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技術翻訳プロフェッショナル講座 「翻訳の真髄」


4 技術提案書
【問 題】 次の和文を英訳してください。

教育
提案システムが十分な性能を発揮するためには、このシステムに関する十分な知識を持った技術者が保守運用に当たることが大切である。当社では、受注のあかつきには、貴社の技術者のために下記の教育を行う用意がある。

・ システム全般にわたる知識習得のための教育
・ 工場において貴社に納入するシステムを使用しての教育
・ システムの建設後、実用システムによる教育

教育の内容、詳細については貴社の要求によりアレンジする。

保守
よりよいサービスを提供し、一方では耐久年限まで使用するには、適切なる保全を行うことが大切である。その保全を行うには適切な保全体制を確立し、下記の業務がスムーズに行えるようにする必要がある。

・ 定期点検
・ 故障修理
・ 加入者苦情の受付
・ 保守部品の準備
 

【解説】
この問題文は技術提案書から抜粋しました。「まえがき」で翻訳の難しさについて述べましたが、翻訳を始めた人たちが「翻訳はほんとうに難しい」と感じるようになるのは(個人差もありますが)、実務翻訳をやり始めて5年くらい経ってからではないでしょうか。それまでは、おそらく語句を覚え、対象技術の知識を増やすのに汲々とせざるを得ないため、「翻訳は難しい」などと感じている暇はないと思います。翻訳はやはり語学者の仕事であり、語句を覚え表現法を知っている人でなければできるものではありません。これが第一の要件です。次に挙げられるのが、「翻訳者は原文を理解したうえで訳文を作ったか」です。技術翻訳に限らず、このことはいかなる分野の翻訳についても言えることでしょう。語学的なことを一応マスターしたら、次は内容の理解のための勉強に相当の日時または労力を費やさねばなりません。もちろん、技術翻訳の場合この二つを並行して行うのが理想ですが・・・・。

さて、本問を見ていきましょう。語句の訳から始めます。
・教育: 誰でも思いつくのはeducation(個性を伸ばすための指導)でしょう。ほかにinstructionという語とtrainingという語がありますが、本問の文脈ではtraining がよいでしょう。プロポーザルによく使われています。 

・提案システム: the suggested systemではなく、the proposed systemです。他にthe offered systemも使えます。 

・性能: 『研究社和英大辞典』を引きますと、capacity, power, efficiency, performance(機械の)と出ていますが本問の場合は、最後のperformanceを選びます。ついでにa machine of good (high) performance「性能のよい機械」という句も出ています。  

・発揮する: やはり同辞典によりますと、display, exhibit, show, demonstrate, make manifestとありますが、本問の文脈ではこのうちどれも使わず、deliverという動詞を使うことにします。native speaker の書いた文章から筆者がピックアップしたものです。早い話が借用したわけです(英作文は英借文です)。 

・技術者: techniciansかengineersですが、本提案書の執筆者は、あるいは両方を意味したかもしれませんので、もっと広くカバーする語engineering personnelを使うことにします。念のために申しますが、personnelは集合名詞ですのでpersonnelsという形はありません。なお、この語の用法について研究社『英和中辞典』をみますと、The personnel of this firm was carefully chosen(この商社の社員は慎重に選ばれた)通例単数扱いとなっています。しかし、文脈によっては単複両様の扱いをし、とくにall personnelは複数扱いとなる、とあります。 

・保守・運用: 名詞の形としてはmaintenance and operationです。 

・当社では受注のあかつきには: if we become the successful bidder.
・~を行う用意がある: (we are) ready to do ~. しかし、本問では教育コースを実施するというような意味ですので (we are) ready to afford the following training courses となります。 

・システム全般にわたる知識習得のための教育: (こういう句はその意味をとって)General course on the systemと訳すのがよいでしょう。字句どおりの訳 Training for the acquisition of knowledge about the entire systemと意味上は同じです。 We want to say everything in the smallest number of words in which it could be said clearly. (われわれはすべてのことをそれを明瞭に述べ得る最小限の言葉で表現したい。 → われわれはすべてのことを最小限の言葉で表現したい。ただし、それで意味が明瞭に伝わらなければ困る)。というBertrand Russel 卿が採ってきた文章を書くときの原則に従いたいからです。 

・工場において~を使用しての教育:
 At-the –factory training on ~. これも直訳すると、Training using ~ at the factory となります。ただし、これはどちらでもよさそうですが、~のところに入る語によります。次をあわせてお考えください。 
・貴社に納入するシステム: the system scheduled for delivery ( to you ) または、the system to be delivered to you. これを上のTraining using ~ at the factory の~のところにいれますと、はじめの方は、…… delivery at the factory となり「工場への納品」ととられそうですし、後のほうは、…… to you at the factory ですから「貴社工場へ」と、これも同じ意味にとられ、結局「工場にて行う教育」という原文の意味とは相違してきます。要するに、同じ語句を使ったとしてもそれをどう配列するかによって意味が違ってきますので、「翻訳は単に語句の一元的変換ではない」と言えます。

上記2項をあわせて、At-the-factory training on the system scheduled for delivery と訳しておきます。

・システム建設後、実用システムによる教育: Practical training after system construction と訳してもよさそうですが、どうもこのafterが「・・・・・後」と一義的にとられるかどうか。afterには「・・・・・のあとを追って、・・・・・を求めて」とか「・・・・・に従って、にならって、にちなんで、の流儀の」とか「・・・・・のことを、に関して」などの意味もあり、その直後の語(training)が「・・・・・後」以外の意味にとってもおかしくない語であるだけに少し心配です。「できるだけひとつの意味にしかとれない文章を書こう」という、もう一つの文章を書くときの原則に従い、ここは、Practical training after completing system installationとか、Practical training on completion of system installation と訳しておきます。 

・貴社の要求: your needs 

・耐久年限まで: up to (its service life) ではなく、for (its service life)が英語の発想です。 

・適切なる保全を行うことが大切である: Proper maintenance is essential (It is important to perform proper maintenanceでもよいでしょう)。 

・(順序が前後しましたが)よりよいサービス:字句どおりの訳ですとbetter serviceですが、ここではgood serviceと訳しておきます。理由は次の例で見てみましょう。She is prettier. とShe is pretty. の意味を考えてみますと、後者は「彼女はきれいです」とはっきり言っているのに、前者は「彼女は~よりきれいです」と言っているにすぎず、その比較する人によってはきれいではないかもしれないということになります。Proper maintenance is essential for good service. と言いきったほうがよいからです。

・この保全を行うには適切な保全体制を確立し、下記の業務がスムーズに行えるようにする必要がある: まず「この保全」というのは前とのつながりからProper maintenanceと訳したほうがよい。そしてこれを主語にしてrequires ~とすると「この保全を行うには~が必要である」という意味になります。副詞句はよく名詞一語に訳されます。また逆に、英文和訳のときには次に挙げる例文のように、名詞を副詞節(句)のように訳すことがよくある、ということを知っていると、翻訳の時に大いに役立ちます。

1) Future trade negotiations must make progress on agricultural commodities.

今後の通商交渉によって、農産物についての前進が達成されなければならない。

2) While there is nothing wrong with retained earnings, it once again should be up to the market rather than the tax laws to determine how much income should be retained rather than paid out to the share holders. Eliminating the corporate income tax would remove the tax incentive to retain earnings. As a result, both the supply and demand for funds in the capital market increase, once again leading to greater efficiency.  (The Zero-Sum Society by Lester C. Thurowより抜粋) 

所得を留保しても悪いわけではないが、企業がどれだけの所得を株主に対し配当とし、どれだけを留保すべきかは、これまた税法にゆだねるよりも市場にゆだねるべきである。法人所得税を廃止すれば、所得を留保しようとする税制上の誘因もなくなるであろう。その結果、資本市場の資金についてみれば、その供給も需要もともに増大するであろうし、効率も高まるであろう。

Eliminating は純然たる名詞ではありませんが、名詞相当句ですので、また、その内容が興味深いと思いましたのでこの例文を選びました。 

次は、IBMのマニュアルの中から一つ紹介します。

3)This part gives background information on operating systems in general, describing their purpose and how they evolved.

本章には、オペレーティング・システムの目的と開発の歴史を中心にその全般的な背景知識が記述されています。

Education requires ~. 「教育上~が必要である」は端的な例です。
「保全体制」は a maintenance system で、「下記の業務」はthe following tasks でよいでしょうし、「スムーズに」はsmoothly よりもregularly (きちんと、きちょうめんに、釣り合いよく、などの意味)の方がよいでしょう。

・定期点検: periodical inspection ではなく、periodic inspectionです。periodicalは「定期刊行の(形容詞)」という意味で、名詞になると定期刊行物、雑誌という意味があります。

・故障修理: これも決まり文句でtroubleshootingがあります。Troubles and repairでよいときもあるかもしれません。

・受付: acceptance, reception, responseなど考えられる中でresponseを選びます。

・加入者苦情: subscriber complaints

・保守部品の準備: 直訳はpreparation of maintenance (or replacement) parts ですが、意味をとって訳しますとStocking of maintenance suppliesとなります。

最後に、E.サイデンスティッカー氏の発言 ”The translator should be a counterfeiter.” の意味について少し考えてみましょう。以前10,000円の贋札(bogus 10,000-yen notes)が出回っていましたが、このcounterfeit money は本物ではありませんが、本物とよく似ています。また似ていなければ、当然のことながら、世の中で通用しません。「翻訳者は本物にそっくりなものを作る人であるべきだ」というこの発言は翻訳の本質をついていて、しかも含蓄に富んだ妙句ではありませんか。

以上述べてきたことを以下にまとめてみます。

【訳文】

Training
Without engineering personnel possessing sufficient knowledge of the proposed system to operate and maintain it, the system cannot deliver its full expected performance. If we become the successful bidder, we are ready to afford the following training courses to your designated engineering personnel.
・ General course on the system
・ At-the-factory training on the system scheduled for delivery
・ Practical training on completion of system installation
Contents and details of the training courses will be arranged according to your needs.

Maintenance
Proper maintenance is essential for good service and for the system to operate satisfactorily for its service life. Proper maintenance requires a maintenance system in which the following tasks can be performed regularly:
・ Periodic inspection
・ Troubleshooting
・ Response to subscriber complaints
・ Stocking of maintenance supplies