモデル創出のヒントが得られるセミナーとなるはずだ。

同セミナーの協賛には、MICEビジネス、すなわち会議(Meeting)、インセンティブ(Incentive)、コンベンション(Convention)、展示会(Exhibition)の4分野をサポートする政府団体である、タイ国政府コンベンション&エキシビション・ビューロー(TCEB)も含まれている。今回のセミナーのようなビジネスイベントのスペシャリストだ。

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(以上、日経ビジネス、2014年6月9日号のタイ政府の記事広告・・・続く)

タイ特集(4)

理想的なビジネスロケーションとしての役割

「タイプラスワン」は、タイの生産拠点を補強するための策だといえる。だからこの戦略を成功に導くために、タイ政府は外国資本の投資を引き続き振興する必要がある、。これまでの同様に、タイに投資する企業には手厚いサービスが提供される。

タイに企業が進出する場合、政府機関のタイ工業団地公社(IEAT)が管理する工業団地に入居することで恩恵を受けられる。土地所有権や原料・機器の輸入税免税など、企業にとって利点の多い優遇措置だ。またIEATは団地内の工場稼働に必要なインフラおよび空港や海港、輸送センターへのアクセスを整えつつ、さまざまなサービスを提供している。IEATの工業団地はタイ各地で運営されているため、企業はロケーションやサービス内容を比較しながら最適な候補地を選ぶことができる。

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(以上、日経ビジネス、2014年6月9日号のタイ政府の記事広告・・・続く)

オフィス需要活況続く 都心空室率、5月も低下

2014年6月13日 日本経済新聞

企業の事務所移転の増加などで、東京都心部のオフィスの不足感が一段と高まっている。仲介大手の三鬼商事(東京・中央)が12日発表した東京都心5区(千代田、中央、港、新宿、渋谷)の5月末の空室率は6.52%で前月比0.12ポイント低下した。景況感の改善を背景に、都内の大手企業の移転に加え地方企業が東京に進出する例も出てきた。

2014年6月13日 日経

(以上で記事終り)

東京都心部のオフィスビルの空室率が減っている、という現象から、あることを思い出しました。

かつて、ジェスコーポレーションでは、NTTタウンページに「翻訳業」を掲載している翻訳事業者(団体)がどのくらいあるのかを調査したことがあります。

日本の翻訳事業者数
2007年度 ⇒ 1,984社
2012年度 ⇒ 1,959社(▲1.3%)

このように日本には、約2,000の翻訳事業者があることがわかりました。

また、2007年度から2012年度の5年間に約3割の翻訳事業者が消え、新しい翻訳事業者が生まれていることも判明しました。

さて、下記は東京都内における翻訳事業者数の両年度の比較です。

2012年度 2007年度 増減 どちらの年度にも
存在している会社
2012年度数に
対する割合(%)
東京都 706 813 -107 569 81%

 

 

 

5年間で107の事業者が減少し、かつ2007年度と2012年度の両方に存在している事業者は全体の約8割ということもわかりました。

その理由を考えてみました。

  • 地方の翻訳会社が首都圏に支店を出していたが、不況により採算がとれなくなり撤退した。
  • リーマン・ショック後に金融翻訳の仕事が冷え込んだ。
  • インターネット環境の格段の進歩により、“東京都心に近い ” という地理的アドバンテージが失われた。

今回の新聞報道では、東京都内のオフィスビルの賃貸が再び活況を呈し始めている、ということですが、はたして翻訳業界はどうなのでしょうか?

タイ特集(3)

これらの3国およびタイ、ベトナム、中国の雲南省は「大メコン圏(GMS)として競合、協力しながら、経済を発展させようとしてきた。なかでも「CLM諸国」と呼ばれるカンボジア、ラオス、ミャンマーは、「東南アジアにおける最後のニューフロンティア」として注目を集める。低賃金という好条件だけでなく、天然資源にも恵まれた地域だ。そして競争力を強化するためにCLM諸国との価値の高い連携を実現できるのがタイなのだ。急伸するアジア新興国の市場を切り開くためにも、「タイプラスワン」戦略は企業にとって一考に値する。

投資地域として脚光を浴びるCLM諸国の魅力とは何だろうか?ラオスとミャンマーは1997年、カンボジアは1999年にASEANに加盟したため、後発ASEANと呼ばれるのだが、近年は先発ASEANの経済成長を上回る勢いだ。ラオスには鉱物資源が多く、投資への注目が高まる。アンコールワット遺跡などの観光資源を有するカンボジアでも、製造業への投資が増加している。ミャンマーは資源関連の投資が盛んというだけでなく、タイと同規模の人口を抱えることから人材が確保しやすく、今後の生産体制の受け皿として期待される。

さらに優位な条件がインフラ整備だ。アジア開発銀行(ADB)主導で進めるGMSの開発プログラムでは、日本を含む国際的な支援によって道路や電力が整備されつつある。国境を越えたインフラの強化は「タイプラスワン」戦略を加速することになるだろう。また、タイ国内の鉄道等の輸送インフラ充実にも力を入れていて、CLM諸国とタイを結ぶアクセスは便利になる一方だ。

(以上、日経ビジネス、2014年6月9日号のタイ政府の記事広告・・・続く)

タイ特集(2)

しかし、経済発展にともなって全国的な労働力不足や人件費の高騰といった海外からの進出企業にとって不利な状況も生まれている。失業率が低く、日本と同様に少子化が進む中、タイにおける厳しい労働環境はすぐには改善しそうにもない。

そこでタイで事業を展開しながら、労働集約的な生産工程を周辺諸国に移し、生産や供給の流れを最適化する「タイプラスワン」と呼ばれる新たな戦略への舵取りが行われつつある。現在、タイ政府もこの戦略を積極的に後押ししている。

日本との友好な関係が長年保たれてきたタイでは、古くから日本企業が投資を行い、確固たる産業基盤を作り上げてきた。自動車産業や電子製品など、タイにおける日本企業の存在感は大きい。2015年のASEAN経済統合による関税撤廃を考慮すると、タイにビジネス拠点を持つことは企業にとって有利だ。リスク管理も考慮して基盤を残しながらも、一部の生産工程をタイの隣国に移すことが好ましい。

隣国とは、具体的にはカンボジア、ラオス、ミャンマーの3国。これらの国々は急速な経済成長を遂げている最中で、将来性が極めて高い。そのうえ、タイと比べると賃金水準が各段に低い。

(以上、日経ビジネス、2014年6月9日号のタイ政府の記事広告・・・続く)

タイ特集(1)

日経ビジネス、2014年6月9日号にタイ政府が記事広告を掲載しているので、ご紹介させていただきます。

アジア市場を開拓するための新たな戦略

「タイプラスワン」の可能性と課題

2014年6月タイ1

古くから日本企業が生産拠点として進出し、産業集積の形成が進んだタイ。長引く政情混乱から、経済成長に不安要素も残るが、成長を続けるASEAN市場攻略には欠かせない存在だ。将来を見据えながらタイを戦略的にポジショニングし直すことが、日本企業の重要な課題のひとつになっている。2015年のASEAN経済統合に向けて、日本企業にとってビジネス・チャンスにつながる新たなタイの位置づけについて紹介する。

大メコン経済圏の中心となるタイ

ASEAN諸国、中国、インドといった新興国を含むアジア地域は約30億人の人口を有し、今後も大きな成長が見込まれている。タイにおける経済成長も著しく、製造業のみならず、外食、サービス、流通といった広範囲に及ぶ業種で消費市場が拡大している。現在は政治的対立に伴う政情混乱が続いているが、中長期的にみれば、日本企業のアジア戦略およびグローバル戦略において、タイが重要な位置を占めることは否めない。

(続く)

ブラジル特集(19)

パラナ州からブラジル最大の都市サンパウロ南方までの海岸沿いには、世界自然遺産のサウスイースト大西洋岸森林保護区群が連なっている。ジャガーやカワウソ、アリクイをはじめとする生態系の宝庫だ。

また、リオデジャネイロの西側にあるミナス・バロックと呼ばれる歴史的建造物が保存されている。ポルトガル・バロックから独自に発展し、ロココ、クラシック、ゴシックの異なった様式が融合したサン・フランシスコ・デ・アシス教会などは、建築に興味のある人にとっては見逃せない。

2014年4月ブラジル11

教会建築ではなく、民間建築物に興味のある人には、東北部のマラニョン州の州都サン・ルイスの歴史的地区がお勧めだ。18世紀と19世紀に建てられた規則正しく並ぶ小さな四角形の建物のうち、19世紀に建てられたものの外壁は、色とりどりのタイルで覆われている。

6月末に行われる「ブンバ・メウ・ボイ」は牛を題材とした民間伝承の祭りで、ブラジル全土で行われているが、この地が発祥ともいわれる。盆踊りとパラパラをミックスしたような祭りの踊りは、日本人にもなじみやすい。サン・ルイスはブラジル・レゲエの中心地としても有名で、祭りのない時でも常に音楽が鳴り響くにぎやかな街だ。

3月にリオデジャネイロで行われた今年のリオのカーニバルでは、サッカーボールをモチーフとした山車が多かった。コンテストでは例年、人物を題材とするチームが多く、サッカーのジーコをテーマとしたチームもあったが、今年はF1レーサーの故アイルトン・セナを掲げたチームが優勝した。

カーニバルはリオデジャネイロだけではなく、ブラジル各地で行われており、2月中旬には北東部バイーア州のサルバドールや、ペルナンブーコ州のレシフェとオリンダでも盛大なカーニバルが開催された。音楽のリズムや踊りは各地特有のものがあり、今年はリオに行ったから来年はサルバドールにいくというカーニバル好きの旅行者もいる。

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・終り)

ブラジル特集(18)

大自然と文化遺産の宝庫 (ブラジル特集)

ブラジルの国名は、ポルトガル語の樹木名「パウ(木材)・ブラジル(燃えさしのような赤)」に由来するとされる。パウ・ブラジルは、ポルトガル人が赤色染色の原料として使用していたインド・マレー原産のスオウと似ており、同様に芯材から赤色染色が取れたためポルトガルへの輸出材となり、やがてブラジルが土地の名称ともなった。

パウ・ブラジルは18世紀以降もバイオリンの弓材として使われ伐採が相次いだため、現在では絶滅危惧種に指定されている。こうした貴重な樹木を含む、多様な熱帯林が生い茂っているのが、世界自然遺産にも指定されている「ディスカバリー・コースト大西洋岸森林保護区群」だ。

ブラジルには「中央アマゾン保全地区群」や「イグアス国立公園」など全7つの世界自然遺産が登録されている。

また、「リオデジャネイロ、山海に挟まれたカリオカの景観群」など、世界文化遺産も現在12件が登録されており、観光名所が多い。

有名なイグアスの滝は、南部パラナ州のアルゼンチンとの国境にあり、滝の幅2.7キロメートル、水量により滝の数は150から300にもなり、高さも40メートルから82メートルまで増減する。

「悪魔ののど笛」と呼ばれる最大の滝を望む展望台からの眺望は圧巻。一度は訪ねてみたい観光名所だ。

2014年4月ブラジル10

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(17)

「飲むサラダ」――マテ茶 (ブラジル特集)

これから日本でも人気の広がりそうなのが、「マテ茶」だ。

紅茶や中国茶、日本茶はツバキ科の常緑樹である茶樹の葉から作られるが、マテ茶はモチノキ科の常緑樹であるマテの葉や枝を乾燥し、粉砕・精製したもの。

マテはイグアスの滝周辺の火山溶岩流が風化してできた赤土(テラロッサ)でしか生育しないため、マテ茶の生産国はブラジル、アルゼンチン、パラグアイの3ヶ国に限られている。テラロッサは鉄分やカルシウムを豊富に含んだ土壌で、マテ茶は煎茶や番茶などよりもカフェインの含有量が少ない。

マテ茶にもグリーン・マテ茶とロースト・マテ茶があり、ブラジルでは焙煎したロースト・マテ茶に砂糖やミルクを加えて飲むのが一般的だ。専用の「グァンボ」と呼ばれる容器に茶葉を入れて湯を注ぎ、マテ茶専用の金属製のストロー「ボンビージャ」で飲む。ボンビージャは先端が扁平で小さな穴が多数開いており、こし器の役割も果たす。

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マテ茶の楽しみ方はたくさんある。ストレートで飲む「苦マテ」、砂糖を加えた「甘マテ」、紅茶のようにカップに注いで好みに応じて砂糖やミルク、レモン、蜂蜜、リキュールなどを加えて飲む「マテ・ティー」、10分ほど水に浸し、冷蔵庫で冷やしてから飲む「水出しマテ」、グリーン・マテ茶を鍋で焦がし、砂糖を大量に入れてさらに焦がしたものを水で薄めて沸騰させた「コシード」など、好みに応じて飲み分けできるのも楽しさの一つだ。

日本国内でのマテ茶の需要は2012年から急増しており、ティーバッグ製品なども普及している。手軽に楽しめるペットボトル入りのマテ茶も、日本コカ・コーラから発売されている。

同社では4月21日に「太陽のマテ茶」をリニューアル。ポリフェノールやミネラル(ナトリウム、カリウム、マンガン)入りで、従来よりさらにおいしくなり、飲みやすいと評判だ。子供から大人まで万人に親しまれる健康茶として、マテ茶普及のけん引役となりそうだ。

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(16)

ブラジルの「食」が日本でも人気に (ブラジル特集)

身近なところにブラジル食材

いまやブラジルでキリンビールの「一番搾り」が製造販売されている一方、マテ茶やアサイーなど、日本の食卓にもブラジル関連の食品がならぶようになってきた。

ブラジルを代表する料理といえば、ポルトガル語で炭火バーベキューを意味する「シュラスコ」だろう。ピカーニャと呼ばれるイチボ肉(牛のでん部の先の肉)をはじめ、ソーセージ、鳥のハツやコブ牛のコブ肉など、日本人にはなじみの薄い大きな肉塊を、レストランのテーブルで次々と切り分けてくれるパフォーマンスは、食卓を楽しく盛り上げる。

また、ブラジルの国民食とも呼ばれる「フェイジョアーダ」は、豚肉や牛肉と黒インゲン豆を、岩塩とニンニクをベースに味付けして煮込んだ料理だ。バターライスやパンとともに食べる。

フィイジョアーダはどちらかといえばレストランのレシピであり、家庭ではインゲン豆(フェイジョン)を煮込んで白米に乗せて食べる「フェイジョン」が一般的な日常食となっている。

肉食中心のブラジルの食卓は、どちらかといえばこってり系が多いため、コーヒーのほか、食後の飲料やデザートなどはシンプルなものが多い。その代表格が、アサイーやマテ茶を使ったものだ。

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調理しやすいアサイー

アサイーはブラジル原産のヤシ科の果物で、果実の外見はブルーベリーに似ている。ポリフェノールや鉄分、カルシウムなどの栄養価が豊富で食物繊維も多い。

アサイーの実は甘みも酸味も薄く、くせのない淡白な味のため、ブラジル北部では魚や肉とともに調理されるほか、全国的にはジュースにして牛乳やヨーグルトなどの乳製品や、バナナやイチゴ果汁などと混ぜて飲むことが多い。

アサイーのスムージーをボウルに盛りつけ、グラノーラ、バナナ、リンゴなどの好みの果物と食べる「アサイーボウル」はブラジルのデザートだが、ハワイで人気となったことから日本でも知名度が上がった。

アサイーの名が浸透してきたことで、国内でもこの数年、飲料メーカーや製菓会社がアサイー食品を次々と新たに市場に投入している。

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(15)

コーヒーと日本の商社 (ブラジル特集)

ブラジルは、世界のコーヒー豆生産量の約3分の1を占めるコーヒー大国だ。国際コーヒー機関(IOC)によれば、ブラジルの2013年のコーヒー豆生産量は約295万トン。近年はブラジルに次ぐ生産量のベトナムが急増しているが、まだブラジルの56%程度だ。

日本の商社は世界中でコーヒー豆を買いつけているが、ブラジルとの結びつきは特に深い。

三菱商事は、ミナス・ジェライス州にあるイパネマ農園に20%出資し、農園の運営にも参画しいてる。同農園は約60平方キロメートル(東京山手線の内側に匹敵)の農園を保有しており、年間生産量は最大約9,200トン(約10億杯分のコーヒー)を誇る。

三菱商事と同農園との取引は20年以上あるが、使用農薬や生産履歴が整備され、トレーサビリティに優れた質の高いコーヒーを安定供給するために、2012年に資本参加した。

2014年4月ブラジル7

また、三井物産では輸出のための買い付けや輸送だけでなく、現地100%子会社の三井アリメントスが、自社工場でブラジル国内向けのコーヒーを焙煎(ばいせん)し、販売もしている。

ブラジルはアメリカに次ぐコーヒーの消費大国でもあり、中間層の拡大から、より品質の高いコーヒーを求めるようになっており、同社の製品は「カフェー・ブラジレイロ」のブランド名で現地でも親しまれている。

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(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(14)

伊藤忠商事の取り組み (ブラジル特集)

ブラジルは、輸出量において世界第2位、全世界海上貿易量の約3割を担う、世界有数の鉄鉱石生産国である。

伊藤忠商事は2008年に国内およびアジアの鉄鋼大手企業と共同で鉄鉱石生産・販売会社ナミザ社の株式を取得。ブラジルでの鉄鉱石事業へ本格参入を果たし、生産・販売事業を推進している。

資源大手による鉄鋼石生産の寡占化が進む中、ナミザ社は鉄道および港湾施設を一体運営し、将来の出荷量の拡大に備えたインフラも確保した鉄鉱石生産会社であり、日本への鉄鉱石安定供給への貢献が期待できる。

そのほか、伊藤忠商事では植林したユーカリを原料とする紙パルプ製造事業やFPSO事業への参入など、ブラジルにおいて多角的な取り組みを推進している。

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(13)

ブラジルでは新技術の導入や、造船業を含めた地場産業の育成が重要課題となっており、日本連合の5社が造船所の優れた経営手法や、船舶・海洋構造物に関する先進技術を幅広く提供することは、日本とブラジルとの相互振興にも大きく寄与する。

三菱商事は2012年3月に、北部サピノア鉱区向けのFPSOをペトロブラス率いるコンソーシアムから共同受注したが、2013年7月には日本郵船も参画の上、2隻のFPSO傭船(ようせん)・操業・保守サービスを受注した。

この2隻は、リオデジャネイロ沖約300キロメートルの大型油田の開発に、2015年度後半から順次投入される予定だ。

リオデジャネイロ沖のプレソルト層の油田は硫化水素が多く船上作業にも影響を与えるが、原油は軽質で質が高いとされる。ペトロブラスはプレソルト層からの原油生産量を2020年に日量210万バレルと2012年比15倍に増やす計画を打ち出しており、今後も商機は続きそうだ。

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(12)

一方、穀物はブラジルの重要な輸出産業だが、インフラ整備とともにブラジルが今後注力する必要があるのが、産業競争力の強化だ。

日本では造船業界再編の動きとして注目されたが、昨年ブラジルでも話題となったのが、三菱重工業、今治造船、名村造船、大島造船、三菱商事の5社がコンソーシアムを組み、ブラジルに特別目的会社(SPC)を設立して大手造船会社エコビックスの株式30%を取得するというニュースだ。

エコビックスは、エンジニアリングや発電などを幅広く手掛けるジャクソングループ傘下の会社で、ブラジル沖合のプレソルト(岩塩層下部)層油田から石油を採掘する浮体式海岸石油・ガス生産貯蔵積み出し施設(FPSO)船体8隻の建造を2010年に国営石油会社ペトロブラスグループから受注している。2012年にはペトロブラス子会社のドリル船3隻も受注しており、急成長中の造船会社だ。

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(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(11)

三菱商事の取り組み (ブラジル特集)

非資源事業の強化を経営戦略に据える三菱商事では、ブラジルでの穀物調達力の強化にも注力している。昨年6月には、ブラジルの穀物会社ロス・グロボ・セアグロ・ド・ブラジル(現在はアグレックス・ド・ブラジルに社名変更)の株式60%を追加取得し、それまでの20%保有から出資比率を80%に高めて子会社化した。

セアグロは1964年設立の比較的新しい中堅穀物会社だが、ブラジル北部や中部に拠点を持ち、穀物生産、集荷販売、輸出事業のほか、種子や肥料、農薬などの農業資材の販売も行っている。

ブラジルの農業は南部が盛んだったが、近年では新たな生産地が北上を続けており、中部や北部では近代的な大規模農業生産が行われている。セアグロでは大豆・コーンを中心に、年間100万トン超の集荷販売規模をもっており、同社を傘下に収めることにより、三菱商事は生産から物流までの一貫した穀物サプライチェーンを構築している。

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(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(10)

また、三井物産ではエネルギーサービス事業にも注力している。2006年に参画した都市ガス配給事業の更なる展開として、2012年にはエネルギーアドバンス(東京ガスの100%子会社)と共同で持ち株会社を設立し、ブラジル最大手の天然ガス・コージェネレーション・システムを用いたエネルギーサービス会社のエコジェン社を買収した。

サンパウロやリオデジャネイロなどの都市部のショッピングモールや商業ビル、ホテルなどを顧客に持つエコジェン社は、今後は熱需要の大きい産業用分野の顧客ニーズも開拓していく予定だ。

自動車分野でもバリューチェーンを拡充している三井物産では、スペインに本社を置く世界最大手の自動車プレス部品メーカー、ゲスタンプ・オートモーション(GA)の米州事業会社群の株式30%も取得済み。

GA社が事業展開する米国、メキシコ、ブラジル、アルゼンチンでは欧米系の主要自動車メーカーによる大型投資が続いており、中長期的な成長が期待されている。

三井物産は、ブラジルでゲスタンプ・グループとの合弁である自動車用鋼材加工センターの設立や、自動車部品の現地物流も買収しており、バリューチェーンの再構築で効率化を加速させる。

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(9)

原材料の調達から製品やサービスが顧客に届くまでの一連のバリューチェーンは、農業においては生産から始まる。その川上を安定させることは、バリューチェーン全体の価値を引き上げる効果がある。

三井物産では環境に応じた最適作物の振り分け生産、灌漑(かんがい)設備の充実など、天候リスクを平準化して生産管理することにより、保管サイロや陸海などの物流の効率化にもつなげる計画だ。

同社ではこうした川上の整備ととともに、物流への投資も拡大している。昨年は、総合資源大手ヴァーレの一般貨物事業子会社であるVLIは南東部および北東部などで約1万700キロメートルの鉄道網とそれに隣接する複数の港湾ターミナルの事業権や通行権を保有しており、ブラジルの鉄道最大手の一社として知られる。

VLIは機関車・貨車の調達や鉄道網および港湾ターミナルの整備・拡張などに、今後5年間で4,000億円弱の新規投資を予定しており、輸送量の倍増を目指している。

三井物産とヴァーレとは、これまで鉄鉱石など鉱物資源で深い結びつきがあったが、今後は穀物輸送においても関係を強化していく。

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(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

オランダ農業 驚愕の輸出力に学べ

日経ビジネス 2014年5月12日号

オランダの人口は日本に比べ1割強にすぎず、国土も九州程度の広さしかない。ただ、農業はGDP(国内総生産)の1割を占め、70万人の雇用を生み出す。農産物の輸出額は世界2位の893億ドルに上り、国土が広大なトップ米国を追随する。

2014年5月12日日経ビジネス2

↓ 日本の耕作放棄地は年々拡大している。

2014年5月12日日経ビジネス1

↓ オランダは、世界第2位の農産物輸出大国

2014年5月12日日経ビジネス3

↓ 日本の農業ベンチャーは、 レタスの年間「12毛作」を実現

2014年5月12日日経ビジネス4

(以上で日経ビジネスの記事、終り)

日経ビジネスでは、「背水の農 TPPショック、5大改革で乗り越えろ」と題して、日本の農業へ提言していますが、詳細に関しては「日経ビジネス」最新号をお読みください。

さて、農産物輸出大国オランダが輸出している農産物はどんなものが多いのか、と調べてみたところ、観賞用植物、タバコ、チーズなどが多いようです。また、野菜に関しては、トマト、パプリカ、きゅうりなど、品種を絞り、特化した市場で競争力を保っているようです。

当然ながら工業先進国であるオランダの「農業」は、高度先端技術を駆使した「工業」と言ってもよいほど、昔ながらの農業とはかなり違う「産業」のようです。

高度先端技術を駆使した生産能力、食の安全性に対する配慮、消費者の痒いところに手の届くサービス、という点において日本が他国に負ける訳がないので、農業においても十分勝機はあると考えます。

勝てる農産物を輸出し、稼いだお金で国内の他の農産物へ投資していってもらいたいものです。

現在、日本の野菜の自給率は81%(農林水産省の試算:2010年の品目別自給率)とのことなので、まずは、野菜類の100%超えと食用穀物 59%、粗粒穀物 1%、豆類 8%の徹底的な改善を期待します。

ブラジル特集(8)

食糧事情に注力する日本の商社 ~造船や電力などへも参入~

ブラジルの穀物輸出は1990年代から急拡大を続けている。大豆は圧倒的な輸出大国であったアメリカと肩を並べ、トウモロコシ(コーン)ではアメリカの半分近くまで増加。アマゾンの熱帯雨林を伐採せずとも、2億5,000万ヘクタールの耕作可能面積を持ち、生産余力はまだまだ大きい。問題は輸送インフラが未整備なことにあり、ブラジルへの長期投資を継続している日本の商社では、独自の取り組みによる効率化を進めている。

三井物産の取り組み

昨秋、ブラジル中西部のバイーア州南部にある大規模農園で、新たな大豆の作付けが開始された。ブラジルの農業生産事業大手SLCと三井物産が昨年9月に設立した合弁会社、SLC-MITエンプレエンディメントスによる作付けだ。

三井物産は2007年からブラジルで農業生産にも参入。バイーア州の農地も、同社の孫会社であるアグリコーラ・シングー社が保有しており、その一部(2.2万ヘクタール)をリースしている。

日本の商社の穀物事情は集荷販売が中心であり、天候などリスクの大きい農業生産事業とは距離を置いてきた。三井物産があえて生産にまで乗り出した理由は、どこにあるのだろうか。

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(7)

ブラジルは欧米資本が古くから入っているため、韓国や中国のメーカーとも競合しながら、欧米企業の独占市場をどう崩していけるかが大きな鍵となる。

一方、セグメントにもよるが、サービス業は同じ土俵で戦えるため、有望市場といえる。すでにHISは日本人向けではなく、ブラジル国内の旅行会社としてブラジル人や外国人観光客などに利用されている。

すき家(ゼンショー)ではトマトソースをかけた空揚げ丼など現地ニーズを反映したメニューを提供しており、ダイソー(大創産業)も幅広い顧客層を開拓している。

今後は2010年までのような急成長は見込めないものの、ブラジルの国内市場が巨大であることに変わりはない。2007年から2008年に進出した日本企業ではブラジルの成長を過度に期待して苦戦しているところもあるが、これはマクロ経済の下降期でのタイミングだったことも一因であり、投資にあたっては長期的な展望が不可欠となる」(二宮氏)

最後に二宮氏は、「ブラジル企業の経営陣も、一昔前とは変わってきている。技術力や品質の高さ、経営ノウハウなど、日本企業の持つポテンシャルはブラジル企業にとっても魅力がある。互いに成功しあえる関係をどんどん構築してほしい」と語った。

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(6)

有望なサービス市場 (ブラジル特集)

ブラジルのGDPの約6割は消費による内需に支えられている。2009年のリーマン・ショックで世界中の経済が停滞するなか、ブラジルの2010年のGDP成長率は7.5%と突出していた。その理由は所得中間層が確立されて内需が経済成長をけん引したことにあった。

では今後、日本企業はブラジル市場への投資をどう考えるべきだろうか。

「現状を単純に表現すれば、マーケットベースではメリットが大きいが、コストベースでは国内製造メリットは薄い。ただ、市場によって伸びしろは異なる。例えば、家電市場では、まだ世帯当たりの普及率の低いエアコンなどの高付加価値製品は日系メーカーのものも売れているが、普及率の高い冷蔵庫では欧米系が圧倒的に強い。

タブレットは売れているが、ノートPCは苦戦している。また、市場拡大の一方で、セグメントごとに消費嗜好が異なっているため、きめ細かいマーケティングが必要だ。自動車でも、これまでは燃費と壊れにくさなど基本性能と低価格が重視されてきたが、現在では内装備品やデザインなども選択基準になってきている。

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(5)

「インフラ整備と同じく、産業競争力も5~10年の中長期での実現可能な戦略が不可欠だ。ルセフ大統領は2011年8月にブラジル拡大計画(PBM)という工業政策を導入し、投資・イノベーション促進、貿易、国内産業・市場保護の3本柱を掲げた。しかし、その中身は当時のレアル高による産業競争力の低下に加えて国産品の優遇措置や貿易保護措置の積極適用など、国内産業を保護する色彩が濃い内容だった。国内市場だけを狙うならともかく、輸出産業を育てるためには、外国資本の積極導入と研究開発拠点を国内に誘致することが重要だ。しかし、肝心の人材が不足しており、教育にもさらに注力する必要がある」(二宮氏)

日本からブラジルへの技術移転は、個別企業ベースでは進んでいる。海底油田開発に伴い資源開発船の建造費用が増えているが、工程管理、納期やコスト意識など生産性改善のノウハウを現地従業員に伝授するために、IHI三菱重工業などは出資先の造船所への日本人技術者派遣を増員している。提携先企業の競争力が高まれば、日本企業にとってもメリットは大きいからだ。

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(4)

「ブラジルが抱える経済的な側面での根本的課題は、インフラと産業競争力だ」と、日本貿易振興会(ジェトロ)アジア経済研究所の地域研究センター・ラテンアメリカ研究グループ(ブラジル)副主任研究員の二宮康史氏は解説する。

「2000年代中盤は成果経済もブラジル経済も安定していたため、他のBRICs 諸国同様に内需も外需も拡大する好循環だった。しかし、インフラ投資では20年間の空白があり、PAC2で民間資本も導入し始めたとはいえ、今後更なる開発が必要だ。特に電力不足は深刻で、ブラジルは水資源に恵まれているとはいえ、総発電量の約8割が水力発電のため、干ばつ時には農業用水だけでなく電力も不足する」

もうひとつの課題である産業競争力強化のためにも、インフラとなる電力の安定供給は急務だ。電力をはじめとしたインフラ輸出は日本の得意分野でもあり、投資機会は今後も続きそうだ。

雇用が比較的安定ししているとはいえ、国連推計ではブラジルの人口ボーナスは2038年頃まで続くとされており、今後の雇用の受け皿として、製造業などの更なる育成も欠かせない。

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(3)

課題はインフラと産業競争力 (ブラジル特集)

ブラジルの13年のGDP成長率は2.3%で、12年の1.0%を上回り、緩やかな回復傾向にある。前年にマイナス4%と低調だった投資も6.3%と回復しており、農畜産業や工業もマイナス成長からプラスに転じた。

ルセフ大統領が前任のルラ大統領から引き継いだインフラ開発の「第二次経済成長加速化計画(PAC2)=2011年~2014年」について、マンテガ財務省は2月18日、13年次終了時点で遂行率が82.3%、投資金額も全体予算の76.1%にあたる5,830億レアル(約26.8兆円)に達したと発表した。

2014年4月ブラジル2

エネルギーや物流インフラ、社会事業、市街化関連の事業は3万人超の雇用増も生んでおり、今年2月の失業率は5.1%(IBGE)と雇用は安定している。

貧困層対策とともに財政削減案から基本的に外されているPAC2では、公共施設等運営権(コンセッション)方式による民間資本を導入したインフラ整備も進められている。しかし、広大な国土の中には未整備の地域もまだまだ多い。

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(2)

インフレ率は今年も昨年同様の水準が予測されているが、利上げ終息予想の背景には、通貨レアルが安定し始めていることもある。

リーマン・ショック以降に先進各国が金融緩和競争に走り、大量の資金がブラジルに流入したことで、レアル高は急速に進んだ。マンテガ財務省は金融取引説(IOF)を導入し、資金の過剰流入を抑止したが、昨年5月に米連邦準備理事会(FRB)が量的緩和策縮小に向けた資産購入の段階的縮小を発表して以来、レアルは全面安となった。

対円で見た場合、FRB発表前の昨年5月14日には1レアル=51円に迫るレアル高だったが、その後の米ドル全面高を受け、8月16日には39円台にまでレアルは下落した。

しかし、FRBの緩和策が予測ほど急激なものにならないとの見方から、レアルの変動幅も最近では落ち着きを取り戻している。マンテガ財務相もある程度のレアル安は容認する構えを見せており、2月20日の発表では、今年度予算を440億レアル(約1兆9,000億円)削減することでインフレを抑制し、GDP比1.9%の財政黒字(990億レアル=約4兆5,540億円)を目指すとした。

(以上、2014年4月30日の日本経済新聞 「ブラジル広告特集」 の記事の紹介です。・・・続く)

ブラジル特集(1)

2014年4月30日の日本経済新聞朝刊に「ブラジル広告特集」が出ていたのでご紹介させていただきます。(以下、日経新聞の記事広告)

緩やかな回復示すブラジル経済

6月からサッカーのW杯ブラジル大会が開催され、10月には大統領選挙、2016年にはリオデジャネイロ五輪と、ブラジルではビッグイベントが続く。安倍晋三首相の中南米訪問も8月予定で現在調整中だ。世界で5番目に広い国土を持ち、13年6月に推定人口が2億を突破(地理統計院=IBGE)したブラジルは、世界6位の国内総生産(GDP)を誇る大国。過去数年の経済は停滞気味とはいえ、鉱物や石油、農業物などの資源大国でもあるブラジルの未来は明るい。直近のブラジル経済の動向と、長期戦略でブラジルに投資する日本企業の活動などを解説する。2014年4月ブラジル1

 利上げ終息の見方強まる

4月2日、ブラジル中央銀行(BCB)は市場予想通りに、政策金利を0.25%引き上げて11%とした。9会合連続となる利上げだ。

11%は2011年12月以来の水準で、背景には消費者物価上昇への対応がある。中銀は年間インフレ率を4.5%(上下2%まで許容)で維持することを目標としており、2013年は主要物価指標が上限近辺にとどまったため、インフレ抑制のために利上げを余儀なくされてきた。

しかし、この利上げサイクルにも終わりが見え始めている。政策会合後の中銀の声明では2013年5月以降「継続性を持たせる」との文言が続いていたが、今回それが削除され、「現時点では」利上げを支持するという文言に変わった。もう一段の利上げの可能性は残るものの、エコノミストの多くは、利上げの終りは近いとみている。

(続く)

ガラパゴス化するミラーレス

2014年4月28日、5月5日合併号 日経ビジネスより

縮小するカメラ市場で、頼みの綱がミラーレス一眼。日本で人気となる一方、欧米での販売は振るわない。携帯電話のような「ガラパゴス」の道を歩んでしまうのか。

(以下、記事の要点)

・ 「軽い」「扱いやすい」「初心者向け」のミラーレス一眼レフカメラが好調なのは日本だけで、海外では早くも勢いを失った。

・ ミラーレスはアメリカで売れていない。理由は「小さすぎて扱いにくい」から。ヨーロッパでもこの傾向は強い。

・ レンズとボディーを接続する規格が各社で違うことも、ミラーレスの普及を妨げている。

・ スマホに食われ縮小するデジカメ市場で、「打倒一眼レフ」でミラーレスに開発資源を集中する中堅メーカー各社にとっては、いっそう厳しさが増す。

・ 市場全体が小さいのにプレーヤーが多すぎる。逆風の多いカメラ市場では、いつ業界再編が起こってもおかしくない。

2014年4月28日 日経ビジネス ミラーレス

(以上で記事終り)

高性能で、小さくて、便利で、よく売れているのに、気がついたら、世界標準から取り残されていた・・・・日本でしか売れない携帯電話の「ガラパゴス化」は再びミラーレス一眼レフカメラ市場でも繰り返されるのでしょうか?

かつてソニーは、より高品質で、より小さいビデオテープレコーダーをより早く市場に投入したのにもかかわらず、その後のマーケティング戦略で失敗し、せっかくの技術を活かせず、VHS陣営に惨敗した話はあまりにも有名です。

ベータマックスが失敗した理由のひとつに、世界最大のアメリカ市場で一挙にシェアを奪い、先手必勝の勝ちパターンを作れなかったことがあると聞いたことがあります。

「それはなぜなのか?」というと「アメリカンフットボールの試合時間」という意外な答えが返ってきました。

当初、ベータマックスの録画時間は、最大2時間だったので、アメリカンフットボールの試合をすべてカバーできなかったため、アメリカ人は多少画質が劣っても長く録画できるVHSを選んだとのことでした。

今回のミラーレス一眼の話も似ています。

日本人にとっては一眼レフカメラは「大きくて重いから持ち運びが大変」でも、アメリカ人にとっては「ミラーレス一眼レフは、小さくて扱いが大変」となるのですから、わからないものです。

日本メーカー同士でしのぎを削り、すばらしい製品を作りあげたのに、結局海外では見向きもされず、漁夫の利を外国メーカーにさらわれる、という最悪の事態だけは避けてもらいたいものです。

ただ、一人のユーザーとして意見を言わせてもらえば、レンズの規格を世界で統一してもらいたいものです。

高級カメラは全てレンズの規格が各社で違うため、結局一番最初に選んだメーカーのカメラを永遠に使い続けなければならない、という「売る側の論理」で市場ができあがっています。

この規格を統一し「お客様の満足」を第一に考える日本のメーカーが現れてくれることを願っています。

グーグルのデータ蓄積とパーソナライズ

下記は2014年4月23日の朝日新聞朝刊の切り抜きですが、米グーグルの副社長が「将来はすべての言語、方言に対応できる音声認識システムを作る」と答えています。

2014年4月グーグル

「すべての言語・方言」に対応するとは、ずいぶんと大口を叩くものだな、と思いますが、日々私たちが入力する文字や発する言葉がその都度グーグルのコンピューターに蓄積されていっている、と思うとなんとなく複雑な心境です。

もはや紙の地図や時刻表を使う人はほとんどいないでしょうし、何十万円もする紙の百科事典を購入する人もいないでしょう。

今やネットで得られる様々な情報はすでに社会インフラのひとつとなっていて、私たちの生活に必要不可欠な道具となっていますが、便利さの裏に潜む不気味さのようなものも感じます。

検索エンジンが、過去の検索結果から、自分の好みや興味を判断し、結果を“操作”してくれる“パーソナライズ”もその不気味さの一つと言えます。

パーソナライズされた情報は、当然“偏った情報”になるわけですが、本人だけが気付かず、それが広く世の中一般に受け入れられていると錯覚する危険性もあるからです。

ところで、最近は、Google Translation Toolkit (グーグル翻訳者ツールキット)が、産業翻訳の分野でも使われ始めているそうです。プロの翻訳者がこの翻訳メモリの共有機能を使用することは、機密保持の観点から厳に慎んでほしいと思います。

一般社団法人日本翻訳連盟では、翻訳会社やプロの翻訳者がGoogle Translation Toolkit を使って、翻訳メモリの共有機能を使用することのないよう、会員各位に文書を発行して注意を促しています。