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住んで、働いて、考えた 私の「ニッポン論」

COURRiER JAPON の最新号、2014年2月号(2013年12月発売)の記事から。

クーリエジャポン 2014年2月号

“COURRiER JAPON”は「世界1500メディアから記事を厳選」して日本語に翻訳し、出版している月刊誌ですが、その記事の中のひとつに、日本に住む外国人の考える「私のニッポン論」というリレー連載のコーナーがあります。

今回はファブリツィオ・グラッセりさんというイタリア人の「私のニッポン論」が載っていますが、興味深いのでご紹介させていただきます。

まず、ファブリツィオ・グラッセりさんの略歴です。

「1955年、イタリア・クレモーナ生まれ。ミラノ工科大学卒業。20年余り前から日本在住。イタリアの最も権威と伝統のある文化団体「ダンテ・アリギエーリ協会」東京支部会長、イタリア語学校イル・チェントロ校長。著書に『イタリアワインマル秘ファイル』など。」

グラッセりさんは1990年代初頭、日本のバブル経済が崩壊した直後に初めて旅行で日本に訪れます。その時の3週間余りの旅行で京都や渋谷を見て、すっかり日本の虜になったそうです。

その後、ある日本の建設会社と建築家として1年間働く契約を結び、東京に住み始めます。するとますます日本のバイタリティと人々の感性や行動様式を愛するようになり、永住を決意し、それ以来20年間日本に住んでいるとのことです。

以下は、彼の言葉です。まずは日本への褒め言葉から。

「日本について私が称賛したいのは、人々のモラルの高さと正直さです。また、私のような外国人を含めた他人への親切さも素晴らしい。都市はダイナミックで、文化的で、洗練されています。特に東京は、世界の工業国で最も先進的な街で、豊かな都市文化を生み出していると思います。」

次に日本への提言です。

「早急に改善したほうがよいのは、日本の教育です。(中略)平均的に見ると、日本の大学生は他国と比べて本当に勉強しません。これでは、とても海外の優秀な若者と競争することはできません。こんな状態を放置していては、今後さらにグローバル化が進む時代、日本の国力が低下していくことにもなるでしょう。若者を取り巻く教育環境を大きく変えることが必要です。」

「日本の若者たちにも、もっと広く高く、世界へ意識を向けてほしいと思います。彼らと接していて驚くのは、他国の同世代と比べて、留学や海外生活への意欲が乏しいこと。」

「日本人には間違いなく、非常に高い能力とポテンシャルがあります。世界に飛び込んで積極的に戦えば、必ず成果を出すことができます。ぜひ、それを実行してほしいのです。」

このグラッセりさんの言葉で思い出したのが、下の写真です。

ハーバード図書館

これはアメリカ、ハーバード大学図書館での朝4時の光景だそうです。

日本の大学生は勝てるでしょうか?

大学入試改革 「人物本位の選抜」って?

2013年11月1日 朝日新聞より

政府の教育再生実行会議は31日、大学入試改革に関する提言をまとめ、安倍晋三首相に提出した。大学入試センター試験を改編し、成績を点数でなく上位から下位まで何段階かにランク分けして表示。複数回実施も検討する。その上で、意欲や潜在能力がある学生を迎え入れるため、面接などによる人物本位の選抜に転換するよう大学側に求める内容だ。

 (以上で記事終り)

「面接などによる人物本位の選抜」って何でしょうか?

何万人もの受験生にわずかな時間の面接を行い、一体なにがわかるというのでしょうか?受験生にとっては、せっかく努力したのに面接官による当たりはずれで人生が決まってしまう、という不安が常につきまとうことでしょう。

そもそも「専門知識」を身に着けるべきはずの大学教育になぜ人柄や性格が求められるのでしょうか?

「ゆとり教育」の時と同様、日本人が大好きな「建前」だけでことを進めていけば、悪いものをより悪くするという単なる「教育改悪」に終わりかねません。

日本が今すぐにやるべき教育改革は、たった一つしかありません。

幼稚園から大学までの授業料の無償化

現在、OECD加盟30ヶ国のうち高校の授業料が無料の国は26ヶ国あり、大学の授業料が無料の国も14ヶ国あります。日本は高校、大学ともに有償であるばかりでなく、大学授業料などは飛びぬけて高い国となっています。 ⇒ 詳細はこちら

現在日本の大学4年間にかかる費用は、平均的に400数十万円から600数十万円で、医学部や薬学部等はさらにずっと高くなっています。

しかもそれに加えて日本の場合は、小学生も中学生も高校生も学校とは別に多額の授業料を払って「塾」や「予備校」に通わなければなりません。

大学に入っても資格をとるためには、さらに別途授業料を支払って「資格の予備校」へ通わなければ資格がとれません。

日本では家計に占める子供の教育費の割合が異常に高く、勤労世帯の平均可処分所得の半分以上を教育費が占めています。 ⇒ 文部科学省の統計資料より

しかし、日本が幼稚園から大学まで教育費を無償化するためには、一つの条件があります。

それは「学校で勉強を教える」ということです。

日本は世界でも珍しい「落第」のない国

下記のグラフは、“ OECD, PISA 2009 Database” の資料(クリックすれば大きくなります)ですが、世界各国において「小学校、中学校、高校で少なくとも1度以上、留年したことのある人の割合」です。 

留年国際比較

フランス、ルクセンブルグ、スペイン、ポルトガル、ベルギーでは3人に1人、オランダ、スイス、ドイツでは4人~5人に1人、アメリカでも15%ほどの人が留年、つまり「落第」を経験しているのです。

日本では小学校、中学校で「落第」などと言うと、「とんでもない!、うちの娘が嫁に行けなくなったら誰が責任とってくれるのか?」と先生や校長が親に詰め寄られて大問題となることでしょう。

日本においては「世間様からどう見られるか?」が一番重要なことなので「落第」などとんでもありません。そのため小学校、中学校、高校と「留年」することなくスルーし、大学も入ってしまいさえすればほとんどの生徒が卒業できる「システム」が確立されています。

なぜ日本には落第がないのでしょうか?

 日本の学校では勉強を教えない?

日本の学校では子供たちに満足な教育を授けません。

まず、1クラスに40名以上の生徒がいては、先生1人できめの細かい授業などできません。また授業時間数もあまりにも少なすぎます。

そして落第者を出さないようにするため、常に「できない子」のレベルに近づけて授業を進めます。「できる子」たちは学校が終わった後、勝手に「塾」へ行くので何の心配もありません。

授業についていけない子がいたら、「できない子」用の「学習塾」を勧めます。それでもついていけない場合には潔く諦めます。日本の親にとって一番大切なことは子供の「学力」ではなく「進級」と「卒業」だからです。

日本の小学校、中学校、高校は自動的に卒業できるシステムが出来上がっています。高校においても、もし学力が極端に不足して卒業が難しいという生徒がいたら、そのために用意された「必ず卒業証書を出してくれる公立高校」へ転校するよう勧められます。

しかし、子供をそれなりの大学まで進学させたいと考える親たちは、自分の子供を学習塾や予備校へ通わせます。「日本の学校では勉強を教えない」ということは、もはや日本の常識なので、親たちもなんの疑問ももたずに自分の子供を塾や予備校へ通わせます。

もし日本が幼稚園から大学まで教育費を無償化すれば、その分税金が高くなりますが、学校で勉強を教えることにより、塾や予備校という無駄な出費が大幅に家計から削られることになります。

これは少子化対策にも絶大な効果を発揮します。

「学校で勉強を教える」・・・これは世界の常識

学校で勉強を教える国では、塾も予備校も必要ありません。受験浪人もなければ、沢山の大学を受験するために発生する多額の受験料も必要ありません。

オランダの小学校では宿題もないそうです。勉強は学校だけで十分との考えだからです。学校で勉強を教えるので、当然「できる子」と「できない子」の差がでてきます。そのため「できない子」のために上級生が教えてあげたり、先生が時間をかけて勉強を教えたります。少人数クラスだからできるメリットでもあります。

しかし、それでもついていけない場合には、本人の意思があれば「留年」してもらい、本人が納得いくまでじっくりと勉強させます。そのため落ちこぼれは非常に少なく、教育格差も大きくはなりません。

長い間豊かな先進国として君臨し続けるオランダは、小国であるがゆえ、人材教育、つまり子供の教育に大変熱心な国としても有名です。またオランダは、ユニセフにより「世界一子供の幸せな国」として認定されているそうです。最後にそのオランダの小学校の教育システムに関する動画をご紹介して終りにします。

「留年する小学生 子ども幸福度世界一 オランダの秘密」 http://www.youtube.com/watch?v=O60VppJC45o

「教育先進国 オランダ 驚きの教育法 イエナプラン」  http://www.youtube.com/watch?v=nCi2kTh0nww

世界大学ランキング 「翻訳授業」時代遅れ

2013.5.30 日本経済新聞 朝刊

世界の大学ランキングには様々なものがあるが、総じて日本の大学の評価は芳しくない。英タイムズ紙から発したタイムズ・ハイアー・エデュケーションによると、上位100位に入るのは27位の東京大学と54位の京都大学だけ。次にランクされる東京工業大学は128位だ。

ひとつには言葉の問題が大きい。上位の顔ぶれを見ると、米国や英国、カナダなど英語圏の大学が圧倒的に多い。中国の北京大学や清華大学の順位は日本とほぼ同じだ。世界の共通言語として、英語で学んだ方が研究や就職活動などに有利というわけだ。

実はこの20年間に世界に広がったインターネットがその流れを加速した。植民地時代から教育やビジネスに英語を使う香港やシンガポールなどは、ネット上の英語文献情報をいち早く吸収、IT革命を先取りした。そうした理由から大学の評価も高い。

さらに高速通信網の普及で「MOOCS」など世界中どこからでも受講できるネット上の大規模授業が広がれば、こうした大学格差はもっと大きくなるに違いない。

日本の大学教員はこれまで欧米の先進的な知識や技術を日本語に訳して伝えることで仕事が成り立ってきた面がある。しかしネット時代にはそうした「翻訳授業」はもはや意味をなさなくなるだろう。

2013年5月30日 日経新聞

(以上で記事終り)

上記の日経新聞がとりあげた「英タイムズのタイムズ・ハイアー・エデュケーション」とは別のランキングも見てみましょう。

「QS 世界大学ランキング2012-2013発表!初の1位にマサチューセッツ工科大、一覧も」

大学の顔ぶれはほぼ変わらない感じですが、1位から30位までの大学を見てみると、下記以外はすべて英語圏(米国、英国、カナダ、オーストラリア)の大学となっています。

13位 スイスの大学

23位 香港の大学

25位 シンガポールの大学

29位 スイスの大学

30位 東京大学

しかし、香港とシンガポールは、英語が公用語となっている「英語圏」の一つなので、事実上英語圏以外の大学はスイスが2校、日本が1校だけとなっています。

世界大学ランキングの ランクを決める基準については、「研究者からの評価/教員一人当たりの論文引用数/留学生比率/教員一人当たりの論文引用数」 などを総合的に評価したものだそうなので、やはり「言語」つまり「英語」を使用するかしないかはとても大きな要因となるわけです。

この「大学ランキング」は数ある指標のなかのひとつにすぎないわけですが、製造技術、科学技術、研究開発力だけで発展してきた戦後の日本にとっては、たいへん重みのある指標と言えるのではないでしょうか。

20世紀までは、日本人は英語など知らなくても何不自由なく暮らすことができました。しかし、21世紀はそうはいかないでしょう。

まさに「英語」という名の「黒船」が、日本に開国を迫っているのです。

日本の大学、国際性が低い

2011.12.6 朝日新聞 朝刊の「オピニオン」から

2011.12.6 朝日2

(以下、朝日新聞の記事)

私たちは学生1人あたりの教職員数、論文の引用数など13の指標をもとに、毎年、世界の大学をランキング付けしています。その指標の一つが「国際性」です。留学生や外国人教職員の比率や、海外研究者との共著論文の比率を測定します。日本の大学は順位が近い外国の大学に比べて、この値が格段に低いのです。

研究面で国境の壁をいかに乗り越えるか、いかに高い競争力を持つかは、とても重要です。多くの大学が世界中で学生を募集し、自校の研究者がグローバルな舞台で活躍できるよう力を入れています。その点で日本の大学は孤立し、内向きに見えます。

逆に、日本の大学で高い指標は「評判」です。世界の研究者に、優れていると考える大学を回答してもらったものです。この指標だけなら東大は8位、京大は18位。だからこそ、過去の業績や印象に依存しているのは、という懸念が湧くのです。

上位の大学の大半が米英などで、英語偏重ではないかという批判はあります。このため英語圏以外で発表された論文も参照して、統計的な修正を加えます。しかし、影響力のある学術論文の多くが英語で書かれているのは紛れもない事実です。

世界最高の研究は世界中がわかる言語で発表されるべきだと考えています。ブラジル人の業績を日本人の研究者が読み、それをベースにさらに研究が進む。他のアジアの大学は英語発信に相当の力を入れています。

これから中国が台風の目になります。研究発表の分量で英国を抜き、米国に次ぐ世界2位。

中国政府は小規模のエリート大学にも膨大な資金を投入しています。国がトップクラスの大学に投資する意味ではドイツも目を見張ります。農業と熱帯医学で優れた研究があり、欧米との提携に熱心なブラジルの伸長ぶりもめざましい。

母国を離れて学ぶ学生は現在約400万人から、2020年には700万人に達する見通しです。学生が国境を越えて大学を選ぶ傾向はますます強まり、各国政府は優れた大学を持つことが経済的に繁栄するためのカギだと考えています。産業界もどこに研究開発の投資をするべきか探し求めています。だれもが大学を比較できる物差しを求めているのです。

ランキング外にも優れた大学は数多くあります。研究より教育に重点を置いたり、地域性を重んじたりする大学です。すべての大学がハーバード大や東大を目指す必要はありません。肝心なのは各大学が明確な使命と優先分野を持つことです。たとえばアフリカで必要なのは、地域経済の発展に貢献する人材を育てる教育です。限られた予算を一握りのエリート大学につぎ込むことを私たちは望んでいません。

2011.12.6 朝日

・・・・(朝日新聞の記事の転載ここまで)

文部科学省が今でも「一般教養」などの無駄な授業を必須科目として大学側に強いているのもその一因ですが、日本の大学は、あえて実務では使えない幅広い「一般教養」を身につけさせ、自ら考えたりたり、主張したりせず、与えられた課題を従順にこなす「真面目な若者」を大量生産しようとしているふしがあります。

また、基本的に日本の大学では「勉強」を教えることを良しとはしません。なぜなら教えたら「卒業」ができなくなるからです。「卒業」できなければ、生徒本人はもとより、親はもっと困ります。大学側も卒業させなければ新入生を受入れらず、一番おいしい「入学金」が手に入りません。

なにより大学側が恐れているのは、「あの大学へ行くと卒業できない」という「悪評」が広がることです。だから、授業料さえ払えば、誰でも卒業できる「居心地の良い」、「皆に喜ばれる」大学を作ります。まさに「学校、生徒、親の三方の得」となるわけです。

だから日本には、「資格の受験予備校」という不思議な教育機関が存在します。大学、高校、中学受験のための「塾」や「予備校」も日本独自の不思議な「教育機関」ですが、「資格の受験予備校」もまた不思議な存在です。

TAC(東証1部上場企業)などの「資格の受験予備校」は、大学生を相手に「公認会計士」「税理士」「社会保険労務士」「弁理士」「宅建」等々の資格をとるための学校を経営しています。

TACの社長がアメリカで職業を聞かれたときに「資格をとるための学校を経営している」と説明すると「ああ、大学のことですね」と誰もがうなずいたそうです。

「いえ、いえ、大学ではありません。生徒の多くは大学生ですが、彼らが資格を取るための手助けをしています」

と言うと、

「それでは、日本の大学は何を教えているの?」と誰もが怪訝な顔をして困った、と著書のなかで述べています。

日本では、小学校から大学まで、学校で「勉強」を教えるべきです。

学校で「勉強」を教えれば「塾」も「予備校」も「資格の受験予備校」も必要なくなり、親の金銭的負担は大幅に軽減され、少子化対策に絶大な効果を発揮します。

ぜひ、日本の学校では子供たちに「勉強」を教えてほしいと切に望みます。

さらにもうひとつ、上記の新聞記事にもありますが、英語の重要性はますます高まってきています。

2011年11月 米国の国際教育研究所が調べた米国留学生の数

1位: 中国  15万8000人
2位: インド 10万4000人
3位: 韓国   7万3000人
4位: カナダ  不明
5位: 台湾   不明
6位: サウジアラビア: 2万2704人
7位: 日本   2万1000人

1990年代後半、米国に留学した日本の学生数は4万7000人だったのですが、今は半減しています。しかもハーバード大学などの難関大学への留学生はほとんどいないと聞いています。

日本は海外へ留学する生徒の数が激減しているだけでなく、国内の大学もその国際性において相対的な質を落としている、とこの記事は警鐘をならしています。

今まで日本人が日本国内で生きていくうえで、英語は必要ありませんでしたが、これからは「うまい」「へた」「正確」「ブロークン」に関係なく、「生きていくために」「ツールとしての」英語を使わざるを得ない人たちが急増するはずです。「日本だけは例外」でいられるはずはありません。

今フィリピンでは英語でコミュニケーションできる人とできない人とで、給料が3倍から5倍違うと聞いています。15年後から20年後の日本の職場や学校や人が集まる場所には、どこでも色々な発音の英語が飛び交っている・・・そんな世の中になっていることでしょう。

「21世紀は英語の時代」・・・・遅ればせながら日本にも「英語の時代」がやってきます。そのときは日本の翻訳会社や翻訳業界に求めれらるものきっと様変わりしているはずです。

インド “英語偏重”に疑問の声 「私たちの言語で教育を!」

2011年7月26日

“COURRiER JAPON”2011年9月号の中島岳志氏(北海道大学公共政策大学院准教授)の記事が大変興味深いものだったので一部抜粋して下記に掲載させていただきます。

(以下、記事の抜粋)

インドでよく聞かれることがある。私が大学の教員だと知ると「日本の大学では、授業を日本語で行なうのか?」と尋ねられるのだ。「そうですよ」と答えると、インドの人たちは少々驚いた顔をする。

彼らは日本人が母語によって高度な自然科学や社会科学のタームを語ることができるのに驚いているのだ。

インド人エリートは英語を学ぶことで英国流の近代教育にアクセスし、出世の道を探った。当然高等教育はすべて英語。だから、近代科学のタームはそのまま英語で受容した。

一方、日本では福沢諭吉や西周(にしあまね)という明治初期の知識人が、さまざまな西洋近代の概念を日本語に置き換えて理解しようとした。彼らが作り出した翻訳用語は、次第に普及し、いまでは当たり前の日本語として浸透している。明治日本は、あくまでも日本語の体系で高度な近代科学を咀嚼し、表現しようとしたのだ。

「専門教育が英語でしか提供されない環境では、他人のコピーしか作り出せない」・・・・インド政府は科学技術用語委員会およびマイソールにあるインド諸言語中央研究所の国立翻訳プロジェクトの作業を早めることを決定した。

これまでインド人の英語力の高さは、グローバルなビジネス社会でのアドバンテージだと考えられてきた。しかしいま、国内では高等教育の英語偏重への疑問が噴出している。

(以上で記事の抜粋、終わり)

本年(2011年)4月から、日本の公立小学校では英語教育が必修化され、また日本の企業の中にも英語を公用語とする動きが出始めてきました。

小学生からの英語教育必修化を否定するつもりはありませんが、その前にやるべきことがたくさんあるのではないかと感じています。

まず、子供手当てをばら撒くことはやめて、教育の完全無償化を実現させるべきでしょう。“高校や大学の学費無料をめざす”という国際人権規約の条項を承認していないのは、157カ国のうち、日本、ルワンダ、マダガスカルの3カ国だけ。ほとんどの国が、若者がお金の心配なく学べるように努力しています。

幼稚園から大学までの授業料を無償化している先進国は世界に少なくありません。もっともそのためには、学校で勉強を教えるという“しくみ”を早く作らなければいけません。せっかく授業料が無償化されても、“学校で満足な勉強を教える必要はない”という日本社会の“本音と建前”がある以上、結局塾や予備校へ子供達を通わさざるを得ないからです。やはり国の財産である子供達への教育は、“学校で行なうべき”であると私は思います。

さらにもっと教育への国家予算を増やし、良質な教師の数を増やし、一クラスあたりの生徒の数を現在の3分の1程度にまで減らすべきでしょう。そうすれば小学校での英語教育においても大きな効果が期待できます。

資源のない国、日本にとって、人材だけが唯一国家の財産なのですから、福祉、医療、インフラ整備、防衛も大事ですが、教育への先行投資はもっと重要だと私は感じます。

「文学界新人賞にイラン人女性」&「小学生と英語教育」

2009.5.11 NHK

新人作家の登竜門として知られる文芸誌「文學界」の新人賞に、大阪府在住のイラン人女性が日本語で書いた恋愛小説が選ばれました。半世紀余りの歴史があるこの賞を、漢字を使わない国の作家が受賞したのは初めてです。

シリン・ネザマフィ

・・・・(記事の転載ここまで)

現在大阪府在住の29歳のイラン人女性、シリン・ネザマフィさんが、日本語の小説で新人賞をとりました。
日本で技術を学び、その後日本で就職もしたいということで、今から10年前に来日しました。日本語学校に通い、神戸大・大学院で情報知能工学を修了後、現在はパナソニックでシステムエンジニアとして働いているそうです。

エンジニアとしての技術知識を学びながら、日本語を学び、それで文学賞をとってしまうのですから、まずその才能の豊かさに驚かされます。しかし、それよりなにより驚くことは、彼女が来日後わずか10年でこの快挙をなしとげた、ということです。

本人の弁によると「来日して5~6年で自然に日本語で書けるようになった。習熟のコツはテレビを見ること。特にバラエティー番組は話し言葉がよくわかる」とのことです。

上記のNHKニュースの動画を見ると、とても流暢な日本語で受け答えをしていますが、流暢に話せても日本人と同程度の日本語を書ける外国人にはめったにお目にかかれません。

ましてや彼女の場合、19歳までイランで過ごしたわけですから、完全に大人になってから外国語である日本語を学び始めたというわけです。

われわれ翻訳業界の話で言えば、ターゲット言語のネイティブでなければ、良い翻訳はできないと決め付けている人たちへの警鐘となるのかもしれません。

さて、それに加えてもうひとつ思いあたることがあります。最近日本でもさかんに議論されている「小学校での英語教育の是非」です。

数学者であり、大道芸人でもあるハンガリー出身のピーター・フランクル氏の言葉を思い出しました。

ピーター・フランクル氏は、ハンガリー語のほか、ドイツ語、ロシア語、スウェーデン語、フランス語、スペイン語、ポーランド語、英語、日本語、中国語、韓国語の計11ヶ国語を大学で講義ができるレベルまで使いこなすことができることで有名です。

そのピーター・フランクル氏が、「日本では、小学校1年生から英語教育を導入するべきか」というNHKのパネルディスカッションで発言していた言葉を思い出します。

フランクル氏は、はっきり「導入するべきではない」という立場をとっていました。その理由は、

「日本ではただでさえ、”ゆとり教育”のおかげで小学校の授業数が削られている。それなのにさらに英語の授業を加えたら、子供にとって非常に重要な学習項目である、国語や算数の時間がますます減ってしまう。」

さらに加えてこうも言っていました。

「子供には外国語を学ぶ前に、学ぶべき重要なことがたくさんある。一番重要なことは、自分の考えを持ち、その考えを論理的にはっきりと主張できるようにする訓練だ。それもできずにいくら外国語を学んだって、中身のない話など誰も耳を傾けない」

今回のシリン・ネザマフィさんの文学賞受賞が、その論争の答えを出したのかもしれません。

英語「一人勝ち」に対抗 自国語守れ、政策動く

2009年3月15日(日)の日本経済新聞に興味深い記事が載っていました。長い記事なので下記に要点をまとめてみます。

(以下、記事の要約)

経済や文化のグローバル化、インターネットの普及を背景に世界の言語は英語の一人勝ちの様相だ。たとえば、ユーロ通貨を使う16カ国のうち英語が公用語なのは、アイルランドとマルタだけだが、理事会の決定は英語で読み上げられる。危機感を抱く国々は自国語の擁護策に動き出している。

【フランス】
・ フランス政府は昨年、”ユーロアシスタンス”という一企業に対し、会計書類に英語を使ったという理由で5,000ユーロ(約60万円)の罰金刑を申し渡す”見せしめ”に出た。

・ 1994年制定の”トゥーボーン法”は職場での会話やメディア、製品の説明書、デモ、国際会議などでフランス語を使うことを義務付けている。

・ ラジオで流す楽曲の40%以上はフランス語の曲で、懐メロ番組は60%以上が最低ライン。

・ 昨年11月フランス政府機関は、「金融用語はフランス語を使いましょう」と国民に通達を出したが、金融界では評判が悪い。

【ドイツ】
・ シュタインマイヤー外相は、オルバン欧州委員に「重要書類はすみやかにドイツ語に翻訳してほしい」のと書簡を送りつけた。EU本部では公表書類の多くが英語とフランス語。ドイツ与党幹部は、ドイツ誌に「翻訳だけで年間数百ユーロが無駄になっている」とこぼしている。

【アラブ首長国連邦】
・昨年春、政府は市内の飲食店900店にアラビア語のメニューを用意するよう警告書を送った。そのため、ドバイのファーストフード店では、メニュー板にアラビア語を書き加える作業に追われた。

民間調査機関の推計によると、インターネットで流れる全情報の約29%は英語、次いで中国語(20%)、スペイン語(8%)。フランス語やドイツ語は5%にすぎない。手っ取り早く世界の情報を得ようとする若者やビジネスマンは英語を選ぶ。

そのため、中国とスペインは鼻息が荒い。

【中国】
・ 中国政府は3月12日、「外国で中国語を学ぶ人の数が5年で倍増し、4,000万人を超えた」と発表した。

・ 2004年に始まった中国語教育機関”孔子学院”は、81カ国に広がり、政府派遣の中国語教師は、昨年だけで1,500人以上。欧州からも年200人の教師を研修で受け入れ、海外の中国語学習者を1億人まで増やす計画だ。

【スペイン】
・スペイン語も着実に広がっている。1991年に始まったスペイン国王肝いりの教育機関は40ヶ国に及ぶ。中南米で唯一ポルトガル語を使うブラジルでも、2010年から高校でのスペイン語の選択授業設定が義務化される。

(以上、要約終わり)

国連の公用語は、英語、フランス語、ロシア語、中国語、スペイン語、アラビア語の6ヶ国語ですが、なぜ日本語は入っていないのでしょうか?

日本の人口は世界で10番目に多く、また何と言っても、世界第2位の経済大国です。またインターネットで使われている言語でも、英語、中国語、スペイン語に次いで世界第4位に位置しています。それなのに世界的には、まったく無視されています。

ここでも日本の政治力・外交力の弱さと外へ訴える文化力の貧しさを実感せざるを得ません。非常に残念なことです。

しかし、戦後の日本に限って言えば「日本語を使え」とか「外国語禁止」とかの声をあまり聞いたことがありません。なぜでしょうか?

答えは簡単でしょう。

「日本語を使え」と強制しなくても、未だに日本人の大部分は日本語でしかコミュニケーションを取れないので、心配する必要すらないのかもしれません。

グローバリゼーションを考えたとき、逆の意味で心配になりますが、これは翻訳会社にとっては良いことなのか、悪いことなのか・・・・・・。やっぱり良いことなのでしょうね。

日本学力トップ集団脱落 高校1年対象OECD調査 読解力、前回並み

2007.12.05 CHUNICHI Web

経済協力開発機構(OECD)は四日、世界の五十七カ国・地域の十五歳(日本では高校一年生に相当)約四十万人を対象に昨年実施した学習到達度調査(PISA)の結果を公表した。数学的応用力は六位から十位に、科学的応用力は二位から六位に転落。前回の調査では読解力の低下が課題とされたが、今回は科学的、数学的の応用力も「一位グループ」から脱落した。

・・・・(記事の転載ここまで)

なかなか鵜呑みにはできない調査結果です。各紙を読み比べてみても、OECDの調査方法の詳細にはあまり触れていません。

今回は57カ国、40万人が調査対象で、日本では約6,000人の高校一年生が試験を受けたとのことですが、40万人÷57ヶ国=約7,000人ですから、まず、日本人のサンプル数が妥当であったのかどうかが疑問です。

人口1億2,800万人の”大国”日本と、人口数百万人の”小国”のサンプル数がほぼ同数で、はたして正確な統計がとれるのかどうか分かりませんが、アメリカ、フランス、ロシア等の”大国”が、TOP20にも入っていないことが気にかかります。

加えて、前々回(2000年)の調査で日本は、「数学的リテラシー(応用力)」で世界第1位、「科学的リテラシー」で世界第2位でした。

ということは、現在の大学4年生(22歳~23歳)は、世界でもトップクラスの「数学的応用力」と「科学的応用力」を持っている、ということでしょうか?

「学力低下」の諸悪の根源は「ゆとり教育」にあると日本のマスコミは決めつけていますが、1980年度から段階的に始まった「ゆとり教育」をまさに受けた、現在の大学4年生が、実は世界でトップクラスの「数学的・科学的」応用力を持っていたとは、皮肉な話です。

日本のマスコミは、そのへんのことは一切触れていませんが、本当なのでしょうか?

つまり、この統計調査のやり方そのものに少し疑問を感じます。信憑性の高い統計がとれるようになるまでは、もう少し時間が必要なのかもしれません。

語学ビジネス市場は縮小傾向に -矢野経済研究所

2007.7.10 英語教育ニュース

矢野経済研究所(東京都中野区、水越孝社長)が7月5日に発表した「語学ビジネス市場に関する調査結果2007 」によれば、2006年度の語学ビジネス市場(語学スクール、学習教材)は対前年比1.7%減の5,542億5,500万円、周辺ビジネス(語学試験市場、留学斡旋市場、通訳・翻訳ビジネス市場)を含めると、対前年比0.1%減の8,126億5,500万円となっている。

・・・・(記事の転載ここまで)

矢野経済研究所のプレスリリースによると、今回の調査対象となった業種は下記のとおり。

外国語学校、出版社、電子辞書メーカー、PCソフトメーカー、e-learning事業者、通信教育事業者、語学学習教材販売事業者、資格試験運営団体、留学斡旋業者、通訳・翻訳ビジネス事業者 等 約200社

そして、上記を2つのカテゴリーに分類しています。

1. 語学ビジネス
外国語学校、出版社、電子辞書メーカー、PCソフトメーカー、e-learning事業者、通信教育事業者、語学学習教材販売事業者

2. 周辺ビジネス
資格試験運営団体、留学斡旋業者、通訳・翻訳ビジネス事業者

そして、各々の市場規模を下記のようにとらえています。

「語学ビジネス」の市場規模を5,542億5,500万円

「周辺ビジネス」の市場規模を2,584億円

上記のような資料を根拠として、「日本の翻訳市場規模は2,000億円」という声が出てきているのでしょうか?統計の精度や信憑性については判断ができませんが、「語学ビジネス」と「周辺ビジネス」の両方を合わせたサンプル社数が約200と言うのは、どうなんでしょうか。うち、翻訳会社は何社入っていたのでしょうか。「語学」や「学習」ビジネスに比べて「翻訳」ビジネスは捕らえにくい職種であるだけに、統計を取るほうも非常に難しいだろう、とは想像できます。

この記事を読み「翻訳ビジネス市場の規模」を詳細かつ納得できるよう調査したら、きっと莫大な費用がかかってしまうのだろうな、と改めて感じます。

数学学習支援ソフト「Microsoft Math 3.0」

2007.5.16 ITmedia News

初級代数から微積分まで、数学の宿題に頭を悩ませる子どもと親を助けるソフトが登場する。

米Microsoftは5月15日、数学の学習を支援するソフト「Microsoft Math 3.0」を発表した。今月中に同社サイトでダウンロード可能となる予定で、価格は19.95ドル。

・・・・(記事の転載ここまで)

国際数学オリンピック(International Mathematical Olympiad)は、世界の高校生を対象とした、数学の国際大会ですが、昨年度(2006年)は90ヶ国からの参加がありました。

下記は過去12年間のTOP5ヶ国のデータです。

1995年:1位-中国、2位-ルーマニア、3位-ロシア、4位-ベトナム、5位-ハンガリー
1996年:1位-ルーマニア、2位-アメリカ、3位-ハンガリー、4位-ロシア、5位-イギリス
1997年:1位-中国、2位-ハンガリー、3位-イラン、4位-ロシア、アメリカ
1998年:1位-イラン、2位-ブルガリア、3位-アメリカ、ハンガリー、5位-台湾
1999年:1位-中国・ロシア、3位-ベトナム、4位-ルーマニア、5位-ブルガリア
2000年:1位-中国、2位-ロシア、3位-アメリカ、4位-韓国、5位-ブルガリア、ベトナム
2001年:1位-中国、2位-アメリカ、ロシア、4位-ブルガリア、韓国
2002年:1位-中国、2位-ロシア、3位-アメリカ、4位-ブルガリア、5位-ベトナム
2003年:1位-ブルガリア、2位-中国、3位-アメリカ、4位-ベトナム、5位-ロシア
2004年:1位-中国、2位-アメリカ、3位-ロシア、4位-ベトナム、5位-ブルガリア
2005年:1位-中国、2位-アメリカ、3位-ロシア、4位-イラン、5位-韓国
2006年:1位-中国、2位-ロシア、3位-韓国、4位-ドイツ、5位-アメリカ
国際数学オリンピック、Wikipediaより

過去12年間で、なんと中国が9回も首位を取っています。日本は1990年からこの大会に参加したのですが、最低が20位、最高が7位で、過去17年間の平均順位は、12位となっています。

日本は、数学に強い人たちがたくさんいる、とばかり思っていたのですが、どうやら事実は違うようです。

「昔の日本人は数学が強かった」と言う人もいますし、私もそう思いたいのですが、実は正確なモノサシが残されていないので、実際のところどうなのかはわかりません。少なくともこの国際数学オリンピックでの日本の成績を見る限りでは、日本は最初の5年間の平均順位は14位で、直近5年間の順位は9.6位ですから、徐々にとはいえ、日本の「数学力」は着実に上がってきているようです。

また、最近よく言われていることに「インド人は数学に強い」という話がありますが、この国際数学オリンピックの結果を見た限りではそれもあたっていないようです。

この結果が国民の数学力の全てを表すとは思いませんが、上位に名を連ねる、中国、アメリカ、ロシアという大国の面々を見ていると「技術立国日本」の将来に、一抹の不安を感じてしまいます。

英語で授業するフリースクール 相模原市が特区申請

2007.3.6 東京新聞

相模原市内で小学生に相当する年齢の子どもたちに英語で授業を行っているフリースクールについて、同市が学校として認可するよう内閣府に特区申請していたことが分かった。このフリースクールは株式会社が運営しており、認可されれば会社が運営する全国初の小学校となる。

・・・・(記事の転載ここまで)

小学校に英語の授業を導入すべきかどうか、が議論され始めてから久しいですが、私は「導入すべき」という立場をとっています。

ただし、英語の授業だけでなく、日本の学校教育そのものを根本的に変えていく必要があります。現在日本の学校では勉強を教えなくなりました。学校の代わりを塾が行っています。早く「たてまえ」を捨て、教師の間にも、生徒の間にも「競争原理」を導入しなければ、日本の教育現場は崩壊するでしょう。いや、もうすでに崩壊していると言っても過言ではありません。

子供達は夜「塾」や「予備校」へ行っているおかげでかろうじて「勉強」をしていますが、昼間の学校の時間が無駄です。子供達がかわいそうです。昼間の学校の時間がなければ、太陽の下でもっと遊ぶ時間が持てるからです。しかしこんな状態が長期間続いている日本と言う国の「異常さ」を思うと、本当に日本という国の将来が心配になります。

教委改革、国の権限強化必要=自民政調会長

2007.2.27 時事通信出版局

自民党の中川昭一政調会長は26日、名古屋市内のホテルで開かれた内外情勢調査会で講演し、政府が今国会に提出を予定している教育改革関連3法案のうち、 教育委員会の制度改革を定める地方教育行政法改正案について「教委が国の決めたことやルールに違反した場合、国が何らかの関与をする必要がある」と述べ、 教委に対する国の監督権限の強化を盛り込むべきだとの考えを表明した。

・・・・(記事の転載ここまで)

最近英国人から聞いた話ですが、英国では中学生の授業を各科目別に3段階の学力レベルにクラスを分け、授業を行うそうです。たとえば、数学の授業であれば、「できる子」「普通の子」「できない子」の3つのクラスに分け、各クラスのレベルにあわせて授業を進めていきます。その理由は、「人には個性があり、向き不向きもある。また全ての人に高等数学が必要なわけではない」と言う実に単純明快なものです。また、このクラス分けは、中学生に対してのみで、小学生や高校生には適用しないそうです。理由は、小学生には基礎的なものを全員に教え、高校生は、中学時代にクラス分けしてあるので、すでに同レベルの生徒がそろっているから必要ない、と言うことだそうです。

日本でこんなことをやったら、パニックが起きるでしょうが、実は大昔から行われているのです。塾の内部でです。今、日本の子供達の教育格差は深刻に広がりつつあると思います。日本人にとってなによりも大切な文化、”たてまえ”を未だに捨てきれないからです。

日本の教育制度もそろそろ本腰を入れて変えなければならない時期が来ている、と痛切に感じます。